第五話 先生
「それにしても、ファトラウのオステン出身者への贔屓は相変わらずだねぇ」
間延びした声で男が喋る。
「どういう意味だ?」
男の言っている意味がわからず聞き返す幸也。
「ん? 誰かから聞いてないの?」
「いや? 何も聞いてねぇぞ?……復讐やらなんやらってのは、なんか聞いた気がするけど」
「……そっか。じゃあ、あえて言わないでおくよ。ユッキーもあまり詮索しないであげてね」
幸也をあだ名で呼び、男――フェアル・ウェーバーはそう言った。
――――儀式が終わってから幸也は、ファトラウに変わってフェアルという青年に城の中を案内してもらい、騎士団について話してもらっていた。
「ところでユッキーは魔術に関しては全く知らないの? 触れたことすらない感じ? 僕らと同じくらいの魔力を持ってるって聞いたけど」
フェアルは、ミルクティーのような色の髪をいじりながら、幸也に尋ねた。
僕らと同じ――――。そう、彼もまたファトラウと同じく聖騎士の一人だったのだ。
「あぁ、魔術についてはこれっぽっちも知らねぇ。 高い魔力持ってるってことも今日初めて分かったし、何より実感がない」
フェアルの質問に対し、幸也は釈然としない顔で答えた。
「実感が無いことに関しては、おそらくみんな同じだね。魔力が、すごい減った時以外はなんにも感じない。けど、魔術についてもからっきしだったことには少し驚いちゃったよ」
「? なんで?」
今度は幸也がフェアルに尋ねる。
「え? ……なんでって、そりゃオステンは『魔術の園』だったからだよ?」
至って当たり前のことだ、というように答えるフェアル。
『あ、あぁ、確かにそうだったな』と、焦りながら返す幸也。
そんな彼に、フェアルは一瞬だけ首を傾げ、髪の色と同じ瞳で、こちらをまっすぐ見てくるが、すぐに元に戻る。
「なにはともあれ、ユッキーが魔術について全く知らないって言うんなら、どうにかしなくちゃね」
「……あぁ、よろしく頼む」
「りょうかーい。それじゃ早速『先生』のところまで行こっか」
「先生?」
「うん。四属性の魔術を教えてくれる人。その人のとこまで行く。で、ユッキーには魔術の基礎を学んでもらう。少し頑張れば、すぐに習得できると思うよ」
「そっか……分かった」
「はーい。それじゃあ、しゅっぱーつ」
そう言ってフェアルは、幸也を『先生』のもとまで連れて行くのだった。
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幸也とフェアルは『先生』のいる場所、『魔術修練場』に来た。
――城の外であるそこは、修練場と言うだけあって広大であり、さらに、地面には緑が一面に張り巡らされていた。訓練用だろうか。木製の的らしきものも設置されている。
「こ、これが限界です……!」
「なーに言ってんだい! もっとできるだろ! 練度が低いから、そんなへなちょこな炎しか出せないんだよ! 馬鹿者!!」
そんな空間の中に、騎士の一人を叱責している女性がいた。
整った顔立ちに赤紫色をした瞳。腰まで伸びた、瞳と同じ色の髪。姉御肌という言葉が似合いそうな人物だ。そんな彼女は眉を吊り上げ、弱音を吐く騎士を睨みつけていた。
「先生!」
フェアルの呼びかけに、チラリとこちらに目を移す女性。
途端、先程まで釣り上げていた眉尻を若干下げ、
「おぉ! フェアルじゃないかい!」
自分を呼んだフェアルに、活気のある声で彼女は応え、髪をたなびかせながら、こちらに近づいてくる。
「ん? その横の子は誰だい? 知り合いか?」
「この子はイトウユキヤ。今日から騎士団に入団した青年です」
「今日って入団試験だったか?」
「いえ。ただファトラウが連れてきたらしく、魔力がすごく高いそうです」
「まーた、あの子かい。…………まぁ仕方ないか。それにしても魔力が高いって、それはホントなのかい?」
女性は視線をフェアルから幸也に移し、そう尋ねた。
「水晶がすんげぇ光ってたんで、多分……」
「自信なさげだねぇ! しっかりしろ! まったく!」
彼女は、か細い声で応える幸也のおでこを弾く。
弾かれた幸也は『ぐへっ』と、みっともない声を漏らす。
「んで、そんなあんたがここに来たってことは…………私に魔術を教わりに来たってことでいいのか?」
「えぇ。そうです」
「はい……」
女性の問いに二人は答える。
「そうかい。新しい弟子がまた一人増えたってわけだ」
「えぇ。それでその魔術に関してなんですけど……」
フェアルは歯切れ悪く応える。
「ん? どうしたんだい?」
「――この子、まーったく、そっち系のこと知らないんですよ」
「――――――――何!?」
心底驚いた顔をして、女性は幸也を凝視した。
「オステン出身の子で、魔術のことを全く知らないとは……流石に私も想像していなかったよ……」
予想外の出来事に思いつめた表情をする彼女。
「あ……いや、なんかすいませんね……ははは……」
そんな女性の姿を見て、乾いた笑いをこぼしながら謝る幸也。
「いや、別に謝ることじゃないさ。確かに驚いたのは事実だけど、知らないんなら、その分教えてあげられることも多くなるしね」
そう言って、女性は幸也を気遣ったのか、屈託のない笑顔をみせた。
最初見たときは怒鳴っている姿だったので、きついだけの、幸也にとって一番苦手なタイプかと思っていたが、彼女の笑顔を見て、先程のイメージが見当違いであることを彼は悟った。
「あー、はい……んじゃ、これからよろしくおねがいします」
お辞儀をする幸也。
「あぁ、よろしくユキヤ。私の名前はレーラー。レーラー・ティーチ。レーラーでも先生でも好きな名で呼んでくれていい。これから少しばかり長い付き合いになると思う。改めてよろしくな!」
活発な声で自分の名前を告げながら、笑顔でレーラーは手を差し出した。
差し出された手を取り、幸也は彼女と握手を交わした。