避難場
「魔物が使う魔法のことかい?……全体の階層が深すぎるからね……精霊球の影響がこんな上にまでは届かないだろうね。百年ダンジョンは3層構造だけど、この場合魔法を使う魔物に遭遇するのは2層目からだ。つまり精霊球がある階層と、せいぜいもう一つ上くらいまでしか、精霊球の影響を受けないということになる。
だから、このダンジョンの場合は、魔物たちが魔法を使う可能性があるのは、6層目と7層目ということになるね。」
300年ダンジョンなのに、どうして魔物たちが魔法を使わないのか尋ねたら、スースーが冷静に分析して答えてくれた。そうか……魔物たちは魔法を使わないのではなく、精霊球の影響を受けないから使えないのだ。
そうして今日も、ひたすら急いでダンジョン内を遭遇する魔物たちと戦いながら駆け抜けてきた。
「さて、4層目を通過して5層目までやってきたが、本日もジュート王子の部隊には遭遇しなかった。4層目の最深部と5層目の最深部であるこの場所のどちらにも、野営したと思われる跡があるところを見ると、この先にいるであろうことは間違いない。
気になるのは、この地でも食事をした形跡がある。20名編成の部隊と聞いていて、炭の燃え残りの灰とともに大きな紙皿も40枚見つかっているから、夕食と朝食両方を食していると見える。節約していたのかもしれないが、魔物との戦闘はしていないことから、もしかするとここまでは順調に5日で来ていた可能性がある。
そうなるとこの先で躓いたということになり、10日経過して戻っていないということは、6,7層目で5日以上経過してなおも脱出できていないということとなり、これは深刻な状況だ。
どこかで食材の調達ができているか、もしくは俺たちと入れ違いで脱出していてくれることを願う限りだが、希望的観測ばかりもしていられない。とりあえず、5層目までは無事に通過出来ていることを喜び、明日の捜索の励みとしよう。」
夕食準備中のミーティングが日課になりつつあるが、今日も部隊に追いつくことはできず、明日以降ということになった。先行されていればいるだけ厄介なこととになる。
後続の俺たちは3日目にして、5層目最深部に到達。初日は半日だけだったから、凄まじいハイペースだ。とはいってもまあ、先行部隊が分岐のたびに印をつけてくれているからにすぎないのだが……。
遭遇する魔物たちは未だに猛獣系ばかりで、食用肉の調達は難しい状況だ。5日間順調に進んできて、毎食食べていたとしたなら、残りは2日分しか残っていないということになる。ところが10日経過しても戻ってきていなかったのだから、少なくとも3日間分は足りなくなる。
1週間分の食料を節約して10日分に伸ばせと言われれば、何とかなるのかもしれないが、2日分の食料を5日間……というか先が見えないわけだから……ひたすら伸ばせと言われても……ううむ……どうなっているのか……心配だ。
「あのー……ダンジョン内に小川が流れていたりはしないのかな?」
「小川……?川か……洞窟の出来方によってはあってもおかしくはないんだけど、多くは流れが滞って罠と化したりするようだけどね……。」
「いや……そういった自然の地形というよりも、水場というか……魔物たちだって生きているわけだから水ぐらい飲むだろうし……。」
俺たちは最初からダンジョン構造図をもっていて、最短ルートしか進んでこなかったため、ダンジョン内にどのような場所があるのかわからない。聞くところによると、ダンジョンの外れの方にはキノコや植物などが自生しているところがあり、それらは珍味でそれなりの高値で売れると聞いた。
もちろん、普段はそれを魔物たちがエサにしているということだ。見つけた時に食べ残しがあるかどうかは不明だが、そういったものを見つけてみるのもいいかもしれない。一番は水場だ。人間、水さえあれば2、3週間なら生き延びられると聞いたことがある。
「ああそうか……水場か……先行きに困って食料がなくなったら、水場を探すかもしれないね。確かにそうだ……洞窟キノコとか洞窟野菜とかも期待できるからね。
まあ、魔物たちとの縄張り争いに勝たなければならないのだろうけど、あり得るね……明日以降、もし途中から印がなくなったなら、そういった観点で探してみるのもいいね。いい考えだね……。」
スースーがにっこりとほほ笑む。まあどっちにしたって、印がなくなったらその周辺を手あたり次第俺とトオルが斥候となって探し回るだけなんだけどな……だから見つかるときは何も考えていなくても見つかる。
この日の晩飯は、フリーフォールカモシカ肉のジンギスカンだった。別チームと合同なので、トオルも張り切って、なるべく目新しい食材を使おうとしている様子だ。案の定、こんなうまい肉は食べたことがないと、スースー以下全員絶賛の評価だった。
風系ダンジョンは人気がないからやったことがないのだろうと聞いたら、人気がないのであまりやらないが、技術が偏るので年に1度くらいは風系ダンジョンも引き受けるらしいが、フリーフォールカモシカには出会ったことがないと言っていた。
ケルベ大鷲も知らないと言っていたから、やはりダンジョンの魔物には地域性があるのだろう。マースのダンジョンが、ますます楽しみになってきた。まさかハムでできた体の魔物がいるとは思えないが……。
4日目の朝食はクロワッサンと生ハム。
「へえ……変わった形の食べ物だね……それにこのハム……味が濃くて……おいしい……。」
出された食べ物は、なんでも珍しそうに驚いて見せることにした。ダンジョンで調達した食材の加工食品は、アイテムとして冒険者の袋に保存できるらしい。こっちは日持ちするからな。そういえば……トオルに言われてふかひれやイカの塩辛もいれてあったような気がするな……。
肉だって10キロを1アイテムとして冒険者の袋に入れているから、いくら大食いの冒険者2チームだとしても、1日分の肉は1アイテムの消費で十分だ。だから、まだまだ十分な食材を俺たちは持ち歩いている。なにせ、食肉や毛皮などのアイテムは一人10個まで冒険者の袋に保存でき、賞味期限もないのだ。
さらに日持ちする米や野菜は、別にリュックで持ち運んでいるから、冒険者の袋の中の弁当は移動途中で急いで食べる昼食分しか消費していない。つまり3食分の弁当を消費したのみ。白米除いてもまだ9日分以上所持している。水だって2週間分入れられるのだが、今のところ手持ちの分だけで足りている。
ところが冒険者ではないジュート王子たちの部隊は、食材を全て手持ちで運ぶしかない。そのため1週間分が限界となったのだろうが、つくづく冒険者は恵まれていると感じる。ううむ……どうしても考えることはジュート王子たちの部隊の食べ物の心配となってしまうな……考えても仕方ないことではあるのだが……。
「じゃあ、出発しよう。」
朝食を終え、テントを片付けて出発する。なんにしても後2階層分だけだ。俺たちがダンジョンに入ったすぐ後に王子たちの部隊が無事戻っていて、俺たちの捜索が空振ったなんて言う笑い話で終わってほしい。
「うわっ……なんだ……?」
少し歩いた先の洞窟内に異臭を放つものが……なんだ……白い……骨か……?湾曲したあばら骨のようなのと……うわっ……頭蓋骨……。
「どうやら魔物の死骸のようだ……ここで戦闘が行われたということは、魔導石が効かなかったということだろう。そういえば、もう6層目だからね……魔物たちも魔法を使うレベルの高いのが多いはずだ。
魔導石が効かないレベルの魔物がいるということだろう。何日前かわからないが、他の魔物たちに食い荒らされているし、腐敗が始まっている。とりあえず倒せてはいるようだが、ここからは進むペースが落ちるだろうね……急ごう……。」
スースーの言葉で、知らず知らず足早になっていく。先の部隊の戦闘の痕跡は、ここを通ったということと、生きていることの証だから、ある意味ほっとできるが、反面、不安もよぎる。負傷者や犠牲者が出ていないか、といった心配だ。
「ちょっと待ってくれないか……うーん……。」
少し歩いた地点で、後方のスースーに呼び止められる。幾つめかの魔物の群れの死骸を通り過ぎたところで、その魔物の死骸の少し手前をじっと見つめている……食肉可能な魔物だったのかな……?
「やっぱりこれは人の血なのかな……こっちから襲い掛かってきて、こっちで倒されたと考えると……魔物のものじゃないね……人の血だよ……負傷者がいるね……しかも結構重症だ。
回復系の僧侶がいるって言っていたから、命に別状はないとは思うけど、すぐに活動できるまで回復できるかどうか疑問なくらい、大量の出血だ。どこかで隠れているのか……ちょっと待っていてくれ。」
スースーが戦闘が行われていたと思しき範囲を隅々まで眺め、推定する。ううむ……負傷者を運びながらの行軍となってしまったか、大変だな……。これがミステリー映画とかだったら、血痕をたどってとか言うことになるのだろうけど、当たり前だが止血しているだろうし、血痕はその場所以外では見つからなかった。
「うーん……やっぱりだ……この少し先に分岐があるんだが、どちらにも印がついていなかった。恐らく別なところに避難しているのだろうね……。」
スースーが意外なことを言い始める。
「別な場所……?洞窟以外の別な場所があるとでもいうのかい?」
退避所みたいなところが、ダンジョン内にあるというのだろうか?まさかロープレゲームじゃあるまいし、ダンジョン内に回復スペースとかなんて、用意されているとでもいうのか?
「君が昨日言っていた、水飲み場だよ……どこかこの辺りに分岐があるのかもしれない。辺りを探そう。」
「おお、わかった……。」
スースーのチームメンバーが洞窟内を右往左往しながら、辺りを見回し始める。
「どういうことだ?」
「ダンジョン内の水飲み場へ通じる入り口を探しているのよ。進行方向と反対側へ分岐している場合もあるし、洞窟の壁の下側に小さな穴が開いている場合もあるわ。魔物たちはそこへ行って水を飲んだりするし、エサとなる洞窟キノコや洞窟野菜などが生育しているのね。
そういえばC級ダンジョンを経験していないんだったわね。C級ダンジョンは精霊球回収後のダンジョンに入るから、魔物の肉や毛皮のアイテム獲得で稼ぐのだけど、それと一緒に洞窟キノコや洞窟野菜……もやしやホワイトアスパラにウドなどよね……これらを収穫するの。
ところが水飲み場は、普通にダンジョンを進むルートからは絶対見つからないのよ……魔物たちは洞窟最深部で生まれて入口へ向かって行動するから、反対に進むと見つかるルートの先にあるというわけ。
構造図を持っていないチームは、斥候を出して先を確認しながら進むけど、たまに来た道を間違えて戻って見つかる場合もあるわね。だから一旦先の分岐まで進んで、もう一度この階層の入り口へ戻りながら分岐を探すのよ。」
ナーミについて一度先の分岐まで進み、来た道を戻り始める。こうやって戻っていくときに目に付く分岐ルートを探すというわけだな……ううむ……やはり経験の浅い俺たちは、知らないことが多すぎるな……。
「あったぞー……ここだ。」
ミーミーが見つけたそれは、洞窟の下部50センチくらいまでの高さの穴だった。幅も同じくらいで、穴位置に突き出た岩の影になっていて、しかも進行方向と逆向きに開いているから、確かに普通に歩いているときには、薄暗い洞窟内で4つの輝照石で照らしているだけでは、まず見つからなかっただろう。
「うーん……そうだね……先は結構続いているみたいだし、間違いなく水飲み場に通じる洞窟だろう。問題は……猛獣が先に潜んでいないかどうかだね……まずは僕が槍を前に掲げて進むから、君たちは僕が呼ぶまで入らないでくれ、いいね?」
そう言い残してスースーは腹ばいになって、小さな穴に入っていった。甲冑を着込んでいるので、穴のサイズはきちきちで辛そうだ。
「おおいいよ……先は人が立てるくらいの高さがある。続いてきてくれ。」
少し経つと中から声が聞こえてきた。
「じゃあ、うちのチームから行くね……。」
ミーミーたちが先に腹ばいになって次々と中へ入っていく。
「じゃあ、ナーミ、ショウ、トオルと続いていってくれ。俺が最後に行く。」
猛獣系の魔物が襲ってこないよう、周囲を警戒しながらナーミたちを洞窟内へ入れていく。
「いいですよー……。」
トオルの声が聞こえてきたので、辺りを見回して魔物の気配がないことを確認してから腹ばいになって、穴の中へと匍匐前進していく。
「はあはあ……。」
リュックを背負ったままでは穴に入らないので、リュックとクーラーボックスを前に押しながら少しずつ進んでいくと、周りが明るくなってきた。トオルたちが輝照石で照らしてくれているのだ。
『ズルズルズルッ』そうしてトオルとミーミーに引っ張ってもらい、高さ2m位で幅も2m位の洞窟に出た。
「じゃあ、先へ進もう。水飲み場へのルートはそれなりに長いし、分岐もあるからね。」
スースーを先頭に歩き始める。そうか……穴を抜ければ水飲み場と思っていたが違うのか……王子たちと出会えるのは、まだまだ先か……。
「こっちだね……やはり、入った先に印があったよ。負傷者が出たからか、食料調達のためかわからないが、水飲み場を目指したのは間違いがない。やはりダンジョン攻略の経験者が、部隊内にもいるとみて間違いはないだろう。
でも……この可能性を指摘されていてよかったよ。あのままだったら印がない分岐をみつけたら、なにか異常事態が起こって印を残せなかったのだろうと考えて、斥候をお願いして手あたり次第に分岐の先を全部調べながら、おそらく急いで最後まで進んでいただろうね。
さすがにボスステージまで行ってボスが生きていれば、攻略されていないと気付いて戻って来たと思うけど、大きなロスとなるところだった。ご指摘ありがとうございます。」
スースーが急ぎ足で振り返りながら、笑顔で会釈する。いや別に……たまたまだし……。




