別荘の異変
「おーいまだか?」
「腹減っているんだ、早くしてくれ。」
「まだかー?」
馬車で別荘入口へ着くと、なぜか人だかりができていた。
「おい……順番だよ!並んでいるんだから、横入りするんじゃねえ!」
人ごみをかき分けて入っていこうとしたら、最後尾の人たちに止められ、怒られた。
「ああ……俺たちはこの別荘の住人でね、帰ってきたところなんだ。君たちはここで何をしているんだい?」
どこかであったようなシチュエーションなのだが……今度はギルドではないし、彼らも冒険者ではなさそうだ。
「あーん?俺たちはここへ、食いもんをもらいに来ているんだ。だまして横入りしようとしたって駄目だぞ!ちゃんと並べよ。」
なんだかわからないが、先へ進もうとしても立ちはだかれて行けそうもない。
「チートさーん……チートさーん……すいませーんチートさーん!」
仕方がないので、門の外側からあらん限りの大声で管理人のチートの名を呼んで見る。
「はーい……どなた?ああっ……ワタル様……大変申し訳ございません……ささっ、どうぞこちらへ。」
通用門から初老の男性が顔を出して、俺に気が付いて人垣をかき分けてやってきてくれて、チートに連れられようやく中へ入ることができた。
「一体どうしたのですか?この人だかりは……。」
門の中へ入ると、中は中で人だかりができている。正門は閉めていたようだが、ある程度人で埋まったから、一旦閉めて人数制限したという状況のようだな。
「ははあ……大変申し訳ございません……彼らはその……港湾作業員でして……この国の各所から出稼ぎにきている連中です。ですが港湾作業なんてものは、毎日確実に仕事があるわけでもないので、仕事にあぶれてしまうと、満足な食事も食べられなくなると聞いております。
彼らは故郷に多くの家族を抱えているため、食費も節約しなければならないようなのです。あまりにも気の毒なものですから、この別荘は国王様の旧別荘で取り壊し予定なのですが、それなりの手当てを頂いて取り壊しまではここでの生活ができております。
その手当をやりくりして、毎日炊き出しをしていたのです。私ら夫婦には子供がいませんので、せめてもの社会貢献といったことです。これまで数年間行っておりましたが、職にあぶれた作業員が、せいぜい1日に数人程度やってきて、昼飯を食べて帰っていっていた程度だったのです。
ところがワタル様たちがいらっしゃって、ナマズ肉とかアザラシ肉とか珍しくておいしい肉を頂いたものですから、そちらを振るまったところ、おいしいと口コミで広まったのか、今日はこの大行列となってしまいました。
ここにいるのは私たち夫婦のみですから、さばききれずに弱っていたところなのです。本当に申し訳ございません。」
チートが困惑した表情で、頭を下げる。
「ああそうですか……港湾作業で出稼ぎに来ている人たちに……分りました。じゃあ、みんなで手伝おう。」
「もちろんよ……。」
「いいね……。」
「じゃあ、私は冷蔵庫から保存用の肉を出してきますよ。エビ肉もありますが、途中からメニューが変わったら不公平でしょうからね。エビ肉は明日用ですね。」
トオルが急いで部屋へ戻っていった。
「じゃあ、ナーミは調理ともりつけ、ショウはできた食事を配ってくれ。」
「わかったわ。」
「うん……。」
「お手伝いいただけるのでしょうか?しかも更にお肉まで……本当に、ありがとうございます。」
チートが深く深く頭を下げる。こちらこそ、地域貢献を手伝わせていただいて感謝したいくらいだ。
「えーと……じゃあ……この中で、リーダー的な人はいないかな?」
最前列で、中庭に並べられたテーブルに座って食事中の人たちに向かって確認する。
「リーダーって……班長のことかい?この人だよ……。」
「おれ?俺は……一応、港湾作業で班長をやらせてもらっているが……所詮は日雇いなんだが……。」
がっしりした体に日焼けした褐色の肌の男が、少し自信なさそうに会釈する。
「ここは、あのチートさんっていう管理人さんが善意で食事を振るまってくれる場所のようだが、見たとおりチートさん夫婦の2人しかいない。俺たちは冒険者だから、昼間はダンジョンへ出かけているからね。
だから、こんなふうに大人数で押しかけられても対処できずに、ただただ待たされることになって、それはお互いにいいことではないと思う。
君たちの中でチートさんを手伝おうっていう人がいないのが残念だ。持ち回りでも何でもいいから、料理や配膳や食器洗いなど手伝って、少しでも効率よく皆が食事にありつけるよう出来ないか?」
すきっ腹の状態で、こんな面倒なことを主張しても相手を怒らすだけだが、腹が満たされていれば冷静に判断できるはずだ。なにせ、明日から自分たちが早く食事にありつけるかどうかがかかっているのだからな。
「あっああ……確かにそうだな……わかったよ……今日宿泊所に帰ったら、みんなに提案してみるよ。
元料理人の奴もいるみたいだから、手伝おうと思えば手伝えるはずだ。」
男は少し考えた後、笑顔を見せる。
「そうか、ありがとう……俺はワタルという。名前を聞かせてもらえるかい?」
「俺はキーチだ。班長のキーチって言って探してもらえれば、すぐにわかるはずだ。」
「ありがとう、よろしく頼むよ。」
「はーい……食事が終わった人から、席を開けてくださいね……次の人の分を運びますよ……。」
ショウが大きなお盆で料理を運んできて、テーブルに並べ始めた。ようやく人が少しずつ動き始めたようだ。
「本当に申し訳ありませんでした。お客様に手伝わせてしまうなんて……そうして本当に助かりました、ありがとうございます。私ら夫婦だけでは、どう対処していいのかわからず、途方に暮れておりました。
明日からは、ご迷惑をおかけしないように、このようなことはやめたいと思っております。」
この日は6時過ぎまでかかって、ようやく皆に食事がいきわたったようで、人ごみははけた。ナーミたちがチートの奥さんと一緒に、食器類を片付けているところだ。
「とんでもありません、こういった人助けならいくらでも協力させていただきますよ。メンバーたちだって、喜んでやらせていただいているはずです。明日からのことは、チートさんたちが無理と考えるのであれば仕方がないのですが、可能であれば続けた方がいいと考えます。
我々でできることなら協力させていただきますし、港湾作業者たちの中でリーダーと言える人物の名を聞いておきました。人が多すぎて対処に困る場合は、彼に言って手伝ってもらうようにすればいいと思います。彼らの中にも料理人とかいるそうなので、調理だって手伝ってもらえるはずです。
食材は大目に提供させていただきますし、我々がここにお邪魔している間だけでも、続けられたらいかがでしょうか?」
チートにはキーチの名を伝えて、明日からは協力してもらうよう、アドバイスした。そうして、今日もエビ肉など冷凍保存予定だった分も含め、大量に支給した。こんな社会貢献なら、ぜひとも協力させていただきたい。
トーマも小作農家からの徴税の代わりに、孤児院などに配給するようにしていたようだし、皆陰でできることはやっているのだと思い、感心している。俺はどうだろうか……前世の俺は、社会貢献どころか社会に迷惑をかけることしかしていなかったように思える。
こっちの世界に転生してきて、なぜかうまく生活できているのは、下地としてのトーマという人物があっての賜物だと常々感じている。彼の名を汚さぬよう、トーマらしく……トーマだったらこういった時はどうするのかと、考えながら行動したい。そうしていずれは俺自身の力で、この世界に貢献したいものだ。
「こっ……こんなに……しかも高級食材を……彼らも大喜びすることでしょう。わかりました、明日もまた何とかやってみます……本当に、ありがとうございます。」
チートはまたもや深く深く頭を下げたが、こちらこそ、本当に頭が下がる思いだ。全員で大量の食器を洗って片付け、ようやく終了。どうせならと、チート夫妻と一緒に中庭で晩飯となった。
この日の夕食は、カニ鍋とオオロブの刺身だった。エビの刺身はプリっぷりで、わさび醤油との相性も抜群で、酒が進んだ。みそ仕立ての鍋に、カニの身からだしがでて、スープはうまいし、カニの身の口当たりとうまみは最高のものだった。さらに締めの雑炊がたまらない……。
チート夫妻の若い頃の話とか、出会ったきっかけなどの話が聞けて、場が大いに盛り上がった。
ミニドラゴンにも、大量の跳ね海老を甲羅を剥かずにそのまま与えたあと、空中散歩した。
「じゃあ今日は、海系ダンジョンでギルド推奨となっている、サメと書かれたクエストにしよう。推奨理由として、サメ肉は売価が安く人気がなく、集サメ石の需要が高まっているので、どうか処理をお願いしますと書いてある。もろに安いと書いてあるのもどうかと思うのだが……。
俺たちのクエスト目的は、報奨金だけが目当てというわけではないから、いろいろなダンジョンを経験するためにも、このクエストをこなしてみたいと思っている。
チートさんの慈善事業の炊き出しも、昨日のエビ肉をかなり大量に持ち帰ったから、2、3日なら何とかなるだろ?」
これも社会貢献の一種ではないかと、小さなことから始めたいと考えた。
「あたしはダンジョンなら、なんでもいいわよ。」
「僕もー……」
「うーんそうですね……海老だったら刺身でもフライでもてんぷらでも、バリエーション豊富ですからね、飽きずに食べられることでしょう。それにしてもサメのダンジョンですか……いいでしょう行きましょう。」
一番の難敵と思われたトオルが、意外とあっさりとうなずいた。奴は文字通り倒した魔物の肉の回収に命を懸けているのだが、対象はサメでもいいということだろうか……。
実は昨日、銛を調達したのはサメのダンジョンも想定してのことであった。
『ガチャッ』いつものように堤防を海側に降りて側道を進み、金網の扉の中から72番と書かれた扉の南京錠を外して中へ入る。やはり、町中にダンジョン入り口があるというのはありがたい。
『ドガドガドガドガドガッ』洞窟内に入った途端に、前方に掲げる盾に強い衝撃が走る。
『ピッチャピッチャピッチャッ』『ズガズゴズボズゴッ』前を見ると、十数匹の小型のサメが跳ねていたので、すぐさま銛を突き刺し絶命させる。
「子ざめの群れですかね……どうにも海系ダンジョンでは、入り口で必ず衝突してきますね。大きな盾は必須と思われます。それよりも……。」
『シュパッシュッシュッザンッ……』トオルは身をかがめると、子ざめたちの背びれと尾びれを短刀で切り取り始めた。
「ちょっと小さいですが、ふかひれですから高く売れるのではないでしょうか。」
ああそうか……ふかひれ狙いだったか……それにしても海系ダンジョンは、確かに突進してくる魔物が多く、盾は必須のようだ。盾もチタン製なので軽くて丈夫だし、やはりその地にあった装備が必要ということになるな。
『ザッバーンッ……ブンッブンッ……ガギッガギッ』更に大波とともに、巨大な塊が押し寄せる。T字型の頭を持つそれは、頭を左右にものすごい勢いで振り回しながら、頭の下についた巨大な口でかみつき攻撃を仕掛けてきた。
『シュシュシュシュシュシュ……グザグザグザグザグザグザッ』『ブンッブンッ』ナーミがすぐさま矢を射かけるが、突き刺さった矢のダメージを全く感じさせない。
「脈動!だりゃあっ!」
『ダッ……ズッゴォーンッ』脈動で大きく飛びあがり頭部上方めがけて落下し、そのまま全体重をかけて銛をその頭に突き刺した。
「ふうっ……やはり銛の一撃がきくな……。」
体長3mはありそうなハンマーシャーク系魔物だ。こんなのが雑魚魔物として出てくるのだから、人気もなくなるわな……銛で突き刺すにしても、普通の冒険者たちは脈動など使えないからな。
『シュパッザンッ』トオルはすぐさま魔物の背に飛び乗ると、背びれをカットし尾びれもカットした。
「まとめて収納用の網に入れておけば、かなり大量に持ち帰れますからね。いつもは正式ルートで最短距離で行きますが、今日はルートを外れて回り道しませんか?どうせ早く終わっても、やることもありませんからね。」
トオルが突然、思いもかけないことを提案する。
「あっ……ああ……まあ別に構わんのだが……じゃあ訓練もかねて、それぞれ魔物を順に倒すことにするか?いつもはその場で倒せる奴が倒して時間短縮しているが、こういった訓練もたまにはいいだろう。」
「いいわね……さっきも一撃だけでは倒せなかったから、ちょっと悔しいのよね……皮が厚いのだろうけど、何とか倒せるようになってみせるわ。」
「僕も……あまり魔法使えていないから寄り道賛成ー……。」
「ショウ君は炎系の魔法は封印してくださいね。ふかひれがダメになってしまいますから。じゃあ、次は私が倒しますよ。」
そういって、今度はトオルが先頭で歩き始めた。道順は……どうでもいいので、疲れたら正規ルートに戻ればいいだろう。




