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65 立ち向かうアヒル


 もどかしい思いで(やぶ)をこぎわけながら進むと、針葉樹が多く生育している地形に出た。


 先ほどまでカシューがいた高所からは眼下一面に広がる樹木に紛れて判別できなかったが、根元付近の地表から見渡せば、人の背丈ほどの灌木(かんぼく)が無造作に密生するその奥に、規則正しく等間隔に(もみ)の木が立ちならぶ一角が存在しているのがわかる。


 ねじくれた枝や絡みあう蔦を避けながら奥へと向かっていくと、思ったとおり、樅木立を抜けた先で急に視界が開けた。

 丈高く繁る梢によって空から切り離された薄暗い空間が、山あいを縫って左右にどこまでも続いている。

 まさしく、道としか呼びようのない場所だった。


 両側に佇立する樅の並木は、人為的に植えられたものだろう。

 長い年月を経るうち、もともと一帯に根づいていた低木に周囲をかこまれ、結果としてただ森を歩いているだけでは気づかないほど巧妙な偽装となったようだった。


 森に慣れた猟師ならば植生に違和感を覚えるだろうが、街道周辺の村に暮らす猟師たちは、こんな山奥で狩りをすることはない。

 山奥に集落を作り熊や中型魔獣ばかりを狙う狩人もいるが、そもそも彼らが山を下りることはめったにない。

 この軍用連絡道がいつ作られたのかわからないが、街道しか利用しない村人や商人たちが道の存在を知らないのも無理からぬことだった。


 緩やかな曲線を描きながら勾配の彼方へと消えてゆく道の上に、カシューは足を踏み入れた。


 長く通るものがいないにもかかわらず、足首ほどの高さの下生えが広がっているくらいで森林に飲み込まれていない理由は、街道敷設のさい、樹木の育成を阻害する特殊な瀝青(れきせい)を混ぜた砂利を敷きつめ、その上から土を盛っているからだった。

 そして二台の荷車がぎりぎりすれちがえる程度に揃えられた道幅は、手綱で指示を出すことなく馬にまかせて突き進むため。

 たしかに、カシューの知る伝令用連絡道路そのものだった。


 カシューは足元に注意を向けた。

 路面は一面が雑草に覆われ、土に刻まれた馬の足跡など見分けるべくもない。

 だが意識して観察してみれば、押し潰された草の陰影がところどころで直線を描き出していた。

 馬車の車輪。

 それが通過してできた(わだち)

 そして草の倒れた向きを考えれば、どちらから来てどちらに向かったかがわかる。


 カシューは目指すべき方向に目を向けると、深く吸いこんだ息をゆっくりと吐き出した。

 魔力によって心肺機能を強化させる。

 新鮮な血液に乗った魔力が、血管を巡って末端へと浸透していく感覚が全身に満ちていった。


 もはや藪をこぐ必要はない。

 馬にとって走りやすい道は、人間にとっても走りやすい道にちがいない。

 四つ脚の獣と二足で直立する人間。

 どちらが速く走れるか試してみるときだった。


 ゆらりと踏みだした足が大地を叩き、カシューの身体は滑るように加速していった。


 流れるようにして後方に吹き飛んでいく木々の列を視野の端におさめながら、カシューはこの先で待ち受けているであろう状況を想像した。


 ノイタンツ公が放った刺客の目的は、アデリーン王女の確保であって抹殺ではない。

 同行者の生死については頓着しないかもしれないが、少なくとも王女の身の安全には最大限の注意を払うはずだった。

 そうである以上、大規模な殲滅攻撃は仕掛けてこない。

 まずは足止めをし、包囲したうえで邪魔な護衛を始末して馬車ごと奪取を試みるだろう。


 考えるべきは、誘拐を実行する集団の性格だった。

 暗殺や略取を専門とする諜報機関の秘密工作部隊ならば、地形を利用した巧妙な罠を仕掛ける待ち伏せが常套手段になる。

 少なくとも、カシューならばそうする。

 これだけの幅しかない一本道だ。

 丸太ひとつころがしておけば、馬車の通行を阻むのは容易だった。


 死んだ蜥蜴(とかげ)も当然そうするつもりだったのだろうが、作戦の主導権をノイタンツ公の配下に奪われ、後方支援にまわされている。

 それを語ったときの蜥蜴がみせた、馬鹿にした様子。


 そしてもうひとつ、崖から飛び降りるまえ、陽炎(かげろう)の術を得て戎兵衛(じゆうべえ)が感知した状況があった。

 西南西より剣と弓で武装して走る馬が多数。


 まちがいなく素人だ。

 おそらく、計画を命じたノイタンツ公は、卑劣な手段を(いと)わない諜報機関よりも制圧力を重視した騎士たちで構成した部隊を派遣したのだろう。

 個としての武力は危険だが、逆にいえば、武力をもって正面からぶつかる以外の手段を持たないはずだった。


 いま走っているこの道からも、わかることはある。

 軍隊が多数の土魔法持ちの魔術師を動員して一気に作りあげる軍用道路は、一切の装飾を排した実用重視のつくりをしている。

 道幅や傾斜角、材料などもすべてが規格化されており、現地では工兵による指揮官が地図に沿って敷設していくだけで、設計図を広げることすらない。

 つまりウルブリッツ国内の軍用道路はどこであろうと同じ構造をしており、それは一定区間ごとに野営などの大休止のため道幅を拡張した箇所が存在していることを意味している。


 襲撃地点はこの先にある広場。

 罠はなし。

 戦闘は馬から降りた騎士を相手にする白兵戦。

 カシューはそう判断した。


 純粋な力勝負となれば、決め手になるのは人数だ。

 教会で襲ってきた蜥蜴たち玉座(みくら)の爪は九人だったが、あれは相手の奇襲を逆手に取ることで倒したようなものだった。

 隙なく武装した兵士の集団に通じるものではない。

 先行した戎兵衛と陽炎のふたりに一刻も早く合流しなければならないことにかわりはないが、待ちかまえている敵のすべてを倒すことはできないだろう。

 足止めに徹し、王女の乗った馬車だけでも逃がす。


 カシューはそう基本方針を決めると、一切の余念を捨て無心に足を速めた。


 安定していた呼吸がふいごのように荒々しいものにかわり、どれほどの距離を走ってきたのかカシュー自身にもわからなくなってきたころ、前方に喧噪の気配を感じた。

 湾曲した道と木立に阻まれて見えはしないが、耳に届いてくる入り乱れた複数の足音と怒号。

 打ちあう剣と軋む鎧の激しい金属音。


「護衛は倒した! あとは馬車を奪うだけだ!」


「ダメだっ、毒の霧に包まれていて馬車に近づけん!」


「あの女の魔法だ! 弓で射ろっ」


「させねえ! お嬢っ、司令を連れて隠れろっ。そこにいたらいい標的だ!」


 戎兵衛の叫びを聞き、カシューは奥歯を噛みしめた。

 コブがいる。


 半ば予期していたとはいえ、アデリーン王女とコブが行動をともにしている以上、それを助ければ組織と(たもと)を分かつことになる。

 どこへ行くにも組織の影に怯え、安住の地を捨てて逃げまわる日々が待っているはずだった。


 そう思ったとき、怒りにも似た衝動が脳内で形をともなって突き抜けた。

 だからどうした。

 追ってくるものがあれば返り討ちにするだけだ。

 おれは逃げも隠れもせん。

 なんどでもお見舞いしてやる。


 (はら)さえ決めてしまえば、あとは考えるまでもなかった。

 バカな友を助けるために命をかける。

 そんなバカな生き方を選んだことに、かつてない爽快感を感じた。


 胸の奥から謎の活力が湧いてくる。

 息も絶え絶えだった肺は叫び出したくなるような高揚感に包まれてはち切れんばかりに膨らみ、重く鈍い反応を返すばかりだった手足に新たな力が漲った。


「ぐがぁぁああぁ!」


 意味のわからない絶叫とともに飛びこんできたカシューの姿は、襲撃する側、防衛する側を問わず広場にいたすべての人間を束の間、硬直させるに足る迫力に満ちていた。


 剣を振りあげたまま茫然としていた騎士のひとりは、走る勢いを減衰させず跳びあがったカシューが両脚をそろえて放った蹴りによって、かき消えるように吹き飛んでいった。


 野生の獣のように四つ脚で着地したカシューは、目を見開いたまま固まっていた騎士たちに駆け寄ると、彼らのあいだをすり抜けざま、広げた両腕で首を刈り取るがごとくなぎ払った。

 直撃を食らったふたりの騎士が、巨大な破城槌に弾かれたように猛烈な勢いで上下に回転して頭から大地に叩きつけられ、動かなくなる。


 人間離れしたカシューの怪力を間近で垣間見たひとりが、恐怖に顔を引きつらせながらも手にした剣を振りあげた。

 カシューは瞬時にして間合いを詰めると腰をひねり、遠心力がたっぷりと乗った(すね)を相手の足首めがけて振り抜いた。

 体勢を崩すどころか両足ごと払われた騎士の身体が、地面と平行になって宙に浮く。

 腰をかがめて踏み込んだカシューが伸びあがるようにして拳を打ち上げると、奇妙な形のまま身体を折り曲げた騎士が、放物線を描いて頭上に飛んでいった。


「あははははは! すごいぞカシュー、さすがだよ!」


 突如響いた脳天気な笑い声に目を向けると、満面の笑顔を浮かべたコブが馬車の御者台から身を乗り出し、手を叩きながらはしゃいでいた。


「司令っ、馬車んなかに入っていてくんないかい。花に巻きこんじまう!」


 馬車のかたわらに立ち、右腕を突きだしていた陽炎が慌てた様子で声をあげた。

 その袖口から噴き出した大量の赤い花弁が、巻いた風に乗って馬車を取り巻いている。

 崖の上でも見た陽炎の術だったが、いまはあの花びら一枚一枚に毒が仕込まれているのだろう。

 全身に赤い花びらを張りつかせた騎士たちが、馬車のそばに倒れているのが見えた。


 コブの姿を目にし、頬を緩ませながら舌打ちをするという器用な仕草をしてみせたカシューだったが、広場に散らばっていた騎士たちもコブの言葉を聞いて状況を理解したようだった。


「新手だっ。全員距離を取って囲め!」


 指揮官らしき騎士が声を張りあげた。

 またたく間に四人を行動不能にされたことで、カシューに最大限の警戒を抱いたらしい。


 カシューは倒した騎士が落とした剣を拾いあげて振りかぶると、指揮官に向けて投げつけた。


 くるくると回転しながらゆっくりとした軌道を描いて飛んできた剣を、騎士は造作もなく打ち落とした。

 その瞬間、カシューは背を向けると脱兎のごとく駆けだした。


「追えっ、逃がすな!」


 じりじりと間合いを詰めて周囲を囲もうとしていた騎士たちが、一斉にカシューを追って走り出す。

 それこそがカシューの狙いだった。


「待てっ、全員で追うな!」


 指揮官が慌てて張りあげた声は、剣を振りかざして走る騎士たちの興奮した喊声(かんせい)と足音にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。


 馬車からじゅうぶん離れたことを確認したカシューは、急制動をかけて振り向くと手に握っていた剣を投擲した。

 先ほどとはちがい手首の捻りだけで放たれた剣は、(わめ)きながらばたばたと先頭を走っていた騎士の無防備な喉元に、一直線に吸いこまれた。


 糸が切れたように前のめりに倒れこんだ騎士につまづき、後続の男たちがたたらを踏んで立ち止まる。

 そこに体勢を低くしたカシューが突っ込んだ。


 目についたひとりを体当たりで弾きとばし、当たる勢いに顔を逸らせた男の顔面をつかんで周囲に叩きつける。

 剣を振りあげていた騎士の腕を拳で打ち落とすと、そのまま関節を()めてとなりでのけぞっていた男の腹に突き刺す。


 複数を相手にした近接格闘こそが、カシューの本領だった。

 手足だけでなく、肩、肘、膝など肉体の鋭角すべてを使って相手の体勢を崩し、むきだしになった急所に的確な一撃を入れる。

 魔眼による魔力察知を磨いた行動予測と、自身の肉体を自由自在に操れるよう身につけた柔軟性。

 長い鍛錬を経て体得した技は、乱戦にあっては右に出るものがいない領域にまで、カシューの戦闘力を高めていた。


 カシューが広場にいる敵のほとんどを引きつけているあいだに、戎兵衛が指揮官に攻撃を仕掛けていた。

 獣人の特性である素早い身のこなしを発揮し、懐深く潜りこんでは一撃離脱を繰り返して翻弄する。

 敢えて致命傷を与えることはしなかった。

 じわじわと追い詰めることで、周辺にいる仲間たちに劣勢であることを見せつける。


 教会での戦闘を経験したことで、戎兵衛はカシューが土壇場でみせる思考をある程度読めるようになっていた。

 圧倒的な力を持ちながらもそれに耽溺せず、任務の遂行を優先させる冷静さも兼ね備えている。

 たしかに、カシューは経験豊富な練達の工作員だった。

 そのカシューが奔流のような暴力を見せつけるときは、本来の目的から敵の目を背けるためだと戎兵衛は理解していた。


「ぐわ!」


 戎兵衛の度重なる斬撃によって鎧の弾け飛んだ指揮官が、太腿を切り裂かれて悲鳴をあげた。

 しつこく馬車を攻めたてていた騎士たちが、その声を聞き、加勢をしようと殺到していく。

 その隙を陽炎は見逃さなかった。


「いまのうちだよっ、司令! 一気に離脱するんじゃ」


 しなやかな動きで御者台にのぼった陽炎は、コブの手から手綱をひったくると鋭く馬の尻を打った。

 戦乱の気配に怯え立ちすくんでいた二頭の馬がいななき、猛然と(ひずめ)を蹴立てる。


 急発進した馬車によろめいたコブが御者台から転落しそうになったとき、キャビンの扉が勢いよく開いた。

 若い娘が身を乗り出し、不自然な体勢で馬車にしがみつくコブの首筋を両手でしっかりとつかむ。

 その背後では、六十がらみの女が娘の腰を抱きかかえ、若い頃はさぞ美しかったであろう顔を必死の形相に歪ませていた。


「姫! 危のうございますっ。なかにお戻りください!」


「クララ、しっかり押さえてて! コブさんをつかまえたわ!」


 強引にキャビンに引きずり込まれたコブを見送ったカシューは、掴みかかってきた騎士に掌底を食らわせて突き放すと、すばやく乱戦から身を引いた。


 傷つけた騎士の数は多いが、殺傷による行動不能よりも制圧による行動抑止を優先させたため、しばらくすれば大半のものが動けるようになるだろう。

 だが、戎兵衛が指揮官に深手を負わせたことで、再度の追跡は難しくなったはずだ。

 ここらが引きどきだった。


「戎兵衛! ここはもういいっ。先に馬車に向かえ!」


 目のあった戎兵衛が軽くうなずいて返答したあと、飛び立つような勢いで走り出した。

 無傷で生き残った何人かの騎士が怒号を放ちながら行く手を塞いだが、軽々と頭上を跳躍して駆け去っていく。


 念を押して自分はもうひと暴れしておいたほうがいいだろう。

 そう考えたカシューが足を踏みだそうとしたとき、視界の向こうで見覚えのある黒装束が馬車のまえに立ち塞がるのが見えた。


「天は我々を見放したが、玉座は我を見捨てなかった! 逃した獲物がみずから飛びこんでくるとは、これぞ天佑(てんゆう)よ!」


 不自然に折れ曲がった片腕をだらりとぶら下げたまま大音声を張りあげた男は、教会で仕留め損ねた蜥蜴の配下にちがいなかった。


「我ら玉座(みくら)の爪! 受けた使命は命にかえても成し遂げるが我らの誇りなり! 玉座(ぎよくざ)よっ、ご照覧あれ!」


 絶叫した男の口が、叫びの形そのままに光を吐き出した。

 眼窩から閃光が伸び、両の耳から炎が噴き出す。

 腹部が異常なまでに膨れあがるのが見えたとき、カシューはなにが起ころうとしているか理解した。


「コブっ、自爆兵だ! 姫に障壁を張らせろ!」


 なにごとかと窓から身を乗り出していたコブがカシューの声を聞き、喉を振り絞って叫んだ。


「殿下っ、障壁展開! 範囲小、出力最大!」


 コブの姿が(まばゆ)い光に照らされた次の瞬間、一帯に爆風が吹き荒れ、遅れてやって来た爆音がすべてをなぎ倒した。


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