35 激突
敵軍のただ中にあって、クラウスは沸騰して弾ける泡のような存在だった。
押し寄せた敵兵が小山をなして周囲に群がり、剣や槍を振り立てる。
獣じみた咆哮をあげながらクラウスが手にした大剣の腹でなぎ払うと、突風に枯れ葉が吹き散らされるように兵たちの身体が宙を舞っていった。
飛びこんだ当初こそウルブリッツ兵たちは恐慌して逃げ惑うばかりだったが、しばらく暴れまわっているうちに指揮系統が復活したのか、距離をとって誘うように逃げはじめた。
とにかく追いまわして目の前にいる敵を吹き飛ばし、開いた空間に駆け込む。
クラウスの戦法にかわりはなかったが、ときおり後方から針で突くような集中攻撃を浴びるのが厄介だった。
おそらく、ガーウィンのいっていた魔式銃砲を持つ集団が、離れた場所にぴったりくっついているのだろう。
弓と同じで攻撃まで準備を要すること、同士討ちの恐れがあるため密集内では放てないだろうと考えて極端な乱戦を選んだが、ウルブリッツ軍がみせる有機的で柔軟な用兵技術に、クラウスは内心で舌を巻いていた。
「クラウスっ、まえに集中しろ!」
突然、目のまえの人ごみを割って飛びこんできた男ふたりが両脇を駆け抜けざま叫び、盾をかまえた。
直後にいくつもの破裂音が重なった。
黒光りするフォレストアントの甲殻を張り、そのうえから世界樹の樹液を厚く塗り固めた盾は、発砲された銃弾をいともたやすく弾きかえした。
盾をおろした男ふたりの視線の先、一直線に開いた敵兵の向こうに、おかしな短槍を肩づけしたまま呆然とするウルブリッツ兵の一団が見えた。
「小僧どもっ、なんだその腑抜けた武器は!」
不気味なフェイスガードを跳ねあげた下から、皺くちゃの顔に真っ白な口ひげを生やした老人の顔があらわれた。
「その根性、叩き直してくれるわっ。指導ーー!」
さらにもう一方、長く伸びて垂れ下がった眉までもが白い老人が、歯の抜けた口を大きく開き、悪鬼のような形相で拳を振りあげた。
目につく敵兵を片っ端から張り倒していく味方の姿に、クラウスは身をのけぞらせて笑うと前方に向きなおった。
「背中はまかせた。さあひよっこども、仕切りなおしだ!」
戦場のそこかしこで同様の光景が繰り広げられていた。
クラウスに呼び出された四人の男たちが暴れるだけ暴れ、騒げるだけ騒いで作りだした混乱の渦は、下士官、兵卒の区別なく戦場にいるすべての人間を戦闘状態に巻きこみ、本陣と前線指揮官との伝令ラインを崩壊させた。
突如としてはじまった乱戦に、本陣と後詰めの貴族率いる兵たちは状況を把握することすらままならず、ただ彼方に見える喧噪を傍観しているしかなかった。
いらだった上級将校たちが右往左往する伝令兵たちを怒鳴りつける声が目立つなか、命令もなく警戒しているほかなかった魔砲兵たちが足元に伝わってくる振動に気づいた。
地の底で稲妻が乱舞しているような、小刻みな轟音が迫ってくる。
前方で繰り広げられる戦闘によって土煙が飛散し、周辺はもやがかったように見通しがきかない。
振動は振幅の幅を刻々と増しつづけ、いまやはっきりと大地の揺れとなって近づいてくるのがわかった。
不安に駆られた兵たちの一部があたりをみまわし、隣りあったもの同士でささやきあう声が広がっていった。
しゃがみこんで地面に手を当てるもの、土煙の彼方を確認しようと列をはなれるもの、怯えに負けてかついでいた魔砲を肩にかまえるもの。
見かねた貴族のひとりが兵たちの前に進みでた。
「なにをしているか! 警戒待機中だ。動くなっ、しゃべるなっ、うろたえるな! 蛮族どもがなにをたくらんでいようと、しょせんあの狭い砦に籠もれる程度の人数だ。我らウルブリッツの大軍をまえにして自暴自棄になって暴れまわっているにすぎん。攻撃命令が出しだい、ひと息に踏み潰してくれるわ!」
次の瞬間、土煙を割って躍り出たバイコーンが貴族を踏み潰した。
「下乗っ、展開!」
ガーウィンの発した号令にしたがい、後ろに乗っていたふたりが上空高く飛び出した。
おのおのが空中で身をひねり、手にした大盾に足をつけてしゃがみこむ。
落下の勢いを殺さずに着地した男たちは、そのまま橇のように盾を滑らせて地面を走った。
陸続とあらわれるスレイプニールからも、大盾兵たちが次々と飛び立った。
全員が一糸乱れぬ動作で敵兵のまえに立ちはだかり、腰を落として大盾をかまえていく。
立ちならぶウルブリッツの兵たちは、信じられない思いで目のまえの光景を見つめていた。
突如として現れた馬群が自分たちのまえを走り抜けていったと思えば、次の瞬間、流れるようにして壁があらわれたのだ。
たちの悪い冗談としか思えなかったが、現実に背丈を越える壁によって視界は遮られ、いまもつづく激しい戦闘の音だけが耳に届いてくる。
大盾兵たちがつくりあげた壁の反対側では、交差して前方から駆けてきた騎馬兵たちが飛び降り、剣をかまえて整列しおえたところだった。
無手となったスレイプニールたちが走り去るのといれちがいに、全力で疾走してきた歩兵たちが雄叫びをあげて戦闘の渦中へと突入していく。
ただでさえ、尋常でない規模の乱戦がいつ自分たちに向かってくるのかと震えていたウルブリッツ兵たちにとって、奪われた視界の向こう、至近距離から湧きあがった無数の怒号と剣戟の音は、溜めこんでいた恐怖を炸裂させる十分な起爆剤となった。
兵のひとりが甲高い悲鳴をあげながら、狙いもつけずに引き金を引いた魔式銃砲。
その一発が最初の銃弾となり、直後、誰も彼もが恐慌のままに発砲した。
何百という銃口からいっせいに噴出した煙が周囲に渦巻き、燃焼した粉末魔石の発する刺激性のガスが兵士たちの目と喉を痛めつけた。
となりに立つ人間の目鼻すらおぼろげにかすむなか、指揮官らしい声がひどく咳き込みながら叫んだ。
「撃ちかたやめ! 味方に当たるっ。発砲をやめて再装填しろ。撃ちかたやめ!」
我に返ったウルブリッツ兵たちの反応はさまざまだった。
訓練どおり排莢して新たに弾丸を込めるもののとなりに、魔砲を肩にかまえたまま硬直するものがいた。
腰を抜かしてへたりこむものや、なりふりまわず背中を見せて周囲に押さえつけられるものがいた。
傷つき苦悶の呻きをあげる仲間を抱え、必死に衛生兵を呼ぶものがいた。
やがて煙が晴れたとき、兵たちは先刻と一切変わることなく自分たちを見下ろす盾の群れを見た。
誰もが悪夢に心を囚われ絶望に口を塞ぐなか、壁のなかから無慈悲な声が聞こえた。
「前進」




