第9話 レミー
食堂を出た後、幸也はケシュレに会いにいくために寮の方向へ戻っていく。途中、部屋の位置を知らなかったことに気づき、辺りの騎士に彼女のいる部屋を聞いて回っていた。
「なぁ、あんた。ケシュレって人の部屋がどこにあるか知らないか?」
「ケシュレ卿のことか? それなら全然知らんぞ」
「んじゃ、あんたは?」
「残念だけど全くだ」
「あー、あんたは知らないか? ケシュレの部屋の場所」
「ん? ケシュレ卿の部屋なんざ知るわけねぇだろ」
聞いてはみるものの、一人も部屋の場所を知っている者がいない。なんで知らないんだろうと幸也は不思議に思い眉間にシワを寄せつつ聞き込みを続ける。
「ケシュレの居場所を知らないか?」
「知らん。聖騎士の方ならともかく、俺が知るわけがないだろ」
――それからしばらく複数の騎士に聞いてみたが結果は同じだった。
騒がしかった寮までの道は静かになっていた。気づくと騎士の姿がほとんど見当たらない。皆寮へ戻ったのだ。これ以上聞き出すことは難しいと考えた幸也は、
「諦めて自分の寮に戻るか」
そう言って、大きなため息を一つ吐きながらフェアルの元へ帰っていく。
頭の後ろで手を組んで、寮の玄関まで戻ってきた幸也はあることに気づく。
――同じルームメイトのフェアルは聖騎士だということに。彼ならケシュレの部屋を知っているかもしれない。そう考え、少し歩く速度を速めて急ぎ目に部屋の中に入った。
――部屋にいたフェアルは窓の景色を見てうつろな瞳をしていた。先程までの付き合いでは全く見せることのなかった、寂しげな顔。
彼の双眸はどこか遠くを見つめているような気がする。儚げに、悲しむように。
――だがその表情もすぐに消えた。幸也が部屋に戻って来たことに気づくと、すぐにいつもの陽気な雰囲気に戻るフェアル。そんな彼は、自分を取り繕ったのか、幸也に気遣ったのか、他愛のない質問をしてきた。
「食堂での夕食どうだった? あっという間に食べ終わっちゃったでしょ」
「あぁ、食うスピードは異常だし、俺のイメージしてた食堂とは規模が違ったけど、味は美味しかったから満足だよ」
「だろうね、ユッキーがあれ見たら少し驚くだろうなって思ってた」
「確かに少し驚いたな」
微笑みながら話す二人。その雰囲気の中、幸也はケシュレについて聞く。
彼は『あのさ』と切り出すと、
「フェアルにちょっと聞きてぇんだけど、ケシュレの部屋の場所知らねぇか?」
と、尋ねる。
ケシュレについて急に聞いてきたことに少し目を見開くフェアル。何をそんなに驚いているんだろうと不思議に思っている幸也をよそに彼は答える。
「なんでそんなことを? まぁ、知りたいなら教えるけど……」
「なら頼む、教えてくれ。お前が美人だって言ってたから一度会ってみてぇんだよ。他の奴らに聞いても全く知らねぇって言うんだ」
「そっか。……姐さんは人嫌いっていうか苦手な感じだからね。人払ひとばらいの術式を部屋の近くにかけてるんだよ。他の人達が知らないのはそのせいだね。あと、教えるのはいいけど、あの人かなり早くに寝ちゃうから今から行っても間に合わないかもよ?」
「そんときは諦めて別の日にするよ」
幸也は手でグッドサインを作り、白い歯をのぞかせてニカッと笑う。そんな幸也を見て、フェアルはどこか安心したような顔でケシュレの場所を教えた。
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フェアルに教えられた部屋まで歩いていく幸也。廊下は日が昇っていたときとは違って暗くて少し怖い。もちろん明かりは廊下のいたる所にあるのだが、それでも不思議と少し寒い感覚がした。
これは先程フェアルが言っていた人払によるものなのか、それとも小心者の自分自身によるものなのか。そんな事を考えながら、若干忍び足で歩みを進める幸也。
少し歩いたところで廊下の向こう側から誰かが歩いてきた。トコトコとこちらに近づいてくる音。幸也は音のする方へと進んでいく。
――目の前にいたのは女性だった。それもとびきり綺麗な。
桜のように柔らかな桃色の長髪に、透き通るような青い瞳。可愛らしく端正な顔立ちで、お姫様のような雰囲気の女性。
そんな女性は今、幸也の方をジーッと見つめて目の前で立ち止まっている。何故ここに人がいるのだろうといった様子で。
幸也は女性に少しの間見とれていたが、本来の目的を思い出す。
「あー……なんでそんなにジロジロ見てるのかは分かんないんだけど、俺、今、会いたい人がいるんで、その……なんかあるんだったら後日改めてにしてほしいな」
「会いたい人ってケシュレのこと?」
唐突に喋りだす女性。その声が耳をくすぐるような可愛いものだということにも驚いたが、一番驚いたのはケシュレについて知っていたことだった。質問には答えず逆に聞き返す幸也。
「……あんたケシュレと仲いいのか? ……あの人、なんか人が苦手らしいぞ」
「んー……他の人よりは少し仲いい……かな? そう思いたいなぁ。あの子の苦手意識にはあまり触れないであげて。色々大変だったの」
「あー……そうだったのか、すまん。」
軽く謝罪の言葉を述べると、幸也はケシュレのとこに行こうとしていることを明かした。答えた幸也に対して女性はうんうんとうなずく。
「やっぱりそうだったんだ。人払してるところに人がいたから驚いちゃった。残念だけどケシュレならもう寝ちゃったわ。あの子早寝なの。ごめんなさい」
女性は申し訳無さそうに言った。
美人はどんな顔しても可愛いなと思いつつ、ケシュレに会いにいくことは諦めようと決める幸也。女性の言葉に『いやいや、全然大丈夫』と返事を返してグッドサインを送りつつ、諦めてその場を立ち去ろうとする。
そんな幸也を女性は呼び止める。
「あの……あなたの名前はなんていうの? ……私の名前はレミー」
女性はそう名乗った。唐突に名前を聞いてくるレミーに何故だろうと、しばし首をかしげた幸也だったが、
「俺はユキヤ。イトウユキヤだ」
そう言って笑みを浮かべる。『そう』と言って、つられたようにレミーも笑顔を返す。彼女の微笑む姿はとても神秘的だった。その笑顔に引き込まれ、幸也は思わず頬を赤く染めてしまう。薄暗い廊下でこの可愛さなのだ。日中での可愛さは今の数倍であろう。
恥ずかしくなった幸也は、ごまかすように先ほどの疑問を口にする。
「あー……少し疑問に思ったんだけど、なんで急に俺の名前なんか聞いたの? ……別に不愉快だとかそんなんじゃなくて、ただ不思議だったから聞いただけなんだけど……」
頬をかきながらぼそっと質問する幸也に、レミーは一瞬キョトンとした顔をして、それから少し悩んだ顔をすると、
「うーん……私と今みたいに友人のように話してくれるの、あなたしかいないんだ……だから、少し気になっちゃって」
『えへへ』と苦笑しながら少しさみしげに語る。
こんな可愛い子と喋らない男がいる。幸也は、そんな異世界の価値観に疑念を感じつつも目の前のさみしげなレミーをフォローする。
「んまぁ、あんたは美人すぎるから、それが原因で恐れ多くて話せないって人も多いんじゃないかな。多分そうだと思うよ、そんな気にしなくてもいいと思う」
そんな雑なフォローが功を奏したのか、レミーは笑顔に戻り、『ありがとう』と感謝を述べて軽く会釈する。
「ユキヤって優しいのね。周りで何かあったらあんまりほっとけない感じの人?」
「んー……まぁ、そうだね。それが原因で色々とトラブルになったりはしたけど……」
「あ……そうなんだ……いろいろ大変だったのね」
レミーは聞かないほうが良いことを聞いてしまったと思い、声のトーンを落として俯く。
幸也は『別に大したことないよ』と慌てて両手を振る。正直な所、大したことないわけではないのだが、今のレミーとの会話が、悪い方向へと転がっていってしまうことに比べればまだマシだ。なんとか雰囲気を保とうとする幸也。
しかし彼の思いは届かず、『そっか』と言った後、レミーは黙り込んでしまう。相手にも自分にも繊細な子なんだなぁと思いながら幸也は言葉をかけられない。廊下に静かに佇み押し黙る二人。
沈黙の均衡を破ったのは、廊下中に吹き抜ける肌寒い風だった。ヒュウーという音と共に二人の気まずい雰囲気を絡め取っていく。先に話しだしたのはレミーからだった。
「……寒いわね。こんなところにいたら風邪引いちゃうから、戻りましょっか」
「あ、あぁ、そうだね、そうしよう」
気まずさから早口で話す幸也。そんな彼を、レミーの双眸はどう捉えたのかはわからない。ただ、幸也の答えに対し、
「また会ったときは、今日みたいにお友達のようにお話しましょう?」
それだけ言って幸也を気遣うように微笑みかける。そのレミーの笑みに、彼女の人の良さが滲み出ているように幸也は感じた。
「あぁ、もちろんだ。こちらこそよろしくって感じだ」
レミーの見た目と性格の良さを垣間見た幸也は、自分のできる限りの笑顔で、彼女の笑顔に応える。
『それじゃ』とレミーは会釈し、
「今日はさようなら。また後日」
そう言って幸也の何倍もさらりとした髪をたなびかせて、枝分かれした廊下の一筋を曲がっていく。去り方も綺麗だなと最後の最後まで見惚れてしまう幸也。
「おう、さいなら。風邪引くなよ」
彼女の後ろ姿を見つめつつ、彼女の体を気遣う言葉をかける。ケシュレには会えなかったが別の美人に会えた。これはこれで良かったかなと笑みを浮かべ口笛を吹きながら、幸也は自分の部屋まで軽い足取りで帰っていく。