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42 猛禽は野に解き放たれた


 自分の心に生まれたほころびを否応なく突きつけられてからしばらくたった頃、カシューが冒険者ギルドに借りている私書箱に、組織からの出頭命令を告げる暗号文が届けられた。

 もちろん手配したのはコブだった。


 指定された日時に庁舎の一室を訪れたカシューは、ドアを閉めると敬礼した。


「羊、出頭いたしました」


「管理官二十八号。特殊案件従事者、羊の出頭を確認した」


 椅子に座ることなく執務机のまえで待ちかまえていたコブは、答礼を返すとソファを指し示した。

 丸々と太った身体を礼服軍装で包み、胸につけられた階級章も略章による布帯ではなく、金属製の徽章(きしょう)を刺してあった。

 大きな任務になることをカシューは悟った。


「作戦概要だ。質問はのちほど口頭で受ける。まずは最後まで読んでくれ」


 コブにうながされ、カシューはテーブルの上に置かれていた書類を手にとった。

 書かれていた内容は、どれもこれもにわかには信じがたい話だった。


 過日、神殿にて国王陛下が定例の礼拝をおこなっていたところ、神託を授かる。

 曰く、魔王復活せり。

 我、降臨し、異界より勇者喚(よ)び寄せん。

 玉座の間にて待て。


 その言葉どおり、急ぎ王宮に戻った国王、及び宰相ら主要閣僚陣の眼前に女神が舞い降りたという。


 その後、女神主導のもとおこなわれた勇者召喚の儀において、三人の男女が転送されてくる。


 タナカ・イチロウ。男性。二十三歳。

 聖剣を戴(いただ)き、光魔法を用いてあらゆる魔を滅する。

 剣の勇者。


 スズキ・コーヘイ。男性。二十一歳。

 全属性魔力を持ち、広範囲攻撃魔法を駆使する戦術兵器型魔法使い。

 杖の勇者。


 サイトウ・アヤナ。女性。十八歳。

 聖魔法に特化した後方支援型魔法使い。

 癒やしの勇者。

 治癒魔法の行使に絶大なものがあり、即死以外の肉体的損傷のすべてに効果があるものとみられる。

 一切の攻性魔法をもたないが、それを補ってあまりある膂力(りょりょく)をもつ。


 上記三名、訓練課程修了次第、該当敵対勢力の排除作業に着任予定。

 本案件従事者は三名による作業過程を後方より監視。

 戦闘行為が発生した場合、その残置物の鹵獲(ろかく)を目的とする。


「まずはその作戦が立案された経緯を説明する」


 カシューが命令書をテーブルに戻すと、ひとり掛けのソファに座ったコブが無表情に口を開いた。


「事態の重大さを鑑みて現時点では王都市民に秘匿されているが、周辺諸国にて出処不明の魔人、魔物を先頭にした大規模暴走災害の発生が確認された」


 コブの説明によれば、北方のゴズルスキーにて古龍、南方のパピルギニアにてダークエルフ。

 東方ジパニカでは熊と虎の獣人が二体。

 西方の神聖フラネアン帝国では有翼獣面の魔女。

 それぞれ突如としてあらわれ、近隣に生息する魔物たちを束ねながら国土を荒らしまわったという。


「現在詳細を調査中だが、国境の関所を通過する民間の旅商人や傭兵からの聴取によると、各国とも被害は甚大だ」


 ゴズルスキーは連射された古龍のブレスによって王城が吹き飛び、王族および政府運営閣僚がすべて死亡。


 パピルギニアはダークエルフが召喚した複数の巨大鯨によって津波が発生し、国土沿岸部は壊滅。


 ジパニカは同時多発した魔獣のスタンピードによって都市部全域が蹂躙され、行政機能が停止。

 無政府状態に陥っている。


 神聖フラネアン帝国では、魔女によって散布された呪詛により、穀倉地帯に竜巻と蝗害(こうがい)が発生。

 致命的な飢饉が訪れる見込みとなっており、暴徒化した国民に対して貴族たちが武力鎮圧を試みた結果、大規模な内乱に発展したという。


「すべての国において大量の難民が発生している。いずれ、ウルブリッツの国境に押しよせるだろう」


「受け入れの選択肢は」


「ない。たとえ条件つきの少数であろうと、国内への流入を許せば、あぶれた者たちの不満は必至だ。確実に暴徒化するだろう」


「国境外部に避難地帯を設定して収容するという認識でいいか」


「そうなる。ほぼ全方位から流入してくる難民に対応するため、各辺境伯はもちろん、一定規模以上の領兵を持つ貴族に、順次、徴兵がかかることが決定された」


 つまり、それらの対応で軍隊を出動させることができないため、異世界から勇者を召喚して外国の脅威を斥(しりぞ)けざるを得なくなったということだろう。

 女神云々についてはよくわからないが、ずいぶんと苦しまぎれの手段であることにはちがいない。

 カシューはそう考えながら命令書を再度眺め、気づいた。


「三人の勇者だが、訓練課程修了次第、該当敵対勢力の排除作業とある。敵対? 外国で暴れまわってるドラゴンだの魔女だのが、うちの国に宣戦布告でもしてきたってのか」


 思わず素の口調にもどったカシューが問いかけると、コブは眉間に皺をよせて立ち上がった。

 執務机をまわりこみ、背後の壁に架けられていたウルブリッツ全土地図の一点を指さす。

 王国を南北に両断するヴィルベルゾイレ山脈。

 その一角に、太古の噴火によって山頂が吹き飛んだあと、水がたまって形成された火口湖があった。


「降臨した女神によると、周辺諸国にて復活したのは四天王らしい。首魁たる魔王が復活したのは、ここ。国内でも到達するだけで困難を極める最難関秘境。ナーベル湖だ。対岸の火事じゃない。魔王たちの主戦場は、我がウルブリッツ王国になる」


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