第54話 命を捨てた最後の力
「地下通路には予めチャムラップの分身を潜ませていた。地下に降りたが最後、則すら操れない非戦闘員など一瞬だろうな、、、、お前の息子は死んだんだよッ」
燃えさかる炎と凍て付く氷に囲まれた戦場の中心で、ネイサンは凶悪な笑みを浮かべながらルチアーノにそう言い放った。
その言葉を聞いたルチアーノは言葉を無くし、真っ直ぐネイサンを見詰めている。
(ふんッ、勝負ありだな。『一人息子の死』は精神的にも大ダメージだろ? 何せ自らの身を危険に晒してでも誕生日を祝いに来るほど溺愛していたのだからな。全く、下らない感情だよッ)
ネイサンは肉体的にも大ダメージを負わせ、精神的にも大ダメージを負わせる事で確実にルチアーノを殺しきろうとしていた。
手負いの獅子は恐ろしいが、牙も爪の全てへし折ってしまえば其れはもう獅子とは呼べない。
戦う意味そのものを奪い、完膚無きまでに叩きのめす。
(良い表情だ。お前の言いたい事は分かるぞ、もうひと思いに殺してくれと首を差し出して来るのだろ!!)
ネイサンは勝ちを確信して身体に籠もっていた力を抜き始めた。
自分がルチアーノよりも上に立っていると信じて疑わず、完全に嘗めきって見下した視線を固まっているルチアーノに浴びせかける。
全てが思い通りに成った形容しがたい全能感に身体が包まれて気持ちが良い。
「おい……息子がッ、ディーノが死んだってのは、本当か?」
ルチアーノは舌が上手く回なくなり、言葉を覚えたての子供のように詰まりながらネイサンに質問を投げかけた。
その様子を見たネイサンはより一層口端を吊り上げる。
「ああ、本当だとも。トムハットが捕まえて八つ裂きにッ……」
「ああ、そうかよッ。わざわざ教えてくれてサンキューな!!」
ネイサンが言葉を言い切る前にルチアーノが言葉を遮る。
そして発された言葉は先程こぼした弱々しい途切れ途切れな言葉ではなく、力強く自信と覚悟に満ちあふれた言葉であった。
その突然の変化にネイサンは眉を顰め、吊り上がった口端を降ろす。
「何だと? 現実が直視出来ずに気が狂ったか?」
「いや、逆だね。お前の言葉のお陰で現実を直視出来たんだッ」
ルチアーノは力強く、豪快に笑った。
その両目は闘志と覚悟の炎が吹き出し、力が漲って世界最強の威風が再び戻って来ている。
「お前がもし仮にディーノの居場所が分かっていたのなら、確実に殺害するのでは無く生け捕りにて俺を脅迫する材料にする筈だ。殺してしまってはもう使い道が無いし、俺が激昂して事態が更に悪化する可能性が有る。お前なら確実にディーノを目の前に連れてきて、脅迫し俺に自死を迫るはずだ!!」
ネイサンは否定も肯定もしない。
しかしその様子をみたルチアーノは満足そうに笑みを強めた。
「もしこの考えが間違っているのなら、お前は即座にディーノの死体の一部でも持ってくる筈。しかし其れも出てこない……。つまり、ディーノは殺されても捕まってもいないという事ッ」
ボロボロの身体を引き摺るように動かし、ルチアーノは一歩前に進んでネイサンを睨み付けた。
一方にネイサンも冷めた目で睨み返して一歩も引かない。
そして心底詰まらなそうに呟いた。
「全く、お前ほど面白みの無い人間は居ないよ……。どうせお前はもう助からない、全身の骨肉が壊れて立っているので精一杯な筈だ。最後くらい絶望の嗚咽を吐き散らし、愉快に泣き叫びながら死んで人を笑顔にしたらどうなんだ??」
ネイサンが発した言葉の意味は、遠回しな肯定であった。
しかしディーノが殺されているという最悪の事態は回避出来たとしても、ルチアーノが致命的なダメージを受けて戦闘不能という現状は何も変わっていない。
依然としてルチアーノの命は彼の手の上でどうとでも転がせるのだ。
「ああ、その件だがな。諦めることにしたよ」
「何ッ?」
ルチアーノから零れた言葉をネイサンは理解出来ずに表情を歪める。
「始めから求め過ぎていた、ディーノを助けて俺自身もノーリスクで生き残る……少し欲張りだったな。此処からはきちんとリスクを支払ってお前達を皆殺しにしてやるよッ」
「皆殺しにする? これは面白いことを……則も使えず立つ事しか出来ない木偶の坊にこの私が殺されると??」
「確かに今の俺は則すらまともに動かせない。此れは脳味噌に残ってる最後のリミッターが、これ以上第13神経使用すれば死ぬから機能を停止させているんだ」
ルチアーノの饒舌で自信に満ちあふれた姿にネイサンは固唾を飲んだ。
苦労して自分が圧倒的な立場を手に入れたにも関わらず、ルチアーノに命綱を握られているかの様な不安感が押し寄せてくる。
「だが裏を返せば、死んでも構わないのなら未だ使えるという訳ッ……」
ルチアーノが話し終わらない間に戦いのゴングは鳴った。
彼が言わんとしている事を理解したネイサンは先手必勝と一瞬で距離を詰め、超音速の拳をルチアーノの顔面に向かって放つ。
しかし其れでも遅すぎたのだ。
「『クサナギ・開闢一閃』」
一見完全にルチアーノの不意を突いた様に見えたネイサンであったが、その動きは完全に読まれていた。
拳が届くまでの0,01秒の間にルチアーノは命を消費して『万象共鳴モード』に再突入する。
そして常人で有れば気絶する程の痛みを放つ身体を動かし、斬撃を放った。
「グエッ!?」
ネイサンは車に敷かれたカエルのような声を上げ、肩から脇腹に掛けてを切り裂かれ血を吹き出しながら宙を舞う。
しかし幸い傷は全身を隈無く覆っていた黄金のエネルギーによって相殺され致命傷には至らない。
そして地面に落下し屈辱に顔を歪ませたネイサンは叫んだ。
「チャムラップゥッ!! コイツを殺せェェェッ!!」
「オウッ! イッチョやってみっか!!」
ネイサンはルチアーノに屈辱や苦しみを与えるという無駄な目的を捨て、チャムラップに指示を出して速やかにあの世へ送ろうとする。
チェムラップはその声に応じ、地面を蹴ってルチアーノに突っ込んだ。
しかしルチアーノは一切焦ることは無く余裕に満ちた表情で待ち構える。
「先ずはお前だクソピエロッ」
ルチアーノは狂気的な笑みを浮かべ、迫るチャムラップに対して腕を一閃する。
すると先程は胴体を浅く切る事しか叶わなかったにも関わらず、今回は見事に一刀両断して上半身と下半身を切り離した。
しかし其れで終わるチャムラップでは無い、上半身と下半身がそれぞれ別のチャムラップとして再生して突っ込んで来る。
「「か~ッ! おめえ強え~な~!! オラ、ワクワクすっゾ!!」」
そう言いながら二人のチャムラップは同時に拳をルチアーノ目掛けて放つ。
しかしその拳をルチアーノは受け止め、その掴んだ拳を思いっきり空中に放り投げて二人のピエロを宙に浮かべる。
「『アマノムラクモ・白亜卍刃』」
宙に浮かんだチャムラップ達に向けて、ルチアーノは力強く宙を切り裂いて空中に斬撃の波を発生させる。
空に向かって放たれた斬撃は波状に拡散して空一面を多いながら、チャムラッピを細切れにし空へ押し流していった。
数万の斬撃に揉まれ一瞬でチャムラップ達の身体は消え失せ、挽肉状となって空一面に拡散する。
だがこれでも終わらない。
「「「「「「「「「「「諦めねえのがッ俺の忍道だってばよッ!!」」」」」」」」」」」
そう叫ぶ声が聞こえた瞬間、宙に散らばったになったチャムラップの身体の破片一つ一つが膨らんで新たなチャムラップが誕生する。
すると一瞬のうちに空がチャムラップで埋まるというショッキング過ぎる映像が生まれ、一斉にしのチャムラップ達が笑い出し耳を覆いたくなる程の馬鹿笑いが地上に降り注いだ。
だがルチアーノは空に浮かぶ地獄の様な醜悪極まりない光景を前にしても表情一つ変えなかった。
そして冷静な態度で空に浮かぶ一つ一つのピエロを眺め、それからある事に気が付く。
(服装がさっきの派手な道化衣装からスーツに戻っている……若しかするとこのスーツ姿が分裂出来る最小単位なのか? だとしたら、此れはチャンスッ)
この空一面ピエロが覆っておいる状況をチャンスだと考えたルチアーノは更なる大技を展開始めた。
(空中にいてくれて助かった。空中で有ればある程度落下の軌道は予測可能、そして風を利用して1カ所に集めれば一網打尽にできるッ)
そう脳内で呟いたルチアーノは徐に空中へ右手を向ける。
それから呪文でも呟くように悠々と研ぎ澄まされた殺意の籠もった言葉を吐き出した。
「『オロチアラマサ・龍神嵐舞』」
ルチアーノの右上を始点として斬撃の竜巻が発生し空を覆い尽くすチャムラップ目掛けて真っ直ぐに伸びていく。
其れと同時に竜巻を中心として引きずり込む様な風が発生し、空に浮かんでいた雷雲ごとピエロ達を吸い込んで竜巻と一体化させる。
竜巻内部では雷雲と一体化したことで斬撃と雷と暴風が吹き乱れ、風に引きずり込まれた物体を切り裂き燃やし塵に変えていった。
その内部は正にミキサーであり、数千人はいたチャムラップが再び砂粒クラスまで切り刻まれていったのである。
「終わりだ」
ルチアーノが手に付いた水滴を祓うかの様に右手を数度振って斬撃を止め、数十秒のラグを置いて竜巻が四散して消える。
そして想通り、塵に変化したチャムラップが再び分裂する事は無く風に乗って何処かへ飛ばされていった。
今日も今日もお読み頂きありがとうございます!!
今朝は珍しく午前五時半に起きて執筆しています。
寝る三時間前から固形物は口にしないようにしたらかなり睡眠の質が良くなって、朝早起き出来る様になった。
一日六時間執筆も身体が慣れたからか疲労を余り感じ無くなってきました。
今度から一日七時間執筆に変えてみようかな。
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