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34 出陣


 望楼のはしごを滑り降りると、見上げるほどにそびえる巨大な門に、男たちが走り寄ってとりついている姿が見えた。

 本来ならば滑車で開く機構が備わっているが、待ちきれなかったようだった。


 かけ声をあげながら押しに押しまくっている男たちを尻目に、ガーウィンは矢継ぎ早に指示を出していった。


「騎馬をすべて出せ。騎兵に大盾ふたり同乗。壁割りで後方と前面を分断する」


 開かれた厩舎の奥から興奮した馬の(いなな)きが聞こえ、つづいて何十という(ひづめ)が地面を穿(うが)ちながら駆ける振動が伝わってきた。


 泡を吹きながら猛烈な勢いで走り出てきた馬は、異様なまでの巨体に八本の脚をそなえたスレイプニールたちだった。


 突進してきたスレイプニールのまえに立ちはだかった騎兵姿の男がすれちがいざまその背に飛び乗り、たてがみを掴みながら首を抱えこむ。

 棒立ちになった馬体をあやすと、手早く(あぶみ)だけを胴体に巻きつけた。

 (はみ)を噛ませなければ手綱もない。

 (くら)すら置かなかった。

 鐙とて、同乗する盾兵ふたりの足場のために装着したものだ。


 いかな怪力を誇るスレイプニールとはいえ、騎手のほかに大盾をかまえた人間ふたりを乗せれば駆けるだけで精一杯となる。

 ならば最初から操作することなど考えず、すべてを馬にまかせればいいという判断だった。

 裸馬を乗りこなし、人馬一体となって戦場を駆けまわる技術がなければできない芸当だが、この部隊の騎兵でそれができないものはいない。


「総員、兜だけは忘れずにかぶれ。敵は目にもとまらんような勢いで飛んでくる小型の弓状兵器で武装している。筒の先端からまえぶれもなく、(やじり)だけが飛び出すような武器だ。筒先が自分を狙っていたら全身をずらして避けろ。頭だけはなんとしても守れ。一発で行動不能になる」


 (せわ)しなく動きまわる兵たちに声をかけながら、ガーウィンはおのれの愛馬に近寄っていった。

 周囲の興奮に当てられたのか、さかんに足元の芝生を蹴りつけていたバイコーンは、主に向けて激しく首を振ってみせた。


 周囲と同様、鐙だけをとりつけると、ガーウィンはまとっていたマントを脱ぎ捨てた。

 布地の厚さだけが取り柄の地味なマントの下からあらわれたのは、革製の胸当てと携行品のポーチを兼ねた腰鎧。

 腕は手首から前腕なかばを護る籠手。

 足元にいたっては膝下までの編みあげブーツだけだった。


 どの装備品も補修のあとがあり、年季の入ったしろものだとひとめでわかる。

 武器は腰ではなく、腕の長さほどのショートソードを背中にまわし、柄を下向きに背負っていた。

 身軽さを徹底して追求し、奇襲と接近戦に特化した装備だった。


「騎馬、二列縦隊。出陣後、左右に分かれて後方本陣をめざす。副長、右翼はまかせた」


 先頭で騎乗したガーウィンが顔を向けると、となりにいた男がくぐもった声で了解と声をあげた。

 すでに兜をかぶり、面頬もさげている。

 なんの装飾もない黒い丸鍋のような兜に、鼻も口もなく楕円形の面に視界確保と呼気抜きの穴を開けただけの黒いフェイスガード。

 ヴェルトハイム建国当時、国家元首の座についた魔王が国防軍共通装備として採用したヘルメットだった。


 機能性だけを追求したその装備を、魔王は甲冑ではなく強化服と呼んだ。

 はじめて見たときは威圧感しか感じさせないその威容に装着をためらったが、容赦ない訓練と数多くの実戦を重ねるうち、ほとんどの隊員が愛着を抱くようになった。

 ガーウィンもそのひとりだ。


 すでに大半が開いた門からは、前線の喧噪が見渡せた。


 突入したクラウスたちが起こした混乱はおさまりつつあり、悲鳴のかわりに反撃を呼びかける怒号がそこかしこであがり、槍や剣を振りまわす甲高い金属音が響いていた。

 魔式銃砲を持つものも多数いたが、先端に剣をつけて槍として用いるものばかりで発砲にはいたっていない。

 思ったとおり、接近しての乱戦には不向きな武器だった。


「歩兵部隊、一班、二班。別働隊として突撃要員の補佐にまわれ。クラウスたちの背後をとらせるな。行け!」


 ガーウィンの指示に応と声をあげた一団が、盾と片手剣を握りしめて門を駆け抜けていった。

 よけいな叫びをあげることもなく、走りながら楔形陣形を組み混戦のまっただなかへ斬り込んで、すぐに見えなくなる。


「残りの歩兵部隊は騎馬隊につづけ。死にものぐるいで走れ。本陣を分断後、後方から突撃して先行部隊と合流。首はいらん。とにかく動いてあばれまわれ。ウルブリッツの連中に襲われる恐怖を植えつけてやれ。大盾、騎乗せよ」


 またがった腿をしめて首筋を叩くと、ガーウィンの意を汲んだバイコーンが激しく嘶き蹄で地を打った。

 左右から駆け寄ってきたふたりの兵士が、鐙に片足をかけ互いに肩を組んで馬上で身体を固定する。

 空いた手には身の丈がすっぽり隠れるほどの長方形の盾を携えていた。


 通常の数倍の加重を嫌がったバイコーンが首を振り、怒りを糧に筋肉を怒張させた。

 はさんだ太腿から燃えるような体温が伝わってくる。

 早鐘のように打つ心臓の鼓動と全身のすみずみまでめぐる血液の循環が、ガーウィンの身体を下から叩いた。

 その振動に呼吸を合わせた。


「急ぐぞ。振り落とされるなよ」


 うしろのふたりに向けて言葉をかけると、鼻で笑った声がかえってきた。


「そこまで耄碌(もうろく)してねえ」


「おれらは盾もって立ってるだけだ。ガーウィンこそ息切れしねえでくれよ」


 無理な体勢を強いられているにもかかわらず、その声は安定していた。

 久々の実戦だという気負いもうかがえない。

 これまでさんざんやってきたことを、またくりかえすだけだ。

 ガーウィンもそんな気持ちだった。


 バイコーンの首筋を軽くなでた右腕を、そのまま高々と掲げた。

 後方の人間たちがたてていたざわめきが一気になりをひそめ、馬たちの荒い呼吸音だけが川の流れのように耳に届いてくる。


 背筋をのばし、深く息を吸いこんだ。

 吐き出すと同時、馬上に倒れこむようにして勢いよく腕を振りおろした。

 瞬間、解き放たれた矢のような加速が全身を包んだ。


 極端に低い姿勢でまたがったガーウィンの顎に、逆立ったたてがみがつきささる。

 太腿から伝わってくるバイコーンの背筋のうねりと膝に感じる肩甲骨の動きが、ガーウィンの筋肉と骨格を揺さぶった。


 馬上のガーウィンにとって、バイコーンこそが己の肉体だった。

 駆けるバイコーンにとって、ガーウィンこそが外界を知覚する感覚器だった。


 全力で飛び出した馬体は、門をくぐり抜けるころには最高速に達した。


 密集した敵兵の群れに突っ込む寸前、ガーウィンがわずかに傾けた上体によってバイコーンが進路を左にとった。

 かすめた敵兵が恐怖に顔を引きつらせ、必死になって避けようと周囲にかまわず倒れこむ。

 わずかに崩れたバランスが次々と伝播していき、嵐に翻弄される麦畑のように戦場が波打った。



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