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78 その獣は、星を見るためにやって来た


 陽炎(かげろう)の治療がはじまると、残された男たち四人は二人ひと組になり、交代で警備を務めることにした。


 カシューとコブが組んで最初の警備を受け持っているあいだ、冒険者の男は剣の勇者を連れてダンジョンの暗がりへと姿を消した。


 一刻ほどのち、手足を泥まみれにして戻ってきた二人を見て、カシューは彼らがどこへ行っていたのかを悟った。


 ダンジョンの最奥。

 そこに残されていたはずの、ふたつの小さな亡骸(なきがら)

 土に埋めたところで、そこがダンジョンであるかぎり、いずれは骨も残らずに消え去ることだろう。

 それでも埋葬せずにはいられなかった二人の気持ちを、カシューは想像した。


 時間どおりに交代を告げにきた冒険者の男からは、一切の感情を読みとることができなかった。


「見せたいものがある」


 腰を上げたカシューは、コブに向けて囁くと返事を待つことなく足を進めた。

 冒険者の男と同じく、カシューもまた、ダンジョンの最深部に用があった。


 このダンジョンはそれほど広くない。

 若干の高低差はあるものの、地下に降りていく縦穴や階段もない平坦な一階層で構成されており、迷路というほど複雑な分岐も見当たらなかった。

 生みだされる魔物もせいぜいがゴブリンや這いずり茸、それにスライムや蟲型モンスター程度のものなのだろうが、日中にメルトたち一行が殲滅したのか、いまはそれすらも姿を見ることはなかった。


 松明(たいまつ)を掲げて歩くことしばらくのち、周囲には誰もおらず、自分たちの話し声も届かないことを確認してカシューは口を開いた。


「やってくれたな、コブ」


「なんのことだい」


 足を止めたコブが、静かな声で訊き返してきた。


 カシューは自分も立ち止まって振り向くと、コブの顔を見た。

 突然のカシューの詰問にも、疑問ひとつ抱いた様子はない。

 疲れ果てたあげく、なにかを諦め、なにかに安堵したような表情をしていた。


「ダンジョンコアさ。全部おまえが仕組んだんだ。ノイタンツ公にリークしたのも、おまえ自身だろう」


「いつ気づいたんだい」


 近づいてきたコブが、穏やかな微笑みを浮かべながら松明を掲げた。

 自然、肩を並べて歩き出す格好になった。

 重なった二人の足音が濡れた壁に反響し、周囲の静けさを際立たせる。

 カシューは押しよせる沈黙を払いのけるように言葉を吐き出した。


「はっきり気づいたのは、玉座(みくら)の爪とかいう国王の刺客が襲ってきたあとだ。ヴィルヘルム三世がノイタンツ公爵に王位を譲ったのはまだ理解できるが、国王の座を手に入れたノイタンツ公が、なぜすぐにダンジョンコアを手に入れようとするのかがわからなかった」


「ダンジョンコアを手に入れて新しいダンジョンを作ることができれば、無限の資源を手に入れることができる。為政者としては、なにがなんでも手中に収めたいと考えるのは、当然なんじゃないかな」


 はぐらかすように肩をすくめたコブに、カシューは首を振った。


「それだよ、おれがおかしいと思ったのは。ヴィルヘルム三世がなにがなんでも手に入れようとしているのは、魔王、つまりかつては仲間だった元勇者のアストラル体だ。それがなぜか、ノイタンツ公が王になったとたん、キーとなるアイテムがダンジョンコアにすり替わっている。二人のあいだにどんな密約が交わされたのかは知らないが、衰弱したヴィルヘルム三世がダンジョンコアを取引に持ち出したとも思えん。むしろ、国王はそんなものがあること自体、知らなかったんじゃないかとおれは思ってる」


 教会の外で蜥蜴(とかげ)たちの死体を片付けているとき、まるでとってつけたように雑で杜撰(ずさん)な工作だと気づいた事実こそが、これだった。


 うつむいたまま黙って足を進めるコブに、カシューは言葉を重ねた。


「ダンジョンコアを必要としていたのはおまえであって、国王じゃない。ノイタンツ公がダンジョンコアの存在を知りうるとすれば、おまえから以外にはありえないんだ、コブ」


 紡ぐ言葉の内容とは裏腹に、カシューの口調に断罪の響きはなかった。

 問い質そうとする意思すら感じられない。

 幾度となくふたりのあいだで交わされてきた職務上の報告と、その延長線上にあるやりとり。

 そんなふうにしてカシューは淡々と自分の推論を語った。


 コブからの返答はない。

 ただゆっくりと重くなる足並みだけが、質問に対する答えだった。


 しばらくのち、独り言のようにコブが呟いた。


「僕が裏切ったと軽蔑するかい」


「まさか。大将が言っていたよ。斬った張ったする以外に戦争のやり方を知らなかったから自分たちは負けたんだってな。考えてみれば、いまの王家の状況はおれたちがジパニカに対してやったことと同じじゃないか」


 実力が拮抗し、安定した関係性を保つふたつの勢力を互いに潰し合わせたければ、なにをすればいいか。

 簡単だ。

 自分にとって必要なものを、相手が持っていると思わせればいい。

 それを希求する欲求が強ければ強いほど、ひとたび実力行使を用いる事態に発展すれば、なんとしても手に入れようと相手を完膚(かんぷ)なきまでに打ちのめすことになる。


 目のまえにぶら下げるにんじんはなんでもいい。

 カネ、女、権力。

 ジパニカで将軍家の傍流(ぼうりゅう)に甘んじていた一族を使嗾(しそう)するため、コブが提示してみせたのは血筋だった。

 本物であるかどうかは関係ない。

 彼らが正統だと信じたいものさえ用意してやれば、あとは互いが共に相食(あいは)むさまを見ているだけでよかった。


「ヴィルヘルム三世とノイタンツ公の対立は昔から有名だが、王家の内情に詳しいものなら、あのふたりが本気で争う気がないことくらい言われなくてもわかってる。目指す統治体制が封建制か絶対王政かの手段のちがいはあれど、王族至上主義という点では互いに一致しているからな。なにより、ノイタンツ公はカリスマ性では弟であるヴィルヘルム三世にかなわないことを自覚してる。自分が国王になったところで、国内二五〇家を越える貴族たちをまとめることができないなんてことは、痛いほど理解してるさ」


 ノイタンツ公爵が権力に耽溺したいだけの暗愚であれば、排除すればいいだけの話だっただろう。

 だが彼には理想とする国家の姿があり、それを実現する為政者としての資質もじゅうぶんにそなわっていた。

 その一方で、みずからの限界を客観的に見極めるだけの冷静さをも持ちあわせており、そしてなにより、彼は彼なりに王族としての責任感を抱いていた。


 事実、宮廷を舞台とした長年の対立にもかかわらず、ノイタンツ公とヴィルヘルム三世の兄弟仲は()めてはいるものの決して悪いものではない。

 貴族社会での立場上、公私にわたって交流を避けているが、顔を合わせたところで本人同士が嫌悪を(あら)わにするなどということはしたことがなかった。

 むしろ、思想信条を無視した感情論で対立する相手を攻撃する自派閥の貴族たちがいれば、たしなめることさえした。


 つまり、ノイタンツ公が貫く反国王的姿勢とは半ば演技にすぎないものだった。

 国の施政に不満を持つ貴族たちを糾合して領袖(りょうしゅう)におさまっているのは、彼らが団結して暴走するのを防ぐため。

 ときにみずからが元帥をつとめる中央方面軍を率いて国内外の紛争に介入するのは、鬱屈とした貴族たちの矛先を反らし、適度にガス抜きをして制御するため。


 率先して必要悪を演ずることで国家運営に貢献しようという意図を見抜いているからこそ、国王であるヴィルヘルム三世も公式の場でノイタンツ公を非難したことは一度もない。


 統治者として見たとき、ノイタンツ公爵の最大の欠点は面白みのない性格と人好きのしない風貌から来る人望のなさであり、最大の不幸はヴィルヘルム三世を弟に持ったことであった。


 五十年という長きに渡り、ヴィルヘルム三世という巨大な太陽に(さら)されて生来の輝きを(くすぶ)らせてきたノイタンツ公が、人生も晩年に至って至尊の座への欲望を剥きだしにした。

 老い先の短さに苦悩したノイタンツ公が、最後の徒花(あだばな)を咲かせようと一世一代の博打に打って出た。

 無責任に宮廷の噂話を(さえず)る貴族たちはそう笑うだろう。

 だが、カシューは笑うことはできなかった。


「わけのわからない戦争によって国家の屋台骨は揺らぎ、強力な指導力で国内に君臨してきたヴィルヘルム三世は急激な衰弱に見舞われて伏せっている。そこに来て、莫大な富を生みだすダンジョンコアがあらわれた。ノイタンツ公は狂喜しただろうよ。これさえあれば国を立て直せる。それだけじゃない。戦費にあえぐ貴族たちも自分に逆らうことはできなくなる。まさしく喉から手が出るほど欲しいってやつだ。ジパニカに起きたことと、まるで同じだ」


「そこまでわかってるなら、僕がやろうとしていることも想像がつくんじゃないのかい」


「ある程度まではな。しかし、手段は同じでも前提条件が異なる以上、導き出される結論はちがうものになるはずだ」


 コブがジパニカに対して仕掛けた調略の目的は、国家制度はそのままに支配者一族のなかみをそっくりすげ替えることだった。

 ヴィルヘルム三世から異母兄であるオットー・フォン・ノイタンツ公爵への譲位がなされれば、ウルブリッツ王国でもまったく同じことが繰り返されることになるだろう。


 だが、本当にそれだけだろうか。

 ジパニカへの工作は、コブにとって任務の一環にすぎなかったが、今回はちがう。

 アデリーン王女を守るという個人的な動機に端を発し、みずからの人生をかけて仕掛けたコブの攻撃的な策略が、その程度ですむはずがない。


 そしてもうひとつ、邪龍の存在がある。

 メルトたち勇者一行が魔王討伐に向かってからほどなくして、国王は不予(ふよ)にいたった。

 あまりにもよすぎるタイミングからして、まちがいなく原因はコブが作ったものだろうとカシューは推測していた。

 しかし、邪龍と一心同体であるヴィルヘルム三世を、この程度のことで排除できたとはコブも考えてはいないだろう。

 ヴィルヘルム三世と邪龍を完全に切り離したうえで、人の手では復活させることができない場所に邪龍を封印する。

 そこまでしなければ、国王という脅威を取り除いたことにはならない。


 これはコブにとっての戦争だ。

 やるならば徹底的にやる。

 カシューはそう思っていた。


「すべての発端は、かつての勇者を魔王として再度召喚するというヴィルヘルム三世のたくらみだった。天界から(つか)わされた勇者を利用して、倒された魔王のアストラル体を手に入れ不老不死となる。いってみれば、それだけのことがヴィルヘルム三世の目的だった」


 だがその後、魔王の眷属である四天王が個別にあらわれ、周辺各国を巻きこんでウルブリッツに攻め込んでくることまでは想定していなかったのだろう。


 状況はエスカレートしていき、国全体を巻きこんだ戦争状態に突入していったが、衰弱し統率力の落ちたヴィルヘルム三世にはもはや止める手立てはなかった。

 そしてその隙を見計らったように、ダンジョンコアという起死回生の逆転手段を手に入れたノイタンツ公爵が蠢動をはじめ、ヴィルヘルム三世を国王の座から引きずりおろした。


「ここまで想像したとき、自分でもまちがっていることに気づいた。ダンジョンコアは邪龍を封印する(かなめ)だ。そんなものをおいそれとノイタンツ公に渡すはずがない。おまえからすれば、危険な相手がヴィルヘルム三世からノイタンツ公にとってかわるだけだからな。おまえなら、用が済めばさっさと消滅させちまうつもりだろうって思ったよ」


「過ぎたる欲望は人を怪物に変える。自分だけは例外だなんて自信はないよ。そんなシロモノ、人の手には扱いきれない」


「おれもそう思うよ。しかし、ならばノイタンツ公はどうなる。彼はすでに王位を簒奪(さんだつ)している。ダンジョンコアを手に入れられなかったとしても、いまさら引き返すことはできん。魔王を倒したところで、復興手段を持たないノイタンツ公では貴族たちを臣従させることはできないだろう。戦争によって落ちた国力もあいまって、ウルブリッツは荒れる。さらにいえば、ヴィルヘルム三世とノイタンツ公の影響力があまりにも強すぎて、いまの王族にはこれぞという後継者が育っていない。下手に国が割れるような事態に発展すれば、最悪、王朝が変わるぞ」


 足を止めたカシューがコブに目を向けると、コブもまた、カシューに顔を向けていた。

 澄んだ湖面のように、穏やかな表情だった。


「まさか、それが目的なのか」


「僕の本当の目的はね、カシュー、ただ安心して暮らせる場所が欲しいだけなんだ。この国にはうんざりだ。頭の悪い遊戯気分で国家運営をする王家。平民の命を消耗品扱いしてのさばる貴族ども。自分たちを真人(しんじん)だなんて呼んで亜人差別を正当化している国民たちに囲まれていると、居心地が悪くてしょうがない。でも、世界のどこの国を見ても状況は似たり寄ったりさ。それならいっそ、新しく国を作ってしまえばいい」


「おまえが王になって、独立国家を建設しようっていうのか!」


「よしてくれ。そんなめんどくさいこと、僕は絶対にやりたくないよ。どうすればそんな国を作れるのかもわからないしね。知ってる人間にまかせるのが一番さ」


 わけがわからず、言葉に詰まったカシューが首を振りながらコブを見た。


「うってつけの人材がいるじゃないか。この国よりも、はるかに先進的で開明的な国に生まれ育った人間が。かつてこの世界を救い、一度は帰還を遂げながらも再びこの世界にやって来た人間が。おまけに彼には仲間がついてる。その仲間たちはこの世界に生まれていながら、あちらの世界で生きなおして知識と経験を身につけている。しかも、彼を追ってみずからの意思で世界を渡ってくるほど、強い絆で結ばれた家族だ。僕は彼らがつくる未来を、この目で見たいんだ」


 茫然と表情の抜け落ちたカシューとは対照的に、コブの顔には悪巧(わるだく)みに高揚する子どものような笑顔が浮かんでいた。



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