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8.5 小休止?

 ログアウトのボタンを押すと、目の前が光に包まれ、やがてそれが少しずつ暗くなっていき、最後には真っ暗になる。


それと同時に自分の本来の体の感覚が戻ってくる。


もう既に何度も経験している感覚だけれど、未だに何処か不思議な感じがする。



「ふぅぅぅ……。今日はちょっと疲れたな」


装着していたセカリアの装置を外すと、手で軽く目を揉む。


ゲームの中は幻想的な世界観を作る為か、全体的に明るめな映像が多いから、長時間ゲームをやった後は目が疲れたような感覚を覚える事が多い。


ソファーにずっと同じ体勢で横になっていたせいで固まっていた体を解すために、体を起こして背伸びをしたり、肩や首を回したりする。


「クリスさん、変わった人だったな」


ついさっきまで、俺の事を「師匠!」と呼び、一方的に薬の調合の話をし続けていた兎獣人のプレイヤーの事を思い出す。


少し話をすれば、変わった人ではあるけれど悪い人ではない事はわかった。


ただ、やたらとテンション高くマニアックな話や怪しい薬の製作についての相談をされる為、どう反応すれば良いのか悩んでしまう。


それに、周囲の人達がギョッとした視線でこちらを見たりする事がある為、それに気を取られ焦ってしまい、余計に思考が上手くまとまらなくなってしまった。


結局、困り果てた俺は、現実世界の方で予定が入っているからと言い訳をして、一旦その場を逃げ出す事を選択した。


「折角、初めてプレイヤーとちゃんと話せたのに……。ん?ちゃんと話せてはいないか?」


思い返してみれば、焦りの方が優先してしまい、返事がほとんど頷きのみになってしまっていた気がする。


クリスさんがこちらの反応をあまり気にしない人だったから、会話をしているように見えたかもしれないけれど、実質俺はほとんど言葉を発していない。


「……俺、ダメダメじゃないか」


改めて、自分のコミュニケーション力の低さと、困った時に逃げ出すヘタレ加減に落ち込む。


「何の為に俺はゲームを始めたんだよ」


自分で自分にツッコミを入れ、深く溜息を吐く。



でも……


「一先ずは、1人フレンドが出来たんだ。1歩前進という事に……しておこう!」


そうでもしないと、俺の心がポッキリと折れてしまいそうな気がする。


「フレンド登録したんだから、こちらから声を掛ける事だって出来るんだ。次こそは、しっかり心の準備をして話そう!」


出来れば、なるべく人目のない所で。


怪我を直したり、体力や魔力を回復する為の薬ではなく、毒の開発や爆発する薬の開発等について話すなら場所を選びたい。


薬を戦闘に使えないかという試みなのはわかるけれど、中途半端に話を聞いた人が引き攣った顔でこっちを見てくるのが居た堪れないから。


特に彼女は、テンションが上がると例えの時の言葉選びがグロテスクな方向に行きやすいようで、余計に気を遣う。


俺だって道を歩いている時に、すれ違った人が「体の内側からドロドロに溶かせるような……」とか「瓶が割れると同時に体の半分が弾け飛ぶような威力の」とか言っている人がいたら、きっと引き攣った顔で二度見してしまう。


それが他人事なら、『変わった人がいるもんだ』というだけで済むけれど、自分が一緒にいる人がそういう話をし始めるなら、止めるか周りが驚かないように配慮したいと思う。


「……これも師匠の役目ってやつか?」


師匠になる気なんてないし、なれるだけの技量もないのに、いつの間にか彼女から師匠認定をもらっていた事を思い出して「ハハハ……」と乾いた笑いが零れた。



~♪


グロウワールドでのフレンド作りを目的として取った休み終了を目前にして、1人反省会をしていると、突然スマホから着信を告げる着信音が鳴り始める。


これはメールじゃなくて、電話だとすぐに判断して、テーブルの上に置いてあったスマホを手に取り、画面を確認すると恵の名前が表示されていた。



「はい、もしもし。どうしたんだ、恵?」


「……『どうしたんだ?』じゃないわよ」


「何の用事だろう?」と思いながら電話に出ると、すぐに低い声で返事が返ってくる。


……あれ?俺、何かやらかしたっけ?


恵と最後に話したのは……あぁ、グロウワールド内での事だ。


折角、友達を紹介してくれようとしたのに、俺がビマナの森の謎空間(後に隠しエリアと判明)にいたせいで、結局会う事も出来ずにさようならするはめになったあの悔しい出来事の時の会話が最後だったはずだ。


あの時も恵に色々と怒られた気もするけれど、あれはもう済んだ事だし、今回はきっと違う用件だと思うんだが……。


「えっと……」


思い浮かぶ事はあれど、多分別の用件だと思うとその事かどうかを尋ねるのも躊躇ってしまい、言葉に詰まる。


「望兄、イベントボス疑惑の次は裏ギルドボス疑惑ってどういう事?」


「…………は?」


イベントボス疑惑というのは、きっとこの前恵が言っていた、黒騎士が急に現れ消えたという事でイベント関係の布石じゃないかと疑われたという事だろう。


だからそれは別に良い。……いや、本当は良くないけれど、今回は良い事にしておく。


それより問題なのは、今回増えた新しい疑惑の方だ。


「……恵、裏ギルドボスって何?」


「それは言葉の意味について訊いているの?それとも、何でそんな噂が広がっているのかについて訊いているの?」


「で、出来れば両方についてお願いします」


イライラした口調で尋ねて来る恵にビビりつつも、だからと言って聞かずに放置するのも怖くて、恐る恐る尋ねる。


「はぁぁ……。もう、勘弁してよね」


暫くの沈黙の後、深い溜息を吐いた恵が説明をし始める。


恵の話によると、グロウワールドでは、イベントや攻略を進める為のダンジョンというものは設置されているものの参加するかどうかは自分で決めれば良いし、基本的に遊び方は自由でプレイヤーがやりたいように遊べばいいという事になっているらしい。


要するに、冒険する人もいれば、物作りや商売、仲間との会話を楽しむ事に重きを置く人もいる。何かをしないといけないという縛りもしてはいけないという縛りもほとんど存在しないという事だ。


もちろん、プレイの仕方が他人に迷惑を掛ける悪質なものであれば、運営側からの警告や処分が入ったりする事もあるようだけれど、ゲーム内のルールに則っていれば、現実では犯罪になるような遊び方も出来るらしい。


その最もたるものがPKというものだそうだ。


「PKってボールを蹴ってゴールキーパーが止める?」


「そうそう、試合で引き分けだった時とかにやるやつ……ってそっちじゃない!」


普通に突っ込まれてしまったけれど、俺はそれ以外のPKなんて知らない。


そんな風に言われてもわからないものはわからない。


「あ~、そっか。望兄は色々と調べてはいるみたいだけど、ゲーム初心者だもんね。知識に変な偏りがあっても仕方ないか」


俺が少し不貞腐れた気分になっていた事に気付いたのか、恵が「ごめんごめん」と軽い調子で謝った後、わかりやすく説明してくれる。


「PKってのはプレイヤーキル、もしくはプレイヤーキラーの略でね、要するにモンスターとかではなく、プレイヤーを目的を持って攻撃する行為やプレイヤーの事なのよ」


恵の話によると、プレイヤーキルが行為そのもので、プレイヤーキラーがそういう行為をするプレイヤーの事で、ゲームによって許容されているものとそうではないものがあるらしい。


また、許容されているもの中にも、その行為が激化すると普通に遊んでいるプレイヤーが楽しめなくなってしまう事もある為、ある程度のルールが設けられている事が多いらしい。


そして、グロウワールドはその行為をルールありで認めるタイプのゲームなのだそうだ。


「グロウワールドでは、防犯設定画面というのがあって、PK常時OKにすると奇襲も何でもありになって、限定的にOKにすると、PKを申し込まれて受けるとプレイヤー同士で戦う事が出来るようになるの」


防犯設定画面には、PK以外にも盗み等についての設定も出来るようになっているらしい。


また、未成年のプレイヤーは、この設定を自分で変える事は出来ず、全ての行為が禁止の状態になっており、反対に自分がPKや盗みをする事も出来ないようになっているようだ。


例外として、運営が管理するイベントでプレイヤー同士が正々堂々と強さを競い合う為に戦う時だけは、そのイベントのルールさえ守れば参加して他のプレイヤーと戦う事が出来る事になってるそうだ。


「プレイヤー同士が盗んだり襲撃したりって何が楽しいんだ?」


恵からPKの説明を聞いても、その良さが俺には全くわからなかった。


いきなり他のプレイヤーから襲われたり、アイテムを盗まれたりするのだ。


嫌な気分にはなっても、楽しめそうにはない。


もちろん、逆に自分がやるのだって嫌だ。


明らかにトラブルの素にしかならないと思う。


「私も好きじゃないから何とも言えないけれど、防犯設定をoffにしている人の話によると、いつ来るのかわからない緊張感や、撃退した時の達成感が楽しいらしいわよ。やる側の人の気持ちは……私もやった事ないし、友達でもやっている人がいないからよくわからないわ」


どうやら、恵も俺と似たような考え方の持ち主のようだ。


共感してもらえた事にちょっとホッとする。



「で、それと俺がどんな風に関係してくるんだ?」


もちろんの事、俺はPKなんて行為はした事もされた事もない。


「つまりね、そういう一般的には犯罪に該当するような方法でゲームを楽しんでいる人達が、集まって作った集団を裏ギルドと呼んでいるのよ。もちろん、自分が裏ギルドメンバーだと表立って言うとトラブルの素になったり、活動がしにくくなるから、現段階では『そういう所があるらしい』程度で、実際に存在するのかやメンバー等の確認情報はまだ確かなものはないんだけどね」


つまり、ゲーム内におけるヤクザやマフィアみたいな闇組織的な存在って事か?


で、現段階ではあるっぽいけど、見た人はまだいないという都市伝説的な扱いになっているわけか。


そこまでは理解出来た。


だけど、やっぱり自分とそこの繋がりがよくわからない。


最近の俺はといえば、森の中で採取をしたり調合をしたりしてひたすら時間を費やしていたのだから、そんな組織と関わっているわけがない。



「で、何で俺がそんな恐ろしい組織のボスなんていう話になるんだ?」


「自分の胸に手をあててよく考えてみてよ」


「?」


一先ず、自分の心臓の上あたりに手をあて考えてみるけれど、やっぱりよくわからない。


「……望兄、ヤバい薬吸ってたって本当?」


胸に手をあてても何も収穫がなく、でもだからと言ってそれをそのまま言って恵を怒らせるのも嫌だなぁと思って黙り込んでいると、恵の方から俺に質問を投げかけてきた。


「ヤバい薬?そんなの……あっ!!」


心当たりがないと否定しようとして、ついさっきまでの事を思い出す。


断じて言っておくが、決してヤバい薬ではない。


ヤバい薬ではないが……見た目がヤバい薬ではあった。



「あ、あれはただの精神安定効果がある煙薬で……色々と調整している内に、ちょっと見た目がアレな感じになっちゃってたけど、別にヤバい薬ってわけじゃ……」


自分でもあの見た目はないなという事に気付いてしまった後だから、気まずくてどうしても言い方がモニョモニョとした言い訳じみた口調になってしまう。


それにしても、ついさっきの出来事が、何故もう恵に伝わっているんだろうか?


ゲーム内の情報ってそんなに早く伝わっていくものなのだろうか?


オンラインって怖いな。


「ハァァァ……。全く、自分がどれだけ注目されているかまだわかってないの?その上、あのマッド兎とつるんでいたら、見て下さい、噂して下さいって言っているようなものよ?」


恵の呆れ切った口調に、思わず肩を竦める。


マッド兎のクリスさん。


キャラが濃いなと思っていたし、通り名もある位だからそれなりに有名なんだろうなとは思ってたけれど、そんなにか。


「ちなみに、私の所にすぐに話が来たのは、私の方でも望兄の変な噂が広がり過ぎるのを防ぐために、自分の兄だって事を話して、せめて友達の間だけでも勘違いを訂正しておこうとしたからだからね?」


「恵ぃぃぃ」


俺の知らない所で、このちょっと口は悪いけれど優しい妹は頑張ってフォローしてくれていたのか。


ちょっとお兄ちゃん感動して涙が出そうだよ。


「……まぁ、それが裏目に出てゲーム仲間から心配されているってのが現状なんだけどね」


「面目ない」


少し棘を含んだ声で言われて、スマホ片手に電話の向こうにいる妹に頭を下げる。


うん、今回は俺が悪い。


その後、俺はここ最近のゲーム上での出来事やら、今回のヤバい薬事件についてやらを恵に詳しく話した。


「なるほどね。色々と予想外の事……隠しエリア解放とか諸々があったのは驚いたけど、今回の件については何となく理解したわ」



電話越しでもわかる。


今、恵は眉間に皺を寄せ、頭が痛い時のように顔を顰めているに違いない。


本当に苦労ばかり掛ける兄で申し訳ない。


今度、特製の胃薬をプレゼントするから許して欲しい。


「とにかく、私の方は『身内に変わった人いるねぁ』程度の話だから別に良いけど、望兄の方は色々と誤解が重なって面白い事になってるわよ?」


「それがさっき言ってた裏ギルドのボスとかいうやつか?」


暫く、「あ~」とか「う~」とか理解し難い事を無理矢理理解して飲み込むかのように唸っていた恵だったけれど、全てを割り切ったのか、普通の呆れ口調に戻って話始める。


……その割り切り方が、「もうこの兄は駄目だから放置しよう」という方向でない事を心から祈るばかりだ。


「そうそう。暫く姿を現さなかった黒騎士さんが突然現れたと思ったら、薬師ギルドで効力絶大だけど変な薬を作る事で有名なマッド兎とヤバそうな薬吸いながら人体実験やらなんやらの怪しい密談。しかも腰にはこれまた何かよくわからない変な葉っぱをぶら下げている異様な出で立ち。これはもう、黒騎士さんの正体は裏ギルドのボスに違いないってね」


恵の言う変な葉っぱというのは、土を入れた袋の中で寝ていたアイデの事だろう。


「変な葉っぱって、テイマーの俺がテイムモンスター連れていて何が可笑しいんだ?」


「腰から下げた袋から葉っぱだけが見えている状態で、それをテイムモンスターだと思う人はなかなかいないわよ。採取した薬草だって、プレイヤーはほとんどアイテムボックスに入れているから、腰に下げているなんて事ないし、十分怪しまれる光景よ。少なくとも、かなり近寄り難いプレイヤーだと認識される事は間違いないわ」


衝撃の事実。


俺はこんなにも好感度を求めて、人に好かれそうな雰囲気を出そうと考えているのに、どうやら真逆の方向に進んでいたらしい。


「お、俺は好感度が……フレンドが……」


「本当に何やってるのよ、望兄」


今日一番の呆れ声。


お兄ちゃん、ちょっと泣きそうだよ。



「ど、どうしよう?どうすれば?」


ただでさえゲーム初心者でプレイヤーとしての立ち回りがよくわかっていない上に、普通のコミュニケーションにすら自信がない俺だ。


こんな変な状況になったら、どう立ち回れば良いのかわからない。


もう、この頼れる妹に縋るしか他に方法はないのだ。



「まったくもう。一先ず、私の身内から少しずつ誤解を解いていくようにするよ。一応うちのパーティーはそれなりに有名で、メンバーが戦闘中の様子を公開している動画の視聴者もそれなりにいるから、そっちでもフォロー出来れば良いけど……。望兄、そのヤバい薬、もう少し見た目改良出来ないの?普通の煙草っぽい見た目にするとかさ」


恵の言葉に僅かな希望を見出しつつ、言われた事について考える。


煙薬をヤバそうな見た目から改善……元々、丁度いい紙がなくて薬包を使ったらああなってしまっただけだから、シルドラでちゃんとした紙を見付けて形を調整すればそう難しい事ではないだろう。


もし、丁度良い紙が見つからなければ、葉巻状のしても良いかもしれない。


少なくとも、今の見た目よりはましになるだろう。



「それはいくらでも変更のしようはあると思う。俺も使うなら改良が必要だと思ってたしな」


結論を出して、恵に報告すると「それは良かった」と安堵の息を溢される。


「それなら、改良したものを今度ゲーム内で会った時に売ってよ。うちのパーティー、今度状態異常攻撃が多いダンジョンに挑む予定だから、そこでメンバーに使わせてみるわ。で、そこで黒騎士が吸っていたのはこれと同じもので見た目はアレだけど、普通の薬だって宣伝してみる」


恵の話によると、今攻略を進めているエリアにはちょっとホラーな見た目のダンジョンが存在して、そこで現れるモンスター達が状態異常を使いまくる事で攻略が難航しているらしい。


精神安定効果があり、しかも煙を吸っている間はずっとそれが維持されるとなれば、攻略にはとても役に立つそうだ。


「それなら、迷惑料という事で無料で譲るし、ついでにほとんどの状態異常に使える薬もあるから、それもやるよ」


俺が腰にぶら下げていた怪しい草は、実はとても有能な薬草にもなるんだ。


だから、ちょっと怪しくても認めてやってくれ。


俺の可愛い……可愛い?テイムモンスターなんだから。



「え?何?望兄ったらそんな凄い薬も作ってたの?欲しい欲しい!もし使い勝手良かったら、是非定期購入させて!!」


「良いけど……自給自足がモットーのパーティーだったんじゃなかったか?」


「そりゃあ、目標としてはそうだけど、今の所全部を全部ってわけではないのよ。ついでに、望兄は私の身内だから例外枠です!今私がそう決めた!!」


急に機嫌が良くなった恵が、調子の良い事を言ってくる。


まぁ、兄としてはこうして妹に頼られるのが嬉しくないわけではないから、良い事にしておこう。


「お前がそれで良いなら俺は別に構わないけど、一応他の仲間には相談しろよ?」


「もちろんよ!」


嬉しそうな恵の声を聞いて、「楽しそうで良いなぁ」「仲間良いなぁ」とついつい考えてしまう。


だが、今回は恵のその伝手で俺がヤバい薬をやっていたわけでない事を広めてもらうのだ。


嫉妬なんてしていてはいけない。


感謝をしなくてはいけないんだ!


「さて、この問題については状況確認と解決するかどうかはわからないけれど、方針は決まったから良いとして……」


「まだ何かあるのか?」


意味深な所で言葉を切られて、不安になる。


今までゲーム上であった事については、もう洗い浚い話したから問題はないはずだ。


それ以外って何かあるか?


「……望兄、最近咲からのメールに返信してないでしょ?」


「え?……あっ!」


非難の籠った冷たい声で告げられた内容に、ハッとする。


そういえばここの所、ゲームと現実世界でやるべき事をひたすら交互にやり続けていた為、もう一人の妹--咲からのメールをずっと放置していた。


電話が鳴れば、仕事関係の可能性もある為出たり着信を見て折り返したりはしていたけれど、メールの方は後回しにしていて、あまりチェックすらしていない。


ゲームを始めた最初の頃は、ちょこちょこ見てはいたけれど、友達がいない俺の所にくるメールなんて高が知れている。


1、2回、咲から来ていたメールに返信をした後は、ゲームの方にハマってしまって、そちらに集中していたせいで内容も確認せずに放置してしまっていたのだ。


「咲から望兄からの返信が来ない、何か理由を知らないかっていう問い合わせメールの山や着信がヤバいんだけど……」


「ちょっと待ってくれ」


スマホ画面を操作して、ハンドフリーの会話出来る状態にし、そのままメール確認を行う。



……未読メール25件。


全部、咲からのメールだった。


「凄い量のメールが来てた」


「だろうね」


内容を確認すると、どうやら何か用事があったわけではなくて、メールをしたのに返事がない事を心配してのメールのようだった。


最後の方は「何か怒らせる事をしてしまったか?」「まさか彼女が出来たのか?」という問い合わせがやたらと多かった。


「返信をしなかったせいで、大分心配させてしまったみたいだ。25件もメール来てたよ」


「いや、普通、大した用件でもないメールの返信がないだけでそんなに連続でメールなんて送らないから。ついでに言うと、私の方にはその倍近くの『望兄について知っている事があれば吐け』という内容のメールや着信が来てる」


「……」


……妹その2よ。兄はそんなに信頼がないのか?


「恵、俺、そんなに頼りないか?いや、この場合、何かをやらかしてそうな事を心配されているのか?」


「いや、どちらかと言うと、望兄に自分より大切な人……彼女とか出来たんじゃないかと心配して探りを入れてきているんでしょうよ。前にも言ったけど、咲、ちょっと度を越したブラコンだから」


「まさかぁ!」


「……」


さすがにいい年した兄に彼女が出来たからと言ってそこまで騒がないだろう。


恵の冗談だろうと思って笑い飛ばそうとしたら黙られた。


え?ちょっと?冗談だよな?


「め、恵さん?」


「ハハハ……。ちなみに、望兄には嫌われたくないからか、やんわりとした探りだったりメールの回数も少なめ?で着信もないみたいだけど、私の方には『望兄に変な虫がついたって話を知らない!?』『もしそうなら教えて!望兄にふさわしい人かどうか私が見極めて、駄目そうなら……』なんて事普通に言ってきたわよ」


乾いた笑いをしながら告げられた恵からの裏情報に、思わず俺の頬が引き攣る。


思っていた以上に、俺の妹その2がヤバそうな空気を醸し出している。


これ『駄目そうなら……』の後に続く言葉は、絶対に『別れさせる』だろう。


これが言葉だけだったら、冗談半分だろうと笑い飛ばせるけれど、先日恵に聞いた過去の話から考えると、咲は有言実行するに違いない。


咲は元々行動力があり、フットワークが軽い方だ。


咲の住む実家と俺の家が離れているとはいえ、来ると決めればすぐに来るし、やると決めたらきっとやるだろう。


過去の俺の恋人作りへの妨害については、恵に聞いただけで実際の様子を見たわけではないからわからないけれど、咲の行動力の凄さは他の事からも簡単に予想が付くのだ。



「とりあえず、咲の誤解を解く為にもゲームをやってて手が離せなかったと伝え……」

「それはお勧めしないわよ」


彼女が出来たかも説を否定する為に事実を咲に伝えて、返信が遅れた事を詫びようと思ったのだが、俺の言葉を遮って恵が止めに入る。


「何でだ?」


「望兄、ゲームには現実の世界での距離なんて関係ないのよ?望兄がグロウワールドをやり始めた事を知ったら、咲は確実にグロウワールドを始めて望兄にべったりになる。そうしたら、望兄のフレンド増加計画は……」


「完璧に潰えるという事か?」


「ええ……」


俺と恵の間に静寂が訪れた。


でも、恵の言っている事が容易に想像が付く。


咲がブラコンだという事に今まで気付いてはいなかったが、確かに一緒に住んでいる時は俺にべったりだった。


学校の同級生と行事等の関係で用事があり一緒に出掛ける時も、付いて来れる時は「手伝う」と言って付いて来て、ひたすら俺に話し掛け続けるものだから、同級生とはほとんど話せないなんて事は度々あった。


可愛い妹が甘えて来るもんだから、可能な限りは相手をしていたけれど、途中でさすがに周りに迷惑かなと思い始める事は確かにあったのだ。


あの状況が今度はゲーム内でも起こる可能性があるという事か。


それは非常に不味い。


俺の友達作り……場合によっては可愛い女性との出会いにまで影響するではないか。


確かに1人でゲームをするよりは楽しいかもしれないけれど、俺の目的はただゲームが楽しめれば良いわけではなく、友達作りの練習なんだ。


それを邪魔されたらゲームをやっている意味がない。


「……内緒にしよう」


「うん。それをお勧めするわ。ちなみに、今の所私の方でも知らぬ存ぜぬで押し通しているから、話を合わせておいてね?間違ってもこうして連絡を取り合っている事はバレないようにね?」


「わかった」


俺とゲーム内で会っている事や、俺の事情を隠していた事が咲にバレて文句を言われたくないのか、恵が念押ししてくる。


俺はそれに頷きつつも、自分自身としてもゲームの事はバレないようにしないとと決心を固める。


「まぁ、咲は恵と違ってそんなにゲームをする方じゃないし、偶然グロウワールドをプレイしていて、偶然ゲーム内で出会うなんて事はないだろうから、言わなきゃバレないさ」


「望兄、それ思いっきりフラグ立ててるから」


「何だそれ?カエルを立てる?」


「それはフロッグよ。私が言ったのはフラグ」


「旗?」


「間違ってはいないけれど、そこから私の言っている意味を予測するのは難しいと思うから、後でネットで意味は調べてね」


「教えてはくれないのか?」


「何かもう面倒くさい。というか、こうして話している間にも咲からのメールが着々と届いているから、早く何とかして」


恵がうんざりした声でそう告げる。


どうやら、咲の件に関しては俺が思っていた以上に恵に迷惑が掛かっていたようだ。


「わかった。これから仕事で忙しくてメールが見れなかったとでも連絡しとくよ」


「本当に頼むよ、望兄」


「色々と迷惑掛けて悪かったな」


「良いわよ。例の望兄特性の薬で許してあげる。後はフラグ回収しない事を祈ってるわ」


「だから、そのフラグって……」


「じゃあ、またね~」



プツッ。ツー……ツー……。


また途中で会話をぶった切って電話を切られた。


まぁ、恵はいつも基本的にこんなに感じだから気にしてても仕方ないか。


「ハァァ……。咲にメールしないとな」


今まで可愛いだけだった妹の裏の顔を知ってしまった事で、ちょっとだけメールするのが気が重い。


バレたらどうしようと考えると緊張もする。


でも、この作業から逃げる事は出来ないんだから、頑張るしかないか。



「俺の大切なフレンド増加計画の為だ。妹に嘘だって上手く吐けるようにならないとな!」


改めてスマホを握り締め、メールを打ち始めた。




***


メールを送り終えた後、フラグについてネットで検索してその意味を調べた俺が、背筋にゾクリッとした嫌な予感を感じたのは、その数分後の事である。

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