1.フレンド0人
一体、何がどうしてこうなった?
「おい見ろよ、あの人」
「うわ、すげぇ。なんか迫力あるなぁ。装備も凄そうだし有名プレイヤーとかかな?」
いや、待ってくれ。俺は思いっきり初心者だ。むしろ、今日が初めてだ!
この初心者丸出しの戸惑いっぷりを見てくれ!
そして、困っている事に気付いてくれ!!
「わぁ、凄いあの装備。The 黒騎士って感じだよね~。ちょっと近寄り難いけど遠目に見てるだけなら格好いいかも」
違う。
「ってか、あの人が連れているのってスレイプニルじゃない?騎士って、上位職になると一部で騎馬を使った戦闘が出来るようになるらしいけど、スレイプニル乗れるなんて聞いた事ないよ」
違う。
「ただの動物の馬と魔物のスレイプニルじゃ全然次元が違うし、もしかしたら騎士の上位職かその更に上でまだ発見されてないレア職だったりする可能性もあり?だとすると、まだ知られてないだけで竜騎士とかの職業も存在するかも!?」
違う。
「是非教えて欲しいけど……ガチ勢には気難しい人もいるって聞くし、声を掛けにくいよね」
「黒騎士のスレイプニル乗りとか、私達みたいに初心者は切っ掛けがないと話し掛けるのも躊躇うレベルだよね」
違う。違う。違う。違うんだぁぁぁぁ!!
「……俺、ただの初心者テイマーなのに」
周囲の注目を受けつつ、遠巻きにされている状態でボソリッと呟いた俺の声は、誰の耳にも入る事なく、静かに消えていった。
……おかしい。こんなはずじゃなかったのに。
つい1時間程前までMAXだった俺のテンションは、一気に地の底まで落ちていった。
***
「……つ、ついにこの時が来た」
その日、俺の期待と緊張は最高潮だった。
以前から申請してあった休暇が、部下のミスをフォローしないといけなくなった事で延期になり、楽しみにしていた俺の人生にとって重大なイベントがお預け状態になり、早1ヶ月弱。
やっとの事で獲得した1週間の連休の初日。
俺は家にいる時ずっと視界の端に映りつつも、日々の忙しさで手を出す事が出来なかったそれにやっと触れる事が出来た。
震える手でまだ郵送されてきたままの状態だったそれを開封し、中身を目にした途端に俺の胸が高鳴る。
中に入っていたのは、最近流行りのフルダイブ型オンラインゲームをやる為の装置--『セカリア』の最新機種だ。
『セカリア』とは、数年前に発売されて以降、「第2の現実を貴方に」のキャッチフレーズで莫大な人気を博しているゲーム機で、そのゲームソフトを使って専用の回線にアクセスすると、オンラインでまるでそのゲームの世界にそのまま入ったかのようにゲームを楽しむ事が出来るものだ。
少し前まではフルフェイスのヘルメットのような形態で、重量もそこそこあり持ち運ぶ事も大変だったそれは、新機種が出る度に小型軽量化され、現在では少しごついサングラス程度のサイズになっている。
その分、新機種の値段はかなりお高めなのだが……まぁ、そこは自由になるお金がそれなりにある社会人。
ろくな趣味がなかった俺の新たな趣味になってくれるはずのそれに、ケチる気はない。
性能と使いやすさ重視で最新機種を購入する事にした。
「さぁ、ここから俺の第一歩が始まるんだ」
手にしたセカリアを見つめ、決意を新たにする。
俺には、セカリアでただゲームを楽しむだけでなく、別の目的があった。
それは、今の俺にとってはとても大切なミッションで……。
「このミッションを熟して自信を付けた上で、俺は……俺は……」
セカリアを持つ手に力が入る。
……これはまだ始まりでしかない。
小さいけれど、大きな第一歩。
ここを足掛かりにして俺は……
「友達を作ってみせる!その前にまずは……『グロウワールドオンライン』で『フレンド』をたくさん作ってやるんだ!!」
俺以外誰もいない部屋で響いた俺の宣言。
誰に言ったわけでもないけれど、俺はその宣言が現実のものとなるように全力を尽くするまでだ。
……別に虚しくなんかないぞ?
***
そもそも、俺――友尾望が何故こんな事を考えるようになったかと言えば、時は数ヶ月前……いや、状況を語るとすれば幼少期にまで遡る事になるのかもしれない。
はっきり言って、俺は幼い頃から人見知りで自己主張が出来ない子供だった。
そして、残念な事に誰かと話をしようと思うと緊張して表情が固まってしまい……焦っていても、困っていても、悲しくても、怖くても、嬉しくても、顔がほとんど変わらなくなってしまう上に、気持ちを言葉にする事が出来なくなってしまうという体質だった。
自分では「どうしよう」と焦っていても周りには一切伝わらず、ただ淡々と物事を熟していく俺に対する周囲の評価は「大人びている」「落ち着いてる」「しっかりとしている」「クール」というもので、俺の本質とはかなりかけ離れたものになる。
評価としては高評価でも、それはあくまで表面上の俺を表したものであり、俺の気持ちをわかってもらえる事はまずなかった。
気付けば、与えられる周りからの過度の期待。
通っていた保育園の先生からは「他のお友達を引っ張っていってね」と頼まれ、親からは「望ならきっと大丈夫ね」と困っているのに期待の籠もった目で見守り態勢を取られる。
正直な話、俺は頭も並だし要領も決して良い方ではない。
心の中では全力で「無理無理無理!!」と叫びながらも、「NO」と言えないヘタレな体質のせいで必死で周囲の期待に応えてきた。
今考えると、多分それが不幸の始まりだったのだろう。
元々教育ママ気質な傾向があった母が、何を勘違いしたのか俺の事を頭が良いと思い込み、英才教育を始めたのだ。
毎日続く塾、塾、塾の生活。
空いている時間には更に、習い事を詰め込まれる。
正直辛かった。
心の中で何度も「俺はそんなに出来る子じゃない!」と叫びながらも、ただ母が怖い、嫌が言えないという理由だけで粛々と与えられた日課を熟し、それでも届かない母の求める水準に達する為だけに余暇を勉強に費やした。
そのまま小学校、中学校、高校、大学、就職と、母の敷いたレールから外れないように必死に食らいついてきた。
……だって、母さん怖いから。
……だって、ヘタレで何も言えなかったから。
自分でも情けないと思うけれど、それが俺という人間だった。
人見知りも結局直らないままで、でも人から求められる姿というものだけにはいつの間にか敏感になった。
その結果、プライベードでは緊張でガチガチで思ってる事を何も話せないけれど、与えられた役割を熟す時だけはしっかりと会話が出来て人との関わりを保てるというわけがわからない状態に陥った。
俺の感じ方としては、仮面を被っているとか、演技の神が降りてくるとかそんな感じだ。
もちろん、仮面を被ってようが、演技の神が降りてきてようが、中身は俺のままだから常にビクビクしてる事は変わらない。
そんな感じで何とか表面上だけはある程度の社交性を保てるようになった俺の周りには、いつもそれなりの人がいた。
何故かやたらとリーダー的な役割を任せられる事も多かった為、クラスメートと話す機会も比較的多かったし、生徒会長何かもやらされていたから、その関係で関わる人も多かった。
だから、俺は気付かなかったのだ。
……自分に友達と呼べる存在がいない事に。
大学までは実家暮らしをしており、母の干渉が強かった。
友達と遊びたいと思っていても、日々頼まれる家の手伝いとバイトがあり、その上門限も早かった為、遊びに出掛ける余裕は全くなかった。
それが世間では一流と言われている企業に研究員として就職した後、職場の関係で実家を離れ、一人暮らしをするようになってから数年。
仕事にも慣れ、研究所でも研究チームのリーダーを任されるまでになり、部下も育ってきて自分の中でも少し余裕が出てきた数ヶ月前に、不意に「そうだ。もう母さんの干渉もないんだから、友達とも飲みに行けるんだ」という事に気付いた。
長年当然のように強いられてきた門限がある生活が根深く染みついており、仕事が落ち着くまではそんな事を改めて考えている余裕もなかった。
だから、その時までそんな事、思いつきすらしなかった。
けれど、気付いてしまった。
気付いた瞬間、俺は歓喜した。
心の中で「俺は自由なんだ!」と叫んだ。……うん、あくまで心の中で。
そして、友達を飲みに誘おうと思って意気揚々とスマホのアドレス帳を開いて、恐ろしい事実に気付いた。
……誘える友達がいない。
そう、俺のアドレス帳には、知り合い、元クラスメート、仕事関係の人、家族等の人は登録されていても、気軽に飲みに誘える『友達』というカテゴリーの人が誰もいなかったのだ。
「そんな!まさか!」と思って、飲みに誘えないけれど、地元の人達のアドレスまで1人ずつ確認していった。
それでも、「こいつならいける!」と思える人は誰もいなかった。
要するに、ほぼ全員役割の仮面装着バージョンの俺でしか接する事が出来ない相手ばかり。
唯一、本来の俺を知っていて緊張せずに話せるのは2つ年下の妹の恵のみ。
この妹はとても要領がよく、人をよく観察出来る子だった。
俺と母との関係性を見て、母にはある程度逆らっておいた方が後が楽だと判断し、適度に反抗的な態度をとって程よい距離感を構築し、自由を獲得して人生を楽しんでいた。
社交性もあり、友達も多い。
ある意味、俺とは正反対。
正直羨ましいと感じた事もあるけれど、この妹は俺に対してもよく観察してくれた為、俺の本来の性格が周りの認識とずれている事にも結構早い段階で気付いてくれた。
今では俺の唯一の理解者である。
結局、友達を飲みに誘おう作戦は見事失敗……どころか誘う相手がいないという根本的な問題で行き詰まり、意気消沈した俺は、酒とつまみを買い込んで、妹に電話をして話を聞いてもらった。
電話越しの話し相手はいるが、所謂お一人様飲み会状態だ。
兄の威厳を保つ為言っておくが、泣いてはいない。泣いては……。
……ちょっとお酒が目に染みて潤んだだけだ。
「うわぁ、マジか。望兄、やっぱり友達いなかったんだね」
妹が本気で引いたのが電話越しにもわかり、胸がズキッと痛んだ。
俺だって、その事実に気付いて(妹に言わせれば「遅すぎる」らしいけど)ショックを受けているのに、妹は何の躊躇いもなくサクッと傷口を抉ってくる。
「俺だってそれなりに連絡を取れる相手はいるんだ」
「何か用事があればって但し書き付きででしょう?」
「うっ……。人から相談事をされる事だってあるし……」
「リーダーとして頼られる事はあっても、望兄の方から相談したり素で話せる相手はいないよね?しかも相談のった後は『有り難うございました!大変お世話になりました』と硬い口調で丁寧にお礼を言われるという。……友達というより、ちょっと距離のある先輩後輩の関係とか仕事の上司と部下の関係性に近いよね」
これ以上傷口に塩を塗られないように、何とか自分をフォローしようとしてみたけれど、結局妹に図星を指されて言葉に詰まり項垂れる。
「うぅ……。な、何でお前はそんな事を知ってるんだ」
「あ、やっぱりそうなんだね」
あっけらかんという妹に、「うぐっ」と言葉が詰まる。
って、おい!お前、その口調からして今絶対今カマを掛けただろう!!
心の中では文句を言っても、この妹に口では絶対に勝てないのはわかってるから言葉にはしない。
母のような高圧的な口調でない分、気楽には話せるけれど、この妹はこの妹でなかなか強者なのだ。
「知らなくても予想くらいは出来るよ。何年妹やってると思ってるの?」
「それ、何年か答えて良いのか?」
「良いわけないでしょ。そろそろ年齢の話題にナイーブになってくる年頃ってわかってて言ってる
わよね?」
「年齢については、俺の方が上だっての」
「男と女だと繊細さが違うんですぅ」
不貞腐れた口調の妹が、電話越しで何かを飲んでいるのが伝わってくる。
俺も酒を飲みながら話しているけれど、向こうもどうやら似たような事をしているようだ。
「それで、どうするつもりなの?」
「どうするつもりって言ったって……」
願わくば、友達と呼べる相手を作りたい。
折角、母の呪縛から抜け出せて、飲みにだって好きに行けるし、趣味にだって時間を使えるようになったというのに、一緒に楽しめる相手がいないというのは寂し過ぎる。
もちろん、一人が好きな奴だっているだろうが、俺はそうじゃない。
周りの奴らが仲間同士で楽しそうにしているのが羨ましかった。
俺だってああいう事がしたいとずっと思っていた。
やりたくなくてやらないのと、やりたいのに出来ないのは大きく違うののだ。
「……友達が欲しい」
「作れば良いじゃん」
「……」
あっさり言ってのける妹に、思わず呪詛のようなものを送りたい気分になる。
それが出来るのならば、今俺はこんなに悩んでいない。
「……社会人になると、新しい友人を作る機会がない」
「あぁ、まぁね。社会人サークルとかもあるにはあるけれど、友達いない状態で一人で行くのはちょっと勇気がいるよね」
そうなのだ。
いざ、友人を作ろうと思っても、学生の時と違って大人になると新しい友人を作るのが難しい。
既に1人でも友人がいれば、その友人の友達と親しくなってって事も出来るかもしれないけれど……俺にはその基となる友人がいない。
妹の言うように、社会人サークルとかそういう場を探して出て行けば良いのかもしれないけれど、ただでさえ今まで人見知りで友人を作れずにきた俺にとってはハードルが高過ぎるのだ。
頑張るにしても、その手前でワンクッション、何かが欲しい。
「お前の友達を誰か紹介とか……」
「いや、無理でしょう」
恥を忍んで、妹に誰か仲良くなれそうな人を紹介してくれるように頼もうとした瞬間……バッサリと切られた。
「私の友達、女の子が主だし、男友達はほとんどゲーム繋がりの人ばっかりだもん。望兄、ゲームとかやった事ないでしょ?」
「それは、そうだけど……」
ゲーム……ゲームかぁ。
そういえば、高校時代、クラスの隅でクラスメイト数人が楽しそうに話していた事があったなぁ。
あまりに話が盛り上がっているから、ちょっと興味が湧いたけど……あの頃は、とてもじゃないけれどやってる時間なんてなかったし、母さんはそういう遊びを嫌っていてとてもじゃないけど言い出せる空気じゃなかったんだよな。
……恵の方はちゃっかり、母さんと喧嘩しつつも父さんを味方に付けて買って貰ってたけど。
「……彼氏の友達とか」
「……望兄、私先月別れたって言ったよね?」
「すまん」
被せるように向けられた低い声に、反射的に謝る。
何とか食い下がろうと思って咄嗟に言ったセリフは思いっきり妹の地雷だった。
「じゃあ、女友達で良いから……」
「あ~、それはちょっとやめておくわ」
慌てて話の向きを変えると、妹は少し考えてからきっぱりと拒否をした。
俺としては、男でも女でもとにかく友達が欲しい。
それにもし……もしの話だか、それが恋愛に発展して初の彼女とか作れたらそれはそれで、最高だと思ったんだが……。
「何でだ?」
「私、友達はそれなりに大切にする方なのよ。女の子の場合、咲とお母さんの餌食にされる可能性があるから、紹介したくない」
「母さんはまだわかるけど、そこでなんで咲の名前が出てくるんだ?」
咲は俺の少し年の離れたもう一人の妹で、現在地元の大学に実家から通っている。
小さい頃から俺によく懐いてくれて、俺にとっては可愛い妹なのだが……何故、ここで咲の名前が出るんだろうか?
ちなみに母さんの方は実家にいた頃から、俺が女の子と一緒にいるのを見た時点で、それはもうしつこく相手の事を聞いてきて、相手を品定めし、気に入らなければ徹底的に冷たい態度をとっていたから恵がそう考えるのもわかる気がする。
昔、生徒会の仕事で遅くなった時にたまたま送って行っただけの女の子に対して、きつい態度を取られた時には本当にどうしようかと思った。
……あぁ、思い出しただけで、胃が痛い。
ある意味俺にとっては、母さんの存在自体がトラウマだ。
「……望兄、それ本気で言ってる?咲、超が付く程のブラコンな上にヤンデレ入ってるじゃん」
「は?」
咲がブラコン?
まぁ、確かによく懐いてはくれていたが、あれはブラコンに入るレベルなのか?
その上、ヤンデレって……。
咲って、そんなにヤバい行動してたっけ?
もしかして、俺が知らないだけで彼氏に対してだけは豹変していたって事か?
「うわぁ。マジで気付いてなかったんだ。咲、よく望兄に気のある女の子に対して嫌がらせとかしてたじゃん」
「は!?」
何それ。初耳なんだけど!?
「望兄が見てない隙に望兄の携帯弄って、不在着信の履歴とか未読のメールとか勝手に削除したり、お母さんにリークして邪魔させたりとか。変な噂をまき散らすとか、あんまりに酷いのは私も流石に止めに入ったけど」
「言われてみれば、実家を離れるまで、時々『何で返信くれないの』と女の子に聞かれる事があった気が……」
言われて携帯電話を確認しても、着歴もメールも残ってないから、何かの勘違いが行き違いだと思っていたけど……あれが咲のせいだったって事か?
いや、まさか。
長年一緒に暮らしていた家族の知られざる一面……しかも、知らず知らずに自分が被害にあっていた事に気付いて背筋に冷たいものが流れていく。
「咲、何でそんな事を……」
「だから、行き過ぎたブラコンだからだって。……今は離れてるから良いと思うけど、彼女とか出来たら気を付けてあげないと、姑と小姑に物凄くいびられて可哀そうな事になると思うよ」
苦笑交じりの恵の声が、よりその事実に現実味を帯びさせる。
「……うちの家族って、実は結構ヤバかったのか?」
「え?今更?……まぁ、お母さんのあの潔癖さは私が中学位の時にお父さんが浮気して悪化したから、その点に関しては多少の弁解の余地があるかもしれないけど、それでも望兄に対して全く女の子を近付けさせないあの姿はやっぱりちょっと怖いよね」
「と、父さんが浮気?」
更に俺の知らない事実を暴露する妹。
頭に浮かんだ父さんは、いつも母さんの尻に敷かれていて自分の意見をまともに言えない人だった。
その父さんと『浮気』という言葉が上手く繋がらない。
「多分、お父さんもお母さんのあの恐妻っぷりに疲れていて、優しくしてくれた女の人にコロッといっちゃったんだと思うけど……浮気は駄目だよね、浮気は。結局お母さんにバレて、こっ酷く叱られて、相手の所にまで殴り込みに行かれて終わったみたいだけど、あの時は大変だったよ」
「恵、俺、その話知らないんだけど……」
「あぁ、望兄は丁度受験の間際だったから、お母さんが絶対に悟らせるなって箝口令発動してたから知らなくて当然だよ」
「……本当にヤバかったんだな、うちの家族」
「だから、もう今更だってば」
既にもう終わってる事とはいえ、その内容の衝撃に付いていけず落ち込む俺に対して、妹はケタケタと笑い飛ばしてる。
前々から、恵はメンタルが強いなぁと思っていたけれど、もしかしたら俺の知らない内に知らない出来事によって必然的に鍛えられていたのかもしれない。
そう考えると、申し訳なさとその強さへの尊敬の気持ちが自然と湧き上がってくる。
「まぁ、こんなご時世だし、色々な家があるからね。そんなもんだって。まぁ、でもそんなわけだから、望兄に私の女友達を紹介するのはなしな方向で!もし、あの2人に目を付けられてトラブったら私達の友情にも罅が入りかねないからね。女友達とか彼女作るつもりなら、私に関係ない所でやって」
「……わかった」
今の話を聞いて、女の子の友達を紹介してくれとは言い難い。
もし、何かあったら妹の顔を潰す事になりかねないしな。
「そう落ち込まないでよ、望兄。きっと、いつかあの2人に対等に渡り合える素敵な彼女が出来るって!……多分」
俺の返事の声が暗かったせいだろう。
妹がフォローを入れてくれるが……『多分』ってなんだ、『多分』って!
そこは一応言い切っておいてくれよ。
「お前、他人事だと思っているだろ?」
「うん、思ってる。あ、でも、今は望兄も実家離れてるんだし、そっちで良い人見付けるのはありだと思うよ?流石にお母さんの目もそっちまでは届かないだろうし。後は、望兄がどれだけ彼女を守れるかでしょ」
「……頑張る」
「頑張れ!そして、それ以前に友達作りの方を頑張れ!!」
頑張らないとという思いと、本当に頑張れるのかという不安の両方の気持ちが鬩ぎ合っている俺に対して、相変わらず恵は他人事のように言葉だけの励ましを送ってくる。
まぁ、確かにここは自分で頑張らないといけない所なのだとは思う。
それはわかっているのに、頑張る方法がわからない。
足を踏み出したいのに、踏み出せる道がないようなそんな感じだ。
「なぁ、恵、他に何かいい方法は……」
「あ、やばっ!もうこんな時間だ!!ごめんね、望兄。今日、この後ゲームで友達と待ち合わせしてるんだ」
何か良い知恵はないかと恵に尋ねようとした瞬間、恵が焦ったように言葉を被せてくる。
「ゲーム?」
「そう、セカリアでずっとハマってたゲームを通じて仲良くなった友達と、久々にゲーム内でお喋りする約束してるんだ」
「よくわからないな」
「やった事ない人はそうだよね。でも、やり始めると楽しいよ~」
「恵の話を聞いてるだけで、楽しい事は伝わってくるよ」
「でしょ?あ、本当に時間ヤバい。それじゃあ、またね!」
「あぁ、また相談にのってくれ」
「了解!バイバ~イ」
ガチャ……ツー……ツー……ツー。
本当に急いでいたらしく、慌ただしくさよならの挨拶をした恵が電話を切った。
それを、止めるわけにもいかず見送った後、部屋に静寂が訪れる。
それが、何だか無性に切なくて、俺は電話が聞き取りやすくなるように下げていたテレビの音量を上げて、テレビのチャンネルを適当に変えていく。
『一人で冒険するもよし!知り合った仲間とフレンドになって冒険して仲を深めるもよし!武器や薬を作って売るもよし!遊び方は無限大!!育っていく世界の中で、自分なりの楽しみ方を見付けよう!!『グロウワールドオンライン』近日発売開始!!」
何回かチャンネルを変えている内に映し出されたCM。
荘厳な1本の木とそれを取り囲む綺麗な街並み。
所謂、モンスターと呼ばれるものだろうか?現実には実在しないだろう様々な種類の幻想的な生き物達。
そして、如何にもファンタジーといった感じの鎧やローブを身に纏ったキャラクター達が肩を組んで楽しそうにジョッキを掲げていたり、巨大なモンスターに一緒に挑んでいたりする光景。
「……知り合った仲間とフレンドに?フレンド……友達……」
その時、俺の許に神様が舞い降りたような錯覚を覚えた。
次の瞬間、思った。
……「これだ」と。
妹はさっき、「望兄、ゲームとかやった事ないでしょ?」と言って、ゲーム友達を紹介するのは除外していた。
けれど、よく考えれば、俺は別にゲームが嫌いでやらないわけではない。
単純に、今までが出来る環境じゃなかっただけだ。
そして反対に言えば、今ならやれるのだ。
ゲームを始める事に、何を躊躇う必要があるというのだろうか?
パソコンを取り出し、ついさっき映し出されたCMに出てきた『グロウワールドオンライン』の単語を検索する。
すぐに専用のサイトへと飛んだ。
ゲームなんてやった事ないから、よくわからない単語がたくさん並んでいたが、1つずつ調べながら読み進めていく。
率直な感想で言えば、「面白そう」だ。
自分でキャラクターを設定し、セカリアというシステムをつかった仮想空間に行き、「グロウワールド」という世界を楽しむ。
色々なイベントがあったり、モンスターと戦ったり……仲間とチームプレイをしたりお喋りをしたりも出来る。
『仲間』。
実に良い言葉だ。
ゲームというだけあって、仕事とは違い強制的に熟さないといけないノルマはない。
遊び方も自分で好きに決めれば良いし、目標や目的も自由だ。
そんな中で、俺の興味を引いたのはやはり『フレンド』という単語だった。
どれだけ友達に飢えているんだと思われるかもしれないが、俺は正直本当に心の底から友達に飢えている。
何せ、今まで生きてきて1人もいないのだから飢えてて当たり前だ。
「……つまり、ゲームをする中で親しくなった相手とは『フレンド登録』というのが出来るという事か?それが出来ると、ゲーム内で話したい事がある時に『コール』というのが出来て、相手がゲーム内にいれば電話みたいに話せたりするわけか」
ゲームでは、1人プレイも当然出来るのだが、『パーティー』とかいうチームを組んで仲間と一緒に戦ったりする事も出来る。
ゲーム内では、色々な物を作ったり売ったりしているプレイヤーもいるし、ギルドという所で仲間を募って独り者同士がパーティーを組んでプレイする事も出来る。
要するにゲーム内では、他のプレイヤーと親しくなる切っ掛けがたくさん存在するのだ。
皆ゲームで遊ぶという事を目的で集まっている人達だし、現実の世界よりは話し掛けやすさも格段に高くなるだろう。
「ここでいろんな人と接して、会話をして、ゲームを楽しんで……仲間になれれば、少しは自信も付くかもな……」
机の上に置いてあった自分のスマホをチラッと見る。
あれには友達――フレンドは一人も登録されていない。
ゲームのフレンドと現実の友達が直結するとは思っていないが、友達作りの練習としては良い場かもしれない。
「キャラクターも自分で作れるなら、実際の俺よりも親しみやすい雰囲気に出来るだろうし……」
今まで「怖そう」と言われた事はないが、話し掛けてきた相手が少し緊張しているなと感じた事は何度かある。
恵には「別に怖くはないけど、親しみやすい雰囲気ではないから近寄りにくい」と言われた事もあった。
容姿だけでも、少しでも親しみやすくなれば、友達作りのハードルも下がるだろう。
最悪ゲームなら、上手くいかなければ止めれば良いだけだ。
実際の生活に影響を及ぼさないだけ、勇気も出しやすい。
「よし、やろう!」
期待を胸に、俺は素早くパソコンを操作して、ゲーム購入作業に移った。
***
「後は横になってこのスイッチを入れればいいだけか」
説明書を熟読しつつ、ゲームを始める前に必要な全ての設定を済ませた俺は、ベッドに腰を掛けて手にしたセカリアを見つめる。
本当は発売当日に始める予定だった。
なのに、1ヶ月近く遅れてしまった。
俺がチームリーダーを勤めている部門で部下がミスをして、そのフォローに駆り出されてしまったせいで、取ろうとしていた休暇が潰れたからだ。
発売記念に、最初の1月は色々な特典が付いているらしいけれど、それももう終了間際。
ギリギリで滑り込めたのは寧ろ僥倖と考えるべきか?
「ゲームとはいえ緊張するな……」
否。今まで一切やった事がないゲームという未知の分野だからこそ緊張しているのかもしれない。
ベッドに横になり、スイッチへと手を掛ける。
「よし、やるか。……大丈夫だ。ゲームの中では俺であって俺でないはず。新しい一歩だって踏み出しやすいに決まっている」
自分に言い聞かせるように呟いて、深く深呼吸をし、ポチッとスイッチを入れた。
目の前に何千もの光の線のようなものが流れていき、スゥッと意識が遠退くような、体がフワッと浮くような不思議な感覚に襲われる。
目の前がパァァァッと明るくなり……次の瞬間、俺は耳の長い美女が座る受け付けカウンターのような所の前で、一人ポツンッ立っていた。
「ここが……ゲームの世界というやつか?」
周囲を見渡せば、あの時CMで見たのと同じ、とても綺麗な映像でこの世界が構築されているのわかる。
自分の手を持ち上げて翳してみると、ほぼ違和感なく思った通りに動くのに、慣れ親しんだ俺自身の生身の体とは異なる『キャラクター』のものだ。
「面白いものだな……」
まさか、ゲームの世界というものがここまで進化しているとは……。
純粋な驚きと興味を感じつつ、ペタペタと新たに手に入れたもう一つの体を触った後、正面へと視線を向ける。
「ようこそ、グロウワールドへ」
視線が合った瞬間、それまで無言で俺の行動を眺めていた耳の長い美女……エルフの受付嬢がニッコリと微笑んで俺に話し掛けてくる。
ゴクリッと緊張で喉が鳴った。
……俺、VRMMOというものを舐めていたかもしれない。
そのあまりにも滑らかな喋り方に、現実世界の初対面の相手に話し掛けられた時のような緊張感が体を走り抜けるのを感じた。
「大丈夫。これはNPCとかいうやつで、AIでありこの向こうに人はいない。落ち着け。落ち着け、俺」
『友達作り頑張ろう!』を掲げてゲームを始めたせいで、いつも以上に『人と関わる』という事に過敏になっている自分に気付く。
元々ヘタレではあるものの、こんな状態では先が思いやられる。
何とか克服せねば。
目の前の受付嬢をジッと見詰めて「これはピーマン……は言い過ぎか。これは精巧な人形、精巧な人形」と心の中で呟き自分自身に言い聞かせる。
「ようこそ、グロウワールドへ」
普通だったら訝しまれそうな言動だが、目の前の受付嬢は表情一つ変えずになかなか話し掛けない俺に対して同じセリフをもう一度繰り返した。
……なるほど。NPCは俺みたいな相手の顔色を窺ってばかりのヘタレには優しい仕様になっているらしい。
その事に気付くと、自然と緊張が解れる。
「ゲームを始めたいんだが……」
一度深く息を吐いてから、仕切り直して何事もなかったかのようにNPCに話し掛ける。
……仕事向けのやや堅苦しい口調になってしまったのはご愛敬という事にして欲しい。
「お待ちしておりました、友尾望様。セカリア開始時の基本登録はもうお済ですね」
目の前にセカリアを始める上で必要となる事前の登録内容の確認を求める画像が現れる。
これは、ゲーム準備時に事前に登録しておいた俺の個人情報だ。
このゲーム機には虹彩認証が組み込まれており、個人が識別出来るようにしてある事でセキュリティー面を強化し、トラブルが起こりにくくしてあるらしい。
もちろん、ゲーム上でその情報がそのまま使われる事はないし、個人情報の保護もしっかりとしている為、登録した事でこちらが不利になる事は犯罪を犯さない限りは基本的にはない。
目の前に提示された事前の登録内容をザッと眺めて、OKボタンを押す。
「それでは次にグロウワールドをプレイをする上で必要な規約をご確認ください」
画面が切り替わり、今度は長々とゲームをする上での約束事が提示される。
これに関しては、事前に確認済みなのにでサッと目を通りして問題がない事だけ確認してすぐに『同意する』のボタンを押す。
「ようこそ、グロウワールドへ。それではまず、キャラクターの設定を行って下さい」
笑顔のまま事務的な口調で受付嬢のエルフがそういうと、キャラクターの基本設定をする為の選択画面と、現在の状態を表示する為の画面、そして現実の俺によく似た等身大の『基本キャラクター』の映像がフォログラフィーのように現れる。
このゲームは、開始前に自分の体をスキャンしておき、その情報を基に作られた『基本キャラクター』を基にキャラクターを設定していく事になっている。
ゲームの世界とはいえ、感覚的にはほぼ生身の体と変わらない為、急に大きくなったり小さくなったりして感覚が狂ってしまう事を防いだりする為の処置らしい。
他にも色々と理由があるらしいけれど、そこまでは詳しく調べていない。
『基本キャラクター』というだけで、ある程度の設定は変えられるみたいだし、俺としては1から考えなくていい分、楽でいいと思いはしても不満はないからだ。
「まず名前は……ホープとかで良いか。次は種族か……」
上から順番に設定内容を確認していく。
「今は人間になっているけれど……ここはより親しみやすい種族の方が良いな」
他の人達がキャラクター設定を決める理由は、単純な好みであったり、自分のプレイスタイルに適しているかどうからしいけれど……俺の目的は『フレンド』を作る事だ。
最優先事項は、あくまで周りに話し掛けてもらいやすそうかどうかである。
「エルフ……はちょっと気位が高そうか。ドワーフは……気難しそうに見えるかもしれない。人間は……普通だけど元々の俺自身があまり話し掛けやすそうなタイプじゃないしな……」
設定を変える事で容姿が変わっていく俺の基本キャラクターを眺めつつ、あーでもないこーでもないと考える。
最終的に選択したのは……獣人(狼)だった。
「犬とか親しみやすくて良いかなと思ったけど、俺の容姿だと犬も狼もほぼ見た目が変わらないし、ここは後々一緒に冒険をした時に戦闘能力が高そうな奴の方が良いよな」
犬がもしもう少し柴犬っぽい愛らしい容姿になるのならそちらを選択していたが、元々きつめの俺の顔にシベリアンハスキー系の犬耳と尻尾が加わると、ほぼ狼と変わらなくなってしまう。
それならば実用性の高そうな方を選んだ方が良いだろう。
……それにしても、何で犬種は選ばせてくれないのだろう?
その人に合いそうな犬種がランダムで選ばれるらしいけれど……何故シベリアンハスキー?俺としては、コリー系とかチワワ系とかもう少し愛嬌が出そうな犬種が良かったんだが……。
文句をブチブチ言っても、受付嬢は鉄の笑顔を向けるだけで何も反応してくれないから諦めるしかない。
ここで運営に意見メールを送れる位なら、俺はもっと人間関係を円滑に進める事が出来ていただろう。
所詮はヘタレなのだ。
「年齢は……25歳位で良いか。おぉ、ちょっと若くなった」
あまりに年齢を若くし過ぎて、周りが学生ばかりになるのも友達作りの練習としては好ましくない。
年齢層広く友達を作るのは良いが、若い方に偏ると……ジェネレーションギャップが怖い。
それにやはり同年代の話せる相手が欲しいから、社会人に見えるレベルで少しだけ若返らせてみた。
「後、重要なのは職業だな。これはもう決めてあるぞ!テイマーだ!!」
これだけは事前に色々調べる中で決めていた。
だって、友達を作るならやはり周囲に可愛い生き物がいた方が良い切っ掛けになるだろう。
公園で犬の散歩しているおじさんが話し掛けられたりしやすいのも、やっぱり傍に愛らしい生き物がいる事が少なからず影響していると思う。
俺自身が近寄り難い雰囲気がある以上、そこは別のもので補いたい。
「ウサギ系とかリス系とか色々と可愛いテイム可能モンスターがいるらしいし、それを連れて歩いていればきっと話しやすくなるに違いない!!」
期待に胸が弾む。
1人移動動物園化して、いろんなプレイヤーに話し掛けられて取り囲まれたらどうしよう?
緊張はするけど、嬉しいに決まっている。
それで、モンスター談義に花が咲いて一緒に冒険に……とか、凄く良いと思う。
きっと、『フレンド』100人とか夢じゃないはずだ!
……別にテイムモンスターに頼りきりになるわけじゃないぞ?あくまで切っ掛けだ、切っ掛け!!
「ん?基本職業の他に第2職業も選べるのか?よくわからないけど……薬とか需要が高そうだし、作って売ったりあげたりすれば、話す切っ掛けにもなるし楽しそうだな。薬師にしておくか」
適当に気になった物を選んだけれど、悪くないチョイスのような気がする。
俺は普段の仕事も似たような事をしているから、きっと性にも合っているはずだ。
「なるほど。職業を入れる事で初期設定のスキルも決まるわけか。テイマーのスキルがテイムと調教と育成、薬師のスキルが採取と調合か。……うん、よくわからん。まぁ、やっている内に感覚でわかるだろう」
色々と説明は見られるようになっているけれど、ここでただ説明を読むよりもゲームを始めた後に、実際に使いながら覚えて行った方が良い気がする。
大体、基礎知識が不足している初心者の俺では、文章で説明されても全くイメージが出来ないしな。
「その次が……ステータスの振り分け?この100って数字を適当に振り分ければ良いのか?ひとまず……運は高い方が良いよな?友達作りも運に掛かってるしな!」
別に神頼みとかそういうわけじゃないぞ?
ただ、運が高いとかご利益がありそうじゃないか。お参りにみたいなもんだ。
「後は適当に……薬作るなら知力とか器用さとかはあった方がいいだろうし、他よりちょっと高めにしておくか」
まぁ、このステータスはゲーム進めていく内にも上がるみたいだし、そんなに考えなくても大丈夫だろう。
運に50投入して知力と器用さにそれぞれ10ずつ。残りは5ずつ振り分けた。
「お、容姿については、細かくも選べるし系統でも選べるのか」
目や口等のパーツごとに選択し変更する方法と、可愛い系やかっこいい系等、おおまかな系統に合わせて既に組み合わされているものを選択する方法があるらしい。
俺はそこから可愛い系を選択した……んだか?
「ちょっと見た目が幼く、身長が低めになっただけか?髪は……金髪が恐ろしく似合ってないな。ここだけは黒髪に戻すか」
思ったよりも変わっていない。
頑張ったんだなという努力が仄かにわかる程度。
だが、細かく選択していってもちゃんとした顔になる自信はないから、髪色だけ変えてこのままでいく事にした。
「装備は……初期で選べるもの以外に、発売記念特典のガチャ装備ってのがあるんだな」
これについてはネットでゲームについて調べた時に載っていた。
発売記念特典として、運次第で良い装備になったり初期で選択できる装備よりも格下の装備やネタ枠の面白装備になる可能性もある遊び心満載のランダム配布装備。
ちなみにはずれを引くと自分で新しい装備を購入するかモンスターのドロップアイテムとして手に入れるまでは、変えられないらしい。
あたると大きいけれど、はずれると痛い、でもチャレンジしたくなるとネットでプレイヤーがコメントしていた。
「ん?テイマーの初期モンスターにも発売記念特典のガチャモンスターってのがあるか」
これについては調べ損ねていたけれど、基本的には装備と一緒っぽいな。
他の初期モンスターとして、スライムや小動物や爬虫類型のモンスターともいるみたいだけど……多分、すぐにテイム出来るモンスターが主だ。
それなら……
「はずれても、ネタとして会話の切っ掛けになるかもしれないし、チャレンジしてみるか」
別に俺はただゲームで強くなりたいわけじゃない。
それなら、多少遊び心を持ってプレイした方が楽しいだろう。
「装備は……色だけは選べるのか。なら……明るめの色の方が良いかもしれないけど、似合わないしな。下手に派手にして頑張っているおじさん臭さが出たら、嫌厭されるかもしれないし、無難に黒で良いか」
ポチポチと選択し、決定を押す。
どうやらガチャ系はゲームスタートしてからのお楽しみという事で、結果はすぐにはわからないようだ。
キャラクターの来ている装備が見えなくなり『?』のマークが表示されている。
「モンスターの方は……色とかの選択肢もなしか。まぁ、そうだろうな」
服装と違って、モンスターの色まで変えられたら、それが特殊個体なのかどうかもわからなくなってしまう
だろうし。
ガチャモンスターを設定すると、足元に『?』の書かれた黒い丸が現れた。
こちらも、プレイを始めないと結果がわからない仕様らしい。
「後は適当に……こんなもんで良いだろう」
よくわからないものに対して悩んでいても、わからないものはわからない。
最終的に細かな設定は適当に済ませて、設定終了のボタンを押す。
「キャラクター設定はお済ですね?」
再度、受付嬢が確認してきた為、それに「はい」と答えると、彼女は何やら手続きをするような仕草をしてから顔を上げる。
「それではこれがホープ様のステータスになります」
目の前に新たな画面が開き、そこに先程入力したものが浮かび上がる。
「それでは、いってらっしゃいませ」
受付嬢が笑顔で手を振ると、パァァァと周りが明るくなり、光が消えると俺はグロウワールドにいた。
視界に広がる、CMで見たのと同じ光景。
ただ、CMの時よりも今の方が明らかに人が多い。
背後にはグロウワールドの象徴とも言える巨木。
この中央の世界樹が始まりの場所。
そして、この世界樹と繋がる木が各エリアに1本ずつあり、そこがゲーム上でのセーブエリアとされている……らしい。
後、この木にはゲーム内のイベントの数だけ花や実が出来る事になっていて、未開放のままだと蕾、解放されると花が咲き、誰かがクリアすると実になるという仕様になっているのだ。
木を見上げると、まだ蕾がたくさんあり、これからの楽しみが山積みになているのがわかり、わくわくする。
幻想的な光景に感動し、見入っていると、何やら周囲が騒がしくなってくる。
「ねぇ、あの人凄くない?」
「装備も良さそうだし、めちゃくちゃ強そう」
「それにあの隣にいるのって……」
どうしたのだろうと周囲を見回すと、その視線が俺と俺の隣に向けられているのに気付く。
……やばい。早速何かやらかしたか?
ドキドキしながら、隣へと視線を向ける。
「ヒヒン?」
……馬だ。
それも滅茶苦茶大きくて厳つい奴。
しかも、足がやたらと多くないか?
威圧感が半端ない。
あ、でも赤と青のオッドアイの瞳は優しそうかも?
小首を傾げる様子は可愛いと言えなくもない……か?
間近にあった馬の顔を見て、冷や汗を書きつつステータス画面を開く。
『テイムモンスター スレイプニル(SSレア)』
……あ~、やっぱり俺のテイムモンスターだ。
Sレアとか喜ぶべきなんだろうけど……俺が追い求めていた親しみやすさからは100歩位遠ざかった気がする。
「ヒヒン!」
俺の視線を受けたスレイプニルが顔を摺り寄せて来る。
力が強すぎてよろけそうになるのを必死で堪えつつ……懐いてくる奴を邪険にする事も出来なくて、その顔を撫でてやる。
「ヒヒ~ン♪」
うん、嬉しそうだ。
……周りはちょっとビビっているのか、誰も近寄って来ないけれど。
「……よろしく?」
引き攣りそうになる顔を堪えて、小さな声でボソリッと呟くとスレイプニルは返事をするように泣きながら首を上下に振った。
か、可愛いとも言えなくはない……か?
うん。可愛い気もしてきた。なんか懐いているし。
今更変更も出来ないし、ここまで懐いているのは前面に出されると短時間でも少しは愛着は湧くものだ。
一応、暫くの俺の相棒だしな。
……だだ、ちょっと当初の『可愛いモンスターゲット!』という予定とは違ったけど。
まぁ、良しとしよう。
これから、俺が頑張ってこの耳と尻尾で愛嬌を振りまいて、積極的に周りとコミュニケーションを取っていけば良いだけだ。
おっさんだけど、容姿は可愛い系にしたし耳と尻尾もあるし何とかいける……か?愛嬌はやっぱり程々にしておこう。
気持ち悪がられたら元も子もない。
……そういえば、さっき誰かが装備がどうのこうのって言ってなかったか?
スレイプニルは……装備はまだ付けていないし、そうなると俺か?
自分の体に視線を下ろす。
漆黒のマントに漆黒の鎧。
おまけに、腰には厳つくてこれまた真っ黒に赤い石の入った大きな剣。
どう見てもテイマーの格好ではない。
鎧自体は比較的すっきりと精錬されたデザインだけど、それでもやっぱりテイマーのイメージではない。
自分でそういうのが好きで装備を選ぶテイマーはいるかもしれないけれど、「テイマー」と言われてイメージするものではないと思う。
現に、周りからも「黒騎士?」「暗黒騎士?」という言葉がチラホラと聞こえてきている。
そして追い打ちのように、俺の隣には漆黒のスレイプニル。
鎧に馬。
これはもう、勘違いして下さいという状況でしかない。
「……何故こうなった?」
遠巻きに見慣れながら、誰にも聞こえないであろう呟きを溢す。
何とか巻き返しをと思って、周囲の初心者っぽい人に話し掛けようとすると、近寄る以前い視線を向けた時点で距離を取られたり視線を逸らされたりする。
暫くその状態をくり返している内に、更に「狼の獣人だし、きっと一匹狼でプレイしたい人なのよ」なんて声まで聞こえてきた。
違う。
断じて違う。
俺は、むしろ友達を……フレンドを作りたくてここにいるんだ!!
よく見てくれ。
俺の気持ちを表すかのように、耳も尻尾も垂れているだろう?
捨て犬っぽい感じだろう?
誰か拾って……とまでは言わないから、声を掛けてくれ!!
それが無理なら、声を掛けさせてくれ!!
「……俺、テイマーなのに。黒騎士でも暗黒騎士でもないのに」
虚しい呟きだけが誰の耳にも入る事なく消えていく。
こうして俺のフレンド作り計画が波乱の幕開けをした。
……って、このまま幕を閉じたりしないよな?
……本当に、何故こうなった?