第16話 父と息子
ルチアーノはトムハットの部屋を死にそうな顔のまま後にし、髪の毛がボサボサに乱れるのも気にせず掻きむしる。
彼自身もこの選択が最善であると確信していた。
しかし、だからと言って罪悪感を感じない訳では無い。
ディーノだって生まれ育った家をいきなり追い出されて悲しくない訳が無いし、VCFに自分が入れられた意味を理解した時は恐らく深い悲しみを覚えるだろう。
「もしかしたら、、、最低な父親だと言われちまうかな」
自嘲する様に、口だけを無理やり笑わせてみる。
その様子を想像すると心臓がズキンッと痛みを発して、気分が憂鬱に成る。
(いつの間にか俺は父親に成っちまってたらしいな。この俺が、全世界から史上最悪の犯罪者として憎しみをぶつけられても何も感じなかったこの俺が、息子の嫌われる事を想像しただけで胸が痛むとはッ)
生まれる前は心の死んでいる自分が息子を愛する事ができるのか心配で仕方が無かった男が、気付けば随分親バカに成ったものだ。
これは自分が前に進んだ結果なのか、それとも自分が弱くなった証拠なのか分からないままルチアーノは息子の部屋の前に足を止める。
「よし、、、覚悟を決めろ」
小さな声で呟いた。
心が繋がっているのでは?と考えたくなる程自分の感情を敏感に感知してくる息子に悟られない様に、頬を叩いて表所を引き締める。
そしてルチアーノはディーノの部屋の扉を叩いた。
「パパッ!?」
中から嬉しそうな声と扉まで駆け寄ってくる足音が迫ってきた。
そして扉が開いてディーノが隙間から顔を出す。
「こんばんわディーノ。ちゃんと約束通り会いに来たぞー」
ルチアーノは無理に笑顔を作ってディーノに話掛けた。
その顔をディーノはジ~ッと見上げて、か細く小さな声で呟く。
「パパどうしたの? 悲しいの??」
ルチアーノは表情を繕うのは自信があったが、ディーノの感情共感能力はその技術を凌駕して余りある程であった。
心配そうに父親を上目遣いで見詰め続けている。
「ああ、大丈夫だディーノ、、、パパお仕事で疲れちゃっただけだからな」
ルチアーノは頭を撫でて話をはぐらかそうとする。
ディーノはその回答に納得していない様であったが、この年で気づかいを覚えているのかそれ以上は何も詮索して来なかった。
「廊下じゃ寒いだろ? 中で話そう」
「うん」
ディーノの手を取ってルチアーノは部屋の中に入っていく。
二人は部屋の中にあった子供用にしては大きすぎるベッドに腰かけ、会話を開始した。
「ディーノ、、、お前は本当に大きくなったな」
「うん、僕はすぐにパパと同じくらい大きく強くなるよ!!」
ディーノがベッドに座ったまま真っ直ぐ拳を突き出す。
最近になってディーノは頻繁に幹部連中に修行を付けてとねだる様になり、誰が教えたのか中々切れの良いパンチであった。
「そうか、お前の夢は何だったかな?」
「僕の夢はね! 世界の誰よりも、パパよりも強く成って世界を変えるんだ。僕はその為に生まれてきて、その為に全てを捧げなくちゃいけないんだ」
『僕は世界を変えなくてはいけない』そう言い始めたのはディーノが言葉を覚えて暫くした時にの事であった。
何の前兆も切っ掛けも無く1歳数か月の子供が言い始めたものだから、その言葉を聞いた者は全員面喰らったものである。
皆始めはディーノに過度な期待を掛ける誰かが吹き込んでいるのかと思っていたが、誰もその様な言葉は教えておらず、結局ディーノが天才であるという結論に至ったのである。
しかしルチアーノだけは違った、この様な発言をする人間に思い当たる節があったのだ。
『俺は世界を破壊しなくちゃいけない。人を建造物を街を文明を人の繋がりをッ!! 理由など考えた事も無ければ、考えようとも思わんッ!! 破壊この我が人生の至上命題、生まれた瞬間に世界から使命を与えられてしまったのだから仕方がないッ!!』
これはルチアーノが倒した史上最大の敵が言っていた言葉だった。
この世界には何故か生まれた瞬間から『使命』を与えられている人間が存在していて、現にルチアーノは何人か遭遇した事が有る。
そういった人間は皆一様に尋常ならざる、人間の限界を超えたような努力を積み重ねていて必ず強敵として彼の前に立ちはだかった。
(強すぎる信念は呪いと同じだ、、、夢や理想はドラッグの様に痛みと悲しみを忘れさせる。だが其れでも無傷で歩ける訳じゃない。体がボロボロでも心が引きずり回して、こと切れるその瞬間まで止まる事は無い)
彼が見てきた『使命』を与えられた人間は全員少年の様にキラキラした目で楽しそうに駆け抜け、笑顔のまま信念と現実の隙間で磨り潰され死んでいった。
『使命』は決して世界から与えられた祝福などでは無く、命ある限り解ける事の無い呪いなのだ。
「・・・お前は強く成って、どうやって世界を変えるつもりなんだ?」
ルチアーノは何とかキープしていた笑顔が遂に崩壊し、泣きそうな表情で息子に質問を投げ掛けた。
「悪い奴をいっぱいッ、い~ぱいッやっつける!! 其れで、良いことしてる人を守るんだよ!! そうしたら絶対良い世界に成るでしょ?」
ディーノは少年らしいキラキラした夢を語る。
確かに理論上は悪い事をしている人間を社会から追放して、良い事をしている人間を守り続ければ世界は良い方向に進んでいくであろう。
しかし此れは、人間を明確に良い人間と悪い人間に分けることが出来ればの話である。
「はは、そしたらパパは真っ先に倒されちゃうかな」
ルチアーノは再び自嘲気味に笑いながら、ディーノのまだまだ軽い体を持ち上げて自分の膝上に載せた。
そしてディーノはルチアーノの発言をに不思議そうな反応を見せる。
「どうして? 僕はパパを倒さないよ?? パパは皆のヒーローだもん。皆言ってるよ、パパのお蔭でこの世界は随分息がしやすい場所に成ったって」
「誰から聞いたのかな、、、ありがと」
恐らく幹部の誰かから聞いたであろう言葉で自分を慰めてくれる息子の頭を、ルチアーノは優しく笑いながら撫で回す。
九歳の少年が語る夢としては此れで充分かもしれない。
(確かにディーノの言う様に、世界が黒と白に二分できればもっと簡単なんだろうな。でも現実は難しいんだ、、、完全な悪い奴なんてこの世に居ないし、同じように完全な良い人などこの世に存在しない。要は全て視点の問題なんだ、、、)
息子の無邪気な発言に夢が無い悲観的な思考を挟んでしまう自分へ嫌悪感を覚えた。
こんな場所でさえマイナスな事を考えている。
膝の上に世界一大切な存在を乗せていて、その存在がコロコロ笑ってくれている。今は其れだけで充分じゃないか。
「ディーノはヒーローに成りたいのか?」
「うん、僕はパパみたいに立派なヒーローになるよ!」
自分の事をヒーローだと思ってくれている事が嬉しかったが、その考えが大人に成った時に息子の足枷に成ると考えて胸が痛くなる。
しかしこの子なら乗り越えて、自分を『悪い奴』の中に加えてくれると信じていた。
「ディーノ、、、お前にはヒーローに成る為の修行へ出向いてもらう事になった」
「修行ッ!? 何処で何するの!! 強く成れるの?」
『修行』の言葉を聞いた瞬間瞳が輝き、嬉しそうに膝の上でピョンピョン跳ねた。
「ああ、強くなれる。パパの友達にお前を鍛えて、一人前のヒーローに育て上げてくれるっていう人が見つかったんだ。その友達はパパと同じくらい強いぞ~」
「本当! 凄いや、僕もいよいよパパ達と一緒に戦えるんだね!!」
「ああ、修行の期間は苦しく長く険しいが、其れを乗り越えて本物のヒーローになったお前は俺達と戦える程強くなっている筈だ。修行を受けたいか?」
「うん、受けたい!!」
ディーノは一秒も考えないで、質問を受けると同時に頭を縦に振って同意を示した。
彼の中では考えるまでも無い選択なのだろう。
其処でルチアーノは最後の質問を投げ掛けた。
「でもなディーノ、、、修行の間はこの家を離れる事に成る。そして数年間戻ってくる事は無い。 アンベルトにも、ディオンにも、オーウェンにも、トムハットにも、そしてパパにも暫く会えなくなる。其れでも行くか?」
その言葉を受けてディーノの表情が固まる。
恐らくこの選択がここまで大事に繋がっているとは考えもしなかったのだろう。
「この家を出て、皆に会えなくなるの? この家に居たまま修行を受ける事は出来ないの??」
ディーノは事の重大さを理解して尻込みを始めた。
其れも当然、九歳の少年にとって家族と生まれ育った家は人生の全てである。
其れを失うという事は、全てを失うという事に等しい。
「駄目なんだディーノ。お前に修行を付けてくれる師匠は此処から遠く離れた表社会の町に住んでる。家から通うには遠すぎるんだよ」
「じゃ、じゃあ! パパとか他の誰かが教えてくれれば良いよ!! そうすれば此処に居たまま修行する事ができるじゃん!!」
「其れもダメなんだディーノ。パパも幹部達も皆忙しくてお前に修行を付ける余裕が無い、、、其れにパパ達では教える事ができないモノをその師匠は教えてくれるんだ」
我ながら大人無い作戦を選んだと思う。
初めに修行を受けたいとう言質を取っておいて、それから修行の条件を次々と追加していく汚い大人の策略だ。
しかしこの行いがディーノにとって最善であると信じている。
これ以外にディーノが悲劇しか待ち受けていない裏社会から脱出し、人として当然与えられるべき幸福を手に入れる方法は無いのだ。
「で、でも、、、でもッ!!」
息子がまだ未発達の語彙力を振り絞って現状を打開し、どうにかしてこの家にいながら修行を付けてもらおうと四苦八苦している。
心臓の奥が良心でズキズキと痛んだが、本当に息子の事を愛しているのなら此処で止まる訳にはいかないのだ。
最後の一押しをしなくてはならない。
「ディーノ」
ルチアーノは息子の名前を呼びながら両肩を掴んだ。
ディーノは驚いた様に体を震わし、怯える様な双眸で父親の瞳を見つめ返してくる。
その双眸に反射して映った自分の顔はまるで悪魔の様であった、息子を茨の道に引きずり込む悪魔。
しかし止まる訳にはいかないのだ。
「お前がパパの事をヒーローだと思ってくれている事は嬉しく思う。でも、パパは本物のヒーローじゃない、、、寧ろ悪者、ディーノが世界を良い方向に変えたいのなら真っ先に倒さなくちゃいけない存在だ」
今回もお読み頂きありがとうございます!!
今日は何とか一週間以内に1000PVを突破する為に、一日四本投稿させて頂きたいと思います。
なろう版の方は、昨日投稿を忘れてていた15話も含めて一日五本投稿ですね。
今から1000PVを超えるには、250PVが必要なので応援頂けると嬉しいです!!
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