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どんなに優れた国とて、どれだけ栄光ある国とて、どれだけ平和な国とて、光が強ければ強い程、影の存在も強くなる。その過程で、その最中で増幅していく影達は、時が来るまで密かに力を蓄える。王が優れていればいる程、影も知恵を付ける。そしてその火種はほんの些細な事で国をも滅び尽くす業火になりうるのだ。
だがさっきも言ったように光が強ければ強い程、影の存在も強くなる。そしてその影とはいったい何を表すのか。一つは光に刃向かう反逆者達。そしてもう一つは、光を陰から守り、国の負を背負う者達。
王の代わりにその身を血で濡らし、民の為に心を削り続け、正義のために罪を犯し続ける顔のない英雄達。誰にも知られる事なく、記録にも残らず、存在すら認めらない罪人。
「目標を目視で確認。魔法認証の結果、奴らが武器や火薬などを密輸しているイレギュラーと確認。任務行動を監視から排除に移行する」
周りに気づかれないように話すその声は、明らかに大人のそれではなかった。顔はフードと骸骨の仮面で覆われている為確認出来ないが、少年や青年と言える者の声だ。その少年は右手の人差し指、中指を右耳に当てる仕草をしながら誰かと話している様だった。しかしそれは周りにいる者達に話しかけている様には見えない。
《了解。排除行動を認証する。制限時間は10分、速やかに敵戦力を殲滅せよ》
魔法による遠距離通信。通信範囲に制限はなく、お互いの魔法周波数、コネクトチャネル、送受信者同士の明確な相互認識があり使用可能な魔法。外部による盗聴のリスク、消費魔力が大幅に少ない為かなり重宝されている。だが、使用には相当量の集中力がいるため、使用可能者は極めて少ない。
「了解」
暗い夜の闇の中で行われる違法な密輸、その現場は主に廃墟などで行われる。そして今まさにその現場を押さえる者達がいる。密輸者達の頭上に息を潜め、誰一人取り逃す事なく、多くの情報を引き出すために制圧するタイミングを見計らいながら。そして、密輸された物資が全て運び込まれたタイミングで、影達はイレギュラー達に刃を向ける。
「全員かかれ。抵抗する者は、、、一切容赦するな。」
「「御意」」
それから3分経たずで、廃墟の壁と床は大量の血で塗りつぶされた。そしてそこに転がっているのは見るにも耐えない地獄のような惨劇の場。絶望の表情を浮かべたまま息絶えたモノ達が倒れていた。その手に握られた幸せそうな家族との写真が、血の色に染まっていく。
そしてその大量の血と死体の中心に立っている少年は、フードと仮面を外す。そしてそこに現れたのは中性的とも言える顔立ち。男にしては長く、女性にしては短い蒼い髪と、どこか冷めきっている蒼い目。
「隊長、まだ任務中です。素顔を見せるのあまり良くないかと」
「ごめんクイーン。でも、僕は僕の手で殺した人たちを、この目で直接目に焼きつけなければいけない」
「それは、貴方が背負うには重すぎます」
「そうだね。僕一人じゃ背負いきれない。だから僕はその罪に潰されるまで、罪を背負わなきゃいけないんだ」
「・・・」
「さぁ、行こう」
「御意」
それから14時間後、廃墟を興味本位で探索しようとしていた子供達が大量の死体を発見。身元が判明した者は、家族や友人による確認が行われた。
「リオ・・・?いますか?」
一人の女性がドアを開けるとそこには、灯も付けず暗く冷え切った部屋の中で、リオという少年は顔を上げずに座っていた。女性は先ほどリオにクイーンと呼ばれていた女性だ。リオと同じくらいの長さの銀髪、身長は175cmほどある。そしてその顔はどこか優しく、リオを心配している様だった。いや、心配しているのだ。
「エリーさんですか。どうしたんですか?」
リオは顔を上げないまま、エリーに言葉を掛ける。彼女の名はエリー・カイシス、リオが率いる国王直属の機密組織《暗部》の副隊長。
「どうしたのではありません。こんな冷えた部屋でそんな格好をしていては、風邪を引きますよ?」
「あぁ、そうだね。ごめん」
この部屋は地下20メートルにある。リオの部屋が何故そんな所にあるのかと不思議に思った暗部の一人が聞いた事があった。それもそうだ。リオの年齢は17歳、そんな少年がなぜこんな場所で暮らしているのかと。そしてリオがその時に返した答えはこうだった。
《今の僕に、あの太陽の光は眩しすぎます》
暗部になったのはリオが6歳の時。その時から自分手を血で汚し続けた。そしてその数だけ、名も顔も知らぬ誰かを悲しみに追いやった。絶望に追いやったのだ。リオはそんな自分を許せないでいた。
エリーは、今にも潰れそうなその小さな体を10年間見守ってきた。あと一人の命を背負えば潰れてしまう背中を。あともう一人、あと一人、あと一人あと一人あと一人あと一人あと一人あと一人あと一人あと一人あと一人あと一人あと一人あと一人あと一人あと一人あと一人あと一人・・・それを10年間。あまりにも酷い。なんの罪もない少年に、ありとあらゆる罪を背負わせるなど。
「リオ、もうやめるべきです。あなたは十分すぎるほどにやりました。その無垢な心で、小さい体で、十分傷ついた。だからもう辞めてください。貴方には幸せになる資格が!」
「ダメですよ。ここまできてしまっては、もう。僕は後戻りできない、逃げることは許されない。今まで手にかけた人たちの声が聞こえてくるんです。逃げるなと、目を逸らすなと」
「・・・!」
「だから、僕はもうこの罪で、この身が焼き尽くされるまで、この身を捧げることしかできないんですよ」
「リオ・・・」
エリーは震えるリオを優しく抱きしめた。冷めてしまった心を温める事は出来ない。リオが自分を許さない限り、その心を多い尽くす氷は溶けることはないだろう。だからせめて、その冷たく冷え切った小さな体が凍らぬように優しく、それでいて強くしっかりと抱きしめた。その体が罪の重さで潰れてしまわぬ様にと