舞踏会
「いらっしゃいませ。どうぞお入りください。」
がっしりとした大柄な体に黒いスーツを着込んだいかつい男が2人、洋館の大きな扉の両側に立っているのに軽く会釈をして、丸眼鏡が扉を開けて中へといざなってくれる。
中はエントランスのようになっていて、広い吹き抜けの空間の先には、階上へと続く湾曲した階段が左右に対照的に配置され、その間の正面にある大きな扉を開けて進むと、そこは大きなホールになっていた。
「もうすでに始まっているようですね……。」
ホール中央と4隅に配置された、高い天井から吊るされた大きなシャンデリアには、太い蝋燭が数十本並び、柔らかで温かい空間を照らし出していて、ホールの奥では生バンドが管楽器や弦楽器にドラムを用いて、クラシック音楽的な楽曲を奏でている。
その音楽に合わせて、多くの男女がホール中央で社交ダンスを踊っているようだ。
「はあ……内輪の食事会かと思ったが……違ったようだな……。」
多少格式ばった形式で、白いクロスがかけられた長テーブルに配置された席に座り、かしこまりながら食事をすることは覚悟していたのだが、なんとパーティではないか……ううむ……なんだか場違いなところに来てしまったような……。
「いやあ、どうも……突然、呼び立ててしまい申し訳ない。内々に来訪しようと思い、スケジュールを隠していたのだが、どこからかぎつけたのか、コーボーの有力者たちが、別荘に来るならぜひとも晩餐会をと申し入れてきて、強引にコックとオーケストラバンドを仕立てて送り込んできてしまった。
おかげさまで、このようなありさまだ……どうせ、自慢の娘たちを披露したいだけなのだろうがね……こういった式典でもないと、せっかく仕立てたドレスを着せる場所もないって泣きつかれ、しぶしぶ承知したわけだ。地方の有力者たちのご機嫌取りも、また王家のものの仕事だからな……仕方がないのだ。
内々のつもりだったから、都合が悪ければ夜半にでも押しかけていく所存だったので、約束も取りつけずにきて申し訳なかった。明日に延期したかったのだが、明日は王都で所要があるため抜けられず、今晩のみの自由時間であったもので、本来こちらから訪問するところを呼びつける形になってしまい、大変申し訳ない。
同時に、快く参加いただけたこと、感謝いたす……。」
そういって、ホーリ王子は軽く頭を下げた。
「そっ……そんなもったいない……。ご招待感謝しております。ホーリ王子様もお元気な様子で何よりです。王子様に、お伝えしたいこともございましたので、こちらとしても都合がよかったのですよ。」
速攻で片膝をついて、頭を下げる。日程が決まっているわけではないのだが、近々のうちにサーケヒヤーへ行くことは、伝えておいた方がいいだろう。
「いやあ……命の恩人のワタル殿に、そのような態度をとられるとこちらが困ってしまう。友人としてお付き合いねがえないものだろうか……。まずは、お顔をお上げくだされ。
それはそうと……以前お会いした時には、チームメンバーは男性3人に女性一人だったように記憶しているが、本日はこんなきれいな女性が2人……もしかしてご伴侶をご同伴いただけましたか?」
ホーリ王子に両手を差し伸べられて、恐縮しながら立ち上がると、ナーミとエーミに視線を移し笑みを浮かべられる。
「いえ……その……この4人がチームナーミュエントのメンバーなのです。訳あって一人は冒険者でいる時は男性の格好をしていまして、ショウと紹介しましたが正真正銘の女性……私の愛娘エーミなのです。」
そういって美少女エーミを紹介する。ホーリ王子には隠し事をする必要性も感じなかったから、出会った時にも外観が変わることを告げてあるし、いちいち詳細事情を説明しなくても大丈夫だろう。
それに……エーミはもういっぱしの冒険者であり、自分で自分の身は守れるくらいになったと感じている。
だから知り合いのいない土地でさえあれば、本来の姿に戻っても大丈夫ではないのかな……とも考え始めているのだ。
「エーミです……。」
エーミがスカートをつまみ上げ、軽くひざを曲げて会釈をする。
「おおこれはこれは……なんてかわいらしいお嬢さんだ……。そうするとこちらのお美しい女性がナーミさんですね……王子という職業柄、人の名前を記憶する能力だけには長けておるのですよ。
あなたたちのような美しい女性たちが、あのような勇猛果敢な冒険者たちであったなんて……想像もし難いですが、まぎれもない事実なのですね。大変すばらしい。文武両道才色兼備をまさに文字通り実践していらっしゃる……。
よろしければ後で、一曲ずつダンスをお願いできましたら、光栄なのですが……。」
そういってホーリ王子は、ナーミとエーミの前で膝を折り曲げ頭を下げる。
「えっ、えっ……あっあたしは……だめよ……踊れないもの……。」
ナーミは思いのほかうろたえ、どうしていいのかわからず俺とトオルの顔を何度も見回す。
「あっあたしも……王子様となんて……恐れ多くて……。」
内気なエーミも、顔を赤らめて一歩下がる。
「まあまあ……いらっしゃったばかりですから……何かつまんでから、腹ごなしにでもお願いしますね。
王子……向こうで市長の娘さんが……。」
2人ともしり込みする中、丸眼鏡がやってきて王子をホール奥へと連れて行ってくれた。なんか緊張した……。
「ふうー……ダンスなんて無理よー……どうすればいいの?」
ナーミが本当に困った様子で訴える……どうにも断ったといえる雰囲気ではないからだ。相手は一国の王子だし、別荘を借りている手前、むげには断れないしな……。
「まあ、まずは夕食前ですし、言われた通りに何かつまんでおきましょう。そのあとナーミさんには、私が簡単なステップをお教えしますよ。エーミちゃんはダンスは習っていましたよね?」
一人冷静なトオルが、まずは腹ごしらえを提案する。
「そうね……せっかく来たんだから食べられるだけ食べなくちゃね……。」
食べ物の話になると、急にナーミが元気を取り戻した。
「後でエーミと一緒に踊ってね……エーミもちょっと不安だから……。」
エーミが俺の右手をつかんできて、一緒に歩き始める。エーミは、トーマ家の養女として迎えられたわけだから、伯爵家にふさわしい娘としてサートラがダンスも習わせていたはずだ。
本格的に習ってはいたはずなのだが、そうはいってもいきなり社交界デビューが王子様のお相手では、さすがに荷が重いわな。トーマは当然ながらダンスも踊れるはずではあるが、肝心の頭脳の俺が社交的なことを全く知らないからな。どうしよう……身を任せておけば、剣術のように勝手に体が動いてくれるのだろうか?
ホール奥の一角では、白い大きな前掛けをしたコックたちが並んで、ローストビーフや鳥の丸焼きやオムレツなどを切り分けてくれている。コック込みで押しかけてきたと言っていたのは、冗談ではなさそうだ。
「お肉山盛りと……コーラっていう飲み物あるかしら?」
ナーミは不安を紛らわせるために、とりあえず食べることにしたのか、肉を山盛りにしたうえで、前回の晩さん会で好評だったコーラをドリンクに頼んだようだ。コーラはまだまだ高級飲料のようで、一般の商店にはほとんど売っていないとナーミが以前嘆いていた。
各自それぞれ肉や魚にご飯を盛ってもらい、ホール隅の立食用テーブルに皿を持ち寄る。みんなダンスに夢中なのか、酒やドリンクを手にしている男性やご婦人は多いが、食事を始めたのは俺達だけのようだ。
食べてきているのかな……?
「うーん……おいしいわね……トオルの味付けは本当においしいし勉強になるけど、こういったいつもとは変わった味付けも新鮮よねー……調味料が違うのかしら?」
ナーミはおもいきり肉や野菜をほおばりながら、味を品評していく。
「そうですね……この地方独特の調味料があるのでしょう。醤油やソースも、カンヌールとは微妙に味が異なるようですからね。お味噌も赤味噌が主流のようですし、地域ごとに好みの味付けは変わってくるようです。
世界中の調味料を集めるのもいいかもしれませんね。」
トオルも料理一つ一つを味わいながら、その調理手順を想像している様子だ。
俺は、鶏のような鳥肉の唐揚げと、春巻きのような米粉の皮で肉や野菜を包んだ料理をチョイスし、今日も赤ワインを嗜むことにした。
揚げ物は当然ながら油がもったいないので、野宿しているときにはほとんど味わえず、焼き物主体の料理がトオルの場合は多いので、こういった料理はありがたい。決してトオルの料理がおいしくないということではなく大変おいしいのだが、ナーミじゃないけどたまには違った料理も味わいたいのだ。
「じゃあ、パパ……一緒に踊って……。」
取り敢えず腹を満たしてから、エーミに手を引っ張られホール中央へと連れていかれる。えーい仕方がない。
エーミに恥をかかせないように、唐揚げを食べながらもダンスのステップを、トーマが習った時の記憶を必死にたどっていた。基本ステップは全て足さばきを頭の中で反復練習したから、後は体がどうついていくかだな……エーミの手をもって、ホール中央のなるべく人が少ないところで踊り始める。
「いいですか……ステップはこのように……。」
トオルとナーミもホール中央でダンスの練習を始めた様子だ。なにせ、皆遠慮しているのか、ホールの周辺部分だけ混みあっていて、中央部分のみ空いているのだ。
こちらはほぼほぼ素人だから、人が多い中でうまく避けながらくるくるとダンスなどできる自信がないから、どうしても人のいない中央で踊らざるを得ないのだ。
無心になってリズムに合わせ、体が動くがままに身を任せていると、何とか様になっているのだろうか、エーミも楽しそうに笑みを浮かべている。
履きなれないハイヒールだが、それでもうまく動いているのは、さすが女の子だなと感じる。
『パチパチパチパチ……』曲が終わったので一休みと思ったら拍手が沸き上がる。うん?誰かお客さんでも登場したのかな?
「いやあ素晴らしいダンスですね。先ほどは自信がないようなふりをしていらっしゃったが、ご謙遜のようだ。
では約束通り、私とも……。」
俺とエーミのところへ王子がやってきて、手を差し伸べてきた。どうやら俺たちのダンスに対して、拍手が沸き起こっていた様子だ。まあ……目立つホール中央で自信満々に(本当は仕方なくなのだが……)踊っていたわけだから、さほどうまくなくても気づけば拍手位贈ってくれるわな。気遣いありがとうございます。
「えっで……でも……。」
手を差し出されたエーミは恐縮して、耳たぶまで真っ赤に染めている。
「行ってきなさい……。」
俺のダンスはともかくとして、エーミは動きも滑らかで軽やかなステップだった……とトーマの記憶と照らしてもそう思える。決して親の欲目なんかじゃない……自信満々にエーミを送り出した。
「ほぉー素晴らしい……。」
「なんてかわいらしいのかしら……天使のようね。」
ホーリ王子とエーミのダンスが始まると、皆ダンスをやめてホール中央に視線が注がれ、ため息交じりのつぶやきがそこかしこから漏れ出てくる。そうだ……俺の……じゃなかったトーマの自慢の娘なのだ……と、大声で叫んで回りたいような気分だ。
『パチパチパチパチパチ』1曲終わると先ほどよりも一層大きな拍手喝さいが沸き起こる。素人の俺が見ていても素晴らしいダンスだった……さすがエーミだ。
「では、今度はナーミ嬢……お願いいたします。」
今度はホーリ王子はナーミのもとへと歩み寄り、膝をつき手を差し伸べる。
「えっえっ……どっ……どうすれば……。」
「先ほどお教えしたステップで、後は王子様のリードにお任せすれば大丈夫ですよ……。王子様……時間がなくてツーステップまでしか覚えておりません。ですので、そのリズムでお願いいたします。」
トオルがナーミを送り出すのと同時に、ホーリ王子に言付けする。
「おおそうか……じゃあ、曲を変えよう。へーい……演奏曲は……。」
王子が曲名を告げると、ゆっくりとしたテンポの曲が始まった。
「では、お願いします……。」
王子に手を引かれ、ナーミがホール中央へと向かいダンスが始まった。
「こ……これは……なんとお美しい……。」
「どなたなの?どこのお姫様?」
今度はそこかしこから、驚嘆の言葉が漏れ出てくる……そうだろうな……確かにナーミは美しい。
普段はすさまじくかわいらしいのだが、少し化粧をするだけでとびっきりの美女に様変わりする。あれでまだ17歳なのだから末恐ろしいというか……楽しみというか……。
『パチパチパチパチッ』曲が終わると、割れんばかりの拍手にホールが包まれる。確かに素晴らしかった……さすがナーミだ……そうしてトオル……ありがとう……。
大盛況のまま、晩さん会と言うよりも舞踏会が終了した。
「はあはあ……いやあ、本当に素晴らしいご婦人方だ……本格的に社交界デビューされてはいかがかな?
王都でも、あなたたちのような素晴らしい女性に出会えることはめったにない……ぜひとも、我が国に仕官いただいて……飛竜も一緒に住めるような住居だって、提供させていただく所存だ。」
ダンスの興奮冷めやらないのかホーリ王子は、またもや士官を勧めてくれる。非常に有難い話ではあるのだが、俺には士官するつもりなど全くない……元引きこもりに宮仕えなどできるはずもないのだ……。
「だめですよ……ダンスのうまさで重臣を徴用しては、国がつぶれてしまいます。」
すぐに丸眼鏡がやってきて嗜めてくれた。




