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落書き

1903年7月某日。


俺は上郷家のどうやらリビングにいるらしい。周囲の柵と、体は動くのに届く範囲が狭いことで、俺は赤ん坊に戻った?ことが分かった。

(あの時、何が起きた?ライト…?クラクション?……。事故に遭ったのか?死んだのか?じゃあ今のこの状況は?)

ラジオによれば、今日は1903年。立憲政友会だとか、桂太郎首相だとか、そんなことを聞いたので間違いない。

( 俺は、過去に生まれ変わったのか?

いや、ちょっと待て。過去に生まれ変わるってなんだ?生まれ変わりネタって、転生ネタって、ラノベとかじゃ完全に異世界ファンタジーとか、せめてド○○もんの世界に行っちゃうとか、そういうことなんじゃないのか?)

でも、納得するしかないだろう。現に今、赤ちゃんベッドの上に寝転がっている。試しに、柵を蹴ってみたら脛が痛かった。太陽が照らしてくるのも、感じる。

つまり、現実であり、夢ではないということだ。



3時間以上長考した。だけど、赤ん坊の頭じゃ無理なのか、やはりこの状況は現実であるとしか思えない。せっかく大学生になって、空研ライフを満喫して、聡美っていうカワイイ彼女が出来て、人生を謳歌していたのに、こうなってしまった今、この現状を受け入れる他、俺には選択肢がなかった。


「あら、かずちゃん。起きてたの?そろそろお乳の時間ねー、よーしよし。」


女の人の声が聞こえる。おそらく母親だろう。「起きてたの?」と言われたが、実際寝てない。いや、寝ていられなかったというべきか?この状況を理解するのに視覚情報をシャットアウトして、そして転生した事実を受け止めて目を開いただけだ。

まあ、これで分かったことがある。俺の名前だ。『かず』の字は、『一』だろうか、『和』だろうか、まあとにかく、俺の今世の名前は『かず○○』らしい。


(ん?あれ?さっき聞き捨てならないこと言ってなかったか?お乳だとか?お袋さん、目の前にいるのは見た目は赤ん坊、中身は21歳のミリオタ大学生だぜ?)


ただ、抵抗はできなかった。いや、しなかったというべきか?空腹が勝ってしまった。第一、今は赤ん坊の身分。ここでお乳を拒否したら、そもそも胃腸の機能が揃ってない今、他のものは食べられない。俺は決心した。


(平常心、平常心、平常しん、へい常しん、へーじょうしん、へーじょーしん……)


横を向くと、着物姿の綺麗な女性。転生前の俺と同じくらいの歳の女性が椅子に腰掛けていた。多分この人が、母親なのだろう?

彼女は、自分の着物の襟に手を掛け、そして、広げた空間に右手を入れ、何かを持って取り出そうとして…

俺は、首を彼女と反対方向に向けた。赤ん坊が不可能なほどの速さで。

(さっき、あれほど平常心と言ったではないか!)

興奮はしていない。当たり前だ。しかし、なんかいけないことをしているような、なんだか『ごめんなさい』と叫びたくなった。


「あらあら、どうしたの?それじゃ、ご飯にできないでしょ?……よいしょっと」


急に浮遊感に襲われた。

失念していた。母親には「抱っこ」という奥義があることを。

俺はそのまま、抱き上げられ、お乳を与えられた。

(世の中の赤ん坊は本当に何を考えてるのだろう?羨ま…おっと、多分、何も考えてないな。うんうん。)


母親は、赤ん坊を育てるのが仕事。俺(赤ん坊)は彼女からお乳を頂戴いたすのが仕事なのだ。

だいたい、こんな、恥ずかしいというか背徳感を感じていては、今後、毎回毎回、気をおかしくして死んでしまう。

精神状態だけは、赤ん坊レベルまで落として転生させて欲しかったよ、神さま。



「おい、晶子。帰ったぞ。 おー、元気だったか、和也。よく乳を飲んでやがる。羨ましいやつだ。」

「おかえりなさい、宏和さん。今日は早かったですわね?まだ、お風呂は湧いてませんの。あと、20分少々ですから、少しお待ちくださいね」

なんか、帰ってきた。俺のしあわ…おっほん、ゔん、、

食事の時間を邪魔するこの不届きものが父親らしい。

名前は宏和。なるほど、俺の名前は父親の『和』を取って、『和也』か。安直だな。

父親は、どうやら海軍軍人らしい。歳は25、6?くらい。階級章は、大尉。結構エリートだ。精悍な顔立ちに、真っ直ぐに伸びた背筋、鍛え上げられた肉体。さすがは軍人といった感じだ。

(というか、さっきの羨ましいってなんだ?)

と、叫びたかった。




食事が終わって、俺は寝っ転がっていた。母親は子守唄で寝かしつけようと、必死だったが、中身は青年だ。いくらなんでも子守唄では眠れない。でも、必死に頑張っている母親がいつまでたっても家事ができないのは可哀想なので、寝たふりをしていた。


それにしても退屈なものだ。現代の赤ん坊なら、親が子守とか言って、スマホを貸し与えてるとかいうが、当たり前だが、この時代、スマホがなければ、まして携帯電話もない。さらにテレビもないわけで、家の中に響くのは母親のミシンの音と父親の新聞をめくる音、そして蝉の声だった。


「そーいえば、お隣の田中さんの奥さんがロシアと戦争があるんじゃないかって、心配してらしたけど、あなたは大丈夫なの?」

(日露戦争のことか?)

「市井には、そんな噂があるのか?たしかに上層部ではそんなことが囁かれてるらしいが、なんせ俺は大尉、まだ、駆逐艦の副長だからなあ。行けと言われれば行くが、正直、英国と同盟を組んだ程度で日本が勝利できるかといえば五分五分だろうなあ。なあに、そんな心配した顔をするな。横須賀の部隊は有事の際は、おそらく帝都の哨戒任務だ。前線に出るのは青森とか佐世保の連合艦隊だろ?」


お、大尉だけあってこの歳で副長ってのはすごいなぁ。確かに見渡してみれば、なかなかいい屋敷に住んでる。洋風で結構高価そうな調度品が並んでる。やはり、銭が弾むのだろうか?

父親が手にしている新聞に目を流すと、朝鮮の北部で陸軍と露軍が睨み合っているらしい。

(ロシアが撤退しなくて、朝鮮が取られそうとかで日本も軍備を増強したんだっけ?開戦は1904年2月4日。ロシア旅順艦隊出航の報を受けた桂太郎内閣が宣戦を布告したんだよな)


今度の日露戦争は勝つことには、なっている。なってはいるが、父は海軍軍人。座乗する艦が戦争に出ないはずがなかった。どうしても知らせたい、この戦争、ロシアがどう部隊を動かしてくるかを。おそらく、日本が史実と違う行動をとり、むしろ、短期間でロシアの戦力が落ちれば、ロシア国内には厭戦気分がみなぎり、血の日曜日事件に始まる、いわゆる『ロシア第一革命』が早まるはずだ。そうすれば、横須賀の艦隊は参戦しないはず。



俺は、目を開くと手足をばたつかせた。気が狂ったかのような勢いで。

驚いた母親があやしにやってきて、抱き上げようとしたが、俺はもっと暴れて拒否した。


そして、父親のほうをじっと見つめて、訴えかけた。


新聞を読んでいた父親も何事かと思い、ベッドの方へ来た。


「なんだあ、和也?母さんに抱っこしてもらうのが嫌だってか?贅沢なやつだ。嫌なら俺がしてもらっちゃうぞ?」

(馬鹿かこいつ?)

本気でそう思った。そして、全力で首を振り、新聞に視線を投げかけた。

父親は俺の食い入るような目つきに気がついたのか、

「ああ、これ、新聞見たいのか?お前、大人だなあ、よし、一緒に読もうか?」

(いや、違うんだけど、まあいいか)

俺は、父親の胡座の上に座った。

新聞の論調は対露開戦待ったなしというものだった。

(この親父、やっぱ戦場に行くのかな?いくら転生先とはいえ、今世では実の父親だし、死なれては困る。横須賀の艦隊が出る前の早期作戦ができればいいんだけどなあ)


俺は、少し思案顔になった。そんな神妙な俺の顔つきに心配したのか、

「どうしたんだ、そんな急に両親の離婚を知って身の振り方に困った子供みたいな顔して。新聞の内容が分かったのか?ロシアとの戦争は避けられそうにないよなぁ」


(いやいやいやいや、何を呑気に言ってんだ?!てか、例えが分かりにくいよ!)



新聞を読んでいると、父親が徐ろに胸ポケットからペンを取り出して気になる記事に丸を付け始めた。あとで読む気なのだろうか?すると、親父は俺を床に置いて外に出て行った。

タバコをふかしてるようだ。どうやら、ただ新聞に飽きてしまっただけらしい。


俺は寝返りを打って、ハイハイして新聞へ向かった。そして、ペンをもってお絵描きを始めることにした。

なんで、絵にするかって?「お前一応大学生だっただろう?文字書いて知らせればええやんけ」って。

いや、ダメだろ。だって生後数週の赤子がペン持って字を書き始めたら、研究所送りにされかねない。言い過ぎか?いや、そのくらいのレアキャラになっちゃう。だから、絵にするのだ。赤ちゃんはなんでも興味を示す。だから、俺はそれに則って、新聞とペンに興味を持ったことにした。



ペンを取って、新聞紙に対峙する。まずは世界地図を描いてみた。そして、日本の近傍図。そこに矢印やら、四角やら、色々な記号を描いて、最後にもう一つ絵を描いた。




親父が、外から帰ってきた。

そして、入ってくるなり、

「和也、なーにしてんだ!こら、だめじゃないか、父さんのもの勝手にいじっちゃ……」


と言いながら俺が、小さい手でぎゅっと握りしめたペンの奪還をしようとする。

その時、彼の目にある絵が飛び込んだ。


「なんだこれは?!世界地図に、日本近海、それも黄海の地図。しかも、この絵は……」


父親は、驚きで顔がひん曲がっていた。人間こんな顔出来るのかというほど。

彼は、青ざめて、「絵」を握りしめ、慌ただしく家を出て行った。


(そんなにやばいことしたかな?)



それが分かるのは、まだ先のことだった。





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