23 何度かオークの集団を殲滅した
何度かオークの集団を殲滅した。
餌場を作っては魔物を呼び寄せ、その隙に森の奥へと進むことを繰り返した。
目論みどおり順調に進んでいるといえるが、やはり魔物の数が多すぎる。
そもそも、夜行性の小型魔獣や薄明性のゴブリンとちがって、オークが夜間に活発に移動することは少ない。
群れからはじき出された個体がさまよっているわけでもなく、三頭から五頭で構成された集団をこれだけ多く見かけるということは、どこかで大規模な集落が壊滅したことを意味していた。
オークだけではない。
目をこらし、耳を澄ませば、森そのものが蠢いているのがわかる。
風もないのに揺れつづける梢。
雨が降ったわけでもないのに、樹木の根元から染みだす液体。
突如としてひび割れる幹と、そこから漏れる低く不気味な唸り声。
地面を見れば、地中でなにかが這いまわっているように土が隆起しては陥没することを繰り返している。
いたるところで、トレントが生まれようとしていた。
一本だけでは満足に身体を動かすこともできないトレントだが、群体として成長したときの脅威は、凡百の魔物たちを遙かにしのぐ。
触手のように伸びる根で獲物を絡め取り、槍のように鋭い枝に突き刺して樹冠部分まで持ち上げると、細かな牙がびっしりと生えた何千もの葉で押し包んで骨になるまで食い尽くす。
地上部分を切り倒したところで、根さえ残っていれば何度でも再生し、年輪を重ねてより巨大に、より強力に生育していく。
トレントを完全に死滅させるには、大地を噛んで根を張った株をすべて掘り起こし、消し炭になるまで燃やし尽くすしかない。
とはいえ、平時におけるトレントの危険性はそれほど高いものではない。
それは単純に、彼らの成長が樹木と同じように遅いからだ。
生まれたばかりのトレントはガサガサと葉を揺らし、洞から気味の悪い呻き声を鳴らすやかましい魔物にすぎない。
何十年もかけて恐るべき魔物に育ったトレントが生息するのは、いまでは人跡未踏の魔の森中心部だけと言われていた。
そのトレントが、目に見える範囲だけでも何本も生まれ、急速な勢いで育ちつつある。
森は魔物が跋扈する中深層に入ったとはいえ、まだその鳥羽口にすぎない。
龍脈は、今この瞬間も森を作りかえている。
人が太刀打ちすることなど想像もできない、本当の人外の地を、ここにもたらそうとしている。
急ぐ必要があった。
走り抜ける私をかすめるようにして、何頭もの小型魔獣たちが飛び出してきた。
とっさに身構えた私に目もくれず、牙の生えた兎や角の生えた猪たちが駆け去って行く。
四つ足の魔獣に遅れて、血相を変えたゴブリンの群れがあらわれた。
十匹近いゴブリンが、意味をなさない悲鳴を口々に叫び、お互いに押しのけあいながら散らばった。
なにかから逃げようとしているのは明らかだった。
最後に出てきた一匹が、茂みに足を取られ転倒した。
起き上がろうと這いつくばったその両脚を、木々を押し分けて伸びてきた巨大な手のひらが掴んだ。
ゴブリンは土に爪を立ててもがいていたが、なすすべもなく木陰へと引きずり込まれていった。
狂ったような絶叫があがり、唐突に途切れた。
かわりに、中身の詰まった革袋を力まかせに引きちぎったような湿った音と、軽石を踏み砕くような連続した破砕音が聞こえてきた。
恐怖で腰を抜かしたゴブリンたちのあいだに、熟れた果実のような赤い塊が投げ込まれた。
顔面の半分が失われたゴブリンの首だった。
周囲を揺らす足音とともに、木立をかき分けて巨大な人影があらわれた。
毛の生えていない猩猩のような体型を見上げていけば、突き出した下顎とそこから伸びる発達した牙。
そして潰れた鼻と、その上にひとつしかないギョロリとした眼球。
サイクロプスだった。
もごもごと咀嚼をつづける口元から、ゴブリンの小さな足がぶら下がっていた。
サイクロプスは悠々と歩いてくると、呆然と見上げるゴブリンたちに向けて手のひらを叩きつけた。
まるで地を這う虫を処分するような無造作な動作だった。
潰れて折れ曲がったゴブリンたちの死体を両手でかき集め、包みこむようにして持ち上げると、一気に握りしめた。
血とも肉ともつかない赤黒い粘液が指の合間から染みだしてくるのが見えた。
満足そうに息を吐いたサイクロプスは、指を開くと手のひらをなめるようにして口をつけた。
啜り、咀嚼し、嚥下する音があたりに響いた。
赤く染まった指先をしつこく咥えているサイクロプスを視界にとらえながら、私は草むらに身を伏せ、ゆっくりと背後にまわりこんでいった。
サイクロプスは、巨大な眼球を持ちながら驚くほど目が悪い。
素早く動く生き物には気づくことすらなかったりする。
一説には、あまりにも目が大きすぎて動かすことができないため、正面以外見ることができないという。
あんなものを相手にしていたら、いつまでたっても森を抜けることはできない。
気配を悟られないよう死角にまわり、さっさと逃げ出すつもりだった。
じりじりと匍匐をつづけていると、強い力で足首を掴まれた。
驚いて顔を向ければ、鉤爪の生えた太い腕が、私の足を握りつぶしていた。
痛みを無視することはできるが、遮断することはできない。
予期し得ない激痛が背筋を駆け抜け、私は大きくのけぞった。
一瞬の浮遊感ののち、目に映る風景が激しく流れ、全身に衝撃。
足首を掴んだ腕によって持ち上げられ、木に叩きつけられたのだと理解したのは、転がった私めがけて足を踏みおろそうとするオーガの顔を見たときだった。




