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2.フレンド1人目?

「さて、どうしたものか……」


場所をこのゲームを象徴する世界樹の根本から、それを中心に広がっている中央広場の片隅へと移動して、俺は途方にくれていた。


ゲームデビューは見事に失敗に終わった。


けれど、失敗を失敗のまま終わらせておくわけにはいかない。



……だって、友達作りは諦めたくないし、今回の友達作り作戦以外に思いつく方法がないから。


というか、こんな事で挫けていたら、いつまで経っても友達はおろが、ゲーム上でのフレンドすら出来ない気がする。


大体、初期装備と初期テイムモンスターが少々特殊だったというだけで、実際の所、俺が重大な失敗を犯したわけではない。


それ以前に、まだ、『ゲームにログインした』以外の事を何一つやっていない。


落ち込む必要はないだ!……多分。



「まずは……お前の名前でも決めるか」


身長高めの俺ですら見上げるサイズの馬――スレイプニルに視線を向けると、奴は嬉しそうに首をブルルと震わせ、カッカッと爪を鳴らした。


喜んでいるというのは伝わってくるけど、迫力が半端ない。


近くを通り過ぎた人にもギョッとした顔で見られた。


一瞬、目が合った時には、話し掛けるチャンス到来か!?と思ったけれど、話し掛けても大丈夫かと躊躇っている間に、逃げら……立ち去られた。


うん。ネガティブな発想はいけない。ポジティブに行こう。ポジティブに!



「名前かぁ。……馬助とか?」


ゴスッ!

「ヒヒ~ン!ブルルル!!」


頭を鼻先で小突かれた上に、不満げなな声で鳴かれ首を振られた。


相当気に入らなかったらしい。


「嫌なのか。じゃあ、馬太郎とか?馬野郎……はさすがにないな。馬次……馬之助……ウマーマン……ウマクレス……」


ゴスッ!ゴスッ!!ゴスッ!ゴスッ!ゴスッ!ゴスッ!

「痛っ!痛い。痛いってば!悪かった。俺が悪かった」


俺が思いつくままに言った名前はやはりどれも気に入らないらしく、また頭を鼻先で小突かれた。


……『馬野郎』は相当嫌だったのか、他の名前の時よりも威力が強かった気がする。


「ブルルルル……」

カッカッカッ!!


ジト~ッと俺の顔を不満げな目で見つめながら、苛立ちをアピールするように蹄で土を蹴る。


馬なのにやたらと表情や感情表現が豊かな奴だ。


喜んでいる時も苛立っている時も、動き自体はあまり変わらないのに、どんな気持ちを伝えてきているのかはとてもわかりやすい。


「我儘な奴だな。じゃあ、どんな名前なら良いんだ?」


俺としてはそれなりに考えて提案したものだったけれど、それが気に入らないとなればどうすればいいのかわからない。


……名付けが得意な友達どころか、友達自体いないしな。


そう考えると、馬とはいえ、こんなにスムーズに話せる相手が傍にいる事は有難い事なのかもしれない。


まぁ、馬なんだけどな。


「ヒンッ!」


考えている内に、段々気分が暗くなり溜息を吐き始めた俺に、馬が何か合図する。


その声に反応して顔を上げると、馬の前に半透明の画面が浮かび上がっていた。


「ヒンッ!ヒヒ~ン」


未だジトッとした目を俺に向けつつ、馬が開いた画面の一部を見ろと訴えるように鼻で指し示す。


「何々?テイムモンスター、スレイプニル(SSレア)……これはさっき見たな」


上から順に見ていくけれど、馬の指し示している場所ももう少し右下のような気がする。


「へぇ、お前、発売記念特典ガチャ限定特殊個体モンスターなのか。所有者ホープ(譲渡不可)、性別雌……雌!?」


「ヒヒン!!」


ブツブツと一人で呟きながら目で文章を追っていく内に、馬の鼻が当たっている部分に到達。


そして、衝撃(?)の事実。



「……お前、その厳つい見た目で雌だったのか」


「ブルルルルルッ!!」


苛立たたし気に鳴かれた上に、ジト目で見られた。


すまん。申し訳なかった。俺が悪かった。レディに馬太郎はないな。


もちろん、馬次も馬之助もウマーマンもウマクレスもなしだ。


馬野郎なんて論外中の論外だ。



「雌……雌か。馬子……馬美……馬代」


カッカッカッ……。


イライラした様子で足を鳴らされた。


他にパッと思いつかなかったとはいえ、確かにこの名前はないよな。


うん、わかってる。


わかってるから……今にも噛みつきそうな雰囲気でカチカチと歯を鳴らし始めるのは止めてくれ。


足で蹴られるのも嫌だけど、噛まれるのも嫌だ。


身体的なダメージだけじゃなくて、精神的にもダメージを食らいそうだ。


それで死に戻りだっけ?なんてのになったら、笑えない。


いや、ネタとしては面白いから、会話の切っ掛けにはなるか?


って、それで滑ったら目も当てられないから、やっぱり却下だ。


それより今はこいつの名前問題だ。


雌馬の名前……雌馬の名前……駄目だ。思いつかない。



「……なぁ、こういうのが良いとか希望はないのか?」


悩みに悩んでそれでも思いつかず、困り果てた俺は、駄目元で馬自身に語り掛けた。


もちろん、返答なんて期待していない。


でも……他に相談できる相手もいないんだし、仕方ないだろう?



「ヒヒン?」


俺の言葉に首を傾げた馬は、少し上を向いて何か考える素振りをしてから「ヒンッ!」と小さく鳴く。


ピコーンッ。


小さな音と共に、目の前に新しい画面が現れる。



「……まさか?」


現れた新しい画面に視線を向ける。


『ホープさんのテイムモンスター、スレイプニル(SSレア・発売記念特典ガチャ限定特殊個体モンスター)が名前の候補を提案してきています。確認しますか?』


……どうやら、俺が思っていたよりもこのゲームは親切な作りなっているらしい。


あぁ、ゲーム上のキャラクター達には一部人工知能も使われているらしいから、この馬自身の能力の高さである可能性も考えられるか?


ゲーム初心者の俺にはよくわからないけれど、とにかくこのサービスはとても有難い。


ジッと馬に見つめられる中、躊躇う事なく『OK』ボタンを押すとパッと画面が切り替わる。



『スレイプニル(SSレア・発売記念特典ガチャ限定特殊個体モンスター)が希望する名前候補 ①クレオパトラ ②楊貴妃 ③小野小町 ④ヘレネ ⑤虞美人』




「……」


おい、何で世界三大美女でよく名前が挙げられる女性達の名前が並んでいるんだ?


しかも、ご丁寧にヘレネと虞美人まで入っているじゃないか。


これじゃあ、人数的に世界五大美人になってしまう。


ナルシストなのか?そうなのか?


提示された名前を見て一瞬固まった後、チラッと視線を馬に向けると、馬は「私にピッタリの名前でしょ?文句ある?」とでも言いたげに、少し顎を逸らせて「ヒンッ?」と小さく鳴いて俺を見下ろした。


ハイ、ソウデスネ。ピッタリダトオモイマス。


元々の見た目の迫力に加え、文句など言わせないとでもいうかのような高圧的な視線に、俺は口を噤む他なかった。



……本当に名前、どうしよう?


馬の希望通りにするとしたら、俺はゲーム中に「行け、クレオパトラ!」とか「攻撃だ、楊貴妃!」とか、「防御だ、小野小町!」とか「撤退するぞ、ヘレネ!」とか「待機だ、虞美人!」と馬に向けて言わないといけなくなるかもしれない。


そして、ただ馬の希望を叶えて付けただけなのに、周りから見たら俺がその名前を付けたと思われるのだろう。


物凄い厳つい馬 (スレイプニル)に世界三大美女として名前を挙げられる女性の名前を付ける男。


絶対にセンスを疑われる。


まぁ、名前が思いつかな過ぎて馬子とか馬美とか候補に出していた俺に、名付けのセンスをとやかく言われたくはないだろうけど。


「……もし付けるとしたら、ヘレネ辺りか?他の名前と並べなければ、元のネタがわからない可能性もあるし。でも、あんまりヘレネってイメージじゃないんだよな……」


馬の首を撫でつつ、その顔を凝視しながら思案する。


俺の中のイメージとしては、その5人の中ならクレオパトラが1番しっくりくるんだよな。


この女王様っぽい感じとか、気高くツンとした雰囲気がクレオパトラっぽい気がしなくもないし。



「……短くして、クレオとかじゃ駄目か?そっちの方が呼びやすいし」


少し思案してから、目の前の馬に恐る恐る妥協案を提案する。


これなら、クレオパトラの愛称っぽいし、呼んでもそこまで恥ずかしくない。


後は、目の前の馬が気に入ってくれるかどうかだが……。



「ヒン?ヒヒ~ン……ヒン!」


俺の方をチラッと見て、空を見上げるようにして少し考えてから、大きく首を前後に動かす。


イメージ的には「クレオ?う~ん、まぁいいわ!」と言っているような感じなんだけど……その理解で合ってるだろうか?


ピコーンッ。


『スレイプニル(SSレア・発売記念特典ガチャ限定特殊個体モンスター)の名前がクレオに設定されました。以後変更は出来ません』


「よしっ!」


目の前に開いた新しい画面を見て、思わず小さくガッツポーズ。


……大人だから、大きくはやらないよ?人に見られたら恥ずかしいし。


ひとまず、悩みが1つ解消されてホッとしていると、馬――クレオが俺に頭を寄せてきた。


「おっと。名前気に入ってくれたのか?良かった。これからよろしくな」


首筋をソッと撫でてやると満足そうな表情を見せる。


そんなクレオの様子に和んでいると、不意に周囲で小さな歓声が上がった。



「おぉ。すげぇ。あの暴れ馬を手なずけてるよ」


「さっきまで、あんなに荒ぶってたのに、今は従順だ」


「黒騎士はそういう能力も備わってるのかな?」


「ってか、さっき地面蹴ってる時とか、迫力あって怖かったぁ」


「俺も黒騎士目指そうかな?……どうすればなれるのかわからないけど。ネット見れば何処かに書いてあるかな?」


「いや、俺も調べてみたけど、載ってなかった」



……待ってくれ。何故そんな話になっているんだ?


確かに、俺の提案した名前に怒っていた時のクレオは怖かったけど、別にそれで攻撃してくるような事はない……はずだ。


それに、手なずける手なずけない以前の問題として、こいつは元々俺の初期テイムモンスターだから!


そして、黒騎士については出てくるわけないだろ!


俺はそもそも黒騎士じゃなくてただのテイマーなんだからな。


というか、君達いつから俺とクレオの事を観察してたんだ!?


遠巻きに見てる位なら、頼むから声を掛けてくれ!!


それが駄目なら、俺に声を掛けさせてくれ!!


少し距離のある観察者達に視線を向け、勇気を振り絞って会話の切っ掛けを作ろうと思ったら……思いっきり視線を外された上に、そそくさと立ち去られた。



……俺、別に威嚇とかしてないよ?


見てくれ。俺の耳も尻尾もこんなにしょぼくれているじゃないか。



「……クレオ、慰めてくれ」


「ブフ~」


クレオのたくましい首に腕を回すと、クレオが鼻から息を吐き出した。どうやら、クレオ風溜息のようなもののようだ。


クレオは喋れないし、前足はあっても手はないから、行動としては何かしてくれたわけではないけれど、そのまま動かず、俺の好きにさせてくれた。


見た目によらず、本当に優しい奴だ。



「よし、落ち込むの終了。次の策を考えよう」


軽くパンッと両手で軽く頬を叩いて気合を入れてから、現状を打破する為の策を考える。


「まず問題なのは……この格好だよな」


自分の格好を改めて見ると、確かに周囲が騒いでいるように黒騎士っぽい。


後、本当はクレオの存在も遠巻きにされる原因ではあると思うけれど、俺を慰めてくれた優しい相棒の事はあまり悪く言いたくないから、それは敢えて口にしない。


それに、クレオについては、この後にどんどんと可愛いモンスター達をテイムしていけば、きっとそれ等に紛れて目立たなくなるはずだ(多分)。


いや、それどころか他のモンスター達の面倒を見ている優しい姿を見てもらえば、きっと好感度も一気にUPするに違いない。


クレオは可愛くはなくても格好良くはあるからな。


人気者も夢じゃない。きっと。


だから、今はそれよりももっと簡単にどうにか出来る問題――俺の装備の方から着手するべきだろう。


「一先ず、この装備がどんなものか確認してみるか。『装備確認』」


呟くと共に、新しい画面が現れる。


「えっと……発売記念特典ガチャ限定SSレア装備『黒セット』?こっちも譲渡不可なんだな」


画面を操作しながら装備について確認していく。


どうやらSSレア装備となっているだけあって、俺の着ているかなり性能が良い……んだと思う。


ゲーム初心者の俺にはまだよくわからないが、全てのステータスにそれぞれ上がり幅は違えど、結構なプラスの補正が入っている。



「……なんだ。SSレアって意外と簡単に手に入るものなんだな」


SSレアとかいうから、もっと低確率じゃないと手に入らないと思っていたけれど、テイムモンスターに引き続き、装備までSSレアが出るという事は、俺が思っているよりも出る確率は高いのかもしれない。


その事にホッとして気が緩んだのもあり、それまでは小声でブツブツと呟きながら確認していたのに、つい声が大きくなってしまった。



……それが仇となった。


「おい、今の聞いたか!?」


「SSレアが簡単に手に入るとか、どれだけ難しいダンジョン攻略してんだよって話だよな!?」


「やっぱ、見掛け倒しとかじゃなくて、かなり高ランクのプレイヤーって事でしょ?」


「初めてすぐに、こんな初心者の町でそんな人を見かけるとかラッキー」



俺の声が聞こえたのか、一番近くでチラチラと俺の事を見ていた初心者パーティーらしいグループがそんな事を話し始める。


ギョッとして視線を向けると、その内のまだ若そうな女の子と視線が合う。



「「……あっ」」


呟いたのは同時だったはずなのに、女の子の声は高めなせいで響き、俺の声は低いせいで誰の耳にも入らず霧散した。


そのせいで、目が合った事に驚いて気まずそうな顔をする女の子と、それを無表情……人によれば睨んでいるようにすら見えるような目で見つめる男が出来上がってしまう。


……だって、仕方ないだろう?ラフな人付き合い初心者の俺は、不意に起こったコミュニケーションの切っ掛けに咄嗟にテンパってしまって、表情筋が固まってしまったんだから!!



「あはは……。すみません」


話題にしていた事を誤魔化すようにヘラッと笑って謝ってきた女の子に、「いえ、大丈夫です」と軽く頭を下げようと思ったのに……色々と焦り過ぎて言葉が出ないまま、コクッと頷くだけになったしまった。


滅茶苦茶愛想が悪い。


自分でも今の返しはないと思う。



「……っ」


「攻略、頑張って下さい!応援してます!失礼しました」


慌てて取り繕うように話し掛けようと思ったのに、それより先に相手の女の子の方が仲間の背を押して立ち去って行ってします。


「待って」と言おうとした口は「ま」の形のまま固まり、伸ばし掛けた手は誰にも気付かれる事なく下げられた。



「……何でこうなるんだ」


目が合う前に、心の準備さえ出来ていれば、爽やかな笑み……とまではいかなくても、少しぎこちなくはあってもそれなりに愛想笑いだって出来たと思う。


仕事でだった、いつも無表情なわけではない。


必要な時には控えめにではあるが、それなりに笑みを浮かべられているんだから大丈夫なはずだ。


少なくとも、それで文句を言われた事はない。


だから、やろうと思えば出来るはずなんだ。



……プライベートでの人付き合いの経験がなさ過ぎて、自信がないせいで余計に緊張し過ぎて硬くなってしまうだけで。



「ヒン?」


自分の不甲斐なさに落ち込んで、耳と尻尾を萎れさせながら立ちすくむ俺をクレオが心配してくれる。


慰めるように摺り寄せてくれる首が温かい。



「クレオ、有難う」


そっとその漆黒の首筋を撫でると、まるで「しっかりしなさい!」と言うかのように、「ヒンッ!」と鳴かれた。


そうだな。


俺はプライベートでの人付き合い初心者だ。


最初から上手くいくなんて思ってたのが驕りだったんだ。


「そうだな。まだ初めたばかりだ、一歩ずつ行こう。まずは……やっぱり格好だな」


見た目が全てではないだろう。


でも、第一印象は大事だ。


仕事でもよく、最初の数十秒で第一印象は決まるとよく言われるしな。


誰だって汚らしい格好をしている人より、清潔感のある格好をしている人の方が好印象を持たれる。


無表情の人よりニコニコしている人との方が話し掛けやすい。


そういうのと一緒で、きっとこの黒騎士っぽいガチガチの攻略組ですって格好よりも、初心者のテイマーらしい格好の方が……むしろネタ装備位の方が話し掛けやすいだろう。


……まぁ、例え話し掛けやすかったとしても、良い年した男が偶々当たってしまったというならまだしも、自らネタ装備に走る勇気はないけれど。



「よし!まずは……装備を買おう」


幸いな事に、このゲームは上限金額はあるものの課金システムが導入されている。


課金する事でそれをゲーム内通貨として使用できる。


要するに、ゲーム内で依頼を熟したり狩りをしたりしなくても、課金する事でアイテムを買う事は出来るのだ。


もちろん、全てを課金で済ませては、ゲーム自体が楽しめないしレベルだって上がらない。


当然、限度ってものはあるだろうが、フレンドを作るのを目的としている俺としては、自分の第一印象をUPさせる為の先行投資ならばやぶさかではない。



……今まで仕事しかしてこなかったから、それなりに自由になる金はあるしな。


それに、きっと俺が求めている初心者装備はそんなに高くはないだろう。



「まずは装備品屋巡りをしよう」


方向性を決めた俺は、さっさと課金を済ませてゲーム内通貨を手に入れると、クレオを連れて歩き始めた。



……なぁ皆、そんなに端に寄らなくても道幅は十分あるよ?テイマーも通れる仕様になってるし。俺もクレオも取って食ったりしないから!!




***


「この辺が職人街かな?」


チラチラと見られつつ、周囲に一定の距離を保たれ町の中を歩き回って見付けた武具等を売っている店が立ち並ぶ職人街。


このゲーム、歩いた部分の地図は表示されるが、行っていない所の地図は表示されないから来るのに苦労した。


途中、何度か人に道を尋ねようとしたんだけど……何故が俺が一歩近付くと向こうが3歩下がる。


なんだか自分が黒騎士どころか魔王にでもなったような気分だった。



「迷いに迷った末に、この町の地図はほとんど埋める事が出来たのは良かったけど……よりによって、一番最後に回した区域が正解だったとは……」


俺、運に結構なステータス振り分けたはずなのに、何でこんなについていないんだろう?


このグロウワールドの始まりの町にあたる『中央都市シルドラ』は、中央に世界樹があり、それを囲むようにギルド等の主要な施設が立ち並ぶ広場がある。


そして、町全体が世界樹を中心に広がっており、それぞれ四方に職人街、飲食店街、宿屋街、商店街等が大まかに区域分けされて立ち並んでいるようだ。


だから、中央広場にいた俺は職人街のある方角さえわかっていればそんなに苦労せず辿り着けたはずなんだが……「北から順に右回りに探して行けば良いか」なんて安易な考えて探し回った結果、北西に位置する職人街に付く為に、街の中を無駄に一周するはめになったというわけだ。


「さて、どの辺の店に入れば良いんだ?」


たくさんの店が並んでいる通りを眺めて首を傾げる。


……クレオ、お前まで首を傾げてくれなくても良いよ?


ちょっと可愛いと思っちゃったじゃないか。……安定の強面なのに。


「見た感じだと、中央から外側に行くにつれて店が小さくなっていく感じか」


中央広場に面した所に職人ギルドがあり、そこから外に向けて複数人で経営する大型の店、個人店、露店といった感じで店が小さくなっている。


また、それぞれのお店の看板が青と緑と白に色分けされており、青がプレイヤーが運営する店、緑がNPCが運営する店、白……というが店名が記載されていない所がプレイヤーが購入可能な空き家という形で区別出来るようだ。


「大型店は流石にまだプレイヤーで出している人はいないみたいだな」


大型店をプレイヤーが運営する場合、複数名である程度の資金を集めた上で条件をクリアしないといけなかったはずだ。


その内、出店する人も出てくるだろうけれど、まだゲーム自体がプレイできるようになったばかりだ。


流石にそんなに早く仲間と資金集めをして、更に条件までクリア出来ているプレイヤーはいないようだ。


「俺が求めているのは初心者テイマー向けの装備だから、別に何処で買っても良いんだけど……」


NPCが運営する店、特に大型店なら品揃えもよく、手頃な物が手に入るだろう。


ただし、オリジナルティ皆無の既製品にはなるけれど。


まぁ、俺的には目立たず親しみやすい雰囲気さえ出せれば今はそれで良いから、全く問題はないが……いや、やっぱり駄目だな。


物自体はそれで良いけれど、これは折角のプレイヤー同士の会話が出来る機会だ。


しかも、品物のやり取りをするという事は必然的に会話も増えるし逃げられる心配もほぼない。


こんなチャンスを棒に振る訳にはいかない。


「よし。一先ず露店を見て歩こう。露店ならいろんな物を見ながら色々な人に話し掛ける事が出来るはずだ」


小さく頷き再び歩き出す。


ちょっと……いや、かなりドキドキするが頑張れ俺。


クレオの首を撫でてその体温で気持ちを落ち着けながら露店へが立ち並ぶ区域に到着。



……何か見られている気がするけれど、気のせいだ。気のせいだ。気の……せいだ。うん。


嘘です。やっぱり隣に巨大なスレイプニル連れている俺はここでも物凄く目立っている。


あちこちから「黒騎士だ!」という囁き声が聞こえる。


黒騎士なんてゲームの定番じゃないか。ゲームなんてよく知らないけど。


それなのに、何で何処に行ってもこういう扱い何だろう?いい加減心が折れるぞ?


しょぼんと耳と尻尾を萎れさせトボトボと歩く。



あ、あそこにテイマーがいる。


リス型のテイムモンスターかぁ。可愛いな。


女の子のプレイヤーが集まって触らせてもらってる。いいなぁ。


「ブルル……」


羨ましそうに見てたらクレオから殺気が飛んできた。


「……いや、クレオも可愛い……ぞ?」


「ヒン?」


「本当だ。本当にそう思っているから!」


疑いの目を向けてくるクレオに必死で小声で言い訳する。


それにしても、こいつは何でこんなに自分の綺麗さ?可愛さ?に自信があるんだろう。


格好良さならまだわかるけれど、この厳つい見た目で……不思議だ。


もちろん、口に出したらクレオの乙女心(?)を刺激して反撃を食らう事はわかっているから黙っているけど。



「ほ、ほら、見て見ろ。色々な格好良い装備が売ってるぞ?」


クレオの視線に耐えきれなくなった俺は、丁度男女ペアのグループが買い物を済ませて立ち去って行った露店の前に移動して、クレオに声を掛ける。


「ブルルル……」


まだ不満そうな声を上げてはいるけれど、渋々俺の後を付いて来て露店の品に目を向けるクレオ。


……俺、本当に馬相手に何をやっているんだろう?


これじゃあ、不機嫌な彼女の機嫌を取る彼氏のようじゃないか。


彼女なんていた事ないけれど。



「いらっしゃ~い。あぁ、貴女が今噂になってる黒騎士さんね。その装備に見合うレベルのはないかもしれないけれど、ゆっくり見て行って頂戴」


前の客を見送っていた店員が俺に気付いて少し驚いたような表情をした後、ニコニコと話し掛けて来た。


そう、『ニコニコと』話し掛けてきたんだ。


会話をするチャンス到来。


よし行け、俺!


「ああ」


って、一体何を話せば良いんだ?


好印象な会話ってどうすれば良いんだっけ?


何かあるだろ、俺!気の利いた言葉とか!!


うわっ、焦ってるせいか、色々とあったはずの言葉の引き出しが全部施錠されて何も浮かばない。


頭が真っ白だ。


このままじゃ、不愛想な返事をしただけになってしまう。というか既になっている!!


えっと、えっと、えっと……



「お、お薦めとかあるか?」


思考停止状態の頭を必死で無理矢理動かして出てきた言葉は……初めて行くレストランとかで困った時によく使う言葉だった。


俺の焦った時のボキャブラリーがヤバい。


「お勧め?黒騎士さん、鎧もマントも剣も全部揃ってるわよね?なら後は宝飾品とか?う~ん、このネックレスとかはミスリル製で性能も良いし割と自信作なんだけど……その黒騎士装備にはあんまり似合わないわよね」


店員が手に取ったのはバラの形を模ったミスリルにピンク色の石をはめ込んだ物だった。


素早さが+25になるかなりの優れもの装備らしいんだけど……デザイン的に俺にはちょっと可愛すぎる気がする。


「いや、それは……」


折角勧めて貰った物をどんな風に断れば良いのか悩んでしまい、また途中で言葉が止まってしまった。


話し掛けてくれたんだから、早く返事をしないといけないという焦りで口を開くのは早いくせに言う言葉を決めてないからすぐ止まる。


結果、不愛想極まりない返答になってしまう。


何度も同じミスをするなよ、俺。


いや、それはわかってるんだよ、俺。


直したいのに直せない態度の悪さに落ち込みつつ、心の中で自分で自分に文句をいう。


シーンとしてしまい気まずくなった現状からの現実逃避だ。


もちろん、目の前に会話をしている相手がいる以上、そう長々と逃避しているわけにわいかないんだけど。


この状態を打ち破る為にも会話を続けたいんだが……お薦めを断ってしまった時点で一度会話が終了してしまった。


店員さん自体も店に並べてある品々を見つめて黙り込んでいる。


ここは俺が頑張るしかない。


なのに、何を言えば……


「ヒヒンッ」


無表情のまま固まっている俺の頭を、クレオが鼻先でコツンッと突いて何かを訴えてくる。


「な、何だ?」


店員さんとのやり取りでいっぱいいっぱいになっていた俺は驚きつつもクレオに視線を向けると、鼻先でさっき店員さんが薦めてくれたネックレスを指した後、俺をジッと見詰める。


そんな行動を何回か繰り返されて、俺はハッと気付いた。


「お前、これが欲しいのか?」


「ヒンッ!ブルルル……」


大きく首を上下させた後、何処か期待に満ち溢れた嬉しそうな声で鳴く。


ナイスだクレオ。


お前のお陰で俺はこの苦難を脱しそうだ!


「そ、そういう事だ。これをくれ」


「え?そのスレイプニル用に?」


「ああ」


店員さんが視線を店の品物から少し驚いた様子で俺に向ける。


その後、俺の隣でジッとネックレスを見つめるクレオに向けて、そして苦笑した。


「それだと、鎖の長さを調節しないと無理ね。今はミスリル切らしてるから少し時間掛かるし、追加で材料と手間が掛かるからもう少し値段も上がるわよ?」


店員さんの苦笑を見て、変な事を言ってしまったのではないかと焦っていた俺は、彼女の言った言葉に納得すると同時にホッとした。


「あぁ、それで構わない」


チラッと視線を値札に向ければ、120000Gと書いてある。


相場がどれ位かは全く見当もつかないが、その隣にある見事な作り(に見える)剣が95000Gとなっている以上、値段としては高い物なのだろう。


まぁ、初期で振り分けられるステータスポイントが100なのに対して25もステータスを上げられる装備ならそれ位してもおかしくないのではないだろうか?


……ゲームなんて初めてから、全くの勘だけど。


それに追加の材料代と手間代を含めて、彼女が提案した金額は125000G。


多分、悪くない買い物だ。……うん、きっとそうだ。


どっちにしても、課金した分のお金で十分足りる金額だし問題ない。



あ、いや。一つだけ問題があった。


店員さんと話をする事に意識が向き過ぎて、当初の目的だった初心者テイマー向けの装備を全く選べていない。


他の人と話す切っ掛けとして、別の所で買うってのも手かもしれないけれど、折角普通に話してくれる人と出会えたんだ。


もう少し会話を楽しむ為にも、ここで買いたい。


そして親しくなった暁には、フレンド登録を……。


気付けば期待に胸を弾ませた俺は、ついでに耳もピンッと立て、尻尾もユラユラと左右に振っていた。



「あ、後、初心者のテイマー向けの装備とか……ないか?」


「え?プレゼント用か何か?」


「いや、自分用だ。……どうもこの格好は目立つようだし、職業にもあってないようだから」


しどろもどろになりながら、一生懸命話をすると、店員さんは驚いた表情で俺を見た。


「職業にも合ってないって、黒騎士さん騎士じゃないの?」


「テイマーだ。……初心者の」


「初心者?」


店員さんの目が俺の隣でご機嫌そうなクレオに向く。


「……テイムモンスター?」


「テイムモンスター」


俺と店員さんの間に沈黙が流れる。


そして……


「アハハハ……。黒騎士さん、何をどうしたらそんな面白い状況になれるの?もう、街の中はスレイプニルを連れた黒騎士さんの話題でもちきりになってるっていうのに、実は黒騎士どころか騎士ですらないとか」


爆笑し始めた店員さん。


思わずギョッとした後、その声の大きさに驚いて周囲を見回すけれど、周りの人達は相変わらず俺とクレオを興味深そうに遠目で見てはいるが、彼女の言葉に反応する人はいない。


あれだけ、会う人会う人に黒騎士と勘違いされていたから、そうでない事に気付かれれば何か反応が返ってくるかと思っていたけれど、そうでもなかったようだ。


「あぁ、大丈夫よ。この店で私と話している間は、周囲にはその音は聞こえない設定にしてあるの。ほら、どんな装備が欲しいとかどんな装備を持っているかとかお金はどれ位払えるかとか、個人に合わせた物を作ったり売ったりする都合上、個人的な情報のやり取りとかも結構する事が多いからね」


「そ、そうだったのか」


折角、黒騎士という誤解が解けたかもしれないと期待していたのに残念だ。


ついつい、ちょっと元気になっていた耳と尻尾がまた萎れてしまう。



「フフ……。ねぇ、黒騎士さん」


「……テイマー」


「ニックネームのようなものよ」


「……」


テイマーなのに黒騎士っていうニックネームってどうなんだろう?


紛らわしい事この上ないと思うんだが?


「まぁ、それはおいておいて。ねぇ、黒騎士さん、突然だけど私とフレンド登録しない?」


……え?今なんて?


俺の耳はフレンドが欲し過ぎて幻聴まで生み出してしまったのだろうか?


「なっ、え?フレ?」


「そう、フレンド登録。ネックレスの調整が済んだら連絡入れたいし、個人的にも黒騎士さんとは仲良くしたいなぁと思って。……何より、黒騎士さん面白そうだし」


ニッコリと笑顔言われた言葉に、俺は目を見開いた。


フレンドだ。


しかも向こうから誘ってくれた。


俺にフレンド。


こんなに早くフレンド。


「す、する!フレンド登録する!!」


思わず前のめりになって言うと、店員さんはちょっと後ろに引きつつも、「じゃあよろしく」と言って1枚のカードを取り出して俺に差し出して来た。


このカードはフレンドカード……通称フレカというもので、表面には名前とパーティーを組んでいる場合にはパーティー名が記載されている。


これをお互いに交換する事でフレンド登録がなされた事になる。


ちなみに、フレカは自分の分は何枚でも出せるが、1人に対して渡せるのは1枚のみで貰ったフレカは譲渡不可。


つまり、フレカを渡した人が勝手に他の人に渡した事で知らないフレンドが増えているという事はないわけだ。


「ま、待て。俺も……」


慌てて、画面を出現させて自分のフレカを取り出す。


慌て過ぎて噛んでしまい「待って」というつもりが「待て」なんて命令口調になったのはご愛敬という事にして欲しい。


「こ、これ」


差し出されたフレカを受け取り、自分のフレカを差し出す。


まさに名刺交換。


普段からよくする動作だから、迷う事なく出来た。


手にしたフレカには「グレース」という名前と彼女が入っているのであろうパーティーの名前らしきものが記載されていた。


「グレースという名前なんだな」


初のフレンドGETに感動しつつも改めて店員さん――グレースさんを見る。


話している感じや顔の雰囲気から、成人済みだと思うが体は結構小柄だ。


武具を作っていて小柄というあたり、もしかしたら種族がドワーフか何かなのかもしれない。


「そうよ。へぇ、黒騎士さんはホープさんって言うのね。私、兄がいるんだけど、なんとなくその人付き合いとか不器用そうな感じとか似てるなぁって思ってたんだけど、名前も似てるわ。凄い偶然だわ」


グレースさんがフレカをアイテムボックスにしまいつつ、そんな事を言う。


言われてみれば、何だか彼女とは他の人より話やすいなと感じていたけれど、何処となく恵に似ているような気もする。


「俺にも妹がいる。そういえば、グレースって確か神の恵って意味があったような……」


「え?」


驚いたようにグレースさんが俺の事を見る。


その反応を見て、何か嫌な予感を感じた。


「えっと、ホープって望むって意味よね?」


「ああ」


「……」


お互い顔をジッと見詰める。


身長は恵よりも低いし、目や髪の色も全く違う。


顔も実際の年齢よりも若そうだ。


でも……結構弄ってある感じはするが、よくよく見ると何処か恵に似ているような……


「望兄!?」

「恵!?」


思わず二人同時に叫んだ。


「な、な、な、何でお前がここに!?」


「私はゲーム友達に誘われてやり始めたのよ。望兄こそ、今までゲームなんてした事ないじゃない」


「俺はその……友達……フレンドが……」


「あぁ」


恵――グレースの目が全てを察したようなものになる。


妹よ。そこにそんな察しの良さはいらないと思うぞ?



「それで、フレンドは出来たの?」


「……恵が第1号」


「……何だかごめん」


妹がフレンド第一号にして、現在の唯一のフレンド。


これって、携帯のアドレスに家族の名前しか登録されていないようなもんだよな?


何故だろう。


折角初フレンドをGET出来たというのに、フレンド0よりも虚しく感じるのは。


というか、俺のぬか喜びを返して欲しい。



「ま、まぁ、ゲーム内だったら私も多少手助け出来るかもしれないし、登録しておいて悪い事はないと思うよ?アハハハ……」


俺が全力で落ち込んで項垂れているのを見て、恵が明るい声で励ましてくれる。


まぁ、ゲーム知識皆無の俺としては、いろんなゲームをやり込んでいて、ゲーム友達も多い妹を味方に付けられるのは確かに心強くはある。


別に仲が悪いわけではないしな。


ただ、こうも出だしで躓き過ぎるとやっぱりちょっと凹む。


「ひ、一先ず、いったん店閉めるから、別の所でゆっくり話をしよう?今の望兄……じゃなかった、ホープの状況も知りたいしね。ね?そうしよう?」


「恵……いやグレースか。有難う」


グレースの正体が恵と分かった途端、話しやすい印象とはいえあれだけ緊張しながら話していたのがうそのようにスラスラと言葉が出てくる。


俺とゆっくり話す為に急いで店じまい準備を始めたグレースをぼんやりと眺めながら思った。



現在のフレンド、1名(家族)。


やっぱり虚しい。


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