17 「おめえら、緊急クエストだ」
隊長と現況をすりあわせていた親方は、幾度か頷くと椅子から立ち上がった。
周囲に渦巻いていた喧噪が水をうったように静まり、人々の視線が集中した。
「おめえら、緊急クエストだ。現在進行中の市街地奪還任務は作戦内容を変更。街道沿いで立ち往生してる避難民たちを山向こうの援軍のいるところまで送り届ける護衛任務が、新しいクエスト内容だ」
告げられた内容に緊張を引き締める者、目標が変わり困惑する者、初期目的を諦めきれず唇を噛む者。
それぞれの思惑が新たなざわめきをうみだした。
おずおずといった様子で声をあげたのは、やはり若い冒険者を代表するひとりだった。
「ゴートはどうなるんだ。このまま見捨てちまうのか」
「後方からは逃げたアルカード子爵が攻め寄せてくる可能性が高い。といって、前方の森ではスタンピードの発生が懸念されている。このままこの場に留まることがもっとも悪手であることは、皆も承知してくれるはずだ」
言った隊長を、親方の手が遮った。
「ギルドの建物は見た目こそボロっちいが、ちょっとした要塞並みの頑丈さを誇ってるのは、おめえらも知っているだろう。無駄に広い訓練広場は侵入してきた魔物を閉じ込めるためのもんだし、地下には魔物から採取された危険物の保管庫って名目で避難と籠城のときの壕も作ってある。立てこもるだけなら、一カ月や二カ月は食うに困ることもない」
親方はそこまで言うと、底光りする双眸で群衆を睥睨した。
「だから、ギルドのサブマスター権限で、おめえらに秘密任務を与える。避難してる連中を送り届けたら、その足で勇者の首に縄くくりつけてでも引っぱってこい。勇者は魔物倒してなんぼのもんだろう。これから、この一帯は魔物がうじゃうじゃ湧いてくる。ほんとに魔王倒したってんなら、その実力、とくと拝ませてもらおうや」
「そんなおっかねえやつの首に縄なんぞかけたら、おれらが殺されちまうよ」
誰かが戯けの混じった破れかぶれの叫びをあげた。
「馬鹿野郎っ。てめえら自分のツラみたことあんのか! どいつもこいつも山賊みてえなツラさらしやがって。聞きゃ、勇者ってのはケツの青いガキみてえな優男だっていうじゃねえか。おめえらが囲んでびびらせてやりゃ、尻尾巻いて言うこと聞くだろうよ」
周囲の男たちが下卑た笑い声をあげ、厨房に向かって怒鳴った。
「クラウス。あんたの出番だぜ」
禿頭の調理人が、ニヤニヤと笑いながら怒鳴り返す。
「おまえ、野営食はハードクラッカーだけでいいらしいな」
「勘弁してくれ! 歯が折れちまうよ」
大げさな身振りで情けない悲鳴をあげた中年の冒険者に向かって、親方が声をかけた。
「ビクトル、山賊味が増してちょうどいいじゃねえか。毎日ハードクラッカー食ってろよ」
悲壮感もなにもない笑い声が、次々に伝播していった。
気がつけば、冒険者も、軍人も、まだ見ぬ剣の勇者をどうやって威圧するかと冗談を言い合っている。
彼に待ち受ける受難を思うと、ほんのすこし、同情の気持ちが湧いた。
「治癒士のねーちゃん、そんなわけで、あんたはこの砦の人質だ。昔の仲間が危機にさらされてるとなりゃあ、あわ食って駆けつけてくるだろうしな」
冗談めかして言った親方に、興味深そうに周囲を眺めていたメルトが笑顔を浮かべた。
「冒険者っていうのは、やり口が卑劣ですわね。わたくしもなるべく情けなく、助けを乞う手紙の一筆でもしたためるべきでしょうか」
「そいつはいいや。あんたとおれで、いっちょ、勇者をひっかけてやろうぜ」
豪快に笑い声をあげた親方が、活気に満ちた人々の姿を見渡すと、一転して表情を真剣なものに変えた。
「おめえら、あれだけ大量にいる戦えねえ人間を守りながら山越えをしたあと、援軍を連れてトンボ返りしてこなきゃならねえ。困難な道行きになる。無理を言ってるのは承知だ。それでも、いまおれが頼れるのはおまえたちしかいねえ。どうか、頼む」
頭を下げた親方の姿に、軍人たちが腰に差したサーベルを鞘ごと抜き取り、柄を天に向けて両手で捧げ持った。
それは剣である己自身を相手に預け、命令の下達を受ける際に行う儀仗敬礼だった。
微動だにせず拝命を待つ軍人たちを横目に、冒険者たちは腰や背中に差した短剣を親指一本分滑らせて鯉口を切ると、柄の上から手のひらを叩きつけて納刀した。
何十本もの刀身が立てる澄んだ高音が天幕のなかに響いた。
「感謝する」
静かで平坦な声だったが、親方の言葉は誰の胸にも届いた。




