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60 狩りのとき


 天窓を突き破って降ってきたのは、皮膚に張りついたような細身の黒装束に身を包んだふたつの影だった。

 それぞれが手に短槍を手にしており、一方は切っ先を下に向けて垂直に落下し、もう一方は振りかざした短槍を投げつけてきた。


 砕けたガラスの破片が陽光を乱反射させながら降りそそぐなか、凄まじい速度で戎兵衛(じゆうべえ)の体躯が動いた。

 飛んでくる短槍を片手で掴み取ると、握りしめた柄で槍を向けたまま落下してくる影を打ちのめし、勢いを緩めずに手を返してまだ空中にいたひとりに向けて槍を投じた。

 壁に向かって弾きとばされた黒装束が窓を突き破って教会の外へと放り出され、胸元を穂先に貫かれた男は受け身を取ることもなく、頭から床に叩きつけられた。


 全身の輪郭がぶれて見えるほど激しく動作する戎兵衛とは対照的に、カシューは仁王立ちのまま、蜥蜴(とかげ)の姿を飲み込んで漆黒に染まる天使像を睨みすえた。


 うなりをあげて体内を駆け巡っていた魔力を腹腔奥深くで螺旋状に練りあげ、伸ばした背筋を意識して一気に開放する。

 限界まで圧縮されていた魔力が、脊椎を突き抜けて脳に直撃した。

 神経網がスパークし、閃光が脳を内側から乱打する。

 頭蓋を突き破った電流が頭髪を通じて放電し、周囲に紫電をまき散らした。


 カシューは奥歯を強く噛みしめると魔眼を発動させた。

 濃灰の瞳が瞬時に色をなくし、眼球自体が発光して視線の先を強烈に照らしだした。

 衝撃にのけぞりそうになる頭を(くび)の筋肉を収縮させて引き戻す。

 双眸から溢れだした輝きが収束して一直線の帯となり、天使像に突き刺さった。


 激しく振動した天使像が、次の瞬間発火し、爆発四散した。

 飛び散る大小の石塊(いしくれ)に混じって、炎上する炎をまとわりつかせた蜥蜴の肉体が空中高く放り出されるのが見えた。

 カシューの目から放たれた光線は、なすすべもなく宙を舞う蜥蜴を横薙ぎに切り裂いた。


 カシューの繰り出した攻撃にあっけにとられていた戎兵衛は、上半身と下半身が別々に飛んできた蜥蜴に気づくと素早く飛び退いた。

 通路に落ちて滑っていった上半身に対して、糸の切れた操り人形のように足をぶらぶらさせていた下半身は、礼拝用に並べられていた長椅子の列に激突した。

 騒々しい音を立ててなぎ倒された長椅子の合間から、倒れこんだ酔っ払いのように足だけが飛び出しているのが見えた。

 たちの悪い冗談のような光景だった。


「旦那、いまのはいったい……」


 戎兵衛がためらいがちに声をかけると、カシューは片手で目をおさえて頭を振りながら、苦しげに(うめ)いていた。


「魔眼で攻撃できないかと試してみたんだが、ものすごく眩しくてなにも見えん。蜥蜴はどうなった」


「どうなったもなにも、ひでえありさまですぜ」


「やりすぎたか。くそ、涙が止まらん。二度とやらんぞ」


「やらねえでくだせえ。危なくて視界に入れねえ」


 魔眼がランクアップしたさいにメルトからかけられた、光るだけで実害はないという言葉。

 それがカシューには虚仮威(こけおど)しにすぎないと言われたように感じられ、かすかな反抗心を抱いたのがきっかけだった。

 暇を見つけてはなんとか魔眼に攻撃力を持たせることはできないかとあれこれ考え、ひらめいたのがこの方法だったが、いきなり実戦で用いるまえにせめて実験だけはしておくべきだった。


 ようやく色彩の戻ってきた視界をしばたかせ、ひどい目にあったとぼやきながら目尻を拭ったカシューの耳に、教会の外から複数の人間による剣戟(けんげき)の音が聞こえてきた。


「戎兵衛、なにをやっておる! 曲者(くせもの)を逃がす気かっ」


 陽炎(かげろう)の声だった。

 耳に馴染みのある落ち着き払った女将の声音とはちがい、その声には隠しようのない焦りの色が含まれていた。


 我に返ったカシューと戎兵衛が目を向けると、破れた窓の向こう、川岸に近い場所で四人の黒装束たちに囲まれた陽炎が投げ縄に(から)めとられ、引きずり倒されるところだった。

 男達の向かう先には、一(そう)の小舟が浮かんでいる。

 なにをしようとしているかは一目瞭然だった。


「お嬢!」


 叫んで走り出そうとした戎兵衛の肩を、カシューは強く押さえ込んだ。


 敵意のこもった眼光を向けてきた戎兵衛を無視し、カシューは深く身を沈めると全身に身体強化の魔法を(みなぎ)らせた。

 たわめた膝から太腿にかけての筋肉が異常なまでに隆起し、床を噛んだ爪先から足首の関節がぎりぎりと音をたてた。


「むん!」


 気合いとともに、カシューは窓に向かって突進した。


 蜥蜴が姿をあらわしたときに察知した屋外の人数は八人。

 天井から降ってきたふたりを倒し、残りは六人。

 いま、窓をはさんだ離れた位置で、四人の黒装束たちが陽炎を連れ去ろうとしている。

 仲間を助けるために最短距離で向かおうとすれば、窓を抜けるしかない。

 見え透いた罠だが、他に選択肢を与えない巧妙で陰険な手口だった。


 カシューも人手があるときは何度も用いてきた。

 だからこそ、もっとも有効な突破法も心得ていた。


 カシューが目標としたのは窓ではなく、積み重ねた煉瓦を漆喰(しつくい)で塗り固め、窓枠をはめ込んだ石壁だった。

 勢いのままにぶつかったところで、砕けて潰れるのが柔らかな人体であるのは目に見えている。

 まともな人間の考えることではなかった。


 激突する寸前、カシューは前傾させた上半身をひねり、肩を突きだした。


 窓の外では、揃いの黒装束に身を包んだ男ふたりが、部隊の正式装備である短槍を手に待ちかまえていた。

 内部から飛び出してきた人間を自分が突き刺して引きずり出し、たたらを踏んで固まっているはずのもうひとりに向けて、控えの男が短槍を投げつける。

 これまでに失敗したことはない。

 状況が成立した時点で成功が約束された、完璧な作戦だった。


 さきほど聞こえてきた爆発音からして、作戦を指揮していた筆頭の男は死んだのだろう。

 長期の潜入任務でそれなりに有益な情報をもたらしてきた男だったが、現場を離れて勘が鈍りすぎていた。

 わざわざ敵の前に身をさらしたあげく、相手の力量を見誤って返り討ちにあうなど笑止の極みといってよかった。


 長いこと席次二番手に甘んじてきたが、ようやく部隊の全権を握ることができる。

 運のいいことに、化け物じみた体力で君臨してきた現国王も、この頃になってようやく衰えが見えてきた。

 老いによる判断力の低下を利用すれば、権力を(ほしいまま)にすることも夢ではないだろう。

 まずは罠にはまったあの女だ。

 殺せと命令されていたが、いまやおれを止められるものは誰もいない。

 なかにいる男ふたりを始末したあと、アジトへ連れ帰ってゆっくりと(たの)しんで――。


 男の思考はそこで途切れた。

 迫り来る怒濤のような足音を認識した次の瞬間、身を隠していた壁面いっぱいに亀裂が入り、炸裂した外壁に巻きこまれて頭が吹き飛んだからだった。


 壁をぶち抜いて屋外に躍り出たカシューは、踏みしめた足を軸に急反転すると、遠心力のままに拳を伸ばし、驚愕のまま硬直しているもう一方の男に叩きつけた。

 強力な身体強化によって文字通り岩をも砕く硬度を持った拳は、加速された勢いもあいまって男の胸に接触すると同時、その胴体を熟れた果実のように破裂させ、衝撃に弾けた背中から骨片やはらわたを飛散させた。


 戎兵衛は信じられないものを見た表情で、目のまえに広がる光景を眺めていた。

 傍らにいたカシューの姿が一瞬でかき消えたかと思うと、窓のあった壁が消失し、鮮血の花弁がまき散らされた。


 これまでカシューのことを、物陰に紛れた暗殺技やすれちがいざまの制圧術に長けた技巧的な諜報員と思いこんでいたが、とんでもない勘違いだった。

 睨みつけただけで爆発させるわけのわからない光線といい、荒ぶる魔獣のような突進といい、圧倒的な力で障害をすべて破壊していく暴力性をまざまざと見せつけられ、全身に総毛立つものを感じた。


 罠の失敗を悟ったのだろう。

 視界の向こう、倒れた陽炎に向けて周囲の黒装束たちが腕を振りかぶるのが目に入った。

 その手に握られた刃物が陽光を反射し、金属質な光が目に突き刺さる。

 助けに向かうには絶望的な距離だった。


 戎兵衛に向きなおったカシューが、腰を落とすと組んだ両のてのひらを突きだした。


「戎兵衛っ。来い!」


 茫然としていた戎兵衛は、カシューの鋭い声に貫かれた瞬間、その意図を理解した。


 本気か、この男。

 脳内での呟きとは裏腹に、足は躊躇なく一歩を踏みだしていた。


 カシューは焦りで血走った目をいっぱいに見開いて、戎兵衛に視線を据えていた。

 戎兵衛が陽炎のもとに駆けつけることを信じて疑わない、必死の決意に満ちた瞳だった。


 たしかに、この身を賭してお嬢を助けるのはおれにしかできねえ役目だ。

 そのおれのために、このお方は全力を振り絞ろうとしている。

 ならばおれがやることは決まってる。

 よけいなことを考える必要はねえ。

 こっから先は死にもの狂いだ。


 獣人の身体能力を全開にした戎兵衛は、またたく間にトップスピードに達した。


 タイミングをはかったカシューの身体が、ゆっくりと後方に倒れこんでいく。

 幾度となくかけられた身体強化と激突による衝撃でいたるところが裂けていた上衣が、限界を超えて膨らんだ筋肉によってはじけ飛んだ。

 (あら)わになったカシューの肉体は内部で血液が煮えたぎったように赤く染まり、首から胸、肩から手首の先まで絡みあう血管が陰影を浮かびあがらせていた。


 眼前まで迫った戎兵衛が、体重をかけた右足をカシューの手に載せた。


 背中が地に接する寸前まで上体をのけぞらせたカシューは、組んだてのひらのなか、戎兵衛の筋繊維ひとつひとつの動きまで感じとることができた。


 腕にかかる重量が最大値を超える直前、カシューは足首に溜めていた力を一気に開放し、大地を蹴りつけた。

 伸ばした膝の反動が腰を発条(バネ)として脊椎を(たわ)ませながら駆け昇り、山のように盛りあがった肩甲骨が肩を回転させる。

 音速を超えて解き放たれた腕が、大気に擦過音を響かせて振りあがった。

 カシューの足元から発生した衝撃が地下へと浸透し、地面をひび割れさせた。

 広がった亀裂から粉塵が噴きあがり、その土煙を断ち割ってあらわれた戎兵衛が噴煙をたなびかせながら飛び出していった。


 戎兵衛は地表すれすれの高さを千切(ちぎ)れるような勢いで飛翔した。

 固体と化した風が顔面を殴りつけ、呼吸することもままならない。

 景色のすべてが色とりどりの線が絡みあったように流れてすぎていくなか、視野の中央に陽炎の姿だけを捉えつづけた。


 敵に囲まれ死を覚悟したのか、青白いながらも穏やかな表情をした陽炎が、戎兵衛に顔を向けた。

 そして目を見開いた。

 極限まで集中力を研ぎ澄ませていた戎兵衛には、その瞳に映る自分の姿すら見えた。


 息を止めたまま、ふところに飲んだ匕首(あいくち)を抜き払った。

 陽炎を搦めとった四本の縄は、いまだ周囲の黒装束たちの手にある。

 勢いをつけて身体をねじりながら、戎兵衛はそのど真ん中に飛びこんでいった。


 腕を振りあげていた四人の黒装束たちは、倒れた女めがけて手にした短槍を突き刺そうとした寸前、眼前を強烈な突風が吹き抜けて一様にのけぞった。

 (すが)めた(まなこ)の端、稲妻のような光が四たび(ひらめ)いた。

 背けた顔を戻したときには足元に女の姿はなく、雁字搦(がんじがら)めに縛りつけていたはずの縄は切れ端となって自分たちの手から垂れ下がっていた。


 すれちがう一瞬の剣さばきで縄を断ち切った戎兵衛は、巻きこむように身体を回転させて陽炎の身を拾いあげた。

 急激な減速に頭から地面に激突しかけたところを、しなやかに体勢をいれかえ、背中で滑って衝撃を受け流しながら川に背を向けて立ちあがる。

 爪先が激しく土を(えぐ)り、完全に停止したときには河原に二本の(わだち)が刻まれていた。


「お嬢っ、大丈夫か!」


 横抱きにした陽炎に顔を向けると、縛られた姿のまま自失していたらしい陽炎がびくりと身体を震わせた。

 かすかにゆるんだ口元と潤んだ瞳が戎兵衛の顔を見上げ、歪んだ。


「お嬢……」


 抱きしめる腕に強く力を込めようとしたとき、(まなじり)を吊りあげて形相を変えた陽炎の額が戎兵衛の顎を打ち据えた。


「あがっ」


「たわけ! 敵から目を離すでないっ」


 我に返った戎兵衛がとっさに向けた視線の先、立ち直った黒装束たちが放った短槍の鋭い穂先が、一直線に迫り来ていた。


 戎兵衛は右腕に握っていた匕首を持ちあげると、神速のごとき勢いで(ふる)った。

 刀身がかき消え、剣すじの残像だけが優美ともいえる曲線を描いた。

 眼前に匕首を立てる残心を戎兵衛がとったとき、宙に浮いていた四本の短槍が幾重にも断ち切られて地に落ちた。


「戎兵衛、おぬし、いつのまにかような達人の技を……」


 驚きに目を(みは)る陽炎に戎兵衛は口を開くことなく、ただ肩をすくめてみせた。

 陽炎を助けようと速度の限界を突破したとき、おのれを抑えつけていた殻も突き抜けたような気がした。

 それを実践してみただけだった。

 言葉で説明できるようなものではないし、もう一度できるかどうかもわからない。

 なにも言わぬが花だった。


 縛られた陽炎の身を解くために慎重に縄を切りはじめた戎兵衛を見て、四人の黒装束たちが隠すことのない殺気を放ちはじめた。

 大股で五歩ほどの距離に立ち、半円を描いて取り囲んでくる。

 戎兵衛の実力を見せつけられた彼らは、両腕に接近戦用の鉤爪を装着したうえでいつでも投擲(とうてき)できるようナイフをかまえ、なお油断することなくじりじりと間合いを狭めてきた。


 みずからの危険を気にすることもなく縄を切ることに集中していた戎兵衛は、自由になった陽炎が手首の血流をほぐしはじめると満足そうに立ちあがった。

 警戒した黒装束たちが腰を落として身構えるのを尻目に、手にしていた匕首を(さや)におさめ、ふところにしまった。

 いぶかしがる敵の注意力がじゅうぶん自分に引きつけられていることを確認すると、戎兵衛は意地の悪い笑みを浮かべた。


「おめえらが相手しなきゃいけねえのはこっちじゃねえ。そっちだ」


 戎兵衛はそう言うと、目のまえの黒装束たちに向けて指を突きだした。

 その行動の意味を理解した彼らが愕然と振りかえろうとしたとき、もはや足音を隠す必要もなくなったカシューが、背後から襲いかかった。



 前回、ちょっと派手なアクションを書きたいなと思い、派手なアクションにはそれなりの敵が必要だと深く考えもせず、ノリと勢いで「玉座の爪」なんてそれっぽい組織名を登場させたんです。

 これが大失敗でして、この名称じゃ今後のプロットにすげえ矛盾が生じちゃうじゃんと気づいたときには後の祭りです。


 なんとか当初から予定していたラストに繋げるため、あれやこれやと展開をいじくりまわし、そうこうしているうちに本業が繁忙期に突入し、あれよあれよと二ヶ月以上も間が空いてしまいました。

 まあ誰が待っているわけでもないんで、たいして焦りはしないんですけど。


 んで、そうまでして書き上げた「派手なアクション」が、カタパルトカシューによる戎兵衛ミサイルの射出。

 第一部でやったトレントロケット月へ発射のときも思ったんですが、自分の発想は根本的にバカバカしいと呆れています。


 真面目に読むだけバカを見るこんな小説ですが、なんと執筆開始から丸五年を迎えました。

 遡ること二〇二〇年、新型コロナ肺炎のパンデミックによる第一回緊急事態宣言のさい解除まであいだ自宅待機を命じられ、あまりにも暇を持て余したことが筆を執らせる動機となりました。


 あれから五年。じつにさまざまなことがありました。

 親の逝去。自身の転居。

 不景気による賃金削減。業績悪化による賃金削減。

 公開しているサイト主催のコンテスト、一次不通過。

 悔しかったのでもう一つのサイトでもアカウントを作り、作品を公開してコンテスト参加。

 箸にも棒にも引っかかりませんでした。


 人生を浪費しながら迎えた六年目。

『どぶさらい 召喚された勇者がダメな人だったので冒険者ギルド職員が世界を救う旅に出た』

 作者の人生とタイトルのあいだには、なんの関係もございません。

 完結まであと少し。

 最後までおつきあいいただければ、これにまさる喜びはございません。


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