第四話 魔術職
「それで、ユキヤはどんな事を職にしたいんだい?」
「うーん……それが決まってないのがなんとも……」
「ユキヤ自身がやりたいことが分からないのなら……勧めたくても勧めようがないよ?」
「だよなぁ……」
『おすすめの仕事を紹介してほしい』
そんな幸也の頼みを、ファトラウが聞き入れてから、かれこれ十五分くらい経っていた。まるで、高校生の進路でも決めるかのように話している、幸也とファトラウ。
先程から『幻馬の毛の手入れ』や『屋敷の掃除』などの、様々な仕事の提案をしてくれるファトラウの意見を、ことごとく拒否していた。
自分はどんなことがしたいのか。どんなことをするべきなのか。それ以前に、今まで家に引きこもり、何もしてこなかった自分が、何かを継続し続けることなどできるのだろうか。
不安と自分に対する劣情で幸也は判断を下し損ねていた。考えてもなかなか答えが出てこない彼は、焦れったそうに指で円卓を叩く。
『異世界独特のやりがいのある仕事』
それを眉間にシワを寄せた顔で幸也は考える。
異世界といえば何が思い浮かぶだろうか。俺TUEEE、ハーレム、ざまぁ、成り上がり、そして――、
「魔法……魔法? ……ッ!」
幸也は雷に打たれたように目を大きく見開く。
「ファトラウ! 魔法! 魔法みたいなのが使える職業はないか?」
咄嗟にファトラウに対して問いかける。
そもそも、この世界に魔法が存在するのかどうか分からない。だが、仮にもそんな概念がある世界だとすれば、魔法を使って生計を立てる職業があるかもしれない。そう思っての質問だった。
ファトラウは少し迷った表情を見せるが、幸也の質問に答えた。
「そうか……ユキヤはオステン出身だからね。……魔術職というのが一応はあるけれど……本当にそれでいいのかい?」
「あぁ! あるんなら頼む!」
ファトラウの受け答えに、少し引っかかるところはあったものの、幸也はそれについて考えることはやめ、魔法が使える職がある、ということに嬉しさで頬を緩ませながらファトラウにそう言った。
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「あの『マナクリスタル』という水晶に手をかざすことで、水晶が光って、ユキヤの魔力がだいたい測れる。一定以上の光を出せれば君も魔術職に就けるよ」
ファトラウが説明してくれる。
――幸也とファトラウは、先程までいた部屋を出て、別の場所に来ていた。
『魔力試験室』
それが、今の幸也達のいる場所だった。
ダンスホールのような広い空間、その一番奥に、卓の上に置かれた水晶があり、高齢の女性が一人、椅子に座っている。その水晶と女性を、騎士二人が卓を挟むように横並びになって、警護していた。
「どうも、グレアさん。 いきなりで申し訳ないのですが、あの青年の魔力を測ってもらうことはできないでしょうか?」
屈託のない笑顔で女性のもとまで行き、声を掛けるファトラウ。
「ファトラウ。その子はオステンの街の子かい?」
「ええそうです。街で不審者扱いされてしまっていたので、僕が保護しました。何故分かったんです?」
「見た目がここの者じゃなさそうってのもあるが……まぁ、一番大きい理由は、あんたが連れ回してる子だからかね」
グレアと呼ばれた女性は、ファトラウの問いに答えると、
「……ファトラウ、あんたそろそろ自分を許してもいいんじゃないかい? いつまでもオステンの人間にヘコヘコして、償いだなんて言って、特別扱いして……いったいそれになんの意味があるんだい?」
そう言って憐れむようにファトラウの方を見た。
「……心配してくださるのはありがたいのですが、これに関しては僕自身が決めたことですので」
グレアの言葉を聞き、少し沈んだ顔になりながらも、ファトラウは言い切った。
そんな彼の顔を見て、グレアは嘆息する。
「……あんたの後ろの子、測ったげるよ」
彼女はファトラウにそう言った。そして彼から幸也に目を移すと、
「おいで、そこの子」
グレアが手招く。幸也は彼女の手招きに応じ、水晶のところまで歩く。
「測り方はファトラウから聞いたかい?」
幸也は、彼女のその言葉にコクリと頷き、そして水晶に手をかざした。
その途端、水晶は部屋の隅々にまで行き渡るような強い光を放った――。
「これは……!」
「末恐ろしいねぇ」
幸也以外の二人は、光る水晶を見て驚きを口に出した。
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ファトラウは幸也に部屋で待つように言い、慌ててどこかへ行った後、一向に戻ってくる気配を見せないままだった。
「確かに俺も驚いたけど、そんな慌てるほどのことなのかよ……」
一人、個室で待たされている彼はそうぼやいた。
幸也の魔力。結果から言うとそれは凄まじく大きかった。何しろ、王国近衛騎士団の中でも最上位の存在『聖騎士』に匹敵する魔力を叩き出していたのだ。
そして慌ててどこかへ行ってしまったファトラウこそ、そんな強大な力を持った聖騎士の一人だった。
聖騎士は総勢四名いるらしいが、皆恐ろしく強いらしい。残りの三名の聖騎士と、その他の騎士、ひいては国王までも『広間に呼び出す』と、ファトラウはそう言って幸也のもとを去っていた。
「いろいろあったし分かんねぇことばっかだけど……ようするに――異世界転移で無双するパターンか? これ」
ネットで散々見てきて、その手の展開の作品にはうんざりしていた幸也。しかし、いざ自分が、そういう作品の主人公のような状態になったと考えると、なかなかに誇らしかった。
何しろ幸也は、向こうの世界では、誰にも見向きもされない空虚な日々を、怠惰に過ごしていたのだから――。
魔力が高いことは分かった。しかし、なんの努力もせずに、この世界へ来ると勝手に手に入っていた力なので、幸也自身はその力に全く実感を持てていなかった。
なんでこんな力を持っているんだろう――。あまりにも暇すぎて、つい自分の力について考えてしまっていた幸也。
そんなときに、扉を開けてファトラウが戻ってきた。
「ユキヤ、遅くなってしまった、すまない」
「あぁ、さすがに待ちくたびれたぞ。もう少しだけ早くお願いしたかったよ」
悪態をつく幸也。そんな彼に苦笑しつつ、ファトラウは、
「今からユキヤには、騎士や国王が陳列している大広間に、僕と一緒に来てもらいたい」
そう幸也に頼む。
幸也は『オーケーだ』と答えながらも、何故自分を広間に呼び出すのかを聞く。
「魔術職に就く人は、その職に就く前に国に忠誠を誓わなきゃならないんだ。だから騎士全員が大広間に集まって宣誓を見届ける儀式があるんだよ。ユキヤには今からその儀式に、宣誓者として出てもらう」
「それってわざわざ今日やらなくちゃいけないことなのか? 明日とかでもいいんじゃねぇの?」
「試験に合格した当日に、執り行うのがしきたりでね。本来は、決まった日時に魔術試験をして、その日のうちに、新しく入団した人たちが一斉に宣誓するんだ。ただ今回は、その日程外での入団だからね。ユキヤの場合は少し特殊なんだ」
「入団? どゆこと?」
幸也はキョトンとした顔でファトラウに尋ねる。
「? 騎士団のことだよ。魔術職は騎士団の別称だよ? 知ってたんじゃないのかい?」
怪訝そうな顔でファトラウが聞き返してくる。
『あぁ、そうだった! 変なこと聞いちまったな』と言いながらさらりと流す幸也。だが内心では『んなこと聞いてねぇぞ!』と、焦りまくっていた。
――そう、幸也が志望した魔術職とは即ち、王国近衛騎士団のことであった。
ここに来て衝撃の事実が発覚したことに狼狽える幸也。とはいえ、今更それが分かったところでもう後には引けない。勘違いをしていた自分が悪いと、踏ん切りをつけて諦める。
「入団の度にいちいち同じ光景見るのって、面倒くさそうだな……」
「確かにそうかもね、でも今回は普段と違って特別だ。グラウゼヴィッツ国王にも参列してもらえることになった」
「それに関してなんだけど、国王いる? 個人的には、まーったく必要ないんだけど……」
「王がいるのと、いないのでは差は歴然だよ。君の宣誓は、国王が直々に見てくださる数少ない例の一つなんだ。ユキヤはそれだけ特別で貴重な人材ということだよ。自分を誇ってもいいと思うよ」
――そんな会話をしながら二人は部屋を後にした。
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「準備はいいかい? ユキヤ」
幸也の背丈の二倍以上はあるであろう大きな扉の前で、ファトラウは幸也に顔を向けてそう訪ねた。
二人は今、扉を一つ隔てて大広間の外にいる。
扉の向こうは静かだが、大勢の人たちがいるだろう。
人の多いところが苦手な幸也は少し緊張するが、『バッチリだ』と、ファトラウに答える。
その答えを聞いてファトラウは幸也に微笑みかけ
「失礼致します!」
と、騎士らしい力強い声を出す。
――声を合図に目の前の、両開きの扉が開かれる。
スタスタと中に入っていくファトラウの後に続く。
「『王国近衛騎士団聖騎士』ファトラウ・アムスデルクと『宣誓者』イトウユキヤ、ただいま参上いたしました!」
張りのある声で、広間内にいたもの全員に、ファトラウは告げる。
――――そこは今まで幸也が見てきたどの部屋よりも広く、そして白い大理石を基調とした、どの部屋よりも美しい空間だった。
彼から見て、横には何列にもなって整列した騎士が佇んでいる。前には段差があり、その段差を登りきったところに、ふさふさした頭の国王と思わしき人物が、座りながらこちらを見下ろしている。
『ほんとに、どこからどこまでもあるあるな仕様だな』
心のなかでボソッと呟く幸也。
「宣誓者は王のもとへ」
司祭のような格好をした人が幸也を促す。
荘厳な雰囲気の中、思わず強張りながらも、促された幸也は玉座の方まで一直線に進んでいく。レッドカーペットの上を力強い足取りで踏みしめて、段差の前まで歩く。
――段差の前につくと、幸也は王を敬うように跪き、ファトラウに予め聞いておいた言葉を宣誓する。
――――「わ、私は、何時如何なる時でも、こ、この命を、祖国と親愛なる国王に捧げることを誓います!」
緊張で言葉を噛みつつも、王の前でしっかりと宣誓した幸也。
――――これが、幸也にとっての晴れ晴れしい、『王国近衛騎士団』入団の瞬間だった。
今回ポンポン場面変えてみたんですけど、テンポ早すぎる感じ……しません?