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12部分


戦争が始まって2ヶ月くらい。年が改まって、だいぶ落ち着いてきた1月中旬。冬がだいぶ深まって、この時代の一般家庭には珍しい西洋式の暖炉(今でも珍しいか)の前が俺の定位置とされた。たしかに、明治に転生してきて、現代に比べて温室効果ガスの層が薄く、平均気温が低く、現に外が激寒であるとはいえ、赤ちゃんが寒かったらいけないと言って暖炉の前に置くというのは如何なものだろう。

焼けそうなほど(いや、本当に焼けるで!)暑かったので、何度か脱走を試みていた。まだ、年齢的には6ヶ月なので、それ相応の逃走手段を試みている。例えば寝返り。「寝返りすぎちゃって窓辺に来ちゃったー、てへ?」みたいな感じで。あとは「あ、あそこに何か見える気が…す…るーー。」みたいな感じで新技『這い這い』を試みたが、閻魔大王(母親)に火炙りの刑(暖炉の前に放置)に処された。



しかし、今日は違った。文が来たのだ。文というのは俺と誕生日が同じという、父親の友達の娘だ。俺とは対照的に非常に泣き虫だという(いや、お前の中身は大学生だろ?というツッコミは知らない)。


なんでも、文パパもしばらく仕事で家を空けているのだそう。『も』というのは、俺の今世での父親 上郷宏和も2ヶ月ほど前から居なかった。父親がいないのは大体察しが付く。井上さんに引っ張られて、どこかに連れていかれたのだろう。それというのも、つい10日ほど前に井上さんこと、海軍井上少将がうちにやってきたのだ。


三が日が終わって少し落ち着いた頃、俺は父親が出張に出る前に置いていった積み木で超大作に挑んでいた。母親はソファに座って編み物をしていた。外は雪が降っているので、近所の主婦との井戸端会議の開催は中止されたのだろう。なにか、つまらなそうだった。

普段は俺が泣かない赤ん坊、手のかからない赤ん坊、つまり放置可能な赤ん坊だからと家に置き去りにしている。俺としても、そちらの方が都合が良かった。

例えば、発声練習。自分ではうまく話しているつもりだったのだが、赤ん坊は喉ができていないのだろうか、実は井上さんと以前話した時もようやく理解してもらえたといった具合だった。だから、母親がいなくなるとテレビアナウンサーみたいに、

「あめんぼ、あかいな、あいうえお。うきもに、こえびも、およいでる。かきのき、くりのき、……」

と発音を鍛えていたのだ。

続いて歩行訓練。歩き方は知っている。だが、知っていることと出来るは違うと前世に高校の先生が言っていたように、まさにその通りだった。まず、赤ん坊には筋力がない。スクワットとかは元々立てる人の所業。だからまずは這い這いから始めた。これもなかなか辛いもので、腹と背中が痛くなってくる。体幹が鍛えられているのだろうと都合よく解釈して、這い這いのスピードを次第に上げていった。今では大人の徒歩と変わらないほどの高速這い這いはお手の物だ。次に、掴まり立ちをしてみた。案外簡単にできた。そして、スクワット。これもなんとかできた。この調子で、続けること2ヶ月。試しに手を離すと、立つことができた。この時わずか4ヶ月。平均的な赤ん坊の二足歩行デビュー日は知らないが、早すぎることは分かる。しばらく、封印されることが即決定された。


このように、家に誰もいない日というのは、すなわち、赤ちゃん生活の憂さを晴らす日なのだ。

しかし、雪だからしょうがない。まだ話せない(という設定)なので、母親に「出てけ」とは言えないし、赤ちゃんなのにもうすでに反抗期とか、母親はもはや涙も出ないほど悲しむだろう。ということで、諦めて積み木でブルジュ=ハリファを建てていた。


ようやく基礎工事が終わり、本体建設に取り掛かろうとした時、玄関が叩かれた。誰か来客らしい。母親が出て行く。俺も気になったので、玄関まで寝返りでゴロゴロゴロゴロと向かってみた(母親には寝返りまでしか見せていないから、這い這いが使えなかったのさ)。母親がつっかけを履いて玄関を開けると、そこには紺色の軍服を着た年でいうと40くらいの男が立っていた。俺も知っている男である。

「えーと、あなた様はどこかでお見かけしたような…」

「奥様、お久しぶりでございます。私は海軍少将の井上というものです。」

そこに立っていた人物は父親の上官である試空戦の井上少将だ。

「あらあら、これはこれは、こんな雪の日に。まあまあ、お入りください。」

「はい、では失礼します。」

俺は急いで部屋に戻った。あっさりと上がり込んでくるあたり何か嫌な予感がしたのだ。


母親は、井上さんを家に上げてしまった。いや、たしかに今日は大雪で外はクソ寒いから、暖炉で温まってほしいと思うのが人間だろう。

「うちにはなにもありませんで、コーヒーでよろしいですか?」

「いえいえ、お気遣いなく。今日は東京に出る用事がありまして、旦那様をしばらくお借りしておりますゆえ、代わりに様子を見に来た次第です。和也くんも随分と大きくなって。」

「いえいえ、もっともっと使ってくださいませ。」

普通の家庭(この時代の)なら、旦那を使えという言葉はおそらく社交辞令的なものだが、この人は本心から言っている。目がマジなのだ。大体、普段から尻に敷いているのだから、違和感はゼロだが、井上さんは少し驚いたようだ。

井上さんはコーヒーを一口飲むと、立ち上がって、俺が遊んでる暖炉の前に来た。

「おー、これはこれは大きなものを作っているね。大作だ。和也くんは賢い子だ。」

なんだ、この親父。知っているくせに、白々しい。大体、大作って言ってたけどこれが何かわかるのか?ブルジュ=ハリファだぞ!世界一高い建物だぞ!

「どれ、私にも貸してみなさい」

このジジイ、手を出すな!朝からやってきた基礎工事がやっと終わったんだ。崩されたら、怒りで喋ってしまいそうだ。

「あらあら、和也と遊んでくださるなんて。お時間は大丈夫なのですか?」

母親が心配そうに言う。

「ええ、部下の家を回って、ここが最後でしたので。夕刻までに帰れば問題ないです。」

今は2時。あと2時間もいるのか!最悪だ。大体、本当に用事は部下の家族の様子を見に来ただけなのか?そんなことに海軍少将が出張るのは変だった。



積み木を積み始めて、30分。井上さんは俺のジェスチャーに対して黙々と作業をしている。海軍少将ってこんなものなのかと思ってしまうほど、なんか小さく見えた。

しばらく遊んでいると、母親が夕食の準備をし始めた。台所に行ったのを見計らったかのように、井上さんが俺に話しかけてきた。

「実はな、海軍の内部に海兵隊が新設された」

「へー、海兵隊ですか?海軍陸戦隊とは違うんですね」

「海兵隊は上陸用の師団だな。それが、試空戦が改組された航空戦群の麾下に入った。」

「あー、じゃあ井上さんはお役御免?」

俺が冗談ぽく言うと、井上さんも笑いながら、

「いやいやいや、試空戦の担当者が引き継がんでどうする。」

「まあ、たしかにそうですね。……ところで、親父は…」

「あー、それなら航空戦群に借りてる」

やっぱり、そう俺は思った。

「まあ、心配するな。戦には出さん。上郷少佐は唯一のお前とのパイプだ。弾除けにするには惜しすぎる。」

俺は心の底からホッとした。それにしても兵士を弾除けというとは……。

「ところで、和也くんは今度の戦争をどう見る?」

井上は急に真剣な面持ちになって話しかけてきた。

「僕は日本が勝つのは変わらないと思います。まず、東京湾に出没したロシア艦隊のおかげで、休戦するまでにシベリア鉄道は全線開通は不可能ですよ。そうであれば、遼東半島とウラジヴォストーク、あとはバルチック艦隊さえ沈めてしまえば、日本は一応の勝ちは得られると思います。」

「一応の勝ちとは、やはり財力の問題か。」

「そうですね。財力はもちろんですが、工業力が日本は第二次世界大戦でも非力でしたからね。そこはどうしようもないです。」

「では、やはり短期決戦か。そのために海兵隊を上手く使いたいが、和也くんはどうする?」

俺は少し考えた。現代から来た俺の発想からすれば、離島奪還作戦の方法が一番に挙げられる。

「一つは上陸用の舟艇でわーっと行く感じですかね?でもこれだと良い的ですね。もう一つ挙げるなら、空挺ですかね。」

「やはり、空挺か。君は私と考えることが同じなようだ。」

「僕は父親はもちろん、人が死んでも良い人間がいるとは思いません。いくら国の威信をかけた戦争でも死んでは元も子もない。死なずに生きる努力をしろ、それが僕の考えですね。ちょっと甘すぎですかね?」

俺は頭を掻いて、少し笑った。

「いいや、そんなことはない。死ぬのは俺みたいな後ろで威張っているやつだけで十分だ。」

そこまでは言ってないんですけど、と心で思う俺を尻目に井上は続けた。

「さらに言えば、この戦争は無意味なのだよ。この戦争は朝鮮の宗主権を巡るものだが、あの半島には資源がない。人口も少ないから植民地化したところで、マーケットにもならん。第一、植民地にした前世では軍政がひどくて反発もひどかった。今の話を他の軍部の連中に言っても伝わらないことだが、無駄な戦さをして兵士を無駄にしてはいけない。」

あ、このおっさん意外と開明な考え方してんじゃんと思った。確かに、朝鮮の併合は無意味だ。朝鮮半島にある鉱山資源は鉄鉱石と石炭のみ。まだ、石油を使いまくる武器の登場があとだからその戦略的価値の低さに気がついている軍人はほとんどいないに違いなかった。満州に行けば石油はあるが、日本の軍事力では満洲全土の防衛は困難だった。しかし、それが可能と考える根性論軍人はあちこちにいるわけで、井上みたいな考えを持つ人は珍しかった。(いや、まあこの人も転生してきた人なんだけどね)


この後、母親が戻ってきて、話は終わった。井上も時間だといって、軍令部に帰っていった。雪は上がっていた。




そんなわけで、俺の父親は今は航空戦群とやらにいるらしい。井上さんに気に入られているなら、もっと出世できるように頑張って欲しいものだ。

俺は、今、五重の塔を建てていた。法隆寺の。なかなか難しい。ギザギザしたところのバランスやら、そこしずれただけで倒壊しそうだった。

四段目まで完成し、五段目もあとは頂上を整えるだけになったその時、塔がぐらりと揺れた。そして、音を立てて崩壊していく。俺は固まった。そして、固まったまま、横を見た。そこには人差し指を出した、文がしてやったりの顔で悪そうににっこりと笑っていたのだ。憎たらしい限りだ。せっかくの2作目がこの赤子の手によってぶち壊されたとは、ぶん殴りたい。

さらに憎たらしいついでにもう一つ。さっきから、母親たちの会話が耳に入るのだが、どうやら文はもう歩いたらしい。まあ、短時間だが5ヶ月の赤ん坊が歩けるのは異常だ。文ママも驚いたらしく、文パパに至っては貴重なカメラで何枚も写真を撮っていたのだとか。俺は普通の赤ちゃんに合わせようと、影でこっそりと練習していたのに、その普通の赤ちゃんがもう歩けていたと知って歩かないわけにはいかなくなる。段階的に、次の這い這いを終えてからでないと歩き出せないもどかしさを感じながら、俺は文をにらみながら、倒壊した法隆寺の復旧作業を始めた。



今回は少し伏線回収。文は咬ませ犬みたいになってますが、後々しっかりと生きてきます。


次の投稿はまた戦争。次で決着がつきそうです。ちなみに、この作品では、ロシア戦争において海軍の出番は海兵隊輸送だけの予定です。日本海海戦は海兵隊関係ないので、史実通りことが進みます。次回は、日本海海戦が終わったあたりになるかな?それか旅順が終わってから内地に戻る話か?とにかく、戦の話です。あまり、戦話をするのは上手くないので、温かい目で見守ってください。

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