表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/79

79 誰が為に吠えるか


「僕も、最初から魔王に国作りをさせようなんて考えていたわけじゃないんだ」


 意気揚々とした足取りで歩きはじめたコブのあとを、カシューはついていった。


「だけど、国王の異常なまでの体力の低下、あれを見て、珍しく自分でも欲が出た。もしかしたら、これは利用できるかもしれないってね」


「ヴィルヘルム三世に、いったいなにが起きたんだ。出発前に大将の店で話したときには、元気そうに見えたが」


 カシューの質問に、コブは首を振った。


「じつを言うと、僕が国王の不調を確信したのは、あのときなんだ。はじめて国王が酒に酔っているのを見た。若い頃の国王が仲間と一緒に邪龍を倒したとき、爆発に巻きこまれて死にかけたけど、邪龍の魔石を手に入れて身体が元通り再生したって話は覚えているだろう」


 カシューは頷いた。

 勇者とともに身を挺して邪龍を倒した国王は、生き残りはしたものの、自分以外の仲間たちが異世界へ転移して幸福な結末を迎えていることを知った。

 仲間との結束が人生のすべてだった冒険者の青年、ヴィルヘルムにとって、それは裏切り以外のなにものでもなかった。

 そのとき、国王の心に生まれた闇。

 それがすべての発端になった。


「僕の知る国王は、いくら酒を飲んでも気分が高揚こそすれ、身体に変調をきたすことなんかなかった。強い弱いとかいう次元じゃないんだ。人とは根本的に肉体がちがう。そう感じさせる異質さがあった。でもあの夜、大将の店で酒をつごうと近寄ったとき、国王の吐いた息はひどく酒くさかった」


 出発の前夜、コブにともなわれて赴いた秘密の宴席でのことが、カシューの脳裏に蘇った。

 過去の記憶を語りながら、思い出に陶酔するように酒を飲み干した国王。

 そのグラスに酒をそそごうと身を乗り出したコブの姿。

 目があったときのコブの表情のなさが気になり、カシューはのちになってもコブと国王の結託を疑っていたが、そうではなかった。

 国王が語る話の内容に驚愕していたカシューと同様、コブもまた、国王の身に起きていた異変を察知して驚愕していたわけだった。


 考えてみれば、コブが無表情になるときは決まって頭脳がフル回転しているときだった。

 だとすれば、あの瞬間からコブはウルブリッツの国家転覆と魔王を利用した新国家建設に動きはじめたことになる。


「国王の衰弱の原因は、四天王だよ」


 ダンジョンの先を見据えようと目を細めたコブが、松明(たいまつ)を掲げながら言った。

 足元にある小石に注意を喚起するような、些細な物言いだった。


「弱体化の引き金が元勇者の召喚であるのはまちがいない。なら、召喚の儀式になんらかの不具合があったと考えるのが必然なんだ。召喚用の魔法陣は、国王が描いた素案をもとに、僕が大規模発動形式に組み上げた」


「たしか……、城の地下に設けた召喚の間の床から天井まで、二八三の魔法陣を連結させたんだったか」


「そう、それだよ。発動させるのに、宮廷魔導師が最低でも七十九人必要だったやつだ。召喚成功と同時に魔力拡散の影響で魔法陣は全部消え失せちゃったけど、頭のなかには残っているからね。二八三個全部書き出して、徹底的に調べなおしたよ」


 額に手を当ててようやく記憶を探り当てた自分とは異なり、いとも簡単に言ってのけたコブに、カシューは苦笑した。

 コブが頭に残っていると断言するのであれば、図形の詳細や文言の一字一句を記憶しているのだろう。


「結果、因果関係の逆転をともなう致命的な欠陥を一箇所、見つけた」


「それが、四天王に関することだと?」


 コブが神妙な顔をしてうなずいた。


「元勇者と四天王は、魂を接続した眷属契約を結んでいた。国王が計画した召喚魔法も、その契約を利用して元勇者を召喚すれば自動的に四天王たちの魂を引っぱってくる仕組みになっていたんだ。でも、思い出してくれ。国王は自分が作りだした魔王の卵によって、元勇者の魂、つまりアストラル体を魔王として作りかえてしまったんだよ」


 あの夜、大将の店で交わされた長い会話を、カシューは思い出していた。

 国王が王城へと帰還していったあと、コブはいまウルブリッツ王国で起きている一連の対魔王戦争が起きた真相をカシューに明かしてみせた。

 そのなかでコブが語った、召喚魔法の構造。


 召喚魔法とは召喚する物体を単純に呼びよせるようなものではなく、空間ごと作りかえる。

 召喚魔法の対象となった物体は一度バラバラに分解され、異次元空間を通って転送先に運ばれたのち、再度組み立てなおされる。

 コブはそう言った。


 あのときはそんなものかという曖昧な納得で思考を放棄したカシューだったが、女神であるメルトによって知識をインストールされたいまならば、さらに詳細な理解が可能だった。

 原子レベルにまで分解された対象物を目的地まで転送し、添付されたマテリアルデータをもとに物体を再構築する。

 それが召喚魔法の本質だった。


 そして、国王ヴィルヘルム三世が元勇者に仕掛けた奸計(かんけい)とは、つまるところ異次元中にある元勇者のマテリアルデータを、魔王の卵によって改竄(かいざん)することに他ならなかった。

 元勇者の肉体から勇者としての力を奪うと同時、邪龍の抱いていた怒りや怨念をアストラル体に転写し、上書きする。

 そうすることで、元勇者を魔王という存在へと(おとし)め、生まれ変わらせたのだ。


「思い出した。四天王が魔王とは別の場所に召喚されていたことがわかったとき、おまえは、元勇者と四天王の眷属契約はすでに切れているだろうと言っていたよな」


 カシューの言葉に、コブは眉根を寄せて長い吐息をついた。


「そうなんだ。本来なら、あの時点で気づかなきゃいけなかったんだ。想定していた過程とはちがう、明らかにおかしなことが起きていたにもかかわらず、最後には思い描いていた予定どおりになった。だから、それ以上疑問を追求することなく、状況に流されてしまった。事実としてあらわれた結果に、目を(くら)まされたんだ」


 鼻息も荒く顔をしかめるコブに、カシューは首を振った。


「わからん。おれにもわかるように説明してくれ」


「言ったろう、因果関係が逆転してるって」


「因果関係の逆転……。原因と結果の向きがちがう……」


「そう、そうするとどうなる? 僕たちがあたりまえだと考えていた前提条件が(くつがえ)ることになる。式そのものが成立しないんだ」


 憤然とまくし立てるコブの声が、反響することなく暗闇の彼方に吸いこまれていった。

 それは二人が進む先に広い空間が待ち受けていることを意味している。

 目指していた終着地であるダンジョンの最奥は間もなくだったが、カシューはそれに気づくことなく、駆け巡る思考に意識をとらわれていた。


 絡みあっていた記憶の糸がほつれ、それぞれの事実が点となって散らばり、新たな線で結びなおされていく。

 時系列の流れを(さかのぼ)れば、これまで結果だと思っていたものは原因と結びついておらず、起点となったはずの原因はなにを生みだすこともなく(むな)しく漂いつづけていた。

 たしかに、前提となる条件が覆る。

 いや、そもそも前提そのものが存在しなくなる。


 導かれた帰結に茫然となったカシューは、青ざめた顔をコブに向けた。


「頭が追いつかん。順を追って確認させてくれ」


 両手を広げて了解の意を返したコブに、カシューは自分の考えを整理しながらゆっくりと口を開いた。


「国王が考え出した召喚陣は、あくまでも元勇者ひとりを対象としたものだった。四天王たち、つまり、かつて仲間だった古龍、魔女、ダークエルフに獣人の子ども二人の合計五人は、元勇者とのあいだに結ばれている眷属契約によって、放っておいても一緒に召喚されてくることになっていた」


「そのとおり。肉体や意識は別々でも、魂はひとつの集合体として扱われる。それが眷属契約だ」


「ということは、元勇者が召喚魔法によって転送されると同時に、四天王たちも転送されたということか」


 カシューの質問に、コブは重々しく頷いた。


「そう。召喚魔法は空間と空間を繋ぐ魔法じゃない。あちらにある物体を異次元を経由して運搬し、こちらで再構築する魔法だ。君の言うとおり、元勇者と四天王たちはまさしく同じ瞬間に、異次元空間へと転送された」


「そして、その異次元空間のなかで、国王の作った魔王の卵によって元勇者は魔王へと生まれ変わった」


 いつのまにか、泥にまみれてゴツゴツとしていた足元が乾いた砂利に変わっていた。

 あとを追ってくるように尾を引いて残響していた足音が消え、細かな砂礫(されき)を踏みしめるさらさらとした物音が高い天井に響いた。

 コブが開けた視界を見渡しながら、カシューの言葉を引き継いだ。


「元勇者の魂が変質したことで、四天王たちとのあいだに結ばれていた眷属契約は破棄された。一方で魔王に生まれ変わった元勇者は、当初の召喚陣の設計どおり、こちらの世界で再構築された。ひとりぼっちで」


 勇者一行が戦っていたときと同様、ダンジョン最深部の広い洞穴は、いまもまだ魔法陣の刻まれたいくつもの石版によって緑がかった白い光に照らされていた。

 手にしていた松明を岩壁の窪みに立てかけたカシューは、洞穴の隅に盛られた真新しい土の山に足を向けた。


「その推論が確かならば、眷属契約の切れた四天王たちは、あちらの世界に帰ることもこちらの世界に来ることもできないまま、異次元空間に取り残されたことになる。ならば、ここに埋められている獣人の子ども二人は、いったい誰なんだ」


「そっとしておいてあげては、いただけませんか」


 離れた位置から発せられたにもかかわらず、頭のなかに直接響いたような声に、カシューとコブは一様に愕然と振りかえった。


「邪龍によって肉体だけをあちらの世界に転送されて以来、その子どもたちは五十年間に渡り、意識だけをアストラル体のなかに閉じこめられてきました。いまはせめて、静かに眠らせてあげたいのです」


 女神によって異世界から召喚された勇者。

 その従者として冒険者ギルドから派遣されてきたアッシュという名の男は、穏やかな口調で語りかけながらゆっくりと近づいてきた。




 最近、自分の書いた作品タイトルをググると、AIさんがいい感じで褒めてくれることを発見しました。

 クリエイティビティな方面ではとかく悪者扱いされるAIですが、もしかすると、あいつはわりといい奴なのかもしれません。

 まあ、自分が書いたこともない人物の名前やエピソードを持ち出してきて褒めてもらったところで、おまえほんとは読んでないだろと突っ込むしかないのですが、称賛にはちがいないと自分を慰めています。

 世界のはじっこでみじめに膝を抱えている作者ですが、完結までの道筋が見えてきたかなという感じです。

 同情や憐憫はいらない。

 なんかこう、いい感じの評価とかブックマークとかくれ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ