8.
植木に無事に着地することが出来た私はところどころ痛む体を素早く起こすと、家と外を仕切る塀に向かって走っていく。反動をつけて、思いっきりジャンプするとそのまま塀をとびこえてしまう。
あれ、私運動神経いいな。前は普通だったんだけど。レティシアナってハイスペックお嬢様ね。
そんなことを考えながら私は足を止めぬまま、街の方まで走っていった。
「わ、すごい。人が沢山!」
レティシアナの体になってから初めてきた街は、想像を超えるほど人で溢れかえっていた。たくさん並ぶ出店に、生活用品が売っている素朴な店がこの街を作っていると言っても過言ではないほど店がならんでいる。
前から横から後ろから、あらゆる方向から流れてくる人並みを、持ち前の運動神経で避けて、すすんで行くと、あるひとつの店にたどり着いた。窓から見える様子だと、酒場のような食事処みたいだ。大柄で髭を生やしたおじさんが、カウンター席に座る若者と楽しそうに話している。近くにいるのは、銀髪に近い白髪の若い男で、どこかで見たことがあるような......?
気になった私はそっと扉を開けて中に入ってみる。
「ん?お嬢ちゃん、ここは子供が来るようなとこじゃないぜ。ってまさか......」
おじさんは私の顔を見ると言い淀んで顔を曇らせた。隣の若い男になにかぼそっと告げると、笑顔に戻って席を勧めてきた。
「ほら、せっかく来てくれたんだからこっちに座れ。ジュースを出そう」
言われるがままに座り、コップに注がれるオレンジを見ながら若い男のことを聞く。
「ねえ、おじさん。さっきの男の人はここで働いてるの?どっかで見たことあるような気がしたんだけど。あれ、どこに行ったの?」
いつの間にか若い男がいなくなっている。おじさんはコップを私の前に差し出すとフライパンを手に持って、従業員部屋、いわゆるスタッフルームの入口のような扉を見る。
少し悪戯っぽく笑うと
「いやあ、あいつはもう上がりなんでね。別の従業員を呼んできてもらってるんだ。ほら、噂をすれば」
といった。開いた扉の先には、銀色のストレートヘアーを横に流し、可愛らしいスカートをはく、可憐な女の子がいた。髪色こそさっきの男に似ているが、性別が違う。私はこんなに可愛い子が存在するのかと感嘆の息を漏らす。女の子は心底嫌そうに顔を歪めると、思ったよりも低い声で呟いた。
「なんでお、じゃない、わたし、がこんな格好しなきゃならねえんだよ。おじさん、後で覚えてろよ」
「仕事でヘマしたのはお前だろうが。まあヘマしてなかったら、俺がお前を殺してたかもしれないがな」
「くそっ、あとで絶対ぶっ殺す」
綺麗な顔から発せられる物騒な言葉に圧倒されて喋れないでいると、怖がってると勘違いされたのか、おじさんは「そんなに物騒な言葉を使うな。怖がってるだろう」と笑いながら注意した。
美少女は綺麗な姿勢で歩いて、棚からお酒をとると空いているグラスに注ぎ、先程から騒いでいる席へと運ぶ。ずっとみていられるくらいに洗練されていた。きっと彼女の手先は器用だ。
「おじさん。彼女、綺麗な目をしてるのね」
そう、私は彼女の美しい髪も、綺麗な手足も、整っている顔立ちも、気にはなっていたがそれ以上に、綺麗な黄緑色、昨夜の暗殺者様のような瞳が気になっていた。
おじさんは手元のフライパンを動かしながら言う。
「ああ、あいつはあの目を気にいられて、奴隷として売買されてたくらいだからな。悲しいもんだよ、まったく。俺が拾った時にはやせ細ってアザだらけだった」
「え......」
日本ではありえないことだった。瞳が綺麗だからと言って人身売買なんて、身近にあるものではなかった。
私は仏頂面をして、働き続ける美少女の横顔を見つめる。視線に気づいた彼女は、肩を跳ねるほど上げ驚くと、そっとこちらによってきて
「なんだよ。なんか言いたいことがあるのか」
と喧嘩腰で聞いてきた。ぶっきらぼうな口調も彼女の容姿と合わさると妙にしっくりくる。私は微笑んで彼女の目を見た。
「綺麗だなと思って。私、初めて街に来たの。それで、あなたとお友達になりたいって思ったわ。どう?」
「なっ......!」
目を見開く少女の背中におじさんが手を置く。
「いいじゃねえか。なってやれよ、お友達」
おじさんの顔はにやついている。まるでからかうかのように。
美少女は今度こそ我慢の限界というように手に持っていたお盆を振り上げるとおじさんの髭が生えた顔に向かって振り下ろした。
次話更新予定日:6月21日
あの後、振り下ろされたお盆は割れて、おじさんの顔は腫れ上がりました。




