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14 粗末な冒険者たちの墓標。それが難民集落の入り口だった


 往来を進んでいくと、街道の傍らにいくつもの盛り土が並んでいる風景があらわれた。

 使い古した剣が突き立てられている土まんじゅうが目立つ。

 穴を掘る気力もなく、大地に寝かせた遺体に申し訳程度の土をかぶせただけにちがいなかった。


 粗末な冒険者たちの墓標。それが難民集落の入り口だった。


 街道は右手に広がる森を迂回して大きく弓なりに伸びて視界から消え、左手にはそそり立つ山嶺が崖となってそびえ立っている。


 その崖の手前、往時ならば馬車の休憩場所として使われていた小さな平原いっぱいに、彼らはいた。


 小屋といえるようなものはなく、地面に突き刺した棒杭に継ぎの当たった布をかぶせただけの簡易テントが、一面に広がっていた。

 その下でわだかまるようにして座りこむ人々の群れ。


 いつからここにいるのか、饐えたにおいが鼻についた。


 逃げてきた彼らとは逆に進もうとする私たちの姿に顔を上げた者もいるが、口を開く気力も湧かないのか、興味を失ったようにうつむき、ため息ばかりが耳に届いてきた。


 外縁部では老人と子どもの姿が多かったが、進むにしたがい、若い男と女たちの姿が増えてきた。

 背中や腰に武器を携え、ガチャガチャと音を立てて動きまわっている人間もちらほらと見えた。

 統一性のない装備品から、一見して冒険者とわかる。


 このまま街道を進んでいくと、半島のように突き出した森の突端部分に、周辺警戒のために築かれた砦があるはずだった。


 避難してきた難民の群れは街道に沿って延々と続いていた。

 どうやら、動ける者は砦周辺にかたまり、早急な避難を要する者を優先して逃がした結果が難民たちの構成であるようだった。

 しかし、見たところ、その試みはうまくいっているとは言いがたかった。

 避難を監督する冒険者、そして貴族兵の数があの場には少なすぎた。


 貴族兵は己の職分にしたがい、自らの仕える貴族たちの避難を優先したのだろうことは想像に難くない。

 冒険者たちもまた、実力の劣る者たちから逃がした結果だろう。

 彼らの未来を考えれば、当然の判断だといえる。


 だが、街道に面した森は魔の森だ。

 数が減ったとはいえ、ひと足踏み入れば、凶暴な魔物が跋扈する領域だった。

 これだけの大規模な集団を避難させるならば、戦う術を持つ人間で周囲をかためて迅速に移動させる必要がある。

 そんなことは、自警団的な側面も持つギルドに携わる者からすればあたりまえことだった。


 散見される冒険者や貴族兵の姿を注意深く観察すれば、彼らはむやみに右往左往しているわけではなく、一定の割合で避難民たちに混じって配置されているのが見てとれた。

 その顔に浮かぶ表情も、疲労の色こそ濃いが、一刻も早くこの場から逃げなければという焦燥はなかった。

 難民たちがパニックを起こさないよう冷静さを保ちつつ、戦闘集団としての規律も守られている。

 おそらく、号令ひとつかかれば彼らは武器を構えて敵へと突進していくだろう。


 外縁部から見てきた逃げ場所すら与えられない民間人の群れと、厳戒態勢のなか戦闘準備に余念のない冒険者や貴族兵たち。

 なにもかもがちぐはぐだった。


 なにかはわからないが、彼らは村から離れられない事情がある。


 砦が見えてくる頃には、周囲から難民の姿が消え、完全装備に身を固めた兵と冒険者ばかりとなった。

 砦を本陣とし、なんらかの軍事行動が進行中なのはまちがいなかった。


 斥候や伝令とおぼしき冒険者たちが慌ただしく行き交い、騒然とする一帯を眺めながら、メルトが口を開いた。


「あの砦を越えて街道を進むのは無理そうですわね。どうします? あなたとわたくしの二人だけなら、森を抜けることも可能ですけれど」


 目的地である村にたどり着くには、砦を通過し、山脈の麓に沿ってつづら折りに敷設された街道を進まなければならない。

 徒歩で行けば一昼夜はかかるが、森を強行突破すれば大幅に短縮できる。

 森歩きに慣れた人間ならば三刻ほどで到着するはずだろう。

 にもかかわらず誰もその手段をとらないのは、ひとえに森が人の侵入を阻むからにほかならなかった。


 魔の森と呼ばれるなかでも、砦から先の一帯はひときわ瘴気の汚染が激しい危険地帯だった。

 狼や熊、イノシシなどの野獣、ゴブリン、オークといった低位モンスターであろうと、高濃度瘴気に曝されたそれらの危険度は爆発的に跳ねあがる。


 この砦自体、それら脅威が災害へと発展した事態を想定して造営されており、有事にあっては防衛拠点として機能する役割を担っていた。

 平時においても、街道を進む際は砦内に設けられたギルドの出張所を通して冒険者の護衛を雇うことが義務づけられ、貴族や豪商など大人数の往来に接しては砦を守備する駐留軍が護衛の任につくことが定められていた。


 とはいえ、街道を道なりに進むだけならばそこまでの危険性はない。

 強い瘴気に慣れた生き物は、瘴気そのものを自らの活動源の一部として取り込んでいる。

 おそらくは本能なのだろう。

 瘴気の弱い地域にまで縄張りを広げることはしなかった。


 それでも、森内部での生存競争に負けた群れや個体が森の外へと押し出され、街道や村周辺で被害を出す事件は往々にしてあった。

 それに対処するために作られたのが、ギルド専属冒険者という仕組みだ。


 通称ギルドつきと呼ばれる彼らは、日頃から森の外縁部に踏み入っては周辺環境の変化に目をこらし、脅威の兆候を察知すればいち早くギルドに報告し、ときには少人数、緊急時には単独での戦闘行為を求められた。


 時がたつにつれて村や砦自体の防御力も増し、ギルドつき冒険者も単なる便利屋などと揶揄されるようになったが、だからといって求められる能力が低くなったわけではない。

 むしろ長年にわたって受け継がれてきた知識と経験を叩き込まれたギルドつきは、一介の冒険者とは一線を画す特異な技能職といっても過言ではなかった。


 以前、メルトに聞かれたさい、そう説明すると、「ようするに森林警備員兼即応部隊というわけですわね」と感想を返された。

 簡潔にして的を射た呼び方だと思った。


 たしかに、私とメルトの二人だけならば、魔の森の最深部を縦断して最短距離で村へとたどり着くことは可能だろう。

 なにが起きているのかは、直接現地に赴いてから確認すればいい。


 しかし、これまでに見てきた難民の数と緊迫した本陣の様子を見れば、いやでも明らかなことがある。


 十中八九、村は落ちている。

 私とメルトの二人だけが乗り込んだところで、状況が好転するとは思えなかった。

 むしろ、連携のないスタンドプレーに走れば、混乱が加速するだけだろう。


 もっとも穏当な選択肢は、私たちの素性を明らかにし、協力を申し出ることだ。

 だが、私の外見は村を出たときとは大きく異なっている。

 全身を包帯で縛りあげ、満足に声を発することもできない。

 メルトにいたっては身分を保証する冒険者カードすら持っていない有様だった。

 こんな状況で砦内部の指揮所に取り次ぎを頼んでも、門前払いされるのが関の山だろう。


 現状、協力を取りつけるのは不可能だ。

 諦めてどこかに潜み、日暮れを待って夜陰に乗じて砦を抜け出し、森を抜けるしかないだろう。


 そう結論づけたとき、砦の入り口からまろびでるように飛び出してきた数人の冒険者が必死の形相で叫んだ。


「ベッカムの親方がやられた! 治癒魔法を使える奴らは大至急集まってくれ!」


 その声を聞いた瞬間、私はそれまでの逡巡をかなぐり捨て、砦内部へと全速力で足を動かした。


 一拍遅れて、メルトが慌てたようにあとをついてくる。


 ベッカムの親方。それは、私が幼少期から世話になってきた魔物解体部門の頭領の名前だった。


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