22 森は魔物たちが支配する領域へと入っていた
しばらくのあいだ、血糊多めでお届けいたします。
地面に着地すると同時に腰、肘、肩と身体を丸めるように接地させて衝撃を殺した。
一回転したところで立ち上がる膝のバネを使って頭から森に飛びこんだ。
空中にいるあいだに両手に持ったペグを左右の茂みに投げ込む。
狼の甲高い悲鳴があがった。
仲間が攻撃を受けたことで興奮したのか、茂みをかき分けて幾頭もの狼が襲いかかってきた。
飛び上がって頭上から噛みつこうとする個体を身体を沈めて躱し、低い姿勢で足下を狙ってきた一頭をめがけ、腰に収めた鎌を振り抜いた。
大きく開いた顎の付け根に鎌の刃が食い込み、瞬間的に硬く収縮した筋肉の痙攣が伝わってきた。
引き抜いているひまはない。
そのまま手首をひねり、すくい上げるようにして狼の体躯を振りまわした。
遠心力によって刺さっていた鎌が肉を引き裂き、大量の血が噴き出した。
噎せ返るような血のにおいとともに、赤黒い飛沫が周囲に降り注ぐ。
突如として、取り巻いていた狼たちが野太い遠吠えをあげた。
まるで血のにおいに酔ったのかのように、次々と狂騒の唸りが伝播していく。
森の彼方からも呼応する遠吠えが響き、猛烈な勢いで下生えをかき分ける葉なりの音が近づいてきた。
周辺一帯を徘徊していたすべての狼たちが、狙いを私に定め、この場に集まろうとしている。
目論みどおり、狼たちのヘイトを集めることには成功した。
狼はあらゆる魔物の先遣となる。
獲物を見つけた彼らの動きが、魔物を呼び寄せるのだ。
大規模な狼の群れを引きつれて砦から遠ざかるほど、砦内部に残った者たちの生存確率を上げることができる。
腰に吊るしたザイルを掴み、振り上げた。
空中でほどけて鞭のようにしなった先端が、音速を超えて乾いた破裂音を轟かせる。
初めて耳にする衝撃音に、経験の浅い若い狼たちが、一瞬四肢を硬直させるのが見えた。
そのなかでも、もっとも身体が小さい一頭をめがけてザイルを振り下ろした。
打ち据えられた狼が反射的に飛び退ろうとする隙を逃さず、手首を返してザイルを絡めた。
周囲の狼たちの注意がもがく仲間に向いた瞬間、私は渾身の力で狼を引き倒し大地を蹴った。
地面が抉れるほどの踏み込みで森の中に駆け込んだ。
勢いのままに木立に跳びつき、幹を蹴りながら太い枝まで到達する。
上半身を倒し、頭から落下した。
握ったザイルに狼の体重がかかる。
折り曲げた膝で枝を蹴り、さらに勢いをつけた。
梃子の力で頭上高く放り投げられた狼が、地面に叩きつけられ、夜の静寂をつんざくような悲鳴を上げた。
猛り狂った群れの仲間たちが、獰猛な咆哮とともに、一斉に走り出した。
私は止まることなく疾駆した。
乱立する木々を縦横に駆けまわり、引きずる狼を幹に地面に叩きつけながら走った。
いつしか狼の悲鳴は聞こえなくなり、腕にかかる重さがなくなっていた。
見れば、打ち据えられ、引きまわされた狼の身体はちぎれ、血にまみれた毛皮の断片だけがザイルに引っかかっていた。
ザイルを腰に戻し、かわりに両手に一丁ずつ鎌をかまえた。
耳を澄ますと、背後から追ってくる狼とは別に、四方から近づいてくる二足歩行の振動を感じた。
鈍重だが一歩一歩の間隔が忙しない足並みは、短足のオークのものだろう。
軽く跳ねるような足音にときおり硬い音が混じるのは、ゴブリンの集団だ。
奴らは獲物を追い詰めるとき、手にした棍棒で周囲を叩いて威嚇する習性がある。
蛇が這う摩擦音のような音は、全身を体毛で覆い、肉球で足音を消したコボルトたちだった。
鎌を爪がわりに、かたわらの木を登った。
枝をしならせながら梢から梢へと飛び移り、オークの群れを目指した。
魔物たちの同士討ちを狙うのならば、オークを囮に使うのが手っ取り早い。
低深層では大型で膂力も強く、生態系の上位に位置する魔物だが、そういった危険性を忘れさせるほど、オークの肉は美味い。
傷つき動けなくなったオークは、森に蠢くものたちの格好の餌となってくるだろう。
樹上を騒がす私に驚いた赤目鴉や剃刀梟が次々に飛び立った。
鉄を擦りあわせたような鳥たちの鳴き声が、森に響き渡る。
細めの枝を選んで素早く飛び移った。
絞りきった弓のように撓んだ枝を最大限に利用し、羽ばたく鳥たちのさらに上空をめがけ跳躍した。
数え切れないほどの翼が乱舞する狭間に、足を止めて見上げるオークたちの顔がある。
背嚢に固定していたシャベルを手に取った。
鋭く尖った先端が下に向くよう、足で固定する。
そのまま身体を自由落下するにまかせた。
びょうびょうという風切り音が頭のなかを渦巻いた。
見上げていたオークが、槍のように降ってくる私の姿を見つけて驚愕の表情を浮かべたのがわかった。
とっさに掲げた両腕を頭上で交差させて防御姿勢をとったが、かまうことなく、オークの上に着地した。
シャベルの先端は、ほとんど抵抗を感じさせることなくオークの腕を両断し、喉から腹までを垂直に切り裂いて地面に突き刺さった。
一拍遅れて噴き上げられた血と臓物が、驟雨のように私の身体を赤く染めあげた。
深く大地を穿ったシャベルを力まかせに引き抜き、勢いを殺さずに振り抜いた。
かたわらで棒立ちしていたオークの膝を切断したシャベルを逆手に握り替え、悲鳴を上げさせる暇もなく首に向かって突き入れた。
口から血泡を吐き出したオークが、ブヨブヨとした肉体を痙攣させながらゆっくりとうしろに倒れていった。
なすすべもなく二体の仲間を失ったオークたちは、明らかに腰が引けていた。
背中を見せて逃げ出そうとするオークたちのあいだを走り抜けた。
袈裟懸けに振り下ろしたシャベルのベクトルのままに半回転して逆袈裟に振り上げ、踏み込みざまに突きおろす。
身体を独楽のように回転させながら、がむしゃらに走りまわっているうち、オークたちは物言わぬ肉の塊となって地面にぶちまけられていた。
全身にまとわりつく血の匂いを振り払い、周囲の気配に感覚を研ぎ澄ませた。
うるさいほどに飛び交っていた翼の羽音が消え、舞い降りた鴉たちが争うように肉片をついばんでいる。
そして、地面から湧いて出るようにあらわれる小型の魔獣たち。
屍肉を漁る土竜鼠、目につくものならなんでも口に入れる斑猫熊、土に染みこんだ血を啜るしゃくれ泥兎。
狼たちのテリトリーをはずれ、森は魔物たちが支配する領域へと入っていた。




