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微かな印

「2層目の最初の分岐のところから気にはなっていたんだけど、正しいルートの方向へ矢印が記してある。最初は偶然かあるいは罠かと思っていたんだけど、どうやら違うようだ。ジュート王子の部隊が進んだルートを示しているようだね。


 しかも目立たないように、本当にかすかに記してある。書いた本人じゃないと、わからないくらいにね……これは知恵のある魔物に利用されないためなんだろうな……。


 一度通ってだめで消してといったことはしていないようだから、僕たち同様斥候を使って先行きを確認しながら進んでいる様子だ。気になるのは、それにしては魔物が多く残っているということだ。


 恐らく催眠弾か煙幕かどちらかを使って、なるべく魔物とは戦わずに逃げているのだろうね。そうなると結構先へ進んでいるかもしれない……7層もある広大なダンジョンだから、10日ではクリアしきれていなかっただけと考えてもいいかもしれないくらいだ。


 とはいっても食料は1週間分しか持っていっていないとなると、このダンジョンで調達は難しそうだから困っているかもしれない。恐らくこの推測は間違っていないと思うから、斥候は取りやめて矢印を信じて進んでみよう。構造図は……仕方がないあきらめだね……ジュート王子の部隊を救出することが優先だからね。」


 ほう……地面に印ね……言われてよくみてみると、分岐の手前の地面の岩に、ほんとうに薄ーく矢印が記されている。輝照石で照らしながら角度をいろいろと変えてみて、かすかに見えるくらいだから、普通の状態ではどうやっても分からないだろう。


 300年前にこのダンジョンを踏破したときは1層目しかなかったから、誰かが書き加えたとすれば、ジュート王子たちの部隊しかないわけだ。


 チンパニーランスとか、道具を使うような知恵のある魔物も多くいるから、洞窟の壁にはっきりと矢印をかいてしまっては、同じような印をそこかしこにつけられてしまう可能性がある。


 そうなっては台無しなので、わかりにくく……そうして自分たちが万一遭難した場合に捜索に来るであろう優秀な冒険者にだけは分かるように、軌跡を残しておいた……。なにせ洞窟の中はほぼ岩だらけで、土が露出しているところは非常に少ないので、足跡も残りにくいのだ。


 しかも猛獣系魔物たちがうろうろしているので、1日も経てば埃の上に残ったかすかな足跡くらいは踏み消されて区別がつかなくなってしまうだろう。魔物を倒していったとしても、他の魔物たちのえさになって消えてしまうだけだし、人為的な印を残してルートを明確にしておいたということだ。


 だったら戦わなくても済むのであれば、戦わずに進んだほうがいい。


「魔導石を使っているのではないのでしょうか?この辺りの階層にいる魔物であれば、魔導石で操ることが可能なはずです。生命石同様、非常に希少な石で、その存在自体知るものもほとんどいない特殊効果石ですが、カンアツ軍は所有しているようですし、確かこの前の百年ダンジョンから出土しましたよね?


 リストにあったとお伺いしました。それを使っているのであれば、魔物たちと戦わずに進めるはずです。」

 トオルが魔導石を持ってきているのだろうと説明する。確かにその通りだな……。


「確かに……僕たちの回収した特殊効果石の中に、魔導石はあったよ……僕はその存在をギルドに提出して初めて聞かされたくらいで、知らなかったけどね。レベルの低い魔物であれば、ほぼ完全に操ることができると聞いた。国の軍隊で使用するものであり、冒険者が必要とするようなものではないと言われたね。


 確かにそれがあれば、魔物と戦わずに上の階層だったら進んでいけるかもしれないね。ダンジョンの構造図は1層しかなかったから、ボスまで戦う必要性がないと、安気にしていた可能性だってある。


 ところが、なぜか2層目以降があると気が付いて……これはまずいと考え、誰かが自分たちが進んだルートを示そうと考えたということだろうね……うーん……万全の準備をしてトライしたつもりが……。」

 スースーが腕を組んで、うなってしまう。


「ぐずぐずしてはいられない……先を急ごう。」

 状況が分かってくるごとに、安心要素と不安要素が交互に見えてくる。なんにしても急いだほうがよさそうだ、矢印に従って、駆け足で進んでいく。



『ダダダダダッ』『ススス……シュッ』「ぐぎゃおうっ!」「がぉぅっ!」

 洞窟内をダッシュで駆けていくと、突然輝照石の照らす範囲外から猛獣系魔物たちが勢いよくとびかかってきた。


「火弾!火弾!火弾!火弾!火弾!」

『ボワボワボワボワボワッ』ショウがすぐさま反応し、小さな炎が洞窟内を明るく照らしながら魔物たちに向かっていくと、魔物たちが一瞬ひるんで動きが止まる。やはり野生魔物は火には弱いのだ。


「だりゃあっ!」

『シュッパァーンッシュパッ』『シュパッシュパッ』トオルと2人で前に踏み込んでいき、魔物たちを瞬殺し、『シュシュシュシュッグザグザグザグザッ』少し奥の魔物たちには、ナーミの矢が突き刺さり絶命させた。

 こんなことをずっと繰り返しながら、それでも休まずに駆け続ける。


 なにせ洞窟内をゆっくりと足音を忍ばせて進んでいくのではなく、駆け足でその存在をアピールするかのように、足音を響き渡らせながら進んでいるのだ。


 分岐の反対側の魔物さえもおびき寄せ、前からも後ろからも攻撃を受けながら進んでいき、分岐ごとにジュート王子たちの部隊が残したであろう印を頼りに、突き進んでいく。


 さすがのトオルも、倒した魔物の毛皮の回収はあきらめたので、斬り口の心配をしないで済むのは助かる。

 それでも昨晩の交代の見張り番の時に、トラ系魔物の群れとハイエナ系魔物の群れの襲撃があり、3頭のトラの毛皮はゆっくりと採取できたので、機嫌はいいはずだ。



「はあはあはあ……じゃあ、今日はここまでにしておこうか……恐らくここが3層目の最後の地点だ。辿ったルートが分かっているから、最短ルートで進めるのが大きいね。いずれ追いつけるはずだ。


 旧ドームのようで空間が少し広くなっていて、何とか端の方に土の部分が見つかったから、ここにテントを張ろう。じゃあ、ケーケー……みんなに回復魔法をかけてやってくれ。今日のうちに疲れを取っておけば、短い睡眠時間でも、明日は早くから活動できるだろう。」


「わかった……。」

 スースー達チームの回復より先に、こっちへケーケーが来てくれた。


「悪いね……。」


「いや……俺は回復魔法でしか役に立てないからね。体力には自信があるし、魔力も十分あるから問題ないさ。それよりも、みんなが元気で戦ってくれるからこそ、こうやって先へ先へと進んで行けるわけだからね。

 ボス戦のときだって任せてくれ……俺の回復魔法はダリハネス司教仕込みだから、すぐに元気になるさ。」


「ふうん……その司教が君の回復系魔法を教えてくれた先生なのかい?」


「ああそうさ……俺たちが育った教会の牧師さん……司教といったほうが分かりやすいよね?尊敬する偉大な先生だよ……。」


 ケーケーが笑顔で答える……何だって?教会で育った……?だとしたら……いや、余計な詮索はやめておこう。それこそ個人情報にかかわることだ。俺だってショウのことは何一つ話してはいないし、聞かれてもいないからな。言いたくない事情があるかもしれないし、聞くのはやめておこう。


「スースー!見てくれ、ここ……。」

 ケーケーに皆で回復魔法をかけてもらっていたら、広い空間の向こう側でミーミーがスースーを大声で呼び、すぐにスースーがかけていき、地面をじっと見ている様子だ。何事か……?


「どうやら、推測は正しいようだね……こっち側に野営した形跡があるよ。テントの金具を打ち込んだ穴とかが、魔物たちに踏み荒らされて消えかけてはいるがかろうじて見えるし、魔物たちが掘り起こした跡から、使い捨てたとみられる紙皿や炭を燃やした灰が見つかった。


 ここで宿泊したのは間違いがないのだけど……残念ながら何日ぐらい前かということは分からないね。だけど、僕たちが進んでいるルートに間違いはなさそうだし、追い抜いてもいないから、急げば追いつける可能性は高い。」


 気になっていってみると、スースーが地面に散らかった白い厚紙の断片と、灰色が混じった赤土を触りながら笑顔を見せる。ううむ……確かに何日か前にここを通ったということだけは間違いがなさそうだ。


 俺たちは示されたルートをたどっているだけだから、斥候を使っていちいち探っては進むといった時間がかからないので追いつけるさ……だが、食料が尽きてもう数日経過しているということだけが心配の種だな……。


 この日の晩飯は、なんとカレーだった。市販のカレールーではなく、鶏がらスープを作り、炒めたスパイスとトマトやリンゴを入れたカレーに、肉野菜をいためたものを加えた、本格的なものだ。どうせ米を研いでうるかしてから釜で焚き上げる時間がかかるので、とりわけ大変ではないとトオルが笑顔を見せる。


 この世界にだってカレーはあるのだ……元の世界と食生活に関しては同じじゃないかと思ったが、同じ人間なのだから、同じような食材を用いてできる料理はやはり似ていて当然だ。寿司とかラーメンだってあってもいいはずだ……名称はともかくな……。


 それでもカンヌールやカンアツでは手に入りにくいスパイスがあるようで、スースーのチームに少し分けていただいたとトオルが言っていた。なるほど……ハムとかベーコンが作られている国だからな……スパイスだって、様々なものがあるに違いない……と言っても料理をしない俺にはちんぷんかんぷんなのだが。


 鼻に抜けるスパイスの香りと風味、猛進イノシシ肉のうまみにコクのある味わいとほどよい辛さ……やはりカレーはいい……ご飯が進む……。


 キャンプの食事の定番はカレーと聞き、何もわざわざキャンプに行ってまで、家でも作れるカレーを作らなくてもいいだろうにと、情報サイトのコメントを引きこもっていた時は鼻で笑っていたのだが、大間違いだったと気が付く。みんなで和気藹々と皿に盛られた大盛のカレーを食べる楽しさと言ったら……。


 後片づけをしてから日課のトレーニングを実施し、交代で見張り番について就寝する。



「おや?今日はピザか……窯で焼いているんだろ?すごいね……。」


 ダンジョン入って3日目の朝食は、なんとピザだった。恐らく生地も手作りだろう。サラミやトマトにチーズがふんだんに使われていて、焼き具合も絶品のようでとろけたチーズが持ち上げると糸を引く。

 組み立て式のかまどの上に、石のブロックのようなものが乗せられている。恐らく携帯用のピザ窯だろう。


「へえ……ピッツァのことを知っているんだ。サーケヒヤーでもごく最近南の大陸から伝わった、新しい食べ物なんだけどね。僕らが子供時分には、こんな食べ物はなかったよ。」

 キレイに8等分に切られた1ピースを持ち上げようとしていたら、スースーに指摘され固まってしまう。


「そうよね……ワタルと一緒にいる時にピッツァの話なんか出てこなかったわよね?あたしだって名前くらいは知っていたけど、よその大陸の食べ物で高級品だったから、食べたことなかったもの。どこで知ったの?」


 ナーミまでもが、不思議そうに首をひねりながら俺の方を向く。背中を冷や汗が伝っていくのが、自分でもわかる……まずい……。


「大方、コーボーに滞在していた時に、お店でビールのつまみにでもしていたのではないでしょうかね……毎夕方、私たちが夕食の支度をしているときにミニドラゴンを散歩させるって言って、一人で飛んで行っていましたからね。その時にでも……。」

 するとトオルが、あごに手を当てながら呟く。


「ああそうか……コーボーも港町で、たしかあそこは南の大陸とワインとお酒の交換貿易をやっているんだよね?本格的な貿易はサーケヒヤーしかやっていないはずだけど、食文化が一緒に伝わってきていて、お店もできているのかもしれないね……そうか、コーボーで……。」

 そういいながらスースーが一人納得してくれる。


「ああー……パパーずるーい……一人だけで、こんなおいしいのを食べていたなんて……。」

 するとショウが、恨めしそうに俺の顔を見上げてほほを膨らませる。


「いっいやあ……ビールのつまみの食べ物だとばかり思っていたから……皆には勧めなかったんだ……。」

 とりあえず、話はいい方に向いているようなので、この方向で押し通すことにする。


「悪かったね……今度から地方のおいしいものを見つけたら、独り占めしないで必ずみんなに報告する。」

 そういって両手を合わせて謝って、ショウにようやく許してもらう。


 昨日のカレーの時は、あまりのおいしさにコメントも何もなく、ひたすら黙ってむさぼったのがよかった……あれだってカレーと知っているそぶりを見せようものなら……なにせトオルは料理として知ってはいたようだが、スパイスが手に入らなくて作れないでいたわけだからな。


 そんなカンヌールでマイナーな料理を、トーマが知っているはずはない。ビーフシチューだって実をいうとトーマの記憶には食べた記憶がなかった……忘れているのかもしれないが……。


 没落貴族のトーマ家の食卓は、意外と質素なものだったからな……基本、和食に近い食生活だったし……。

 ううむ……食事時の会話にも、今後は細心の注意を払わなければならないな……。


「今日も、印をたどって急いで進まなければならないね……だんだんと魔物たちの密度も濃くなってきているから、大変だよね……それはそうと、B−級ダンジョン以降は洞窟内に遭遇する魔物たちだって、魔法を使っていたはずだし、クラスが上がるにつれ使える魔法も精霊球の成長とともに上がっていっていた。


 今回は300年ダンジョンだというのに、猛獣系魔物は出てくるが、奴らは魔法を使わないようだ。猛獣ダンジョンは、魔法は登場しないのかい?」

 とりあえずなんとか話題を変えて、皆の記憶から消し去ろうと画策することにした。


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