第六話 バーク
「んじゃ、早速で申し訳ないんだが、呪文を教えるから魔術を使ってみてくれ」
握手していた手をほどき、笑顔から一変してキリッとした顔で、レーラーはそう言った。
「……え? いきなり?」
幸也が思わず問いかける。
「あぁ。魔術のことは全くって言ってたが、案外使えるかもしれないだろ?」
幸也に向けて片目を瞑るレーラー。
「…………一応やってみてもいいですけど、俺まじで魔術とか知りませんからね?」
幸也は納得いかないという声音で、彼女に応える。
「あぁ、それに関しては別にいい。使えなかったら使えなかったで、ユキヤの言っていたことが本当だって分かるしな」
レーラーはそう言って微笑む。そんな彼女の様子に、呆れたように肩をすくめる幸也。
「それじゃ、僕はユッキーの有志を後ろで見届けておきまーす」
幸也の様子を見計らって、鼻歌を歌いながらフェアルは後ろに下がっていく。
彼が下がりきったのを見て、レーラーは幸也に語りかけた。
「今回唱える呪文は、炎魔法の呪文だ。だから唱えるときに、頭の中に何かしら炎のイメージを思い浮かべてほしい」
「……あー、魔術って呪文唱えるだけじゃだめなんっすね」
「あぁ。呪文はあくまでも、魔術を放つための合言葉に過ぎない。想像によって生まれた目に見えないエネルギーを、呪文という合言葉によって属性のある、目に見えるエネルギーに変換する。そこまでしてようやく魔術として成り立つんだ」
「へぇ…………? じゃあ魔力って言われてるやつは何なんだ……?」
独り言のようにつぶやく幸也。
「魔力ってのは、今言ったエネルギーを目に見える形に変換する際に、使う力のことさ。これが大きいほど魔術を乱発したり、強い魔術を撃ったりしやすい」
「なるほどー。よく分からん」
「まぁ、理屈なんか憶えなくったって実戦では苦労しないさ」
苦笑するレーラー。それから元のキリッとした顔に戻り、
「それじゃあ、呪文を唱えな。そのときに、さっきも言ったが、炎をイメージすることを忘れるなよ? 呪文名は『バーク』だ」
と、幸也に告げる。
――――『ごうごうと燃え盛る、赤くて熱い火の塊。』
それを必死に頭に思い浮かべるように、幸也は目を瞑り眉間にシワを寄せる。
『――火、炎、火、炎、炎、火、炎』
頭の中で、何度もそう唱え続ける。そして少ししてから閉じていた瞳を開き、
「バーク!!」
彼は短く声を張った。
次の瞬間。
幸也の手から放出される、膨大な魔力で編み出された炎が、修練場を覆い尽くした。
――――――とはならなかった。
――――――何も起こらない。
修練場には爽やかな風が流れるのみであった。
「……」
恥ずかしさで俯きながら沈黙する幸也。
そんな沈黙を破るように、『ぷっ』と、こらえきれない声を漏らし、次の瞬間、
「だっはっはっはっはぁ!!」
人目もはばからずに大笑いするレーラー。
「……あんた…………いい人だと思ったけど撤回だ! 前言撤回だ!! 人の失敗見て大笑いしやがって! 性根腐りきってんじゃねぇのか! 最初からこうなること分かっててやってただろ!?」
笑われたことへの羞恥と怒りから、顔を真赤にして怒る幸也。
「ごめん、ごめん、私が悪かったよ」
『んふふふふ』と止まらない笑いを抑えて肩を震わせながら、涙目のレーラーは幸也に陳謝する。
「いやぁー今のはひどいなぁー、さすがに僕もユッキーに同情しちゃうよ。先生、新入りの子をからかうのは、あんまり良くないですよ」
とても本心で言っているとは思えない軽い口調で、フェアルはこちらに近づいてきて、レーラーを注意した。
「あぁ、今のは度が過ぎたな。自分でも反省してるよ。侮辱するようなマネをしてすまないね、ユキヤ」
先程の陳謝とは異なり、今度はしっかりと謝罪するレーラー。
「いや……まぁそんなに謝らなくてもいいですけど……」
あまりにも潔いレーラーに、怒ることがアホらしくなった幸也はふてくされた顔をした。
「ただ、これでユキヤの言っていたことが本当だということが分かった。お前に魔術を教えるためのカリキュラムも、しっかり組めそうだ」
満足気に話すレーラー。
「お互いのことを、少しは知ることもできただろうし、今日はこの辺にして、続きは日を改めることにしよう。今度は、遊び無しできっちりビシバシやっていくからな、覚悟しとけよユキヤ」
そう言って本日のレッスン終了を告げる彼女。
その言葉を最後にフェアルと幸也は修練場を後にする。
「それでは、また~!」
「あぁ! ユキヤは近いうちにまたここに来いよ!」
「ういーっす」
フェアルは手を振り、幸也はボーッとしながら 修練場まで通ってきた道を戻っていく。
「それじゃあ最後に、ユッキーがこれから生活するであろう、『騎士寮』に案内するよ」
「おう、頼む」
そう言って二人は、夕暮れの中『騎士寮』に向かって歩いていく。