再会
「私を守ろうとして……皆深手を負ってしまいました……。」
ジュート王子が、辛そうに眉を顰めうつむいて座り込む。背後から攻め込んできたトオルたちに洞窟内に群れていた魔物たちの注意が向き、ドーム入口への圧力がなくなったので、盾を引いてもらいダッシュで中へ入ると、案の定そこは高さ3m直径15m程度のドーム状空間だった。
ドーム内は悲惨な状況だった。ほとんどの兵士たちは皆、頭や体に包帯を巻かれ、あおむけに寝そべっていたりドーム壁に背を持たれてじっとしている。ついに動ける兵はいなくなり、ジュート王子自ら皆を守ろうとして、頑張っていたということか……頭が下がる……。
「こっちは全て片付きました……。」
少し間が開いてトオルたちがドーム内に入ってきた。よかった……これで一安心。
「ショウ……悪いがクーラーボックスを渡してくれ。」
「はいこれ……。」
「どうぞ……お飲みください。ですが……回復系の僧侶もいる部隊とお聞きしておりましたが……。」
ショウからクーラーボックスを受け取り、回復水の竹筒を取り出してジュート王子に手渡す。
「僧侶も含めた部隊で参ったのですが、この階層に入った途端、襲われてしまい犠牲になりました。それで、以降は戦闘で傷ついても回復できず、ほかにも……4名の兵士の命が失われてしまいました。
私よりも……他の重症の兵たちに与えてもよろしいでしょうか?」
ジュート王子は、そういうと竹筒をもって立ち上がろうとする。
「お待ちください……回復水は十分に持ってきております。2チームで救出にきているのですが、もう1チームには回復系の僧侶もいますから、重症者の本格的な手当ても可能でしょう。
まずはみんなに回復水を与えてまいります……王子様も回復水を飲んでください。」
王子に回復水を飲むよう促し、ショウと一緒に回復水を配って回る。トオルとナーミはドーム入口を警戒しながらも、簡易調理キットを取り出して、料理を始めた様子だ。そうだな……恐らくとっくに食料は尽きていたはずだからな。
「どうぞ……回復水を飲んでくれ……。」
中年の緑色の口ひげを生やした剣士。頭部は髪の毛が半分以上焼け焦げ頭皮が火ぶくれになっていて、全身血だらけで至る所に包帯を巻かれている。呼びかけたらうっすらと目を開けたので、抱き起して竹筒の栓をとり飲ませてやる。
「ゴクゴクゴクッ、おお……ワタル殿……かたじけない……。」
うん?よく見るとオーチョコ城で一緒に戦った、元冒険者という剣術の教官ではないか。確か、セーサという名前だったと思う……。
「おお……お久しぶりです……セーサさんだったね?あなたが一緒に……おかげで、部隊が何とかここまで生き延びられたのだろうね。」
「いやいや……私など……それよりも……サーマがやられてしまった。何とか助けられないだろうか?」
教官は痛む体を何とか奮い起こして、少し奥に横たわる全身包帯の男を指す。
「了解した……ちょっと待ってくれ……。大丈夫かい?」
セーサにもう一本回復水を渡してから、様子を見に行き声をかける……が、返事がないし微動だにしない。胸板が厚い大柄な男は、恐らく剣士なのだろう。脱がせた鎧が隣に並べてあるが、その全身は包帯だらけでしかもその包帯は、どこも黒く変色している。大量の出血があり、しかも相当な時間が経過しているようだ。
脈をとってみると、弱いが脈はありそうだ。口元に耳を近づけて呼吸の状態を見ると、かすかに呼吸をしている状態だ。重症だな……体を起こしても、自分では回復水は飲めないだろう。
ううむ……口移しか……トオルやナーミのような美少女系の顔なら何のためらいもなかったのだが……こんないかつい顔の男は……かといって助けるには……。
あたりを見回すが、ショウがちょうど他の兵士たちに回復水を配り終えたところのようだ。まさかショウにやらせるわけにはいかないな……仕方がない……。
「おお……合流できていたんだね……向こうはどちらも行きどまりで、急いで引き返して追ってきたのだけど、戦いに参加できず申し訳ない。」
するとそこへ、どやどやと大柄な男たちが入ってきた。
「ああ……一刻の猶予もないと思い、先に戦わせていただいた。どうせ狭い洞窟だから、2チームでは同時に戦えなかっただろ?それよりも、ここに重傷者がいる。ケーケー……治療をお願いできないか?」
助かった……僧侶の回復系魔法のほうが回復水よりもはるかに効果が高いのだからな……速攻でケーケーに依頼する。
「おお、活躍の場を残しておいてくれたのはうれしいね……どれどれ……かなりひどいが、任せてくれ。」
ケーケーにサーマを任せて立ち上がり、王子のところへ歩いていく。
「ありゃりゃ……気絶しているのか……いや、安心して寝ているのだろうな……取り敢えず回復水は飲み終えたようだから、起きるのを待つか……。」
「そうだね……食事の準備を進めているのだろ?さすがだね……出来たら起こしてあげればいい。」
スースーもやってきて、笑顔を見せる。
なんにしても、ジュート王子たちに再会できたのはうれしい。恐らく、ほとんど寝ずにここで頑張っていたのだろう。追い払っても追い払っても襲ってくる魔物たちの侵入を、何とか防いでいたのだ。ドーム内に入られたら全滅だっただろうからな。
「大変でしたね……食料も尽きていたのではないでしょうか?」
「はいそうです。1層だけのダンジョンと聞いておりましたので、それでも余裕を見て1週間分の食料を持参してダンジョン内に入りました。それが……どこまでも続いている様子で……それでも魔導石を3石持ってきておりましたので、斥候チームと本隊と両方で魔物たちを制して、順調に進んでいくことが出来ました。
ですが……まさかここまで深いダンジョンだとは、とても想像していなくて……。」
食事の支度が出来たのでジュート王子を起こし、回復水を飲んで動けるようになったものたちも一緒に、食事となった。ちょっと無理に起きていただいたのだが、状況確認のためやむを得ない。
久しぶりの食事だろうからと、消化がいいようにカニ雑炊にしたようだ。おいしいし温まるし、なにより食べやすいので、有難い。やはり、300年ダンジョンとは知らずに1層だけだと考えて、ここへ入ったようだな……。
「どなたか……ダンジョンに詳しい人がいると思いますが、その方は元冒険者でしょうか?」
スースーが質問をする。一番気にしていた点だったからな。
「はい……もともとオーチョコで新人教育を行っていた元冒険者の教官2名の方に来ていただき、同行をお願いしました。彼らがいたおかげで、迷うことなく複雑なダンジョンを進んでくることが出来たのです。
ですが、戦闘で傷つき動けない状態のようでして……。」
王子が、セーサたちの方へ目線を移す。サーマの方は、いまだにケーケーが回復魔法を施している。かなり重症の様子だ。
だがやはり……2人の剣士たちがいたから、スースーのような手慣れた冒険者にだけわかるように、ルートをさりげなく残せたし、この階層まで早い段階で来ることができたというわけだ。
「ところが、この階層に来てからは魔導石を用いても魔物たちを制することはできず、さらに魔法まで使い始めたので苦戦して……率先して戦っていた、元冒険者の剣士の方が負傷して、その方を治療中の僧侶が魔物の炎攻撃の犠牲になってしまいました。
以降はけが人の治療回復も行えず、さらに食料や水も乏しくなったことから水場を探すことになり、もう一人の元冒険者の剣士の方に先導いただき、何とかこの場所まで逃げ込むことが出来ました。それでも道中しんがりを務めていた兵士4名が犠牲になりました。
そうして、入り口をずっと守っていただいた剣士も力尽き……。」
ジュート王子の目から、大粒の涙が止まらなくなってきた。
「ですが……元冒険者の方たちがいたのであれば、300年前に攻略されて放置されていたダンジョンの危険性は承知していたはずですがね……少なくとも7層はあるはずです。ちなみにこの階層が6層目で、まだまだ続くのですよ……。」
スースーが、疑問点の核心に迫っていく。
「はい……冒険者の方たちも最後はいつ頃に攻略されたものであるか、ずいぶんと気にされていました。ですが、このダンジョンはカルネという冒険者が18年前に攻略したダンジョンと聞いておりましたので、その旨伝えますと、何とかぎりぎり若い精霊球を回収できる程度のダンジョンで、楽勝だと言われました。
ですので練習代わりに近場のダンジョンを攻略するつもりで、挑んだのです。300年前というのは、どこからの情報でしょうか?」
王子が首をひねって逆に質問をする。なんだって?18年前?しかもカルネって……。
「私も当初は新しいダンジョンであるとお伺いしたのですが、そんな簡単なダンジョンに、いくら不慣れとはいえ一国の軍隊の隊員が20名も入って、1週間も出てこられないはずはないのです。
しかも構造図まで持って入ったと聞きましたからね。王宮の敷地内にあるのであれば、必ず記録があるはずだから、王宮建立のころから記録を調べていただくよう、救助の連絡を頂いたときに電信で事前調査をお願いしたのです。案の定、古い資料にダンジョン攻略記録が、ようやく見つかりました。
その時点で1層のダンジョンとなっていたので、お手持ちの構造図は、当時のもののはずです。カルネというのは伝説の冒険者と言われていますが、それでもまだ最近の冒険者だ。おっしゃる通り18年ほど前までに活動していた偉大な冒険者です。
さすがに王宮地下に隠されているダンジョンに潜入することはなかったはずですし、その時点でも280年以上のダンジョンとなっていたはずですよ。1層だけのはずはありません。」
スースーが、意味が分からないとばかりにしきりに首を振りながら話す。それもそのはず、カルネの名前まで出して、あたかも最近発見されたダンジョンであるかのように……。
それはそうと……俺たちとスースーの両方へ今回の救助依頼を出したのだとばかり考えていたが、どうやら当初はスースー達だけに依頼していたということなのだな。1週間経過した時点で救助要請して、そうしてペークトとラーミニたちのチームが見つからなかったので、仕方なく俺たちに依頼が来たということのようだ。
ちょっとショックだが……まあ仕方がないか。サーケヒヤーとの戦争では活躍したつもりではあるのだが、スースー達はその前に百年ダンジョンを最短日数で踏破した、いわば冒険者としては一級品なのだ。ジュート王子たちがダンジョン攻略に失敗して救助を求めるのであれば、彼らに真っ先に依頼するのは当然だ。
冒険者になってまだ日の浅い俺たちに依頼することは、やむを得ず……以外にないのだ。
「ジュート王子様、すいませんが構造図を見せていただけませんか?」
「ああ、はいこれです……。」
ジュート王子が腰につけた巾着袋の中から、1枚の紙を取り出して見せてくれた。やはりな……以前見た時に違和感があった理由が分かった……確かにカルネの筆跡で、様式もカルネに見せてもらったダンジョン構造図の様式に間違いない。スースーが持っているのは写しだから、似てはいるが別物と感じたわけだ。
「これは、どこから入手されたのですか?」
「えっ?入手先……ですか?どうしてでしょうか?」
王子が、驚いた様子で目を見開いて尋ねてくる。
「カルネの書いたダンジョン構造図は、私は何枚も見たことがございますが、書式は間違いなく同一ですし、筆跡もそうでしょう。ですが、カルネ自身のチームで攻略したダンジョンの場合は、この右下隅の枠内に攻略年月日を記載してサインしておりました。
人が攻略した構造図を写させてもらった場合は、書き写した年月を右下隅の枠内に記載し、右上に写しという文字と他の冒険者が攻略した年月日を記載していました。この構造図は、その写しと書かれているはずの部分と攻略年月日が欠けております。意図的に破いたような気もしますね……。」
本来なら右上の枠外に写しと攻略年月日が記載されているはずなのだが、その部分が破り取られている。右下に書き写した年月とカルネの名だけが読める……これが意図的であれば、かなりな悪意を感じる。いくら攻略年月日ではなく転写年月となっていても、勘違いしてしまうだろうからな……。
「ああはい……さるお方から頂きました。信頼できるお方ですので、どうしてかようなことに……。」
王子が首をひねる。疲れているのだろう……目にはクマができていて、瞼が重そうだ。
ううむ……サートラがチリ紙交換へ構造図をだしてしまい、それを見た廃品回収者がバラして売りに出したのだろうか。あるいはサートラ自身が大量の構造図を見つけ、金になるかもしれないと売りに出したか……それが人手に渡って回りに回り……。
どちらにしても憶測に過ぎないし、カルネの残した構造図のことは、今は言わないほうがいいだろう。
「まあ、ともかく、このダンジョンの構造図を見つけた人が、これなら簡単に攻略できると考えてしまったということになるね。確かに1層だけでしかもボスが若いとなればね……ところが実際は300年ダンジョンだったというわけだ。人騒がせ……というか、困った話だね……犠牲者まで出して……。」
スースーがドームの奥に安置されている、白い布を顔にかけられた、兵士たちの遺体を振り返る。
「そうですね……ここを出ることが出来ましたら、早急に問い合わせてみることにします。入手経路とか、どうして最近のものと判断したのか……ということですね……。」
ジュート王子が、真剣な表情で何度も頷く。そりゃ、こんな大事になって犠牲者まで出ているんだから、ちゃんと調べたほうがいいね。




