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49 牙は飛び立った



 厨房の奥に隠されていた扉を開くと、コブはランタンに火を灯した。

 無言のまま通路に入っていったコブのあとをついて、カシューも扉をくぐった。


 一歩足を踏み入れたとたん、乾いた冷気が肌を刺した。

 この空間が、かなりの距離に渡って続いていることをしめしていた。


「右へ行けば王城だったんだけど、そっちは大将に崩してもらった。左に進んで、分岐路を右、左、右で最初の階段を降りてくれ。地下水道管理通路に出る」


「勇者たち一行は東の城門から出発するんだったな」


「いま王都から出るのに通行可能なのはそこだけだからね。明日の朝、王宮の定例議会内で王国全土の戦時体制への移行が議題に載せられる。全会一致で可決したあと、国王の玉璽(ぎょくじ)を待って王都に戒厳令が宣言される手順になってる。そうなれば、出入りする人間でどこの城門もごった返すことになる」


 城門が混雑するということは、それに続く街道も往来が激しくなるということだった。

 商機を逃すまいと急ぎ移動する商人、自分の領地へと向かう貴族とその家族、それらに護衛として駆り出される冒険者たち。

 しばらくは街道上から人影が絶えることはないだろう。


「おれはしばらく城壁の上で待機して、勇者たちが出たのを見計らってあとをついていく。連絡法はいつもどおりでいいか」


「ああ。国内の主要都市はもちろん、街道の宿場町にはすべて人を張りつけてある。なにかあれば遠慮なく使ってくれ」


 コブの言葉は、王国に網の目のように張り巡らされた諜報網のすべてが、休むことのない稼働状態に入ることを意味していた。

 だが、それは情報を迅速に伝達するための連絡網の構築を目的としており、戦時体制となれば当然の組織運用だった。


 三人の勇者と従者ひとりの四人パーティーの常時監視に割ける人員など、皆無のはずだ。

 あくまでも、監視要員は自分ひとり。

 カシューはそれを覚悟し、あらためて徹底した秘密作戦であることを意識した。


 黙り込んだカシューを見て、コブがためらうように口を開いた。


「カシュー。きみに危険なことを頼んだのは自分でも理解している。ただでさえ、生死と隣りあわせの仕事だ。きみが無理だと判断したら、僕はそれを尊重する」


「おれは手足で、おまえが頭だ。昔からそうだったよな、コブ」


 言葉尻にかぶせるように声を出したカシューに、コブは目をしばたかせた。


「手足が完璧に動くからこそ、頭は不可能を可能にする計画を考えることができる。おれたちが失敗したことが、いままでにあったか」


 うつむいたコブが頭を振り、顔を上げてカシューを見た。

 鼻の脇から口元に向かって深く刻まれていた皺が消え、目尻に穏やかさが戻っていた。


「ないね」


「だろ」


 気楽な調子で返したカシューが、通路の奥に広がる闇に目をやった。


「この任務が終わったら、おれは引退だ。もう前線で斬った張ったする齢でもないしな」


「カシュー……」


「酒場をやりたい。ジパニカのメシが思いのほか気に入ったんだ。コブ。もう一軒、店ひらいて、おれを雇ってくれないか」


 瞳を赤くしたコブが、泣き笑いの表情になった。


「まずは大将のもとで修行してもらわないといけないね」


「そうだな。大将と女将に伝えておいてくれ。(とう)のたった弟子が押しかけてくるから、ちゃんと待っててくれって」


「わかった」


 震える声で言ったコブが、強くうなずいた。


 カシューはコブの肩を軽く叩くと、闇の奥へと消えていった。




 朝靄がすっかり晴れた頃、勇者たち一行は王都を旅立っていった。

 見送るものは誰ひとりいなかった。


 魔王にまつわる状況について王城より重大な発表がなされることは、すでに王都市民すべての知るところとなっていた。


 とうとう戦争がはじまる。

 いたるところで声をひそめて交わされる噂話に、あるものは暗澹として顔を歪め、あるものは高揚して目を輝かせた。


 これまで魔物の恐怖に怯えるしかなかった彼らは、ようやく与えられた未来の道すじに心を奪われており、自分たちを助けてくれるかどうかもわからない勇者になど、気を向けている余裕はないようだった。


 勇者たちに遅れることしばし、街道を進む雑踏の住人となったカシューは、任務開始直後だというのに混乱の極みにあった。


 監視対象は異世界からやって来た勇者三人と、従者兼案内人をつとめる冒険者ひとりの四人パーティー。

 剣の勇者ことタナカイチロー、男性、23歳。

 杖の勇者ことスズキコーヘイ、男性、22歳。

 癒やしの勇者ことサイトーアヤナ、女性、18歳。

 冒険者ギルドゴート支部職員冒険者、アッシュ、男性、21歳。


 待機時間は腐るほどあった。

 与えられた資料は穴が開くほど読み込み、一字一句頭に叩き込んだ。

 事前調査で彼らの外見も目に焼きつけてある。


 ならば、視線の先にいる四人パーティーのうち、眠そうに目をこすりながらふらふらと歩いているあの女は誰なのだ?


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