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44 見えざる捕食者


 出発までのあいだ、カシューは降って湧いたような空白の時間に身を持て余すことになった。

 あくまでも待機中の身のため王都を離れるわけにはいかず、いたずらに肉体の鍛錬ばかりをくりかえしていた。


 コブは国内にちらばる実行部隊の配置と準備態勢に奔走しているようだった。

 ふくよかな体型は変わらなかったが、会うたびに焦眉(しょうび)の色を濃くしていく表情に、カシューは状況が楽観的ではないことを否が応にも感じざるを得なかった。


 国内の情勢は悪化の一途を辿っていた。


 ヴィルベルゾイレ山脈の一角に存在するナーベル湖より浮かび上がった岩塊は、日を追うごとに巨大化していった。

 各地に設けられた観測基地からの報告によれば、すでに小規模な島といっていいほどの体積に膨張し、表層上部には複雑な建造物が確認されているらしい。

 同時に、どこからか集まってきたワイバーンやグリフォンなどの飛翔型モンスターが連日多数出入りし、統率だった行動をみせていることから、内部にはなんらかの組織活動をおこなう集団が存在していることも示唆されていた。


 コブによれば、国民には厳重に秘匿しているものの、王家を筆頭とした国家上層部では、すでに浮遊岩塊を魔王城、内部にこもる組織を魔王軍と呼称しているらしかった。


 周辺諸国にて発生した被害の状況は、隠すべくもなく国内に伝わっていた。

 いくら箝口令を敷こうとも、罹災した避難民たちが続々と国境付近に集まっている状況では人の口に戸を立てられるはずもなく、各国にあらわれた謎の四天王とそれを統べているはずの姿の見えない魔王の恐怖は、音もなく民衆の心に浸透していった。


 そして、その日がやってきた。

 出現からすでに何カ月ものあいだ、変わらずナーベル湖直上に滞空していた魔王城が、はじめて移動した。


 ウルブリッツ王国全域を、その威容を誇示するように真円を描いて周回してみせた魔王城は、王国の外周にそって浮島の底部から六本の柱状の物体を地上に向けて射出した。


 そのすべてが人の住まない僻地であったことから直接の人的被害こそ起きなかったものの、衆人環視のもとおこなわれた巨大な柱の放擲(ほうてき)と地中深く突き立った衝撃によってひきおこされた地震は、各地で混乱をまきおこした。

 とくに、国境周辺に設けられていた難民収容地にいた人々のあいだでは四天王襲来の記憶がいまだ生々しく残っており、パニックから一斉に避難しようとした群衆による暴動が発生し、多くの負傷者がでた。


 大地に突き刺さった六本の柱は、まるで地下からなにかを吸い上げるように急速な勢いで肥大し、一昼夜のあいだに天を()く塔に姿を変化させた。


 移動していた魔王城が、六本の柱が描く円の中心部で静止したとき、それぞれの柱の先端から一斉に黒煙が噴き出した。

 火山の噴煙のように空高く広がった煙はみるみるうちに天を覆い尽くし、やがて低く垂れ込める暗褐色の雲となって太陽と地表を遮断した。


 不安に耐えながら空を見上げる人々を、灰色の雨粒が打ちはじめた。

 それはまたたく間に土砂降りの豪雨となり、地上の一切から色彩を奪っていった。


 灰色に染まった世界で、さらに人々から希望を奪うようにして、魔物たちが蠢動をはじめた。

 それまで自分のテリトリーに執着して閉じこもっていた魔物たちが、さらに凶暴化し、縄張りを飛び出して魔物同士で争う事例が頻発した。

 同族で群を組んで広がった魔物の行動範囲が人間の生活圏と接すれば、女や子ども、老人を抱えた人間たちにとって、生活を捨てて逃げだす以外の選択肢はない。

 辺境の地ほどその被害は多く、領主の支援を待つことなく放棄される村落が続出した。


 魔王城の行動開始から半月後、あらゆる災害が同時多発的に発生し、的確な対処法も見出せず被害ばかりが加速度的に拡大していく混乱のさなか、王国政府は一連の事件を魔王による大規模攻撃と認定。

 同日、国内すべての貴族に大規模動員令を発布し、戦時体制への移行を宣言した。


 この宣言によって、ウルブリッツ王家に服属する貴族家は一切の法的根拠、手続きを無視して領民、領兵、資産を運用することが可能になり、各貴族家は強権を発動して自衛の道を走ることになる。


 敵対するはずの魔王はいまだ正体不明であり、宣戦布告どころか、要求も声明すらもない矛盾した状況下での戦争政策の実行。


 それはつまり、王国における統治体制の崩壊を意味していた。


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