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33/79

33 霹靂


「おまえさん、ちょっと突入して暴れまわってきてくれ」


 こともなげに言ってのけたガーウィンに、クラウスがひるんだように半身をのけぞらせた。


「本気でいってんのか。あの大軍だぞ」


「単騎で突っ込めといってるわけじゃない。血の気が多くて頑丈そうなのを四、五人もつれてひっかきまわしてくれればそれでいい。殺す必要もない。とにかくなぎ払って、ひたすら混乱させてくれ」


「スタンピードみたいにか?」


「スタンピードみたいにだ」


 眉間に皺をよせて唸ったクラウスの顔に、徐々に獰猛な笑みが広がっていった。

 口辺が持ちあがり、奥歯がのぞく。

 岩でも砕きそうな歯だった。


「なるほど、そいつぁおもしろそうだ」


「タイミングを合わせて、こちらも出撃する。準備ができしだい声をかけるから――」


 作戦要綱を説明しようとガーウィンがクラウスに顔を向けると、力一杯息を吸いこみ、分厚い胸板をさらにぱんぱんに膨らませたクラウスがそこにいた。

 ガーウィンはとっさに両手で耳をふさぎ、頭をさげて衝撃にそなえた。


「エドモン、ダングラール、カドルス、フェルナン。ついて来いっ。猛進だ!」


 望楼の下、中庭で待機していた一団に向けて、クラウスが大音声を張りあげた。

 その声はゴート城砦のみならず、周辺の森の木々まで震わせ、驚いた鳥たちがいっせいに梢から飛び立った。


 両の瞳を爛々と輝かせたクラウスは、まとっていたマントをひるがえすと背負っていた剣を抜き払った。

 それは刀剣というもおこがましい、巨大で無骨なだけの鉄塊だった。


「ヴヮハハハハッ。遠からんものは音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。ヴェルトハイム王国国防軍総料理長クラウス・シュトロハイム。()して(まい)る!」


 名乗りのままに勢いをつけて望楼から飛び立ったクラウスが、空中で剣を振りおろした。

 切り裂かれた大気が突風の吹きおろしとなって地面に叩きつけられ、もうもうたる土煙が着地点を覆いかくす。


 布陣していたウルブリッツ軍は、突然襲ってきた衝撃波による混乱からまだ立ち直っていなかった。

 とくに最前列に展開する歩兵たちは、空が割れるような轟音と振動から至近への落雷を疑っていたところに猛烈な土煙が立ちあがり、総員が浮き足立ち、騒然となっていた。


 ある意味、彼らの想像は当たっていた。

 立ちこめていた土煙を押しのけるようにして突進してきたクラウスが、彼らをまとめて吹き飛ばしたからだった。

 吹きつける風を感じたときには雷に打たれたように弾き飛ばされている。

 まさしく疾風迅雷のごとき猪突だった。


「クラウス! おいっ、まだだよ。まだだって!」


 望楼から身を乗り出したガーウィンは、愛用する肉叩きと名づけた大剣を乱雑に振りまわしながら戦場を走りまわるクラウスに向けて叫んだ。


「くそっ」


 指揮官らしからぬ荒々しい仕草で白髪をかきむしったとき、ふいに視野が(かげ)った。

 ふりむくと、さきほどクラウスが名を呼んだ男たちが自分を取り囲むようにして眼下をのぞきこんでいた。


「うちのシェフはまたかってに先駆けしてるのかい」


「肉焼いてるか敵陣突っ込むかしかみたことねえよ」


「みろよ。クラウスのまわりだけ、人ごみがぽっかり空いてやがる。ドーナツ化現象だ」


「そんじゃ、おれらもいくか」


 クラウスに勝るとも劣らない巨漢たちが次々と望楼から飛び降りていく。

 重量物が落下した激突音が響き、すぐさま逃げ惑う男たちの悲鳴によってかき消された。


「おまえらも人の話を聞け!」


 ひとしきり怒鳴り散らしたあと、ガーウィンは考えることを放棄した。


 見ろ。

 あれだけ整然と並んでいた敵軍が、蜂の巣をつついたような混乱に見舞われている。

 後方にかまえた本陣は手をこまねいて事態を静観せざるを得ず、頼みの綱の魔砲兵たちも同士討ちを(おそ)れて右往左往しているありさまだ。

 過程はどうあれ、結果として自分の想定どおりの状況が生まれている。

 ならばやることは決まっているだろう。


 砦の中庭を見下ろすと、いつのまにか待機していた全人員が集合していた。

 身動(みじろ)ぎもせず命令を待つもの、抑えきれない高揚感に拳を打ちあわせるもの、してやったりとニヤニヤ笑いながらこちらを見あげるもの。


 いまさら怯むものはいない。

 すべてが何十年とともに戦ってきた古強者たちだった。


 ガーウィンは腹腔に力を込めると、並みいる高齢者たちに向かって口を開いた。


「開門!」



本業繁忙期で不貞腐れながら生きている作者に愛の手を差し伸べてくださると、未来に希望が持てます。

具体的にはブックマークとか、なんかいい感じの評価とか。

一番ほしいのは現ナマ。


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