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第2の精霊球

「あっあの……何かついていま……いま……いいいいい、いるか?」


 何気なくダーシュのほうを見ていると、恥ずかしそうに胸のあたりと股部分を手や腕で隠しながら体をよじる。ダーシュの顔は青年というより、どう見ても美少女なので気になってしまうのだが、まあ男の体だ。

 だが、こういう様子を見ると、ますますお小姓という役割を懸念してしまいそうだ。


「おお悪い……じゃあ行くぞ、クナイは大丈夫か?」

 ふんどし一丁で剣だけを腰ひもでぶら下げ尋ねる。


「はっ……クナイは十本だけ腰のベルトに並べて止めてあります。それと刀を持ち……もち……持った。」

 ダーシュはそう言いながらクナイを留めた皮ベルト見せ、それから背を向けると、まっすぐでそりのない長刀が、ひもで背中に斜めにかけられていた。


「ようし、行くぞ。ダンジョンの入り口は川の中だ。今回も俺の動きをまねてついてきてくれ。」

「はいっ……しょ……承知……わかった。」

 まだ俺との会話がぎこちないが、まあおいおい慣れていくだろう。


 崖から突き出た岩の下まで川の浅瀬を伝っていき、そこからさらに大股で上流へ十歩進み、右に折れて5歩も進むと急に川が深くなり立っていられなくなる。

 そこで潜って川底を伝い、さらに上流に向けて泳いでいくと川の水が流れ込んでいるような渦が見えるので、そこへ飛び込んでいく。


『ピチャーン、ピチャーン』日の光が届かない川底のダンジョンにつくと、おでこに張り付けた輝照石が自動的に輝きだして周囲を照らす。幅が1m程で高さが2mほどの小さな洞窟だ。


「こっ……こんなところが川底にあるなんて……すごいです……すご……すご……すごいね。」

 すぐにやってきたダーシュが、突然切り替わった景色に絶句すると同時に恨めしそうな眼付きで俺をにらむ。


「わかったわかった。どうしても言いにくいなら丁寧語で話すことは許す。だが、俺のことは様付ではなく呼び捨てで呼ぶこと……それで、いいか?」

 このところ会話も減ってきたし、いい加減なところで妥協しよう。


「あっありがとうございます……!ワタル様……ではなくて……ワタル!」

 ダーシュがうれしそうな笑顔を見せ、深々と頭を下げる。


 このダンジョンも、カルネが見つけた時にはできたばかりの若いダンジョンで、ボスは成長過程のところを一応倒しておいたが、精霊球は幼すぎて回収しなかったと聞いている。


 どうやってダンジョンを見つけることができるのかと聞いたら、長年冒険者をやっていることによる勘だと言っていた。いくつものダンジョンを踏破していくと、いつしかダンジョンの空気というものが分かるようになり、一定範囲内まで近づくとそこに存在することが認識できるようになるらしい。


 とはいっても、外観上はただの平原なのにそこに足を踏み入れると突然落とし穴になる入り口や、このダンジョンのように川底深くに入り口があるものなど、存在が認識できても入り口を見つけるのは容易ではないとも言っていた。


 ごつごつした岩肌の上にところどころ苔が生えているので、注意して進まないと滑って転びそうになるので、慎重に一歩一歩、足元を見ながら進んでいく。


「危ないっ、伏せて!」

 後ろをついてきているダーシュが叫ぶので、その場で身をかがめる。


『シュッ』『ゴツンッ』頭上で衝突音がして、すぐ目の前にこぶし大の黒いものが落ちてきた。

 みるとつやつやと黒く光り輝く甲殻を持つゲンゴロウの魔物が、ダーシュのクナイに貫かれて息絶えていた。

 高速で飛んできて喉笛にかみつき、大きな動物でさえも倒してしまう要注意魔物だと、カルネから聞いたダンジョン攻略メモに書いてあったな。昨晩読み返したというのに、もう忘れていた。


「助かったよ、ありがとう。」

 魔物の腹からクナイを引き抜くと、ダーシュに投げ返して頭を下げる。


「いえ……ご無事で何より。」

 ダーシュは少しはにかみながら笑みを見せる。頼りになる相棒だ。


 その後、ヒルのような吸血系の魔物やら沢蟹系の魔物に出会い、沢蟹系魔物は食用になるが傷みやすいというので、剣の柄で叩いて気絶させ、ひもで足を縛って吊るして持ち帰ることにした。


 このダンジョンも迷路のような分岐がいくつもあったが、カルネに聞いた道順を昨晩一晩かけて暗記し、最短ルートで進み、2時間ほどで最奥の空間に達する。


 そこにいたのはカルネから聞いてはいたのだが、巨大ナマズの魔物だった。

 黒光りするうろこのない体に2本の口ひげを蓄えた大きな口。体長3mに達しそうな魔物は、その口で人間だって一飲みにできるのではないかというくらいの迫力があった。


『くうぉーっ!』ナマズが鳴くかどうか知らないが、巨大魔物は雄たけびを上げる。

 久々の獲物がうれしいのだろう。こんなでかい体であれば、俺たちが通ってきた洞窟の通路は通れるはずもないので、エサを探して徘徊といったことは無理だろう。


「だありゃあっ!」

 剣を大上段に振りかぶり、間を詰めると脳天唐竹割のように思いきり振り下ろすが、『ズゴズルッ』硬い皮膚に少しだけ斬りこみを入れたところで、剣は横に滑り落ちる。


「ちいっ……とうっ!」あきらめずに今度はその太い胴体めがけて左から水平斬りを仕掛けるが、『バズズルッ』またもや剣はそのまま体表を滑り空を切り斬りつけられない。


『ぐもーっ』『バッシャーンッ』大ナマズはその巨体を揺るがせ、思い切りしっぽを振り回してきたので慌てて後ろへ飛びのくと、『ピッチャン』ほほに冷たい雫が飛んで来た。動きはさほど速くはないが、強烈な一撃だ。

 手でほほを触ると、何かぬめーっとした透明の液状のものがついている。


 どうやら大ナマズの体表は粘性のある液体に覆われていて、剣先を鈍くさせるのだろう。

 ウナギやドジョウのぬめぬめと同じようなものだろうな。


『シュシュシュシュ』『ズッズルッズルッズルッ』ダーシュがクナイを投げつけるが、やはり奴には刺さらず表面を滑り抜けていく。


「だめですっ、攻撃が通じません。」

 ダーシュが叫ぶ。


『ぐんもーっ!』『シュッパンッ……バッゴォーンッ』またもや大ナマズはその巨体のしっぽを振り回し、俺たちが後方へ飛びのくと今度は反転し、上からしっぽを振り下ろしてきた。

 地響きを立てて地面の岩が砕け飛び散る。すさまじい破壊力だ、こんなの食らったらひとたまりもない。


「豊かなる大地の聖霊よ、友を信じその力を貸し与えよ。その術を使い大地を揺るがし敵の足元を襲え。地震!」

 剣が通じないのなら魔法だ、幸いにも魔物の動きはさほど早くはない。一定の距離を置けば十分に詠唱可能だ。しかも相手はこの空間から逃げ出すことはできない。


『グラグラグラグラッ』大ナマズの足元が激しく振動し始める。

『ぐっはーっ!』『バッシャバッシャバッシャ』途端に大ナマズは激しく動き出した。


「かえって喜んでいるのではないのですか?」


 激しい魔物の動きを見てダーシュがつぶやく。よく考えてみれば、ナマズが騒いで地震になると言われていたくらいだ、地震との相性は良さそうだな。

 といっても他の魔法効果がある精霊球は持っていない。土関係の魔法しか使えないのだ。


「豊かなる大地の聖霊よ、友を信じその力を貸し与えよ。その術を使い大地を崩し敵を埋めつくせ。崩落!崩落!崩落!崩落!」


『ガラガラガラガッシャーンッゴロゴロゴロッドドーンッガラガラガラドッゴーンガラゴロガラドッガァーンッ』大ナマズを囲むように天井が崩れ、岩や土砂が落ちてきて大ナマズの体を埋めた。効果範囲が2mほどなので、4回唱えて範囲を広げてみたのだ。


「よしっ、今のうちだ!」


 すぐに駆け出すと、土砂に埋まったがれきを急いでどかし、真っ黒な大ナマズの一部を露出させ、剣を垂直に突きさす。『グザッ……グググッ……ズズズズッ』かなり硬い皮膚だが、渾身の力で押し込むと、剣の根元まで深く突き刺さる。相手が動きを止めて、はじめて攻撃が通ったのだ。


「よしっ!突きなら何とかぬめぬめの効果も薄く剣が突き刺せる。ダーシュも向こう側のがれきをどかして剣を突き刺してくれ。ただし、一部だけ露出させるんだ、動き出されたらかなわない。」


 剣を突き刺すならぬめりの影響は少ないだろうと予想できても、あれだけ激しく動いて反撃を仕掛けられていたら、捨て身の突きを放った後の一撃であの世行きだ。1撃で仕留めるのは難しいと考え動きを止める必要性があった。そのため天井部分の岩壁を崩落させて生き埋めにしてみたのだが、案外うまくいった。


 大ナマズに関しては、カルネも楽勝だと言って弱点は教えてくれなかったからな。


『ガラガラガラッ』『グザッグザッザッ』「確かに剣が刺さります。」

 ダーシュは向こう側に回り込むと、がれきをのけ大ナマズに剣を突き刺していく音が聞こえてきた。


『グザッグザッグザッ』俺もしつこく剣を何度も突き刺し続ける。『ぐもーんっ……』するとやがて、大ナマズの断末魔の叫び声がして、その後全く動かなくなった。倒せたのだ。


「よしっ何とかなるもんだな……やはり魔法は役に立つぞ。じゃあ精霊球を探すとするか。」

 大ナマズの背後の壁を丹念に見て回る。


『ガラガラガラガラッ』「天井が崩れてきています。」

 背後からダーシュの叫び声が聞こえてくる。振り向くと、確かに細かな石や土が、先ほど崩落させた部分から、止まることなく落ち続けてくる。天井の硬い岩盤を広範囲に砕いてしまったからな。


 そうはいっても、精霊球もなしに手ぶらで帰るわけにもいくまい。

 おおあった……多少土埃に隠れて見つかりにくかったが、壁のくぼみに小さな青く光る球を見つけた。精霊球だろう。


「よしっ、急いでここを出るぞ!」

 ダーシュとともに奥の壁にある洞窟から逃げ出し一目散に駆けだすと、やがて川底に自分がいるのに気づき、急いで水面へ顔を出す。


「はぁはぁはぁ……ダーシュっ……おいっ……ダーシュっ……脱出できたか?」

 立ち泳ぎをしながら周囲を見回すが、姿が見えない。仕方がない、もう一度潜って……と潜ろうとしたら『ザッパァーンッ』勢いよく川面が盛り上がり、ダーシュが顔を出した。


「おおよかった……無事だったか……。」

 ほっと一息つくのもつかの間、このまま流されると厄介なので、すぐに浅瀬まで泳いでいく。


「ふうー……結構大変だったな。でもまあ……何とかなるもんだ。」

 ミニドラゴンのところまで戻り、タオルで体をふいて装備を着込む。


 20年未満のダンジョンは管理されていないとはいえ、出現魔物もボスも級が付かないほど低レベルで、冒険者が攻略するダンジョンとは比較にならないと聞いていた。


 そんなダンジョンですらようやく勝ちを拾った程度では、冒険者として今後やっていけるのかどうか不安になってくるな。

 やはり初級冒険者は強いパーティに参加して、レベルを上げていく必要性があるということだ。


「これはダーシュが身に着けていてくれ。」

 先ほど取得した青い精霊球を手に持ち、ダーシュに差し出す。


「えっ、私が持ってもいいのですか?」


「当たり前だ、最初の精霊球は俺が持ったから次はダーシュのだ。それに魔法の呪文を唱えるのは1度に一つだけだ。いくつも精霊球は持てるだろうが、分散したほうが効果は大きい。」

 ダーシュの手に精霊球を乗せようとすると、その手には大きな荷物が握りしめられていた。


「なんじゃそれは。」


「ああ……先ほどの大ナマズの肉です。かば焼きにしたらおいしいかと思って……とりあえず取れるだけ持ってきました。採取用の袋は沢蟹を詰めたもので、仕方なく油紙で包んだだけで、手で持ってきました。」

 ダーシュがそう言ってほほ笑む。魔物採取用の手提げ袋はダーシュしかもっていないのだ。


 それにしてもまあ……あのいつ天井が崩れてきてもおかしくないような状況で、精霊球を探そうともしないでそんなことをやっていたのか。だがまあいいか……無事に戻ってこられたんだしな。

 その日の晩飯は大ナマズのかば焼きと山菜鍋だった。沢蟹はそのまま素揚げして、保存食とするらしい。


「ダンジョン……壊れてしまいましたね。」

 かば焼きをほおばりながら、ダーシュがしみじみ呟く。脱出の時に後ろで一層激しい崩落の音が聞こえてきたからな、一歩間違えば閉じ込められるところだった。


「ダンジョンは生きていて、壁や天井が壊れても、時間が経てば元に戻るそうだ。その時にまた別な通路が出来たりして迷路を複雑にしていくらしい。」

 カルネから聞いたことを受け売りしておく。ナマズの魔物のかば焼きは、ふっくらとして香りもよく絶品だった。



「涼やかなる水の聖霊よ、友を信じその力を貸し与えよ。その術を使い大雨を降らせよ。夕立!」


『ズザザザザザザッ』晴れていた空が一瞬で曇り、十メートルほど先の地点が見通しできないほどの大雨に見舞われる。おおよそ直径2m程度の効果範囲だが、敵の足止めにつかえるだろうし、鳥系の飛んでくる魔物には大きな効果があるだろう。


 食後の腹ごなしというかトレーニングで、ダーシュにカルネから聞いた水系魔法の呪文を教えている。


 ほかに津波などの敵の大きな損害を与える初期魔法もあるようだが、これは海岸や川岸など豊富な水があるところでないと使えない。範囲効果はないが、水滴を高速で飛ばす水弾という魔法もあるようなので、威力と精度を高める特訓を開始する事にした。


いつも応援ありがとうございます。文章評価やブックマークなどしていただけると、今後の連載の励みになります。また感想なども、お手間でなければ送っていただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。

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