28 ここは空ですらない
その光の柱は、すでにゴートの直下まで龍脈が到達している証だった。
親方が話していた、倉庫内部に底が見えないほど深く掘られた縦穴。
それがいま、新たな龍脈の噴出孔となって地上に高純度の魔素をまき散らしている。
同時に、それはダンジョンコアが猛烈な勢いで龍脈を吸収して生長し続けていることでもあった。
光の柱の根元にはゴートの街が広がっているはずだったが、夜の闇も相まって、周辺は塗りつぶされたように黒く沈んでいた。
まるで深い黒暗淵に一本の光の剣が突き立っているようだった。
高高度から見る限り、地上の被害の様子は確認できない。
大地に巨大なクレーターが穿たれているわけでも、周辺の木々がなぎ払われていることもない。
だが、龍脈の流れを示す森の輝きが、いたるところで不安定な明滅を繰り返していた。
明らかにゴートへと続く直線に光が集中しており、見ているあいだにも周囲にあった流れが吸い込まれるようにして人為的に作られた支道へと向きを変えていくさまが見てとれた。
強引な変化の原因がダンジョンコアであることに疑問の余地はなく、また周囲とのバランスを無視して作られた龍脈の流れが、いずれは強烈な負荷に耐えられなくなるだろうことも予想できた。
そしてそのいずれは、いまこの瞬間に起きても不思議ではない。
王国は、この場にダンジョンを生成して無尽蔵の資源を生み出す鉱脈として利用する計画だったという。
いま、実際にダンジョンコアが龍脈を吸い尽くす光景を見てみれば、その目論見がいかに浅はかなものだったかがよくわかる。
あのダンジョンコアはあまりにも危険すぎる。
そして、精緻な調律のうえに成り立っている龍脈を破壊することが、どれほど甚大な被害をもたらすか。
山は火を噴き、大地は震えてひび割れ、風は集まり地上を打ち払うだろう。
雲は低く垂れ込めて太陽を覆い隠し、終わることのない冬がやってくる。
降り続く冷たい雨は人々から一切の作物を奪うことになる。
王家などは関係ない。
国家とはしょせん人の集まりだ。
人々の生きることのかなわない死の土地になれば、国そのものが滅びるだろう。
ダンジョンコアが龍脈を吸い尽くすのが先か、人工龍脈が破滅を迎えるのが先か。
どちらが勝ったにしても、甚大な規模の災害に王国は見舞われることになる。
トレントが止まる気配はなかった。
溜めこんでいた龍脈の力を噴出し、上昇を続けている。
周囲に比較する対象物がないため速度はわからないが、地上の光景がみるみる小さくなっていくところから見てもかなりの勢いを維持しているのはまちがいない。
すでに鳥が羽ばたく高さではなかった。
このまま飛び降りても、どこに落下するかわからない。
なにか風の流れを制御できるものが必要だった。
周囲を見まわした。
炎上と飛翔による風圧で枝に張りついていた蟻たちはすべて吹き飛び、ねじくれた枝振りが虚空に腕を伸ばしていた。
その片隅に、もぞもぞと蠢く影があった。
それは怒れるトレントによって八つ裂きにされたはずの女王蟻だった。
胸を貫いた枝が抜けなかったのだろう。
下半身を失い、六本あるはずの脚も二本しかない。
それでも女王は生きていた。
夢遊病者のように触角を揺らめかせ、弱々しく顎を開閉させていた。
どこから見ても瀕死だった。
だが、まだ生きている。
そしてその背中には、しっかりと原型を保った翅が広がっていた。
踏み外さぬよう、慎重に幹をよじ登った。
全身に襲いかかっていた風の圧力が、ほとんどなくなっていた。
女王の下に辿り着くと、枝を握りしめ、体重をかけて女王の頭を踏みつけた。
すでに怒る力も残っていないのか、女王は許しを請うかのようにギイギイとか細い鳴き声を漏らした。
幾度めかに力を込めたとき、踏み抜いたような感触とともに抵抗がなくなった。
力なく垂れ下がっていた触覚が驚愕したかのように激しく振りまわされ、枝にしがみつこうと広げられた二本の節足がむなしく宙を掻いた。
先端に向かうにつれて細くなった枝がずるりと抜け、なすすべもなく女王の頭が落下していく。
あとを追って飛び立とうとして、足が震えた。
自分がなにをしようとしているのか、考えれば考えるほど全身が硬直していく。
地平線が丸い。
かつてこれほどの高さから大地を見下ろした人間はいないだろう。
周囲を押し包む闇はすでに夜の暗さではない。
夜はあくまでも空と大地の領分だった。
ここは空ですらない。
地上へ帰らなければならない。
目的地を見失うことはない。
天から垂れる蜘蛛の糸のように細い光。
そこに会わなければならない人々がいる。
私は彼らを助けることができる。
声にならない叫びをあげ、私は宙に向かって身を投げだした。




