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66 日出ずる処、獣たちは動き出す


 茫然と立ち尽くすもの、なにが起きているのかわからず座りこむもの、(うめ)き声をあげながら倒れ伏すもの。

 圧縮された空気の塊と炎は広場にいたものたちを分け隔てなく吹き飛ばし、飲み込んでいった。


 突風に煽られまいと足を踏みしめたカシューは、膨張しながら迫り来る炎を睨みつけた。

 絶体絶命の窮地に陥ってなお、カシューの闘争心は消えていなかった。

 知覚が極限まで研ぎ澄まされ、身を包むあらゆるものが這い寄るようにゆっくりと動きはじめる。


 目に見えぬ猛烈な熱波が忍び寄り、(くすぶ)りはじめた頭髪や衣服が煙を発した。

 口を開くと、瞬時に()けついた粘膜がパリパリと剥がれていくのがわかった。


 息を吸いこめば肺腑(はいふ)が焼きつく。

 腹腔奥底から吐き出した吐息は、咆吼をともなってカシュー自身の耳に届いた。


 追いつめられた生存本能が、カシューの体内で限界を超えた魔力を生成しようとしていた。

 全身に充満しながらさらに湧き出してくる魔力は、開放先を求めて体内を駆け巡り、必然的にカシューが怒りを込めて立ち向かおうとしていた爆炎めがけて眼球から噴出した。


 強力な魔力波が周囲の空間に展開され、歪曲した重力がカシューの身を宙に持ちあげる。


「うおおぉぉぉ!」


 空間を断ち切るような白い閃光が、視界一面に広がる赤い炎に吸いこまれた。


 静寂に満ちた一瞬の拮抗ののち、新たな爆心が生まれた。

 重なりあった炎が互いに圧縮しあい、真っ白な光の塊となって紅蓮の炎を吹き飛ばしていく。

 高温に(さら)された大気がプラズマ化し、色とりどりの稲妻が鮮やかなグラデーションを描いて縦横無尽に駆け巡った。


 体内の魔力を一瞬にして使い果たしたカシューは、わずかな距離を落下すると地に膝をついた。

 魂が抜けたように全身に力が入らず、気力を振り絞らなければ呼吸すらもがままならない。


 虚ろな目つきで周囲を見渡した。


 広場は一面が焼け野原と化していた。

 周辺を取り巻いていた木々は一部が炭化し、いまだ煙を上げて燻っている。

 カシューが引き起こした爆発の中心地点は円形に地が(えぐ)れ、雲母(うんも)のような輝きが表面を覆っていた。


 入り乱れていた騎士たちの姿はどこにもなかった。

 吹き飛んだか、焼失したか、あるいはその両方か。

 いまさらながら、カシューは自分が生きていることに驚いた。


 馬車の姿が見えないことに気づいて慌てたとき、小山をなして盛り上がっていた土砂の向こうから悲鳴のような叫びが聞こえた。


戎兵衛(じゆうべえ)! しっかりせいっ、戎兵衛!」


 陽炎(かげろう)の声だった。


 息を整えようとして咳き込み、なんとか立ちあがった。

 よろめきながらも足を動かし、歯を食いしばって走った。


 土砂の山をまわりこんで原型を留めている馬車を見つけたときは安堵の息をついたが、すぐに息を飲んだ。

 半身の焼けただれた戎兵衛を、陽炎が抱きかかえていた。


「死ぬな、戎兵衛! 目を開けろっ、息をするんじゃ!」


 髪を振り乱して叫ぶ陽炎の声にも、戎兵衛はまったく反応を返さなかった。

 まだ命があるのかどうかも、カシューにはわからない。


 目を閉じて力の抜けた戎兵衛の顔は、右半分が炎に(あぶ)られて破れ、もとの容貌がわからないほどに焼け崩れていた。

 首から下はさらにひどかった。

 背中から右半身にかけて焼けた皮膚がめくれあがり、ところどころが炭化してひび割れている。

 あきらかに致命傷だった。


 カシューが茫然と立ち尽くしていると、開け放してあった馬車の扉から、若い娘が慌ただしく姿をあらわした。

 フリルの少ないシンプルなデザインながらも、ひとめで生地の良さがわかるロングドレスに身を包み、複雑に編み込んだプラチナブロンドが形の良い頭を取り巻いている。

 アデリーン王女にちがいなかった。


「クララ、急いでっ。すぐに回復魔法をかけないと!」


「姫っ、せめてコートをお召しになってください!」


 アデリーン王女はドア枠に手をかけると、勢いよくキャビンから飛び降りた。

 走り出そうとして顔をしかめると、白いふくらはぎをさらすのも気にせずにドレスをたくしあげた。

 深窓の令嬢というにはいささか無骨なショートブーツが足にはまっていたが、荒れた土の上を歩くにはヒールが細く高かった。

 王女は身をかがめることもなく膝を上げて靴をむしり取ると、躊躇なく投げ捨てた。


「そこのあなた! 馬車に敷いてある絨毯を持ってきてっ。怪我人を寝かせないと!」


 絹織りのストッキングのまま駆ける王女にすれちがいざま命じられたカシューは、唖然として見送ったが、口元を引き締めると馬車に向かった。


 馬車のキャビンでは、メイドドレスを着た品の良い老女が豪奢なコートを握りしめたまま、身をよじってうろたえていた。


「姫! お待ちください、姫! ああ、どうしましょう。ステップがなきゃ降りられないわ。姫!」


「ご婦人、失礼」


 カシューはひと言ことわると、両手を挙げて老女を軽々と抱きかかえ、(うやうや)しく地面におろしてやった。


「あら。これはどうも、ありがとう存じます」


「どういたしまして」


 上品に頭を下げる老女に、カシューは落ちていたブーツを拾いあげて手渡した。


「あらあら、なんてことでしょう。姫っ。お靴とコート!」


 年齢に見合わぬ健脚ぶりを見せる老女に背を向けると、カシューは馬車のなかに呼びかけた。


「コブ」


 床に敷かれている絨毯を剥がそうとばたばた暴れまわっていたコブが、汗にまみれた顔で振り向いた。


「ああ、カシュー。なんか引っかかってるみたいで、絨毯がとれないんだ」


「おまえが上に乗ってるからだ。一度降りろ、コブ。おれがやる」



目からビームはあらゆる困難を解決する。

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