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20 親方の姿がひどく縮んで見えた

 

 ギリアム。

 ゴートにある冒険者ギルドのマスターであり、親方とならんで私が師と敬う恩人だった。

 エレノアの養父でもある。


「ギリアムもそうやって考えて、裏にある陰謀にすぐ感づいた。演じているのはアルカード子爵とデルモンド男爵だが、演出はノイタンツ公爵。筋書きを書いたのは王家だろうってな。すべては魔王との戦争終結のどさくさにまぎれて、王権の絶対性を完全なものにするためのたくらみだ」


 王家に反感を持つ貴族をノイタンツ公爵のもとに集め、戦争で疲弊させたのち、終戦宣言と同時に綱紀粛正を図る。

 おそらく、ノイタンツ公爵は国王の忠実な手駒にすぎない。

 これだけ大規模な貴族家の動員をかけ、戦果も達成しておきながら、軍令はすべて中央方面軍統帥部の名義で出されている。

 ノイタンツ公爵個人の名はかたくなに伏されていることが、その証左だった。


 王家がいずれの段階でこの騒乱を思いついたのかはわからない。

 だが、王権の強化は王家に携わる者の使命ともいえる。

 その機会は常にうかがっているだろう。

 魔王による国家存亡の危機ですら、彼らにとっては好機とうつったにちがいなかった。


 そしていにしえより国内に位置を占めるハイエルフは、まちがいなく王国にとっては頭を悩ませる存在だったはずだ。

 魔王討伐の戦果として得たダンジョンコアで彼らをおびきだし、勇者の持つ武力でその領地を簒奪する。

 無限の資源を生み出すダンジョンを龍脈で管理し、龍脈をハイエルフが制御し、ハイエルフを王家が支配下におく。

 為政者の考えそうなことだった。


「おれとギリアムが気づいたときには、陰謀のお膳立てがぜんぶ整っちまってて動きようがなくなってた。ハイエルフの連中も、目の色変えて一戦交える気まんまんだったからな。それに、龍脈を引っぱってきた以上、あそこにダンジョンを作らねえことには周辺一帯が吹き飛ぶのは目に見えてた。おれらがどうにかするには、話がでかすぎたんだ。残された選択肢は、ゴートを捨てて逃げるか、新しくできるダンジョンと共生するかのふたつしかなかった」


 下を向いた親方が、小さく首を振った。


 生粋の冒険者である親方ならば、逃げる選択肢を選んだのだろう。

 自由を尊び、独立不羈をもってする冒険者であれば、権力者のいざこざに首を突っ込むくらいならゴブリンの巣に放り込まれるほうを選ぶ。


「ギリアムはダンジョンと共生する道を選んだ。そのうえで、王国に協力するとな。ハイエルフが管轄する領土になれば、冒険者ギルド自体、存続できるかどうかわからねえ。ギルドマスターとしてまちがった選択じゃねえのはわかる。だがな、ギリアムはひとつ欲をかいた。ハイエルフ排斥に手を貸す対価として、エレノアの嬢ちゃんのお家再興を求めたんだ」


 エレノアの出自。

 たしか、ローゼンハイムという名の男爵家だった。

 父も母も憶えていない彼女にとって、その名のとおり、庭いちめんを彩っていた豊かなバラだけが、貴族としての思い出なのだと言っていた。


 孤児院のとなりに家を建てたときも、庭にバラを植えた。

 子どもたちがトゲで怪我をしないよう、産地からわざわざトゲなしの品種を取り寄せて完成した生け垣を眺めながら、満足そうに笑っていた彼女の姿を思い出した。

 あのときのエレノアの笑顔と、家督再興に悲願を見いだすエレノアが両立するとは、どうしても思えなかった。


「ギリアムはな、むかし自分が所属してたパーティが解散したあと、自身はギルドに戻らず、生まれ故郷の村に戻って領主の貴族家に家令として雇われたんだ。なんでも、ガキの頃、そこの家の先代当主に気に入られて、家族同然に育ってきたらしい。それがローゼンハイム男爵家だった。あいつからすりゃ、先代はおやじ、当主は兄弟、婦人は幼なじみみたいなもんだったんだろう。エレノアの嬢ちゃんのことは、生まれたときから本物の姪っこみたいにかわいがってた」


 親方は、自分が経験した過去のように、眼差しに郷愁を浮かべていた。

 もしかすると、ギルドマスターとともに、その場にいたのかもしれない。

 ふたりのしがらみは、私などには想像できないほど深いものがある。


「できた貴族だったんだろうな。領地でスタンピードが起こったとき、持てる力のすべてを使って領民を完璧に保護してみせたが、最後には自分たち家族だけが魔物の群れのなかに取り残されてた。ギリアムが元Sランク冒険者だったってのも過信につながったんだろう。おれが駆けつけたときには、ボロボロになったギリアムが気を失った嬢ちゃんを抱きしめてた。あの子がまだ三つかそこらのときだ。男爵家の他の人間は骨も残らず、お家はそこで廃絶。からっぽの墓のまえで、あいつはひざまずいてひたすら謝ってた。ギリアムが声をあげて泣くのを見たのは、あのときだけだ」


 私の知るギルドマスターは、常に眉間に皺を寄せ、周囲に威圧感をまき散らしている人だった。

 まれに酒に酔って口元をゆがめることがあったが、あれが笑顔だと気づくまでにずいぶん時間がかかった。

 涙を流す姿など思い浮かべることもできない。


「思えば、あいつにとってローゼンハイム男爵家こそが一番大切な家族の象徴だったんだろう。いつかは、エレノアの嬢ちゃんにローゼンハイムの名を名乗らせてやりたいと漏らすこともあった。だがな、この国の貴族の男子相続は絶対だ。ローゼンハイム家を再興するなら、どっかから貴族の三男坊あたりを引っぱってきて婿取りをしなきゃなんねえ。そんなことは、嬢ちゃんはもとより、ギリアムだって最初から望んじゃいなかった。だからこそ、ギリアムはおまえを仕込んだんだ」


 意味がわからず、メルトに目を向けると、彼女は端的に言った。


「報償としての叙勲」


「そうだ。むかし、王子がお忍びで魔の森の視察に来て、ぐうぜんゴブリンの巣を見つけたときがあったろう。おまえが勇者一行のお目付役として目をつけられたのは、王室にあのときの記憶があったからだ。そしてゴートに持ち込まれたダンジョンコアを見て、おれとギリアムはおまえが戦って生き残ったことを確信した。みごと世界を救ってみせたんだ。男爵位のひとつくらい願ってもいいだろう。さらにハイエルフがらみでゴートの冒険者ギルドが協力して後押しすれば、ローゼンハイム家の再興はまちがいないものになる。ギリアムはそう考えた」


 自分が貴族の列に叙されるなど、考えたこともなかった。

 かりにその資格を得たとしても、なりたいとも思わない。


「おまえが魔王討伐に連れていかれたときとはちがって、王室への連絡はすぐについた。王子とのツテはまだつながっていたし、王室は宮廷工作は得意でも、現場で荒事こなせる手駒は近衛兵しか持ってねえからな。案の定、冒険者ギルドが手を貸すと伝えたら食いついてきた。あきれたことに、宰相とノイタンツ公爵が連名でサインした密書が送られてきたよ」


「それ、もう隠す気ありませんわね」


「なりふりかまっていられなくなったってことなんだろう。魔王倒したって触れが出されてされてから、もうずいぶんたつのに、いっこうに動員が解かれねえ。まともな貴族なら、権力争いよりも作物の収穫の心配をするさ。王様だって、来年の税を取りっぱぐれたかないだろうよ」


 魔王討伐の混乱に乗じて、国内における王家の権力基盤をより強固なものとする。

 王室はそうやって日常を取り戻していくのだろう。


 勇者たちの従者を命じられてから、私の日常は遠いものになり果てた。

 魔王に勝利したなどという実感はない。

 あるのは、生き残ることに死力を尽くしただけという思いだけだ。


 そしていま、あの旅の日々をなつかしく感じている自分がいる。

 貴族社会こそが、魑魅魍魎の巣窟だった。


「話はトントン拍子に進んだよ。ダンジョンコアは冒険者ギルドが確保し、ハイエルフをおびき出す。タイミングを合わせて王家は勇者を派遣し、ハイエルフともどもデルモンド領を平定。勇者はその功績をもって旧デルモンド領を下賜され、はれてダンジョンマスター兼領地持ちの貴族となる。ギリアムは、おめえが戻ってくるのを待って、ローゼンハイム家はどっかの温和な土地にでもちいせえ領地がもらえればいいと考えてた。領民なんかいなくても、自分たちで仲間募って開拓すればいいってな。いまにして思えば、ギリアムもおれも、王族の傲慢さを甘くみていたんだ。次にやってきた使者は、王じきじきの令旨を持参してきた。ローゼンハイム家遺児エレノアの貴族籍復帰裁定書と、勇者タナカイチロウの婚姻許可証だ」


 なるほど、そうきたか。

 たしかに、うまいやりかたかもしれない。


 勇者にどれほどの功績があろうと、いちから貴族家を立ち上げようとすれば膨大な手数と資金がかかる。

 これから国内の貴族たちの粛正が待っているとわかれば、禍根を残すことも必至だろう。

 だが、かつての旧家を復活させるのであれば、貴族典礼の大半を省ける。

 なにより、貴族の威厳を誇るための歴史が手に入る。

 爵位など名ばかりの貧乏貴族であったとしても、何代にも渡って引き継がれた家名は、金では買えない貴族の財産のはずだ。


 携わった人間だれも損をすることなく、四方まるくおさまる。

 ただし、そこに当事者の心情は一切考慮されていない。

 まさしく貴族の論理だった。


「欲を読まれて、逆にそれを利用されたわけですか。策士策に溺れるというやつですわね」


「言い返す言葉がねえよ。さらにまずいことに、アルカードのバカ子爵にばれた」


 絶句したメルトが、なにかを言おうとして息を吸い込み、結局なにも言えないままため息をついた。


「さすがに、脇が甘すぎませんこと」


「言い訳はしたかねえが、バカのしでかすことは計り知れねえ。バカ子爵のせがれがエレノアにしつこく懸想してたのはおぼえてるだろう」


 親方の問いかけに記憶を探り起こした。


 アルカード子爵家には三男一女の四人の子どもがいたが、エレノアに言い寄っていたというと、三男のレナードのことだろう。

 お家継承の重責のない部屋住みだったが、実家が裕福なのをいいことに貴族学園を卒業してからもなんの役職にも就かない放蕩息子として評判の人物だった。

 学生だった頃に実習の一環として冒険者登録をしていたらしく、私がギルドの住み込み小僧をしていた当時から、たまに冒険者のまねごとをしては依頼そっちのけでカウンターに座るエレノアを口説いていた姿をおぼえている。

 年齢はエレノアと同じだったはずだから、私よりも四つ年上だった。


「魔王討伐成功で国じゅうが湧いてるのを横目に、あのニヤけづらはおまえが死んだものと決めつけて、またエレノアを口説きはじめてな。エレノアは当然のこと、ギルドに出入りしてる連中だって相手にしてなかったんだが、たまたま令旨を携えてやってきてた使者が、ギルド内でエレノアの婚約者でございってふるまうせがれを見て、アルカード家にじきじき問いただしたのがきっかけで発覚した」


「その使者の方、自分が密使だという自覚はありませんでしたの?」


「密使の自覚よりも、王家に対する忠誠心のほうが強かったってこったろう。国王がみずから仲を取り持った貴族婚礼に、子爵風情が異を唱えるかって怒鳴り込んだらしい。アルカード子爵が平身低頭して取りなしたあと、謝罪ついでに開いたもてなしの酒宴の席で気分よく酔っ払った使者が、王家の素晴らしい深謀遠慮だって自慢しいしい全部バラしちまった」


「それはまた……。使者の方は使者の方で、かなりのシロモノですわね」


 メルトがうんざりした口調を隠そうともせずに言った。


「公爵一派に見捨てられたことを悟ったアルカード子爵は、ダンジョンコアさえ手に入れちまえば、だれも自分たちに手は出せないと考えたんだろう。すぐさま手勢を集めて、抜き打ちの視察って名目でゴートに乗り込んできた。それに対抗するため、ギリアムがデルモンドの連中を呼び込んだってのが、ゴート占領の真相だ」


「つまり、混乱したあげくの自作自演だったということですの」


 目をむいて問いただしたメルトに、親方は顔をしかめてうなずいた。


「結果的にはそう思われてもしかたがねえが、肝心のダンジョンコアを移動させることができねえ以上、おれたち冒険者ギルドがコアを確保する方法はそれ以外に手段がなかったのも事実だ」


 話す内容とは裏腹に、親方の顔には鬱積した不満がありありとあらわれていた。

 他者に犠牲を強いて漁夫の利をさらうような行為は、親方の最も嫌う手口だったはずだ。


「ギリアムも、最初はもっと穏便な方法を考えていたんだ。いくらダンジョンコアを手に入れるためとはいっても、それによってゴートが滅んじまったら元も子もねえ。ダンジョンの周辺からは住民を避難させる必要があるだろうが、今後、魔の森を開拓していくためにもゴートの発展は必要不可欠になるだろうってな。ギリアムの計画のなかじゃ、ハイエルフの布陣と同時に冒険者ギルドが防衛のため決起。ハイエルフとアルカード兵たちを対立させながら、コアを守って勇者の到着を待つって段取りだった。そのために、ハイエルフを騙すための内通者の役割も率先して買って出た。捨て身だったんだ。ギルドマスターの職を辞すことはもちろん、ことがなったあと、王国にいられなくなるかもしれねえって言っても聞かなかった」


 親方の手からグラスが落ちた。

 残っていた酒がシーツに染みを作り、ほのかなアルコール臭が悔恨のため息のようにあたりに漂った。


「すまねえ、アッシュ。おれはギリアムを止められなかった」


 頭を抱え込むようにうなだれた親方の姿が、ひどく縮んで見えた。



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