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58 忍び寄るハイエナ


「コブの旦那に先導されて、飛龍に乗ってお嬢とふたり、この国にやって来たのが三年前でさ」


 顔を上げた大将の視線の先、翼を広げて胸のまえで手を合わせて祈る天使像が、天窓から降りそそぐ日差しに照らされ輝いていた。


 それは戎兵衛(じゆうべえ)陽炎(かげろう)が崇めてきた神の像でないはずだった。

 ふたりの祈りがなんの神に捧げられているのか、カシューにはわからない。

 だがそれでもなお、新しい(しよう)を生きなおすという陽炎の祈りが天に届かんことを、カシューは願わずにはいられなかった。


「お嬢はコブの旦那を信じて、この国に渡ってきやした」


 先ほどとはちがう、感情の底知れない平坦な声で戎兵衛は言った。


「故郷の国を捨てただけじゃねえ。将軍家に起きたお家騒動もだ。お毒味役として将軍の側にはべり、表の城も奥の御座所も知り尽くしていたお嬢が内通したからこそ、司令がジパニカに仕掛けた調略は成功したんです。たしかにお嬢は自分の生まれたお家に絶望していたのかもしれねえ。司令の手腕とお嬢の恨み憎しみがあわさってできたのが、あの将軍家お家騒動だったのかもしれねえ。だが理由はどうあろうと、お嬢は結果として生まれ育った国を裏切り、捨てることになった。コブの旦那を信じたからこそ、お嬢は人生を賭けたんだ。あのお人にとっちゃ、お嬢やおれは単なる道具にすぎねえのかもしれねえ。おれはそれでもかまわねえ。使い潰すまで利用すりゃいい。けど、コブの旦那を信じて新しい未来にすがったお嬢に、また裏切られたなんて思いだけはさせたくねえんです。頼みやす、カシューの旦那。本当のことを教えてくだせえ。司令は、本当におれたちを裏切ったんですか」


 大きな声ではなかったが、それは戎兵衛の心の底からの叫びだった。

 カシューが偽りの言辞を(もてあそ)ぶには、あまりにも真摯すぎる響きをともなった叫びだった。


「コブが裏切ることはありえん。かりに裏切るとしても、突然行方をくらますなんて杜撰(ずさん)な裏切り方をあいつがすることは、絶対にない。それは大将だってわかっているんじゃないか」


 戎兵衛の眉間に皺が寄り、顎に噛みしめた奥歯の強い線が浮かんだ。


「ノイタンツ公爵による軍の乗っ取りと同時にコブが姿を消したように見えるのであれば、考えられる可能性はひとつしかない。公爵が仕掛けた謀略に、アデリーン王女が巻きこまれたんだ」


 カシューが断言すると、戎兵衛の目に深い戸惑いが浮かんだ。


「クララ・クレイトン経由で公爵一派とつながっていたわけではなく、アデリーン王女自体が司令がいなくなった原因だってわけですかい」


「そのとおりだ」


 おそらく、戎兵衛はクララ・クレイトンをノイタンツ公爵が手駒とする諜報員だと考えたのだろう。

 状況から推理すれば無理からぬ話だった。


「司令は根っからの平民あがりだ。あっしはこの国の生まれじゃねえが、王族と平民は別の世界の生きもんだってくらい住む世界がちがうのは承知してる。それに、司令は貴族だの王族だのって連中がお高くとまって窮屈に生きてるのを、鼻で笑うようなお人だった。そんな司令が、王女なんかとどうつながるってんです」


 険を含んだ口調で問い返してきた戎兵衛に、カシューは無表情な顔を向けた


「アデリーン王女は、コブの実の娘だ」


 カシューの言葉があまりにも予想外だったのか、戎兵衛は大きく目を開いたまま荒い息を吐いた。


「そしてクララ・クレイトンは、コブの死んだ妻の母親になる。つまり、コブにとっては義理の母親にあたり、アデリーン王女にとっては血のつながった祖母だ」


「ちょっと待ってくだせえ。理解が追いつかねえ」


 戎兵衛はうなだれて前屈みになると、頭を抱えこんだ。


「詳しい事情をおれの口から話すわけにはいかん。だが、クララ・クレイトンは侍女として王女のかたわらで見守る道を選び、コブは蔭から見守ることを選んだ。国王の悪だくみに率先して加担してきたのも、王族とつながりを持てばそれだけ王女のそばにいられるからだ。コブが突然いなくなったとして、それは組織や大将たちを裏切ってノイタンツ公のもとに走ったからじゃない。アデリーン王女の身になにかがあった。クララ・クレイトンから直接伝えられたのか、それともコブがなにか異変を察したのかはわからん。いずれにせよ、あとさき考えずコブが動くとすれば、それ以外には考えられん」


 カシューが口を閉じると、戎兵衛とのあいだに沈黙が降りた。

 宿場街の子どもを集め、神父が教えているのだろう。

 教会の裏手を流れる川の瀬音に混じって、カシューも知る計算歌を唱和する子どもたちの声がかすかに聞こえた。


 国は魔王と戦争をはじめ、カシューは惑星崩壊という世界の危機を回避するために女神と手を組んだ。

 対処に翻弄されるばかりで、まるで現実味のわかない出来事ばかりが起きる。

 だが、どんな状況であろうと人は生きてゆかねばならず、朝が来れば日々の暮らしがはじまる。

 耳に届く子どもたちの歌声が、カシューにその思いを強くさせた。


「魔の森のダンジョン計画ってのはなんなんですかい。あっしはアデリーン王女を使って、司令がなにかたくらんでるのかと思ってやしたんですが」


 うつむいたまま、戎兵衛が言った。

 いまだ驚愕からさめやらぬのか、張りのない弱々しい声だった。


「アデリーン王女を使おうとしているのはコブじゃない。国王だ。そもそも、王女が療養生活を送らなければならいほど心身を痛めたのも、国王が原因だった。次に王女が利用されることがあれば、命を落とす結果になる。コブがもっとも恐れているのはそれだ。だから、コブは国王を排除する決意を固めた」


 カシューの言葉を聞いた戎兵衛が、弾けるように頭を上げた。


「国王を(しい)するってんですかい」


「言ったろう。知れば命をかけることになると。だが、相手はあの国王だ。国王がどんな秘密を抱えているかは、大将も知っているだろう」


 カシューが問いかけると、戎兵衛は小さくうなずいた。

 勇者出発前夜に国王みずからが明かした、邪龍との因縁と魔王の真実。

 あのとき、戎兵衛と陽炎は厨房の奥に姿を消していたが、獣人の耳が声をとらえていないはずがなかった。


「国王を倒すには、邪龍と切り離す必要がある。その方法が、魔の森のダンジョン計画だ」


 カシューは淡々とした声で、コブの考え出した計画の詳細を語っていった。

 戎兵衛は固い眼差しを虚空に据えたまま、まんじりともせず聞き入っていた。


「やれやれ。底知れねえお方だとは思っていたが、司令はとんでもねえことを考えなさる」


 カシューが説明を終えたとき、戎兵衛の顔には驚きを通り越してあきれたような色が浮かんでいた。


「コブはこれまでも、なぜそうなるのかわからんことを、いくつも思いついて実行してきた。だが、なぜそうするのかを想像すれば、あいつの考えていることを理解するのはそう難しいことじゃない」


 カシューが言うと、戎兵衛は口角を上げて首を振った。


「たしかに、なにがなんだかわからねえことも、すべてはアデリーン王女を助けるためってんなら理屈抜きで手え貸してやろうって気になりますな」


 戎兵衛の目に、不敵なまでの力強さがよみがえっていた。


「アデリーン王女の近辺を探れば、まちがいなくコブもそこにいる。諜報員としてじゃない。いてもたってもいられなくなった父親として動いているはずだ。それがどういうことか、大将ならわかるだろう」


「危なっかしくて見てられない」


 いたずら小僧のような挑戦的な笑みを浮かべたが、戎兵衛の目は限りなく真剣な色彩を帯びていた。


「そのとおりだ。あいつはまちがいなく天才だが、だからといってバカなまねをしないわけじゃない」


「荒事の現場に、自分ひとりで出向いていくとか」


 カシューは戎兵衛の顔をのぞきこむと、生真面目な顔でうなずいた。


「そのとおりだ。なんだ大将。おまえさん、わかってるじゃないか」


「お嬢を連れて、すぐにアデリーン王女の近辺を確認しやす」


 立ちあがった戎兵衛が不意に動きを止めた。

 最小限の首の動きで周囲を確認し、頭に生えた耳が素早く羽ばたくように震えた。


 カシューも異変に気づいた。

 先ほどまで聞こえていた子どもたちの歌声がやみ、不自然なまでの静寂が教会を包んでいた。


()けられた……わけはないよな」


「この国の草あいてに遅れをとるような鍛え方はしちゃおりやせんが……。すまねえ、旦那。飼い犬に手を噛まれたらしい」


 戎兵衛はそう言って礼拝台の奥に立つ天使像に目を向けた。


「こいつはとんだお笑いぐさだぜ。猫が犬を飼えると本気で思ってたのかよ、斬」


 天使像の影から浮かびあがるようにあらわれたのは、昨夜、賭場でカシューの相手をしたディーラーの男だった。


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