3.フレンド2人?目。①
「ここは何処だ?」
テキパキと画面を操作して荷物を収納し、『close』の看板を出した妹に連れて来られたのは、シルドラの西側にある居住区域の端に建っている庭付き一戸建ての比較的大きな家だった。
家とは言っても作業場付きの寮のような感じで、高めの塀に囲まれた中に、便利さ重視のシンプルで無骨な雰囲気の建物が建っている。
「私が他のパーティーと一緒にこの町での拠点として借りている家よ」
キョロキョロと見回している俺の前で、何やら画面を操作している恵が答える。
「な、何だと!?という事は、ここにはお前の仲間が……」
つまりは、将来の俺のフレンド候補者達がいるという事か。
そう思うと急に緊張感が高まってきて、目の前にあるただの家が冒険の終盤に出てくるようなラスボスの住処のように感じれる。
……俺は彼等と仲良くなれるだろうか?
目の前に高く聳える(ように感じる)家を見上げて、表情を固まらせつつもギュッと拳を握り気合を入れる。
「あ~、悪いけど、今ここには私しかいないよ?」
「……え?」
頭の中で初めて会った時の挨拶の仕方までシミュレーションし始めた所で、恵が申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。
そんな妹の発言に俺は入れ始めていた気合の行き場を失った。
「ここは私達が荷物置き場兼作業場兼新人さん向けの商売をしにこの町に戻ってきた時に使う為の仮の拠点で、本来は皆別の所で活動しているからね」
……そうか。ここにはいないのか。
ちょっと……いやかなり残念だが、いないのであれば仕方ない。
自然と入ってしまっていた肩や顔の力を抜く。
「……さて、これでよし。拠点への招待の画面出るはずだから『OK』押して」
恵がそういうと同時に目の前に『グレースから「自給自足の仮宿」への招待が届きました。招待を受けますか?』という選択画面が表示される。
事前に調べた所によると、このゲームでは拠点と呼ばれる家を買ったり借りたりする事が出来る。
家のサイズや種類も様々で、複数人で使用する一戸建ての家型の物からアパート型の物や、宿のような物まで色々あるらしい。
もちろん、買うか借りるかや家のサイズや機能によって値段は異なる。
まだ、ゲームを始めたばかりだから相場は全くわからないが、他の家に比べても大きい事からここは結構高めの良い物件なんじゃないかという事は簡単に予想できた。
「この自給自足ってのは何なんだ?」
目の前に表示されているOKボタンを押しながら尋ねると、少し呆れた表情をしながら門の中へと恵が招き入れてくれる。
「『自給自足』は私が組んているパーティーの名前よ。さっき渡したフレカにも書いてあったでしょ?」
「あぁ、なるほど」
言われてみれば、ついさっき渡されたフレンドカードにも参加しているパーティーの名前として記入されていた気がする。
納得してうんうんと頷く。
それにしても『自給自足』って変わったパーティー名だな。
もっとこう「~の剣」とか「竜の~」とか格好良さげな名前もあっただろうに。
「うちのパーティーは戦闘もする生産職が集まっているから、食料から武器、ポーションまで自給自足する事をコンセプトに活動しているのよ。だから『自給自足』って名前にしたの」
顔に疑問が浮かんでいたのだろうか?
尋ねてもいないのに恵がパーティー名について説明してくれる。
「えっと、そっちのスレイプニルの……」
庭に入った所で、恵が俺の後ろに付いて来ているクレオに視線を向ける。
「クレオだ」
「へぇ、クレオ君っていうんだ」
「『ちゃん』だ」
「……お、女の子なの?」
「あぁ、レディーだ。……クレオ、頼むから足の準備運動を開始するのは止めてくれ」
恵がクレオの性別について確認した所で、一番前の足をカッカッと鳴らして突進していきそうな雰囲気を醸し始めたクレオの首を撫でて宥める。
妹は一瞬驚いたような表情を浮かべたけれど、すぐに焦ったように笑みを浮かべて「よく見れば綺麗な目をしているものね」とか「ネックレスも買ってくれたお洒落さんだものね」とフォローし始めた。
……察しの良い妹で助かった。
テイムしている俺ですら、まだ相棒になって日が浅過ぎて荒ぶるクレオを抑え方を完璧には把握出来ていないのだ。
そんな状態で本気で怒らせたら……死人(死に戻り)が出る事間違いなしだろう。
意図せずプレイヤーキラーとかいう奴になるのはごめんだ。
フレンドが余計に出来なくなってしまうではないか。
「クレオちゃんには悪いんだけどここで待っててもらっても良いかな?」
クレオの機嫌が直った所でそう提案してくる恵に、なるほどと納得する。
クレオの巨体では、どう頑張っても建物に入れそうにない。
まず、入口の段階で通れないだろう。
「クレオ、悪いけど、待っててくれるか?」
俺からもクレオに頼むと、クレオはチラッと俺に視線を向けて少し寂しそうに「フス~」と鼻息を吐いてから、「仕方ないわね!」とでもいうように首を縦に振った。
「あ、望兄、この人参、良かったらクレオちゃんにあげて」
俺達の様子を見ていた恵が人参を取り出して手渡してくれる。
自給自足には第2職業に『農民』を設定している人がいるらしく、その人が、スキル上げの為に大量の野菜を作っていて、その中からいらない分を、パーティーメンバーが自由に使えるように提供してくれたそうだ。
「悪いな、恵」
「良いって、良いって。貰ったは良いものの、私、料理のスキルもないし、餌としてあげるテイムモンスターもいないから……食べ物を持ってない時に空腹指数がピンチになったら生で齧る位しか使用方法なくて。……ねぇ、望兄、知ってる?人参サラダと生の人参を齧るのは別物なんだよ?」
「いや、それ位は知ってるよ」
手元に食べ物がなくて人参をボリボリと齧った時の事を思い出しているのだろう。恵の目が何処か遠くを見ていた。
「あぁ、冷蔵庫空っぽでドレッシングもなくて、面倒くさくなって仕方なく人参そのまま食べた時のあの虚しさと言ったら……」
「ちょっと待て。それ、ゲームの話だよな?そうだよな!?」
「望兄、ゲームの世界には時間停止が出来るアイテムボックスがあるのに、冷蔵庫がある訳ないじゃない」
何を当たり前の事を言っているんだとばかりの視線を向けて来た妹に、兄として複雑な思いを感じる。
「……恵、今度何か作りに行ってやるからな?」
「それは嬉しいけれど、現実だと家が遠すぎていつになるかわからないから、今ここで作って。材料は提供するから」
恵の目が食に飢えた肉食獣のようだった。
ある意味クレオより怖い。
「そ、それは良いけれど、俺だって料理スキルなんて持ってないぞ?第1職業テイマーで、第2職業が薬師だし」
「……大丈夫。このゲーム、絶妙に現実ともリンクしている部分があるから、職業スキルがなくても料理が上手い人はその料理センスである程度美味しい物が出来るから」
「という事は、冷蔵庫に食料がなかった云々以前の問題として、お前相変わらず料理が出来な……」
「煩いよ、望兄。私だって、ラーメンとかチャーハンとかみそ汁とかご飯、作れるようになったんだからね!」
「……それ、電子レンジでチンッだったり、お湯を入れるだけってのじゃないよな?」
「ご飯作れるし」
「ご飯って『食事』って意味じゃなくて、文字通り『白米』の方か?」
「やろうと思えば、野菜炒めは作れる。……たまに塩入れ過ぎるけど」
「……そうか」
確かに、生の人参は冷蔵庫に入っていたんだから、多少はやっているんだろう。
だが、お兄ちゃんはお前の将来が少し心配になったよ。
「望兄のドライカレーが食べたい」
「カレー粉あるのか?」
「ない。でも香辛料はある」
恵の話だと、香辛料も共有になっているらしい。
揃えたのは『料理人』を第2職業にしている子らしいんだけど……料理スキルは持っていても、現実での腕前はいまいちらしく、料理知識がない為、なかなかメニューのバリュエーションが増えないようだ。
……いるよな。凝り性で調味料とかの材料はやたらと買い込むのに、実際はそんなに作れずほとんどが1回作って終わりになるタイプの人。
「……なら、ひとまず、話の前にキッチンを借りるぞ?」
「やった!あ、出来れば多めに作っておいて。保存食代わりにもしたいし、材料使っている以上、仲間にも食べさせたいから」
「ゲームで料理なんてした事ないから、ちゃんと作れるかはわからないぞ?」
「大丈夫。そうなったらゴミが大量に出来るだけだから」
「……それは大丈夫とは言わないだろ」
「現実の食材を無駄にした時のような罪悪感は抱かなくて済むよ?」
「まぁ、それはな……」
そんな事を話しながら、クレオに人参渡し、美味しそうに食べているのを見た後暫しの別れを告げる。
そして、嬉しそうな恵に引っ張られるままに、自給自足の仮拠点の中へ。ろくにダイニングも見させてもらえないまま、キッチンへと連れ込まれる事となった。
「綺麗だな」
ゲームだから手入れしなくてもそれなりに綺麗な状態を保てるというわけか。
「あ~、仮拠点という事もあるけど、皆料理はあまりしないからね」
……料理人のジョブを持っている子はどうした?その子もやってないって事か?
というか、自給自足を目指すって言葉は何処に行ったんだ!?
「調味料とか香辛料はここに入ってるよ。フライパンとか鍋はこっち。食材は言ってくれれば出すし。狩りにはよく行くから、肉系は各種取り揃えております。……魔物肉だけど」
「……なるほど」
魔物肉がどんな物かはよくわからないが……ひとまず、やってみるしかないか。
妹のこの期待に満ち溢れた目を見てしまっては、嫌だとは言えないし。
「一先ず、豚系の肉を……」
「なら、オークかな?」
恵が画面を操作するような仕草をすると、ドンッと巨大な肉の塊が出る。
「……まずは、これをひき肉にするところからか。骨が折れそうだな」
目の前の肉の塊を細かく刻まないといけないと思うとげんなりする。
「あ、そこは私に任せて!」
「え?」
恵の発言に驚いていると、彼女は大きなハンマーを取り出し、俺が何かをいう前にそれを肉の塊に振り下ろした。
ダンッ!!
大きな音が響き渡ったと共に、キラキラとしたエフェクトが表示され……肉の塊が大量のひき肉になっていた。
……豪快だな、おい。男の料理が豪快と言われるがそれ以上だ。
「私、よく獲物倒す時に力加減間違えて肉の塊をドロップさせたいのに、ミンチ肉にしちゃうのよね」
「そ、そうか。助かったよ」
少し恥ずかしそうに笑う妹が、お兄ちゃんは何故か怖かったよ。
恵から少し視線を外しつつ、必要そうな野菜等の材料をある物は出してもらい、ない物は代用になりそうな素材を出してもらう。
洋風なゲームの世界だし、米があるかが心配だったけど、制作会社が日本でプレイヤーも日本人が多い事もあってか、普通に存在した。
それにはホッとしたんだが……妹の、空腹指数が上がった時に生米をボリボリと食べていたというエピソードを聞いて、ちょっと胸が痛かった。
一先ず、こっちは現実の世界の話でなかった事を良かったとしておこう。
***
「……こんなもんか?」
ない材料は適当に似通ったもので代用している為、上手く出来ているかどうかは不安だが、一応完成した所で、恵が用意した大量のお皿に盛りつけていく。
ピコーンッ。ピコーンッ。
全ての盛り付けが終わった所で、軽快なお知らせ音と共に、目の前に2つ画面が現れる。
『料理:ドライカレー(ホープオリジナルレシピ) ★5 満腹指数80%回復
ホープがオリジナルブレンドのカレー粉で作ったオーク肉の絶品ドライカレー。付与効果なし。』
『スキル「調理」の獲得条件を満たしました。スキルを獲得しますか?』
「お、『調理』のスキルが獲得できたみたいだ」
「は!?」
早速、画面を操作してスキルを獲得しながら報告すると、出来立てのドライカレーを食い入るように見ていた恵が素っ頓狂な声を上げて振り返った。
「ちょっ、マジで!?『調理』って普通にスキル取ろうと思ったら★4以上の出来の料理をスキルなしで作らないといけないはずだけど!?」
俺の肩を掴んで揺さぶりながら訴える恵を見て、首を傾げる。
この様子からすると、★4以上を出すのは難しいという事だろうか?
まだ、料理を食べた事がない俺には基準がよくわからない。
「望兄、このドライカレー、星いくつだったの!?」
俺の肩から手を放し、大量に作ったドライカレーの内の一皿を手に取って迫ってくる恵。
ちょっと怖い。
「一応、★5らしいけど……それって凄い事か?」
「凄い事に決まってるでしょ!★3ですら料理が得意な主婦がなかなか出せないっていうのに!!」
「そ、そうなのか。まぁ、ほら、ドライカレーはお前も母さんも好きでよくリクエストされて作ってたしな。たまたまだよ、たまたま」
あまりの勢いにちょっと引き気味になりながらも、恵を宥める。
「前から、望兄の料理スキルが可笑しな事になってるとは思ってたけど、ゲーム上でもこの判定とは……」
手にした俺作のドライカレーを見詰めつつ、ブツブツと呟く恵。
まだちょっと変だけど、一先ず落ち着いてくれたから良しとしておこう。
「これもお母さんの教育の賜物か」
「まぁ、母さんの合格ラインちょっと厳しめだったしな。それなりに色々調べたり試行錯誤して頑張ったよ」
「望兄はやっぱりお母さん気にし過ぎ。その話して友達にマザコンとか言われたり、引かれたりした事ないの?」
「引く引かない以前に、そういう話をする友達がいない」
「……あ、ごめん」
気まずさにお互い視線を逸らす。
妹よ。そこは敢えて笑い飛ばしてくれた方が、兄の傷は浅かったぞ。
「と、とにかく、冷めない内に食べよう。……ゲームの中で料理が冷めるとかそういう概念があるかは疑問だが」
「一応はあるよ。まぁ、アイテムボックスに入れちゃえば時間停止するけど。じゃあ、こっちの5皿は貰っておくね。この2つは一緒に食べよう」
10皿作った内の5皿が恵のアイテムボックスに保管され、2つを恵が手に持つ。
残った3つは俺のアイテムボックスへ。
そして、テーブルの上に作り過ぎて残ってしまったカレー粉が取り残された。
「これは俺が貰っても良いか?」
「もちろん。あ、この瓶にでも入れなよ」
「悪いな。有難う」
恵が瓶を1つ手渡してくれる。
恵は武器や防具等の装備品をメインに作っているが、持っているスキルを上げる為だったり、商品として売る為にたまにガラス製品等も作るようだ。
今回くれたのも、その試作品の内の1つらしい。
「これでよし」
手渡された瓶に、残っていたカレー粉を入れ終え、蓋をする。
その途端、ピコーンッとまたお知らせの音が鳴って画面が現れる。
『薬:回復のカレー粉 (ホープオリジナルブレンド) ★6
そのまま飲むとHPが10分間、1秒に1%ずつ回復し続ける。スキル『調理』の保有者が調理に使用すると特殊効果が付与される』
……そうか。カレー粉って分類が薬だったのか。いや~知らなかったなぁ。
というか、薬として飲む時はこの粉の状態で飲まないといけないのか?
苦い薬よりは良いかもしれないが……後が匂いそうだな。
「どうしたの?何かあった?」
カレー粉を瓶に詰め終えた状態で固まっている俺に、恵が首を傾げる。
一応尋ねてはくれているけれど、「早く食べたいんだから、さっさとして」という思いがその視線から滲み出ている。
「いや、大した事じゃないから、食べながら話そう」
空気の読める俺は、恵の無言の訴えに受け入れて彼女の後についてダイニングに向かう事にした。
「ここがダイニングよ。共有スペースはここと倉庫と作業場。後、一応お風呂も付いているからそこね。その他にメンバーそれぞれの部屋があって、そっちには各メンバーの許可がないと入れないように設定されてるの」
簡単に説明してくれた後、俺達はそこで出来上がったばかりのドライカレーを食べ始めた。
……話が後回しなのは、恵の目が「早く食べさせろ」とひたすら訴えていたからに他ならない。
「ん~!美味しい!!やっぱり、望兄のドライカレーは最高!ゲームでどの程度再現できるのかと思ってたけど、ほぼ完璧だわ。これなら★5も納得!!」
一口食べてパァァッと顔を輝かせた恵を見て、俺も何だか嬉しくなる。
昔っから恵は俺の作った物をいつも嬉しそうに食べてくれた。
母さんに作るように頼まれて断れなかったという部分ももちろんあったけれど、妹達のこの笑顔を見れるのが嬉しくて料理を頑張ろうという気持ちになったのも確かだ。
「それは良かった。でも、これはゲームの中だからな。普段の食事もそれなりにちゃんとしろよ?」
「わかってるわよ」
少し不貞腐れたように唇を尖らせる姿は、何処か小さい頃の恵を思い浮かばせる。
きっと、ドワーフという身長低めの種族な上に本当の年齢より若く設定してある事で、余計に小さい頃の彼女と重なってしまっているんだろう。
「はぁ、美味しかった。ご馳走様」
「お粗末様でした」
結局、夢中で食べる恵を前に話し掛ける事も出来ず、食べ終わった所でようやく本題に入る事となった。
場所移動して、クレオに餌やって、料理して、食事をして……って、本題に入るまでに滅茶苦茶時間が掛かったな。
目的から逸れまくりじゃないか、俺達。
「それで、望兄は何でそんな面白い状態になってるの?」
「面白い状態って、この格好の事か?」
「それも含めて全部よ。テイマーなのに黒騎士さんとか意味がわからないわ」
「これには海よりも深い理由が……」
「良いから早く説明して」
「はい」
俺は恵にキャラクター設定を行った時の事からその後に起こった事までをザッと説明した。
まぁ、説明したと言っても、「ガチャでテイムモンスターと装備決めたらこうなりました」という事しか、まだ何も説明出来ないんだけど。
「……じゃあ、特に何かコンセプトがあってそうしたとか、特殊イベントやってそうなったとかじゃなくて、単純に発売記念ガチャを引いたらテイムモンスターと装備がSSレアだったという事?」
「そういう事。まさに偶然の産物という奴だ」
「偶然にしてもSSレアをダブルで引き当てるとか、どんだけ運が良いのよ」
「運は50だぞ?」
「それはステータスの運の話でしょ?それとガチャの運は別物!!……別物……よね?」
口調を強めて否定した後、「まさかね?」と言いながら少し不安そうに呟く恵。
悪いけど、俺に聞かれても、ゲームの事自体ほとんど知らないからわからないぞ?
「で、カラーシリーズっていうのは何なんだ?」
何やら一人考え込み始めた恵を引き戻すべく、気になったワードについて尋ねる。
「あぁ、望兄は知らないのね」
俺が声を掛けた事で思考の海から戻ってきた恵が顔を上げて話始める。
「カラーシリーズっていうのは、発売記念用に特別に作られた色をテーマにした装備の事よ。SSレア装備の中でも更に特別で、発売記念特典ガチャの中に各カラー1着ずつしか入ってないのよ。要するにこのゲーム内でその装備はオンリーワンって事」
「げっ、マジか」
恵の言葉に、今自分が来ている装備がどれだけ貴重な物だったのかを初めて知りギョッとする。
これが譲渡不可の装備になっているのも頷ける。
もし、譲渡可能だったら譲ってくれという人が必ず現れただろう。
場合によってはゲーム内だけの話に止まらず、現実のお金まで動く事になりかねない。
この前もニュースでゲーム内のレア装備の売り買いからトラブルに発展した事件やっていたばかりだ。
……運営さん、色々と考えて対策してくれて有難うございます。
「今の所、赤のビキニアーマーと黄の着ぐるみ、白の神官服が出ている事は確認されているけれど、他の色は未確認なのよ。出てないのか、表立ってないだけで出ているのかすらわかってないのよ。……まぁ、黒の装備はどうやら目の前にあるみたいだけど」
赤のビキニアーマーと黄の着ぐるみ、白の神官服かぁ。
その中だと、黄の着ぐるみが物凄く気になる。
俺の黒騎士装備と一緒で、最初、凄く浮いただろうなぁ。
それとは別の理由で、赤のビキニアーマーもちょっと見て見たかった。
ほら、俺も男だし……
「ちなみに、赤のビキニアーマーは身長190㎝近くある職業『兵士』の大楯持ちのおじさんにあたって……放送事故が起こってたわよ。運営も焦ったみたいで、すぐにモザイク掛かった上に上から大きなマントが追加装備として落ちてきたって話」
「ブッ!」
思わずその周りにも本人にも災難な状態を思い浮かべて噴き出してしまう。
何と気の毒な。
俺だったら立ち直れないかもしれない。
「まぁ、ノリの良いプレイヤーだったらしくて、降ってきたマントを腰に巻いてモザイク状態だけ解除した上でポージングを決めたらしいけど。今じゃ『赤の勇者』って呼ばれているわ」
「……確かに、その度胸は『勇者』並みだな」
俺には無理だ。
ある種の尊敬の思いを込めて心からの拍手を送りたい。
「そうそう、これは噂の域を出ないけれど、SSレアなだけあって性能だけは滅茶苦茶良いらしくて、今では下着代わりに着用してその上に通常の装備を着ているらしいわよ」
「……」
もう何とコメントして良いかわからない。
「まぁ、そんな事も踏まえて……」
いや、今の話に踏まえるような内容はなかっただろう?
なかったよな!?
「望兄は初心者テイマーの格好になんか変えずにそのままでいた方が良いと思う」
「何故!?」
今の話だと、このカラーシリーズ『黒』の装備は滅茶苦茶目立つって事だろう?
ただでさえ、黒騎士なんて言われて変に誤解されて遠巻きにされているっていうのに、このままこの装備を着続けてカラーシリーズの装備だとバレるよりも、一刻も早く初心者テイマーの格好に変更した方が目立たなくて良いに決まっている。
「何故って当然でしょ?その装備の性能は最高級。滅多に手に入らないレベルの物なんだから、使わなくちゃ損よ。赤の勇者なんか、下着代わりにしてまで使っているのよ?」
「でも、目立つじゃないか!」
そして、俺の装備は下着代わりに出来る程面積は小さくない。
「そこはもう今更よ。望兄、今日、私の店に来る前にシルドラの町中を歩き回って顔を広めていたみたいじゃない。既に町中スレイプニルを連れた黒騎士の話題で持ちきりよ。今頃、他の地域にいるプレイヤーにまで話題は広まっているでしょうね」
「そ、そんな!!」
俺はただ、迷子になっていただけなのに。
何故そんな事が起こっているんだ。
「その如何にも高性能そうな装備に、まだゲーム内で発見すらされていないスレイプニル連れて歩き回ってたらそうなるに決まっているでしょう?しかも、レベルが上がったら皆出て行ってしまう、この初心者向けの町に、そんな見た目が強そうな人がいたら、話題にならないわけがないわ」
「俺だってまだ初心者……」
「それを知らない人にどう見えるかが重要なのよ」
理不尽だ。
たまたま凄い装備と凄いテイムモンスターが当たっただけなのに、そんな扱いをされるなんて。
俺はただ、自分のペースで楽しくゲームをしながら、フレンドを作りたかっただけなのに。
これも運というやつなのだろうか?
「つまり、もう望兄は黒騎士として多くの人に認識されてる。いくら格好を初心者テイマーの物にしたとしても、クレオちゃんを連れている時点で黒騎士の噂を知っている人は望兄だってすぐに気付く。……あんなにわかりやすい目印を見過ごす人なんていないしね。そんな中で装備のレベルを下げる意味はないし、むしろ急に明らかにレベルの低い装備に変えたら勘繰られて怪しまれる可能性すらあるでしょ?」
確かに言われてみればそうか。
俺としては、そこまで有名にはなっていないつもりだったから、装備さえ変えれば『黒騎士』とは言われなくなると思っていたんだけど、恵の真面目な顔を見れば、その考えが甘い事は容易に察する事が出来た。
「それに、これからもし他の人とパーティーを組む際に、良い装備を持っている人が、自分達との戦闘時にはそれを使おうとしないってのは、ちょっと感じが悪くない?」
「まぁ、そうかもしれないな」
これから一緒に頑張ろうってチームを組むのに、もっと良い装備を持っているはずなのに明らかに見劣りする物に変更されていたら……悪意まではいかなくても「何でだろう?」位には思う。
パーティーは戦闘時では運命共同体だ。
仲間がベストを尽くそうとしないなら、段々不満だって溜まっていくだろう。
せめて、装備を変えるにしても、それなりに変える事に意味のある物にしておいた方が良さそうだ。
「そして何よりも気を付けないといけないのは、その装備がカラーシリーズだってバレた時に、望兄がそれを着用するのを止めてショボい装備にする事で、『売り払ったんじゃないか』と勘繰らせない事。もし、そう考える人が出て、それが広まると他のカラーシリーズ保持者に売るように迫る人が出る可能性があるからね」
「ゲームも色々と難しいな」
「普通は初っ端からこんなややこしい事にはならないんだけどね」
苦笑する恵を見て、ついつい溜息が出てしまう。
やっぱり、今の俺の状況はイレギュラー中のイレギュラーらしい。
……俺、そんなに日頃の行い悪かったかな?
「とにかく、もうここまで目立ってしまったんだから、後はその黒騎士さんキャラを貫けば良いのよ。ここは初心者の町だからかなり目立っているけれど、レベル上げて上のランクのプレイヤーがたくさんいる町に行けば、今ほど目立たない……はずだから!!」
「じゃあ、俺の一先ずの目標は、この町を出る事というわけか」
ここにいるからこそ余計に悪目立ちするなら、確かに早めに場所を移動するべきだろう。
そうすれば、俺も目立たなくなってフレンドが作りやすくなるかもしれないし。
「そうなるわね。ただ、その前にある程度レベル上げする必要はあると思うけど。じゃないと、移動中に何度も死に戻る可能性があるし、仮に無事に次の町に行けたとしても、今度はレベルが低過ぎてパーティー組みにくくなるから」
……レベル上げか。
俺はまだ戦闘どころから町の外にすら出てないから、まずはその練習からかな?
戦闘の仕方がわからないまま、一人でモンスターがいる場所を突っ切って次の町に行くのは無謀だろうし。
「恵、レベル上げとかいうの付き合ってくれるか?」
「悪いけど、私は初心者支援の為にお店を開く目的で一時的にここにいるだけだから、この話が済んだら仲間のいる所に戻るわよ」
あっさりと断られてしまった。
恵の話によると、恵の所属する自給自足というパーティーはそれなりに実力もある有名パーティーらしく、今攻略している場所も所謂最前線にあたる所らしい。
じゃあ、何故そんな奴がこの初心者の町にいるのか。
彼等は冒険と同時に色々な物を製作もしていくパーティーで、時々作った物の中で比較的安価で売れそうな物を、時々持ち回りでメンバーの内の1人この初心者の町に戻り、ちょっとお高めだけど初心者でも買える装備として売りに出しているそうだ。
そうする事で、頑張っている初心者プレイヤーの後押しができ、尚且つ不要な在庫を抱え込まなくて済む、一石二鳥の方法なのだと恵は言う。
そういった目的で一時的に帰ってきているだけな為、用事が済んだらさっさと本来の拠点に戻り、仲間と一緒に攻略の続きを行う事になる為、俺のレベル上げには付き合えないらしい。
「少しも無理か?」
「時間に余裕のある時なら良いんだけど、この後戻ってダンジョン攻略を進める約束をしちゃってあるのよ。パーティーの皆を待たせちゃっているから、今日はちょっと無理だわ」
「その割にはのんびり料理作らせて食べていたな」なんて思いもしたけれど、少し申し訳なさそうに眉尻を下げる恵を見て、「あぁ、これは本当に無理なやつだ」と納得する。
長年兄弟をやっていれば、本当に無理な時と、面倒ぐさがって断っている時の違い位はわかる。
それにしても……「パーティーを待たせているから」とかかなり羨ましいシチュエーションだ。
俺も早く仲間を作って一緒に楽しみたいものだ。
「手が空いたらまた見に来るから、ごめんね?」
顔の前で手を合わせて謝ってくる恵に軽く手を振って気にするなと言う。
そこでふと名案を思い付いた。
「そうだ!それなら俺がお前拠点としている場所についていくのはどうだ?流石にランクさがあり過ぎて戦闘には加われないだろうけれど、お前がわざわざこの初心者の町に来る必要性もなくなるだろうし、もしかしたら、お前の友達ともフレンドに……」
「あ、それは無理だよ。望兄はまだ私達のいる所には来れないから」
「……そうか」
良い案だと思ったのに、即否定されてしまった。
恵に説明されて思い出したのだが、このグロウワールドでは、あらゆる場所にこの中央都市シルドラにある世界樹と根で繋がっている世界樹の子木もしくは聖樹と呼ばれる木が生えている。
これは所謂セーブポイントのような役割を果たしていて、新しい場所に行った際に触れてさえおけば、死に戻ってもそこから始める事が出来るというものだ。
また、この木は一度触れておくと他の木からその場所まで移動する事が出来るという仕様になっている。
つまり、世界樹や聖樹がセーブポイントのようになっていて、一度セーブした所なら他のセーブポイントからでも行きたい放題。反対にセーブした記録がない所には行けないというわけだ。
ちなみに、移動後、近くの聖樹に触れる前に戦闘をして死んでしまうと最後に触れた聖樹まで戻されてしまう為、再び移動して来ないといけなくなってしまうから、そこだけは注意しないといけないらしい。
確かにうっかりしてしまいそうなミスだし、やった後のダメージも大きそうだから気を付けよう。
「私も流石に仲間達にわざわざここまで一緒に戻ってきてもらうのは申し訳ないから、望兄にパーティーメンバーを紹介出来るのは偶然会った時か望兄がこっちまで来られるようになった後になっちゃうかなぁ?」
「……わかった」
ショックなんか受けてないぞ?
フレンド一気に増えるかもぉなんて期待だって……少ししかしてなかったんだからな。
「一先ず、望兄はこれからギルドに行って、登録と自分で出来そうな依頼を受けて、クレオちゃんとの共闘の練習と簡単な依頼を熟す事。そうすれば最初の内はレベルも上がりやすいし、すぐに次の町に行けるようになると思うよ?」
「ギルドでパーティー組めたりするかな?」
「……募集は掛かっていると思うけど、お勧めはしない。望兄、まだ戦闘の仕方すらわからないでしょ?パーティー組んでの初戦闘中に操作確認とかしてると迷惑になる事もあるし、最初は一人で動作確認して、ある程度やり方がわかった段階で仮パーティー組むなら組んでみた方が良いと思うよ?それに、募集にはレベルの規定が付いている事もあるし、まずは最低レベル5、出来れば10位まで個人で上げて、そこからパーティーを募ってみるってのが無難じゃないかな?」
恵の話によると、レベルは10位までは比較的簡単に上がるらしい。
そこから徐々に上がりにくくなり、50を過ぎた頃からはもう強敵を数匹倒してやっと1上がるって感じになるようだ。
ちなみに、今の恵レベルは53。
何人か飛びぬけたプレイヤーもいるらしいが、基本的には最前線で攻略中のプレイヤーは似たり寄ったりのレベルらしい。
……そうか。それ位まで上げないと恵に友達は紹介してもらえないのか。
先は遠いな。
「わかった。なら、まずはギルドに行って登録と依頼を受けて来るよ。パーティーは一応様子は見てくるけど、無理そうだったら、一先ずレベルを10まで上げてから探してみる」
「うん。それが良いと思うよ」
俺の目的はあくまでフレンドを作る事だ。
最終的に恵の友達と会える位になれたらいいなとは思うけれど、レベル上げに全力を傾ける気はない。
「レベル10上げたらパーティーが組めるかもしれないと思えば、頑張れる気がするよ」
「そこの目的はブレないんだね」
「もちろんだ」
「アハハ……。望兄らしい。じゃあ、フレンド増加頑張ってね!」
「有難う。恵も攻略頑張れよ」
一通りの話が終わった所で、クレオを回収して俺達は自給自足の仮宿を後にした。
意外と居心地のいい場所だったけれど、ここは恵の居場所であり俺は恵に連れてきてもらえたからこそ入れた場所だ。
俺は俺の居場所を……俺の仲間達と共に築いていかなくてはならない。
……とはいえ、まずはその仲間作りからなんだけどな。
「じゃあね、望兄!次来た時にはフレンドが出来ている事を祈っているよ!」
「おう、任せておけ!」
中央広場の世界樹から仲間の待つ所に帰るという恵を見送る。
俺もギルドに行く予定だったから丁度良かったのだ。
そして、恵が世界樹に触れて消えていくのを見送った後、フッと思い出す。
「……あ、回復カレー粉の事、話すの忘れた」
「ブルルル……」
間抜けな俺の呟きを聞いて、事情なんてわかってないはずのクレオが呆れたように首を振りながら小さく鳴く。
「ま、まぁ、手が空いたら様子を見に来てくれるって言ってたし、大した内容でもないからその時に話せばいっか」
苦笑しながら呟き、俺はまずは冒険者ギルドへと向かった。
この後の予定としては、冒険者ギルド、テイマーギルド、薬師ギルド、それぞれに寄って、登録とめぼしい依頼と……恵にはああ言ったが、念の為パーティー募集を見て来ようと思ってる。
フレンド増加に直接影響しそうな情報についてはなるべく収集しておきたい。
俺と同じような条件で、募集記事を見ている奴と意気投合して仲間になるなんて展開もなくはないかもしれないしな。
「よし、、それじゃあまずは冒険者ギルドに行ってみるか」
クレオの首筋を軽く撫でて歩き始める。
周囲が「おぉ、黒騎士さん、本当にいたな!」とか呟いている声は聞こえない。
聞こえないったら聞こえない。
今回の話は、初レビューを頂けた事と、さり気なく応募していた第8回ネット小説大賞の一次選考を通過していたのが嬉しくて、そのテンションのまま更新を頑張ったら……テンション上がり過ぎて余計なネタを入れた挙句、長くなり過ぎて1話でまとまらなくなりました。すみません。
まだ、当初予定していた更新内容の半分位までしかいっていないので、更新を分けたいと思います。
……そんなに間を開けずに続きが更新できるよう、頑張ります。