7.街に行きたいの
おはようございます
窓を開ければ、鳥たちのかんだかい声と朝の爽やかな風が流れ込んでくる。窓のふちには結露で生じた水滴が。私、朝が一番好き。だって、冷たい風が冷静な頭を取り戻してくれるから。
「いや、ほんと、冷静になったわ。名前さえ聞けていれば、彼を探しやすくなったのに......!」
私は手を握りしめて昨夜の行動を悔いる。名前を聞くなんて発想がなかった。顔はわかるから、何とかして街を探さないと。でも、私の暗殺が仕事ってことはまた来るかもしれないってことよね。昼は街で彼を探しつつ、夜は来るまで待っておこう。
ふとかすかにノックの音が聞こえた。侍女さんが起こしに来たのだろう。
「失礼します、お嬢様。あら、お早いご起床ですねぇ」
入ってきたのはモーラだった。お父様に呼び出された時以来だ。栗色のくせ毛をひとつにたばねていて、お仕着せからのぞく手足は細く華奢。私の侍女になる前はさぞかしもてただろうとふんでいる。
モーラは私の方へまっすぐ進むと、顔を洗う桶をすぐそこの台に置いて、タオルをしぼった。そのまましぼったタオルを私の顔へ近づける。
「冷たい......」
「我慢ですよ。今日も可愛いお嬢様になるために、ね?」
無事に顔を拭き終わったら、次は服を着替えつつ、髪の毛を整える。さすがにモーラ1人では出来ないので、別の侍女がもう2人入ってきた。
今日の服は淡い水色のラインが涼し気なドレスよりは重くない服だ。5歳という年齢にあっている、幼さを残しながら少し背伸びをしたデザインで、とてもレティシアナに似合っている。髪型は緩く三つ編みにして、蝶々をかたどった髪飾りでパチッととめる。ものの数分足らずで仕上げた侍女さんの手腕は素晴らしい。
「ねえモーラ。お願いがあるの」
「なんですか?私じゃなくて、旦那様にお願いした方がいい気がしますけど......」
「いいの。えっとね、私、街に行きたいの」
「ダメです」
思ったよりも早く拒否されて、驚いた反動で思わず大きな声を出してしまう。
「......っどうして!?私は別に家出しようとかそういうふうに思ってるわけじゃないのよ!」
「最近の街は物騒だからですよ。犯罪者組織のウラが活発に活動し始めたって注意喚起が来ているんです」
犯罪者組織、ウラ。あらゆる指名手配犯はそこの所属だと言われるほど大きくて凶悪な組織だ。確か、麻薬取引、殺人、暴行などなどメジャーな悪行はほぼ網羅している。ウラのメンバーには仲間の事件をもみ消せるような力を持つ貴族もいたはずだ。揉み消せない事件もあるから指名手配されている人もいるんだけどね。
ウラという大きな組織に所属するメリットはいくつかある。まず、ひとつの犯罪を成功させるだけでお金が腐るほど入る可能性があること。社交の場に明るい人物がいるため、秘密裏の取引や潜入がしやすいこと。そして、ウラのボスが誰だかわかっていないのでなかなか解散しないことだ。
犯罪者組織はボス格が1人でも捕まると格段に勢力を落としてしまう。だが司令を月一で出しているらしいボスの顔がはっきりしないウラでは、ボスが捕まりづらいため、勢力を維持しやすい。大きな勢力は存在するだけで国の騎士の牽制になる。下手に手を出したら、総力をあげて報復しに行く、と。
「......大丈夫よ。昼間に行くから。護衛だってつけるから」
「その護衛は誰にするんです?旦那様からお借りしますか?どちらにせよ、旦那様には報告なさらないとダメですよ」
モーラの言うことは確かだ。お父様が知ったらたくさん護衛をつけるだろうし、動きづらくなる。それは阻止したい。
仕方がないか。モーラが出ていった時に窓から降りるしかない。あまり嘘はつきたくないんだけど......
「わかった。我慢するから、お水を1杯持ってきてくれない?喉が渇いちゃって」
「わかりました。くれぐれも大人しくなさってくださいね」
そう言うとモーラは2人の侍女を引き連れて部屋を後にした。
よし、今だ。ここは幸いにも2階だからなんとかなるはず。
私は音が聞こえてきそうな程になる鼓動を何とか収めようと胸に手を当てながら、窓のふちに足をかける。ちょうど昨夜、この窓から出ていった暗殺者様のように。
2回ほど深呼吸をすると、縁を蹴って、植木の中に飛び込んだ。
次話更新予定日:6月19日(土)




