6.僕の好きな人
『一目惚れ』という言葉を初めて知った時、僕とは無縁の言葉だと思った。一目見て誰かに惚れるなんてことは絶対にありえない。その人の中身を知って初めて好きになるものなんだと幼いながらにも思っていた。
それなのに……、僕はあっさりと一目で彼女を好きになってしまった。
あの時に、僕のぬいぐるみを持ってきてくれた女の子。淡黄色のストレートの髪、凛々しい翡翠色の瞳、整った鼻、薄い唇、……女神が僕に会いにきたのかと思った。胸がギュッと絞られた感覚になった。
守ってあげたい、天使、泣き虫、弱虫、可愛い、僕は周りからよくこういう言葉を言われる。そのことに対して何も思っていなかったわけじゃないけど、特に気にもしていなかった。……だけど彼女に出会ってから初めて誰かを守れる人間になりたいと思った。
森に閉じ込められたボロボロの服を着た魔女、彼女を連れ去りたいと思った。
生まれて初めてこんな感情になった。まさか自分にこんな感情が生まれるなんて考えてもみなかった。
「どうしたら彼女に好かれるんだろう」
僕の何気ない一言にルーカ―、ジョー、デュアルが食いついた。
「お前、好きな女の子いたのか!?」
「おい、俺らに教えろよ~」
「レオに好かれる女の子ってレオよりも可愛いのか?」
「……可愛いよ」
僕はぬいぐるみをギュッと抱きしめながら俯いて答えた。自分の恋愛事情を話すのは恥ずかしい。
「レオは本当に可愛いな~」
からかうようにジョアンが言った。ジョアンは女の子に対して誰にでも可愛いって言葉を放つ。いわば、彼は女たらしだ。
「年上か?」
ルーカ―が僕に少し顔を近づけてそう聞いた。
「僕らと同い年だよ」
「え!? 俺らの周りにそんな可愛い奴いたか?」
「もしかして、ルーナか!?」
「お前あいつはやめておけ。顔はいいが、なかなかのお馬鹿だぞ」
次々と皆が勝手な想像で喋る。
ルーナはバルモット公爵の令嬢だ。くるくるに巻かれた黒い髪に薄桃色の瞳……、周りからは彼女は絶対に美人になると言われている。確かに、彼女は整った顔をしている。だが、僕はリオンの方が綺麗で可愛いと思う。
「ルーナじゃないよ。……僕の好きな人はとても賢いよ」
僕の言葉に三人は顔を見合わせている。そのあと不思議そうな表情で僕の方を見た。
何? 僕の顔に何かついている?
「お前、そんな顔もするんだな」
ジョーが目を見開いたままそう言った。
……皆が固まるなんて、どんな表情をしていたんだろう。
「女に惚れた顔っていいな」
ジョアンがニヤリと笑ってそう言った。
良く分からない。自分の顔だけはどんなに頑張っても見ることが出来ない。
「なぁ、俺たちに教えてくれないか? レオの好きな奴」
ジョーの言葉に僕は迷った。ジョー達は大切な友達だから教えてもいいかなという思いもあるが、彼女は魔女だ。どういう反応されるのか分からない。言わない方が賢明だと思う。……それに、独占欲からなのか彼女のことを教えたくないという気持ちが何より大きかった。
「レオ?」
ジョーが僕の顔を覗き込む。
「秘密だよ」
僕はぬいぐるみを抱きかかえながら笑顔でそう言った。
「……お前、なんか変わったな」
ルーカ―の言葉に二人が頷いた。
変わった? そんな風に思わないけど、皆が言うのならそうなのかもしれない。変わったと思われているのなら、原因はリオンに恋したことだろう。
「リオン、僕のことどう思っている?」
突然の質問にリオンは目をぱちくりとさせた。翡翠色の瞳に綺麗に僕が映っている。
この質問は聞こうか聞かまいかずっと悩んでいた質問だ。聞くのが怖かった。もし、僕のことをうざいと思っているのなら、そんなことを好きな女の子の口から聞きたくない。けど、どうしても気になった。
彼女は少し考えた後、口を開いた。
「……好きだよ。けど、弟みたいな感覚かな」
彼女の言葉に僕はショックを受けた。同時に嬉しさもあった。正直に彼女が言ってくれたことに。僕のことを嫌いじゃないことが分かればそれだけで十分だ。今からまだまだ僕のことを好きになってもらえるチャンスはある。
「そっか……」
僕はあえて視線を下にして悲しむ素振りをした。彼女がどういう反応するのか見たかった。
「私ね、一度も恋をしたことがないの。……長年生きてきたのはゲームの為だったし」
最後の方に言った言葉が小さすぎて聞きとることは出来なかった。
恋をしたことがないって言った? じゃあ、現段階でも好きな人はいないってことか。これから賢くリオンを攻めていこう。
「僕の初恋はリオンだよ」
「……ストレートだね」
リオンは顔を少し赤くした。その照れた顔が僕の心をくすぐる。もっと彼女を僕でいっぱいにしたいと思ってしまう。異性から「好き」と言われたのも始めてなのかな。そうなら良いのにな。
「覚悟しててね」
僕はそう言って彼女に微笑んだ。