ダンジョンⅡ
「豊かなる大地の聖霊よ、友を信じその力を貸し与えよ。その術を使い大地を揺るがし敵の足元を襲え、地震!」
カルネに教えてもらった地の聖霊が使える魔法の呪文を唱えると、10m先の敵に見立てて地面に突き立てた20本の竹ざおのうち、10本が激しく振動して倒れた。
効果範囲は直径2mの円内くらいだな。初期魔法ということもあるが、範囲魔法であるにもかかわらず効果範囲が狭いというのはちょっぴり残念。
だがまあ使い続けていくうちに、精霊球も成長して魔力も上がっていくというから頑張ろう。
数m先から百m先まで試してみたが、効果に大きな違いはなく、かなり遠くの敵までにも効果があるのは喜ばしい。ダーシュのクナイではせいぜい十m先の敵までしか当たらないだろうからな。
それでも詠唱ははっきりと大声で唱える必要性があるようだ。一言一句間違えてはいけないということはないようで、どのような魔法が必要か通じればいいらしいが、精霊は人の感情を読もうとはしない……できないのかどうか不明だが、持ち主の感情をいちいち読んでくれないので、大声で精霊に達する必要性がある。
精霊球が成長しなければ使えはしないが、中級魔法で呪文の長さが2倍、上級だとさらに倍の長さになる。
呪文を唱えている間に攻撃されてしまうという理由を、しみじみ感じる。
1回目で魔法効果を確認し、距離を変えながら何度も試していったが、2回目からは必ず精霊球を握ったまま左手の人差し指を立てた後にもう一度人差し指立てて呪文を唱えることにした。
ほかに洞窟天井が落下してくる崩落、地面が激しく波打つ脈動というのも初期魔法で使えるようで、それぞれ立てる指の本数を変えながら唱え続けた。
1日で使える魔法の回数も精霊球によって決まっているようで、俺の持っている精霊球は30回唱えたら輝きを失った。使用回数も成長して増えるらしいから、毎日繰り返して使用するのがいい。
魔法を使わずに8時間安静にしておけば、また復活するらしい。なんだか充電池みたいだ。
気を付けなければならないのは、球とは言っても精霊が宿っているので、ぞんざいに扱ってはいけないことだ。肌身離さず持っていることは当たり前だが、袋の奥底にしまっておくのではなく、身に着けておく、しかも心臓に近いところがいいらしいので、チェーンをつけてネックレスのように胸元にぶら下げることにした。
「さて、携帯食でも食べて休むとするか。」
魔法の特訓も終わったので、竹林わきに張ったテントへ戻っていく。
目立つのは嫌なので、街道から2キロほど細いわき道を進み、竹林わきの平地を見つけた。
地の精霊球を手に入れ、次なるダンジョンを目指して北へ向かう途中、日も暮れ野宿となったのだ。
飼いならしてあるので、ミニドラゴンを馬車の荷台から解き放して自由にさせてやると、勝手にその辺の魔物や動物を食べて戻ってくるらしく、扱いは楽だ。
もちろん剣士としての修業は欠かしていない。魔法の特訓前に1時間ほどダーシュと一緒に模擬戦含めて訓練をしたが、精霊球は一つしかないので、魔法の特訓は俺一人だけで行った。
前世では運動なんてまっぴらと思っていたのだが、新しい体は柔軟性はあるし動きが軽やかで、辛いはずの訓練もなんだか楽しい。汗をかくことの喜びを生れてはじめて知った。
うん?テントに入ろうとしてふと見ると、ダーシュが焚火の上に鍋を置いている。
携帯食は乾パンと干し肉かナッツで、鍋にするならナッツくらいか……干し肉は煮込んでうまくなるとは思えんがな……うん?でもいいにおいがするな……。
「どうしたんだ?鍋なんか火にかけて。」
水筒の水も貴重なのだが……城でいつも給仕が作ってくれた料理ばかり食べていた身では仕方がないな。
「肉を煮込んでいるのですよ……いい出汁が出ていますよ……味見しますか?」
ダーシュが小皿に鍋から少し移してよこす。
「おお……うまいな……干し肉を煮込むとこんなうまくなるのか?」
塩を多めにして天日干しにした肉が、煮込むとこんな味になるのか?
「いえ……先ほど仕留めた肉です。携帯食は日持ちしますから今日食べなくても大丈夫ですよ。」
ダーシュは首を横に振り笑顔を見せる。
「うん?ここへきて狩でもしたのか?でも……見たところ獲物になるような小動物はいないようだが。」
見渡す限りの草原の一角に竹が群生しているのだが、こんな見晴らしのいいところで野生動物がすぐに見つかるものだろうか……モグラ……とかかな?
「いえ……あの……ダンジョンで出会った、蝙蝠の魔物です……結構いい味がします。
死骸を油紙に包んでひもで縛り持ち帰ってきました、ゴリラは大きいしおいしくなさそうだったので……。
竹林わきに澄んだ小川があったので汲んできて、竹林でタケノコを見つけたので、一緒に煮込んでみました。」
ははあ……ダンジョンで倒した蝙蝠の死骸を持ち帰ったということか……先へ進もうとしたのに待たされて後ろで何かやっていたようだが、そんなことしていたわけね。
確かにこれからは冒険というか放浪の旅になるわけだ。携帯食なんて人が作った贅沢品なのかもしれんな。
道中家々は点在していたし、路肩に宿泊施設などもあることはあった。
カンヌール国は自然の恵み豊富な国だが、王都付近はそれなりに開けており、メインストリートさえ通行していれば、旅をしていて野生動物や魔物に襲われるような危険性はまずない。
道をそれて奥へ入ってくれば野生動物もいないとは限らないのだが、猟師でもない俺たちでは何時間もかけて探さなければ、早々見つかるものではないだろう。
道路わきは田んぼや畑に果樹園及び牧草地が続いていて、畑に入れば野菜などとれるが、もちろん窃盗だ。
犯罪を犯すわけにはいかないが、宿に泊り食事をすればそれなりに金がかかり路銀などすぐに底をついてしまうだろう。冒険者になるといっても、新人冒険者がどれだけ稼げるものなのか、まだわかっていないのだ。
経費節約のためにテントと寝袋を購入して野宿と決め込んだのだが、まだ甘かった。
奴のように現地調達で食材を賄わなければ、今後生活が苦しくなることは目に見えているということだろう。
塩コショウなどの調味料は一通り持ってきていると、料理道具が入った小さな本革製のバッグを見せてくれた。
俺は冒険の旅に出るということを、少し簡単に考えすぎていたのかもしれない……教えられたな。
そうして彼を連れてきたこと……いや、彼が同行してくれたことを感謝してもしきれない。
その晩は蝙蝠の肉とタケノコの煮込みをたらふく食べた。
ダーシュは、洗い終わった鍋に小川の水をまた汲んできて、火にかけて煮沸してから水筒へ詰めた。
こうすれば立派な飲み水になると言うので、俺も真似をした。
結界香を焚いてテントの入り口前においておく。こうすれば弱い魔物や野生動物など嫌がって寄ってこないと、これもカルネから頂いたものだ。20年近く経っているが湿ってなく、すぐについたので効果はあるだろう。
交代で見張りということも考えたが、何せお互い初心者だ……安心して任せられるかもそうだが、何より今日は初めてのダンジョンで気をすり減らし疲れたので、ともかく早く寝たい……ダーシュも同じだろう。
結界香の在庫はまだまだ百日分以上はあるし、道具屋で買えると聞いたから大丈夫だろう。
朝になるとミニドラゴンが戻ってきていて、馬車の前で待っていてくれた。
「どうするのですか?ここから東へ行ってももう町はありませんよ?西へ向かって港町を目指すのだろうと思っていましたが、違うようですね。……あっ……違うようだね?」
後部席から御者席の俺にダーシュが尋ねてくる。途中ダンジョンへ寄り道したが、王都ヌールーから北へ野宿を重ねながら街道を進んで2週間駆け、そこから東へ進路を変更した。
北西へ行けば港町オーチョコに行けるが、別に船を頼るつもりもない。
「東に行くと、次の目的のダンジョンがある。北方山脈の入り口付近になると聞いているが、そこで第2の精霊球を手に入れる。」
御者席から前を向いたまま大声で答える。別に行き先を秘密にするつもりもないし、ダーシュが自分が御者席に座ると言って聞かないのだが、なにせ頼りの地図はトーマがカルネに見せてもらったのを、急いで書き写したために字が汚く絵もへたくそでトーマじゃないと解読不能なようだ。
地図といっても紙に長方形だか台形だかわからないようなフリーハンドに、ギザギザや〇が書き込まれ、数本の曲線が引いてある。それぞれミミズが這ったような文字が記されているが、これがまた汚い字だ。
太い曲線はどうやらこの大陸の国境を表しているようで、ギザギザが山で〇が都市とトーマの記憶がある俺なら何とか読み解けるのだが、ダーシュは上下さかさまでも区別がつかないようなのであきらめた。
仕方がないので俺が御者席で馬車を運転しているのだが、揺れる後席で座っているよりましなくらいだ。
2日目まではダンジョンで倒した蝙蝠魔物の生肉があったが、以降は携帯食や蝙蝠魔物の干し肉でしのいでいる。移動の際、馬車の後席に座っているときに、塩を振った蝙蝠魔物の肉を膝の上に置いた板に並べて干し肉を作ったというのだから、まめな奴だ。
そろそろ次の獲物を仕留めなければならないのだが、野生動物を簡単にとらえる技量はない。
幸いにも街道筋を外れて山道を進むため、こちらから見つけなくても魔物が襲ってくるだろう。
中には食用にできる魔物もいるだろうから、現地調達だ。ここからはまさに、食うか食われるかの世界が始まると言える。カルネに聞いた話では、カンヌールの北方山脈では、強い魔物は全て駆逐されていて、ダンジョンに入りさえしなければ出くわすことはないらしいから、まあ大丈夫だろう。
里の住民への被害を避けるために、ダンジョン外へ出てくるような魔物は、軍隊が定期的に回って駆逐しているらしい。とはいっても、全ての生き物を駆逐すると生態系に影響を及ぼすため、街道筋はともかく街道を外れた地域では、せいぜい冒険者の命を脅かすようなレベルの高い魔物のみを駆逐しているということだった。
東へ進んで5日目には馬車を分解してロープでまとめ、ミニドラゴンの背に括り付ける。道どころか平原もなくなってきたので、ここからは歩きだ。岩がごつごつとむき出しとなっている山道を歩いていく。
『シュッシュッシュッ』ダーシュが突然予告もなしに、クナイを進行方向右手の大木の枝に向かって投げつける。『ザッザッザッ』そうして下草を踏みしめながら、うっそうと茂る森の中へと駆けていく。
「やりました!ホーン蝙蝠です。しかも3匹とも命中しました。」
ダーシュが死んだ蝙蝠魔物の足をつかんで掲げ、嬉しそうに叫ぶ。
すごい、いくら昼間で夜行性の蝙蝠は樹木の影で休んでいるにしても、それをはるか遠くから見つけてしかも正確にクナイを命中させるなんて……かなり優秀な忍びと言えるだろう。少しかがんで暫くした後、立ち上がってこちらに戻ってくる。恐らく油紙で包んでひもでぐるぐる巻きにして袋に入れたのだろう。
「これでまた3日は持ち……もち……もち……もつね。」
嬉しそうに笑顔を見せる。街道を東へそれる前の町で携帯食を補給しようとしたのだが、もったいないからとダーシュに止められたのだ。食料が尽きそうなのを奴も気にしていたのだろう。
その後、栗のイガを見つけて栗の木にダーシュが登って栗を大量にゲット。どんぐりも食べられると聞いて、虫が食っていないのを拾い集め、さらにゼンマイやワラビなどの山菜も結構豊富に見つかった。
山のふもとに1泊してから山へ入り、3日目にようやく大きな川にたどり着いた。
この川の上流が第2のダンジョンのある目的地だ。ミニドラゴンが嬉しそうに川に入っていって、水面に首を突っ込み顔を出すと、口にはピチャピチャと元気に尾を振る川魚が咥えられていた。うまいもんだ。
『バシャーンッ……ピチャピチャ』『バシャーンッ……ピチャピチャ』更にミニドラゴンが大きな尾を振ると、俺たちのいる河岸に魚が飛んできた。おすそ分けというわけか。
ミニドラゴンはトーマが生まれた時に祖父から贈られた、ペットというより兄弟のような関係で、いつもトーマとともにいた。飼いならされているというより、心が通じる家族といってもいいだろう。
焚火の残り火を使って一晩煮込んだ栗やドングリを、渋皮を剥いて山道を歩きながら食べさせてやったら、ずいぶんと喜んでいたから、そのお返しの意味もあるのだろう。律儀なことだ。
イワナのような魚の口から木の枝を突きさし、焚火で焼いてダーシュとともに有難くいただく。
新鮮な魚で腹も満たされてから、川の上流へと河岸の道なき道を歩いていく。
頭上を覆いつくすように木の枝が川面に張りだしているので、河岸はすぐに進めなくなり、川の浅い部分を何とかたどって上流を目指して行くと、次第に左右の山肌が狭まってきて、やがて渓谷に挟まれ見上げるほどの高さに、オーバーハングするように崖から突き出た大きな岩が見えてきた。あの岩が目印だ。
「さて、川の中のダンジョンだ。俺の鎧は当然脱がなければならんが、ダーシュの服は水の中でも平気な仕様か?だめなら脱ぐしかないぞ。」
川の端の浅瀬で、鎧といっても薄いステンレス製のようで、すごく重いということもないが、さすがに水の中までは着ていけない。中の肌着が水を含めば動きが悪くなるので、全部脱いで荷物と一緒にまとめてミニドラゴンの背中に積む。
さすがに人通りがないとはいえ、盗賊や追剥など心配なのだが、ミニドラゴンは慣れた者には非常に温厚で人懐っこいのだが、敵には容赦なく攻撃を仕掛ける。並の冒険者では歯が立たないため、番犬の役目も果たしてくれるのだ。レベルの低い魔物はミニドラゴンといるだけで近寄ってこないので魔除け効果もある。
「はっ……はい……私の鎖帷子は細いステンレスチェーン製ですが、道着は濡れると動きが阻害されてしま……しま……しまうな。」
ダーシュはそう呟くと、ためらいがちに服を脱いだ。
鎧もそうだが、魔法耐性を付与した防具や、水中でも行動できるものまであるそうだが非常に高価らしい。
追々揃えていくしかないな。
この世界の男性下着はふんどし……しかも越中ふんどしのように長い布の一端にひもがついていて、尻から股下を通した布を腹側でひもで結んで止める仕様だ。
トーマは赤ふんしか持っていなかったが、ダーシュのは白だ。