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現在、未来、過去と海  作者: 愛田光希
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第三章 鏡の中の過去

 吸い込まれると思った刹那、涼は吸い込まれた勢いのまま、どこかに出て誰かと思い切りぶつかった。

 そしてそのまま地面に倒れこんでしまった。

「いってー」

「お、重い」

 下から声が聞こえ、涼は驚き、いつの間にか閉じていた目を開けた。

 目の前に顔があった。

 一瞬胸がドキリと鳴ったのは思いのほか近くにあった顔のせいか、それとも間近に見た顔が整っていたせいなのか。

 涼の前にあったのは男性の顔ではあったが、とても綺麗な顔立ちだった。

 くっきりとした二重の切れ長の瞳。すっと伸びた鼻筋に、ふっくらとした形の良い唇。

 じっと見つめていたのを怪訝に感じたのだろう、男は口を開いた。

「あの、重いんだけど」

「え?」

「だから早く退いてくれないかな」

「ああ、悪い」

 涼は慌てて立ち上がった。どうやら、涼は鏡から出た勢いで、この男を押し倒していたらしい。

 涼は男に手を差し出した。思った以上に細い手首を掴んで立ち上がらせた。

 赤い夕日に照らし出された男の顔が微笑だ。そこまで見て、涼は気づいた。赤い夕日だって? さっきまで夜だったはずだ。ありえない。周りを見回すと、どこかさっきまで居た公園と少し違う気がする。明るさが違うのだから印象も違うはずなのだが、だがそれだけでは無い。どこか、何かが違う。近くにこの男以外、人の姿が見えないのも気になった。

 パニックに陥りかけた涼に、男が声を掛けた。

「焦らなくていいよ。君は未来から来たんだろう」

「は? 未来だって? お前何言ってんだ」

 涼はコイツおかしいんじゃないかと男を見る。男はいたって真面目な顔で、涼に言った。

「でも、君も気づいているだろう? ここは君が居た世界じゃないって」

 涼は男を見た。男にしては綺麗過ぎるきらいのあるその顔からは、感情が読めない。

「お前一体何者なんだ」

「僕? 僕は香田由弥こうだよしや

 香田と聞いて涼を人殺しとなじった由香の顔が浮かんだ。胸が疼く。だがそれを振り切る様に、涼は男に言う。

「名前じゃねーよ。お前、俺がこの鏡から出てきたとこ見てたんだろう? それで何でそんな冷静なんだよ」

 涼は混乱した感情をぶつけるように、男に言った。

 男は涼の言葉を平然と聞き流し、悠然と微笑んだ。

「十分驚いてるよ。まさか人が鏡から出てくるとは思わなかった。未来を映すだけの鏡だと思ってたんだけど」

 コイツの言っていることがさっぱり分からない。涼は由弥と名乗った男をじっと見つめた。

 今自分に起こっている状況を理解しようと頭を働かせる。

 それをなんと思ったか、由弥は苦笑した。

「そんな怖い顔するなよ」

「悪かったな。もともとこういう顔だよ」

 涼は仏頂面を作る。由弥はふっと息を吐いて涼に言った。

「考えてもしょうがないよ。家においで。分かるように説明するから」

 涼は言われて逡巡した。本当にこの胡散臭い男について行っていいものか? 騙されているのではないかという思いが拭えない。

 だがこの男の言う通り、本当にここが涼のいた世界とは別の世界だとしたら。涼にはこの男以外頼れる相手はいないのだ。

「どうする? 来る?」

 由弥の問いに涼はぎこちなく頷いた。


 公園を出るとまるで違う町並みだった。夜公園へ向かって歩いていた時にはあったはずのマンションは無くなり、田んぼが広がっている。そして近代的な一軒家のあった場所には、木造の日本家屋が建っていた。家ばかりだったはずの住宅街に田畑が多く目立ち、今まで涼のいた世界よりも随分と古臭い印象を受ける。何より道路がアスファルトで舗装されておらず、土がむき出しになっているのだから。

 涼の頭に、由弥の言った君は未来から来たんだろうという言葉が思い浮かぶ。本当に、ここは違う世界なのか……。涼は改めて実感していた。だが、完全に涼のいた世界と異なっている訳ではなかった。実際さっき居た公園は、先ほどまで居た夜の公園と対して変わっていないように思えたし、公園の前にあるタバコ屋は大分新しく見えるものの、涼のいた世界と変わらずそこにあった。

 暫く歩いていくと、広い屋敷の門の前で由弥は止まった。木の塀に囲まれたその家の門を由弥はくぐる。

「え? ここかよ」

 涼は入っていく由弥の背中を見ながら躊躇した。涼の家も結構大きいがこの家もデカイ。コイツ金持ちのボンボンなのかも。

 そんな風に思っていた涼に気づいたのか、由弥は振り返って涼を呼んだ。

「早く入って」

 涼はその言葉に従った。由弥は玄関の扉を横に開いた。

 広い玄関に、涼も由弥の後に続いて入る。

「ただいま」

 由弥は家の奥に向かって声を張り上げた。

 すると奥から若い女性が姿を現した。白いワンピースを着た、涼と差ほど年の変わらない女性だった。

「お帰りなさい、由弥さん。あら、お友達?」

 奥の部屋から出てきた女性は由弥から、涼に視線を移してそう言った。

 涼が戸惑って何も口に出来ずにいると、由弥が代わりに口を開いた。

「そうだよ、姉さん。僕の文通相手。こっちに遊びに来てくれたんだ。暫く家に泊まってもらうことにしたから」

「まあ、そうなの? それならもっと早くに言って頂戴」

 由弥が姉さんと呼んだ女性は由弥に眉を寄せた顔でそう言って、今度は涼に笑顔を向けた。

 由弥の姉は、確かに由弥と似た顔立ちをしていた。薄化粧した顔立ちは優しげで、中々に魅力的な女性だが、顔の造作の美しさで言えば、弟の方が勝るように思われた。

 涼にそんな風に思われているとは知らない由弥の姉は、にっこりと笑顔作ったまま涼に話し掛ける。

「始めまして、私由弥の姉の由布子ゆうこと申します」

「あ、どうも、始めまして。夏木涼です」

 涼は頭を下げる。

 そんな二人の挨拶を見て、由弥は苦笑したようだった。

「姉さん。こんなところで挨拶なんかしてないで、早く彼を家の中へ上げたいんだけれど」

「まあ、そうね。私ったら。由弥さん、夏木さんを客間に案内して。私お茶を入れるから」

 そう言って由布子は涼に小さく会釈すると、足早に部屋の奥へ消えていった。

「さあ、上がって」

 涼は由弥に言われるまま靴を脱ぎ、たたきへ上がる。由弥の後について、長い廊下を暫く歩いて、広い庭に面した部屋へ案内された。

 庭にはたくさんの植木や花壇があり、色とりどりの花を咲かせいていた。それに池もある広い庭だ。

 それだけ見て取った時、涼は由弥に呼ばれた。

「えっと、ナツキリョウ君だっけ? とりあえずそこに座って」

 涼は庭から室内に視線を戻す。

 畳の上に置かれたどっしりとした四足のテーブルの前に、涼は胡坐をかいて座った。

 由弥はその涼の正面に座る。

「ナツキリョウってどんな字を書くの?」

 そう聞かれて、涼は面食らったものの、一応答える。

「春夏秋冬の夏に、植物の木。リョウは涼しいっていう漢字だよ」

 そういうと、なぜか由弥は嬉しそうな表情を見せた。

「へぇ、すごいな」

「何が?」

 涼が怪訝に思って聞くと、由弥は楽しそうに答えた。

「僕のペンネームと一緒だ。名前の読みは違うけどね」

「ペンネーム?」

「そう、小説を書いてるんだ」

「小説……」

 涼の頭の中に、死んだ由香の父親の姿が浮かぶ。確か、由香も同じようなことを言っていた。

 お父さんのペンネームと同じ漢字を書くのよ。名前の読みだけ違うけど……確かこんな感じだった。

 もしかしてコイツが由香の父だなんてことが……あるわけないか。

 涼は頭を振る。だが、由弥が言うように、自分が未来から来たのだとしたら、ここは涼にとっては過去の世界ということになるのではないだろうか。

 だったらコイツが由香の父親の可能性もあるのでは無いか……、名前だって香田だしな。

 そう思って由弥の顔を涼はじっと見つめた。

「ああ、でも、小説を書いているといっても、趣味で書いているだけだから」

「ああ、そうなのか」

 涼は一応そう答えたが、殆ど由弥の言葉は頭に入っていなかった。涼は由弥の顔を見ていたが、どうにも由香の父親の顔と重ならない。涼の父親は知的な顔立ちをしていたが、由弥のような繊細さは無かった。由弥の老けた顔を想像しても、由香の父親の顔とどうしても重ならなかった。

「どうした? 何を考えているんだ」

 由弥がそう話し掛けてきた。涼ははっとして取り繕うように頭を振った。

「いや、何にも無い」

「そうか? ならいいけど。単刀直入に聞いていいか? 夏木君」

「え? ああ」

 涼は由弥の言葉に、頷く。

「君のいた世界は西暦何年なんだ?」

「せ、西暦……二千三年、六月二十日」

 涼は胸の鼓動が早まるのを感じながらそう答えた。

 由弥は嬉しそうな表情を作った。

「すごい、アトムの生まれた年じゃないか」

「あ、アトム?」

 思いもかけないことをいわれ、涼は一瞬思考を停止させる。再び活動し始めた頭で、何とかそれが、鉄人アトムのことでは無いかということに気づく。

「ああ、もしかして君たちの時代には廃れてしまっているのかな。鉄人アトム。手塚山治虫氏が書かれた素晴らしい作品の一つなんだけれど」

 そう言って表情を少し曇らせた由弥に、涼は慌てて言った。

「し、知ってるよ。アトム。鉄人アトムだろう? 今年がアトム誕生の年だってんで、アニメもまたスタートしたし、宝塚にある手塚山治虫記念館で、アトムの生まれた日にアトムの目覚めを見るために、大勢の客が押し寄せたってニュースでやってるのを見た」

「手塚山治虫記念館? 宝塚って、あの大阪の宝塚女性歌劇団のあるあの場所か?」

「そう」

 涼が頷くと、由弥は感心した様に頷いた。

「へぇ、あそこに出来るのか。記念館が」

「出来るのかって言うか、あるんだよ」

 涼が言うと、由弥は首を振った。

「まだないよ。この時代には。僕が知らないだけかもしれないが、僕の知っている限り、そんなものが出来たとは聞いてない」

「でも、実際にニュースでは……」

 言いかけた言葉を涼が飲み込んだのは、由弥が、涼に少し大きめな声で呼びかけたからだ。

「夏木君。今は千九百七十三年。昭和四十八年だよ」

「四、四十八年だ? そんな訳あるか」

 思わず涼は大声を上げていた。由弥はその声に顔を顰めたが、涼はそんなこと気にしてなんていられない。

 四十八年っていったら、えーと、三十年も前じゃねーか! ありえねー。

 呆然とする涼に、由弥は眉根を寄せたまま声を掛ける。

「夏木君、でも本当に今日は昭和四十八年、四月二日だよ、疑うなら姉さんにでも聞いてみたらいい」

 涼は首を振った。信じられなかったが、頭のどこかで、それが真実だということを受け入れ始めていた。

 実際この家に来るまでの道すがら、現代と違う光景をいくつも目の当たりにしている。

 そんな時襖の向こうから、由布子の声が聞えた。

「由弥さん。入るわよ」

 由布子がにこやかな笑顔を湛えて入ってきた。

 由布子は涼と由弥の前に緑茶の入った湯飲みを置いていくと、そのまま静かに出て行こうとする。

 そんな姉に、由弥は声を掛けた。

「ありがとう、姉さん」

「どう致しまして。由弥さん。お夕飯お父様達が帰ってきてから食べようと思っていたから、まだ作っていないんだけれど。あなたたちだけ先に食べる?」

 由布子の問いに、由弥は涼を見る。涼は途惑った。俺に返事しろってことか?

「どうする? 腹へっているなら作ってもらおうか」

 由弥の言葉に、涼は激しく首を振った。

「い、いい。大丈夫です」

 いきなり押しかけたくせに、そんな迷惑までかけられるわけが無いではないか。涼はそこまで無神経ではない。

 由布子はそんな涼に笑って頷く。

「じゃあ、お夕飯できたら呼びますからね。その時両親を紹介しますね」

 そう言って由布子は部屋を出て行った。

 襖が閉まるのを待って、涼が囁く様にいった。

「なあ、本当に俺ここにいていい訳? いつ帰れるかもわかんねぇのに」

「気にしなくていいよ。多分両親は君のこと喜んで迎えてくれると思う」

「え?」

 どういう意味かと涼は問おうとしたが、先に由弥が口を開いた。

「本当に気にしなくていい。君がこっちにきてしまったのは、僕にも原因があるから」

 涼は憮然とする。由弥の言っている意味がさっぱり分からない。この奇妙な現象の何処に、由弥が関係しているというのか。

「そんな怖い顔するなよ。信じてくれないかも知れないが、僕には未来を覗く能力があるらしい」

「はあ?」

 余りにも馬鹿馬鹿しい言葉に、涼はつい声を上げた。

 由弥はそんな涼を苦笑して見る。一度湯飲みを持ち上げて、茶を飲んでから由弥は口を開いた。

「僕は昔から身体が弱かったんだ」

「はあ? お前の話し、いちいち唐突過ぎて意味分かんねぇ」

 苛立った様に涼は言うが、由弥は意に介した様子も無く、言葉を続ける。

「毎日毎日寝てばっかりだとさ、凄く退屈なんだよ、それで僕は姉に頼んで鏡を持って来てもらった」

「何で?」

 つい話しに引き込まれて、涼が口を挟むと由弥は寂しげに笑って続きを口にする。

「外の景色を見るために。その頃は自分で立って歩くのも難しかったから、鏡をこうやって持って見ると外の道路とか町が見えるんだ」

 由弥は言いながら鏡を顔の上に掲げ持つしぐさをする。涼は頷いた。頷いたがそれが今、自分の置かれている状況とどういう関係があるのだろうか。

「でもある時ふと、思ったんだ。こうやって鏡で外を見ていても、いつも同じ景色でつまらない、違う景色も見てみたいってね。そうやって毎日毎日願ってた。見えるようになったらいいのにってずっと。そしたらある日、鏡にまったく別の景色が映ったんだ。自分の姿じゃない、窓から見える景色でもない、別の街が」

「まさか」

 つい口に出した涼に由弥は頷いた。

「そう、僕もまさかと思った。自分で願っていながらも、そんなこと起こるはずは無いと思っていたからね」

 そこで由弥は一息つくと、また湯飲みを持ち上げた。口の中が渇いたのだろうか、二三回喉を上下させ、茶を飲む。

 涼もつられて、湯飲みを手に取った。少しぬるくなったそれに口をつける。緑茶の香りと味が口いっぱいに広がった。いい茶葉を使っているようだ。

「でも驚きはすぐに嬉しさに変わった。僕はまだ子供だったし、願えば叶うこともあるんだって、素直にその不思議な現象を受け入れた」

 涼は頷く、子供だから素直に受け入れられたのだろう。

「でも、次第にその光景がどうやら、未来を映しているようだということに気づいたんだ」

「どうやって?」

「ある日、鏡に映っていた玩具屋で、車の玩具を見つけた。もうなんていう名前の玩具か忘れたが、僕はそれが欲しくなってね。両親に買ってくれるように頼んだ」

「でも、それは売っていなかった?」

 涼の言葉に、由弥は頷いた。

「そう、その時は両親が嘘を付いているんだと思ったんだけど、その三年後かな。退院して家でテレビを見ている時、その車の玩具のコマーシャルが流れていた。新発売でね」

 涼は知らず知らずのうちに溜まっていたつばを飲み下す。

 由弥は話し続けた。

「そういうことがいくつもあって、僕は悟ったんだ。僕は鏡を通して、未来を見ていたんだってね」

「信じられねぇ」

「そうだろうね。でも、君はここにいる。僕は今日、あの鏡の前で、声を聞いたんだ。多分君の声だと思うけど。それで、誰の声だろうって思って鏡を見たら、君が鏡に映ってた。夜だっただろう」

 由弥は思い出していた。鏡が赤く光った瞬間、確かに涼にも由弥の顔が見えていた。

「でも、驚いたよ、君が鏡に手を伸ばしてきたと思った瞬間、君が目の前に現れたんだから」

 そりゃあ、驚くだろう。だが、本当に、この話が真実なのだろうか。否、真実なのだろう。もうそれしか、この奇妙な現象を説明する術はない。

 俺を騙すとしても、こんな手の込んだやり方を誰がするものか。

 涼はそこまで考えて、大きなため息をついた。

「大丈夫。帰れるよ。僕が未来を覗けるのは一週間に一度のペースなんだ。それ以上やると体調が悪くなる。だから後七日したら、僕が君を未来へ帰してあげる」

 涼のため息をこの状況に絶望してのものだと思ったのか、由弥は元気付けるようにそう言った。

 未来へ帰れる。そう思ってほっとした瞬間、涼の頭に父親の顔が思い浮かんだ。

 この場所なら、父と会うことも無いかもしれない。ここなら、父とのしがらみから抜け出して、自由に暮らせるかも知れない……。

 だが、そんな考えを涼はすぐに打ち消した。

 ここは自分の住む世界ではない。過去に住み着くなんて、出来るわけが無いではないか。こういう弱い心が、自分を過去の世界に飛ばしたのかもしれない。

 自分が逃げたいと願ったから、こんなところに来てしまったに違いない。

 だったら、これ以上逃げてばかりいていいのか? そんな風に思えてきた。

「夏木君。大丈夫か?」

 由弥の心配そうな声に、涼はいつの間にか俯けていた顔を上げた。

「ああ、大丈夫。何か、帰れるって聞いたら、すっきりした。ありがとうな。えっと……」

 涼は少しすっきりとした顔付きで、由弥に笑顔を向けて言った。だが、由弥をなんと呼んでいいのか迷って、言葉を濁した。

 由弥は涼が名前を覚えていないと、勘違いしたのか口を開いた。

「香田由弥だよ。由弥でいい」

「ああ、じゃあ、由弥。ありがとう」

「お礼言われることじゃない。元は僕が原因なんだから」

 苦笑交じりに言われて、涼はにやりとした笑顔を返した。

「ああ、そうか。そうだった」

「よかった。元気になってきたみたいだな。夏木君。七日間、ここに観光に来たつもりでいればいいよ。滅多に出来ないぞ、過去へ旅行するなんて」

 冗談めかして言われた由弥の言葉に、涼は笑った。過去へ来て初めて声を出して笑った気がする。由弥もつられて笑顔を見せる。

 そんな由弥に、涼は言った。

「由弥。お前も、俺のこと名前で呼べよ。おれら、仲のいい文通相手だろ」

「そうか。じゃあ、遠慮なく呼ばせてもらうよ」

 その言葉に、涼は満足して頷く。涼はふと、由弥は今まで出来た友達の中で、一番美形なんじゃ無いだろうかと考えた。だが、そんなことを口には出さず、思っていたことを口にする。

「でも、俺、さっき文通相手って俺のこと紹介した時、ビックリしたぜ。今時文通かよって」

「涼の時代には文通はしないのか?」

 聞かれて、涼は答える。

「いや、してる奴らもいると思うけど、今は殆ど、ケータイかメールで済ませるからな」

「ケータイ? メール?」

 由弥は訳が分らないという顔をする。

 涼はその反応がおかしくて、気づかれないように少し笑う。尻ポケットに携帯電話を入れていたことを思い出し、それを取り出して、由弥に渡した。

「何これ? スッゴク軽いな」

 興味津々の顔つきで、由弥はケータイを持ち上げたり振ったりしている。

 涼は由弥にケータイが電話であることを告げ、これでメールも送れると説明してやった。

 しきりに感動している由弥の反応に嬉しくなり、涼は普段以上に饒舌になっていった。

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