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55 群の血を入れかえるとき、その子らは噛み殺される


 勇者一行が近郊の宿場町に戻るのを見届けたカシューは、その足で街に一堂だけある教会に向かった。

 目的は礼拝ではなく、その裏手の土手で幕を張っている賭場に用があった。


 トランプがわりの木札を使ったゲームに参加し、ほどよく財布を軽くしたところで、カシューは(ふところ)から小さな銀貨を取りだした。


「有り金をすった。次でしまいにしたいんだが、これでもいいかい」


 片手で器用に札をシャッフルしていたディーラーは、受け取った銀貨の感触を指で確かめたあと、胸のポケットに落とした。

 黙ったまま、ささくれの目立つテーブルに五枚の札を並べていく。

 カシューは腕を伸ばすと伏せられた札をめくり、絵柄を確認していった。


 杖をついた賢者、剣をかまえた騎士、祈りを捧げる聖職者。


 四枚目にどぶをさらう貧者が出てきたところで、カシューは舌打ちをして賢者のカードを弾きとばした。

 聖職者と貧者のカードを重ねて脇によけ、騎士のカードを手に持って祈りをこめたあと、ディーラーに向かって投げ出した。


「二枚チェンジ。杖は黒。剣は赤で」


 興味なさげにタバコをふかしていたディーラーが鼻で笑った。


「いかさまでもやれってのかい」


「願掛けだよ。こっちは明日の朝メシ代がかかってんだ」


 ディーラーはあきれたように首を振ると、滑らかな手つきで札の束を滑らせ、テーブル上に並べてみせた。


「好きなの取りな」


 カシューは指を右に左にふらつかせながら札を二枚つまみ、裏返した。

 冠をかぶった王の札はため息をついて放り投げ、(ふと)った食神を聖職者と貧者のうえに重ねる。

 うしろで眺めていた冷やかしが、小さく、素人が、と呟いた。


 テーブルのはしでタバコをもみ消したディーラーが口を開いた。


「最後の一枚、どうする。めくるか。それともここで降りるか」


 カシューは眉をしかめながら指を伸ばした。


「黙ってろ。ツキが落ちる」


 ゆっくりと裏返した札に描かれていたのは、鼠をくわえた山猫だった。


 表情の抜けおちたカシューを見て、ディーラーが肩を震わせた。


「最初からツキなんかねえじゃねえか」


 うなだれて椅子から腰を上げたカシューに、ディーラーが胸ポケットから取りだした銀貨を弾いて投げてきた。


「明日の朝メシが水だけじゃかわいそうだ。恵んでやるよ」


 先ほどの冷やかしが声を上げて笑う姿を睨みつけたあと、カシューは自分の安宿に帰った。





 翌日、勇者一行は宿場町の門を出て次のダンジョンに向かった。


 昨日、ダンジョンの外でかわした会話において、カシューとメルトは協力体制を築くことに同意していた。

 メルトは定期的に魔力を込めたサインを残し、カシューは魔眼でそれを追って追跡する。


 メルトからは、魔の森に生成するダンジョンの進捗状況を逐一教えてくれと依頼された。

 魔王を倒したあと、冒険者であるアッシュがゴートに帰るまでに、なんとしても龍脈を引っぱってこなければならない。


 一方で、カシューには勇者一行が倒した四天王と魔王の亡骸(なきがら)を国王に届ける本来の任務も控えている。

 コブと連絡を取りあったうえで、メルトとも緊密な連携を取る必要があった。

 すべてはタイミングが重要になる。

 これまでのように、四六時中勇者一向に張りついているわけにはいかなかった。


 門に背を向けたカシューは、宿場町の反対まで歩くと教会に入り、礼拝堂の長椅子に腰かけた。

 握りあわせた両手を額につけ、頭を下げて祈りを捧げた。

 祈るべき神など持ってはおらず、誰にも届きはしない祈りだとわかってはいたが、祈ることはできた。


 音もなく、となりに座る気配があった。


 頭を上げたカシューは、声を出すことなく吐息に混ぜたささやきで言葉を発した。

 鋭敏な聴覚を持つ猫耳ならば、じゅうぶん聞き取れるはずだった。


「大将が来るとは思わなかった」


「羊が秘匿連絡を利用したときは自分が行けと、司令から言われておりましたので。それと、透波(すつぱ)稼業のときは斬と名乗っております」


「やっぱり、ザンとレップーってのは大将と女将のことだったのか。シノビとかいう、ジパニカ由来の技を持つ凄腕がいるとは噂に聞いていたよ」


 あくまでもコードネームを用いず会話を進めるカシューに大将は眉をひそめたが、プロらしく、用件以外を口にするつもりはないようだった。


「杖の勇者が死亡したというのは事実ですか」


「女神はそう言っていた。死体は確認していないが、事実と判断してかまわないと思う」


「その女神ですが……。信用できますか」


 逡巡して言いよどんだ末に発せられたその言葉には、諜報員としてではなく、大将自身の疑念が込められているようにカシューには思えた。

 信用する以前の問題として、女神の存在そのものが信じられないのだろう。

 立場がかわれば、カシューも同様の疑念を抱いていたはずだった。


「女神うんぬんはおいておくとしても、かなりの実力者であるのはまちがいない。おそらく、本物の癒やしの勇者よりも能力は上だろう。重要なのは、あの女も我々と同じく魔の森にダンジョンを必要としているということだ。同じ目的を持っている以上、内部協力者として利用できると判断した」


 首だけをカシューに向けた大将が、はっきりと顔をしかめた。

 カシューの話した内容を咀嚼しきれないのだろう。


 斬のコードネームを持つ諜報員である彼がどこまで情報を与えられているのか、カシューにはわからない。

 国王との会食の席で明かされた内容については知っているであろうが、それとて耳に入っていたくらいの知識であり、理解のほどはカシューと同程度だろう。

 コブにとって、大将は頼れる実行部隊の一員ではあるかもしれないが、だからといってすべての情報を共有しているとは思えなかった。


 そもそも、今回の計画の全容を把握するには、前提となる事前情報が複雑にすぎた。


 五十年前に起きた邪龍戦の顛末と現在の国王の正体。

 アデリーン王女とコブの秘められた関係性。

 ふたつの因果関係だけでも様々な要素が絡まりあっているところに加えて、メルトが計画に参加したことで、ついにはこの世界の成り立ちなどという途方もない領域にまで話は広がっている。

 メルトによって一連の知識を与えられたカシューですら、事態の趨勢(すうせい)に身をまかせることでようやく現状に適応しているにすぎないのだ。

 輻輳(ふくそう)する事情を理解していない第三者に口頭で説明したところで、あまりにも荒唐無稽がすぎ、出来の悪い夢物語だと一笑に付されるのが目に見えていた。


 カシューがそれ以上話す気がないと見てとったのか、大将は諦めたように肩の力を抜いた。


「つまり、計画に変更はないと」


「ない。勇者一行が魔王討伐を成功させるのはまちがいない。むしろひとり減ったことで、目の色が変わった。彼らはがむしゃらになる以上のことをするだろう」


 従者をつとめる冒険者の身に起きた変化を思い出した。

 彼がどのような能力を持つにいたったのかカシューにはわからないが、尋常な力でないであろうことだけは想像がついた。

 あの男はいずれ人間であることをやめる。

 カシューはそう思っていた。


「それに、連中がたくらんでいる目論みにしたところで、魔の森のダンジョンの存在ありきで計画されている。成功させるためなら助力は惜しまんはずだ。コブに伝えてくれ。こちらは問題なし。そちらは万難を排し、計画を加速せよと」


 カシューが言うと、大将が顔を歪ませてうつむいた。


「なにか問題があるのか」


「まだ正式発表はされていませんが、国内の戦時体制への移行に伴い、貴族たちが自領を共同防衛するための同盟が結ばれました。正式名称は、諸貴族連合評議会。発起人は、王国軍にて中央方面軍元帥をつとめるノイタンツ公爵です」


 その名を聞いたカシューは、眉間に皺を寄せて目を閉じた。


「諸貴族連合評議会は参加した貴族家からなる軍隊を発足させ、ノイタンツ公に指揮権を預けました。ノイタンツ公は、それら諸貴族連合軍を自己の権限のもと、みずからが元帥をつとめる中央方面軍に統合。実質的に、ノイタンツ公爵は独自の軍隊を持ったことになります」


 カシューの喉から、重い唸りが漏れた。


 カシューやコブが所属している諜報機関は、組織上の管轄は王家直属に位置しているが、実際の運営は王国軍に委託されている。


 これまで、ノイタンツ公爵は中央方面軍元帥という要職に就いていたものの、その権限は全軍に及ぶものではなかった。

 しかし、独自勢力を築いたことで、その影響力は大きく広がったことになる。


 次に大将の口から出た内容は、カシューの予想を裏づけるものだった。


「我々が所属していた組織も、運営権が近衛軍から中央方面軍に委譲されました。意思決定をおこなっていた上層部の幹部連中はすべて役職を解かれ、かわりに諸貴族連合軍の送り込んできた貴族たちが席についています。事実上、組織は乗っ取られました。秘密裡に進めていた魔の森のダンジョン計画も露見。現在、計画を仕切っているのは司令ではなく、王の異母兄であるノイタンツ公爵です」



陰険な陰謀論ばかり書くのも飽きました。

そろそろアクションが書きたいです。

誰をどうやって死なせるかを考えているときが、一番楽しい。

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