新居は?
「どうした?命の恩人との再会を楽しみにしていたのだが、待っていても来ないではないか。所用は済んだからこちらからやってきたのだが、何をもめている?さっさとお通ししなさい。時間が許せば、王にも紹介したいと考えているというのに……。」
丸眼鏡が悩んで押し黙っていると、待合室へ長身の男が入ってきた。ホーリ王子だ。俺たちが訪ねてきたと思って、待っていてくれたのだろうが、あまりにも遅くてご自分で確認に来たというわけだな。だが申し訳ない。今回の来訪は、世間話をしに来たという訳ではないのだ。
「あっ……王子様……実は……。」
すぐに丸眼鏡が王子に寄っていき、何か小声で話し始めた。俺の訪ねてきた用件を話しているのだろうな。
意外と大事になってきてしまった……こんなことなら、最初に来た侍従とかいうやつにでも言っておいた方がよかったかな?いや……もし告げたとしたなら、そんな場所はありませんよ……の一言で追い返されていたかもしれないしな。よく考えてみれば、法外な金額の謝礼要求と変わらないような、無理難題なわけだ。
「そんなこと、簡単ではないか。この王宮の離れに客人としてご滞在いただきなさい。ここなら飛竜がいても、周りの住民たちに迷惑をかけることもないであろう?なにせ、王宮内には多数の地竜の成獣がいるのだからな。
ここに滞在いただければ、王様の都合の良い時に会食も可能となるだろうし、いずれはこの国の重要な職に登用する道も開けるであろう。こんな一挙両得なことはない。
冒険者を続けるにしてもギルドも近いし、ここから通っていただけば、何ら不都合はないであろう?」
ところが王子は即答だ……。そりゃ確かに、こんなに広い王宮内であれば何の問題もないのだろうが、こっちが遠慮してしまう。それに地竜の成獣が多ければ、ミニドラゴンも落ち着かないだろう。
「そうは参りませんよ……他国の……冒険者としてだけではなく、貴族になっている御方を王宮に客人として迎えることは、少なくとも今は無理でしょう。
サーケヒヤー国とカンヌール国との戦争に関して、現在和解交渉中ではありますが、まだ和平条約締結には至っておりません。我が国は中立の立場を宣言している状況下で、カンヌールの貴族に当たる方を王宮内にご滞在いただくことは、一方に肩入れしているとみなされ、外交上問題が生じかねません。
サーケヒヤー国が警戒すれば、両国の和平交渉に支障が生じる可能性もございます。
どうか、お考え直しをお願いいたします。」
すぐに丸眼鏡が撤回を要求する。まあそうだろうな……俺たちは冒険者ではあるが、カンヌールの貴族でもあるわけだ。外交問題ということか……面倒なことになるな……。
「えー……じゃあ、どうすればいいというのだ?お困りなのだろう?我らが命の危機をお救い頂いたというのに、こちらからは何もして差し上げないとでもいうのか?」
王子は半ば逆切れ気味に、丸眼鏡をにらみつける。
「そうですね……ではこういう案はいかがでしょうか?カンアツ南の港町コーボーには、王室の別荘がございます。しかも2ヶ所も……一つは最近新築したばかりで、旧別荘は取り壊す予定ではございますが、別に住めないわけではございません。
その、旧別荘にご滞在いただくのはいかがでしょうか?十分な敷地の広さもございますから、成獣の竜の飼育も問題はないでしょうし、コーボーにもギルドはございますから冒険者活動も続けられます。また、海沿いのギルドには山とは違った趣向のダンジョンもあると聞き及んでおります。
旧別荘をお貸しする程度であれば、さほど外交問題には発展しないと考えますよ。
彼らにお会いしたい場合は、こちらから新別荘へ出向けばいつでもお会いできるようになりますし、まさに一石二鳥というか、すべて解決可能と考えますよ。」
丸眼鏡は、仕方なさそうにしばし考えると、とり壊し予定の旧別荘を紹介してくれた。そりゃあ、こちらは多少ぼろでも全然かまわない、何だったらナーミとエーミは装甲車の荷台で寝泊まりすればいいのだからな。
「おおそうか……コーボーか……夏の盛りになると、海開きで別荘へ行く予定があるな。よしいいだろう、そちらをご紹介しなさい。別荘の管理人にはすぐに連絡を取ってくれ。それと、新別荘から料理人や清掃担当にクリーニング担当などの使用人たちを向かわせておきなさい。そうしないと、生活が御不自由だろうからな。」
すぐに王子は笑顔を見せる。ずいぶんと忙しい人だ。だが、王子も乗り気な様子で助かる。
「今お聞きしたように、コーボーの旧別荘をご案内いたします。ご自由にお使いください。使用人たちも新別荘から派遣いたしますので、すぐに住むことが可能ですよ。」
丸眼鏡がやってきて、カンアツの地図で港町コーボーの位置の説明と、コーボーでの旧別荘の位置を記した略図をさっと書いて渡してくれた。
「ありがとうございます……助かります。
それでですね……別荘の使用料はいかほどお支払いすれば、よろしいでしょうか?また、使用人たちを送っていただくことは不要です。我々は野宿することも多いですから、調理器具も携帯しておりますし、炊事や洗濯など、全て自分たちで行えます。」
まずは家賃の確認が必要だ。なにせ王族が使用するような別荘なのだ、維持費含めて高額だと厄介だからな……ノンフェーニ城の管理費だって、貴族の手当て4人分でようやく賄う予定なのだ……と言っても他に選択肢はないのだが……なんにしろ、使用人は不要と断っておく。
「使用料などと……そのようなものは不要だ。使用人は不要というならそれもまたよかろう。見慣れない人間が多いと、落ち着かないかもしれないからな。」
「いえ、そうは参りません……宿泊料はお支払いいたします。」
「いや……まさか命の恩人から、家賃など請求できるはずは……」
旧別荘の使用料を払う必要があると思っているのだが、王子はかたくなに断る。だがそれは……
「頂きましょう、王子様……けち臭いようですが、外国の貴族様です。無償提供ということが知れ渡れば、サーケヒヤー国がどのような反応を示すものか。使用料を頂いてお貸しするのであれば、これは現実の商取引ですからね。そのほうが後々問題になりにくいと考えます。
と言っても、取り壊し予定の旧別荘ですから、この程度でしょうかね……高いでしょうかね?」
そういいながら丸眼鏡が提示してきた金額は、俺たちが最近使っている宿代の2人分くらい……つまり4人で泊まれば半分になってしまう。
「これは……一人分ですか?4人だと4倍でしょうかね?」
「まさか……4人……と申しましょうか何人でお使いいただいても、この金額ですが……。」
すぐに丸眼鏡が答える。
「だとすると、これじゃあ安すぎるでしょう……この倍かそのまた倍でも安い位じゃあないですか?何せ成獣の竜が飼育できるくらいの、広いお屋敷というのだから……。」
「取り壊し予定ですからね、ぼろなのですよ……でも管理人は居住しておりますから、住めないことはないという程度です。ですので、もしお高いというのであれば、お値引きいたしますよ……。」
そういって丸眼鏡は、にこりと笑みを浮かべる。
「わかりました。では、この価格で……毎月のお支払いは管理人さんを通じてということでよろしいでしょうかね?本当に、大変わがままな要求をかなえていただき、感謝いたしております。
人里離れたへき地で居住するのでは、冒険者活動に支障をきたすところでした。本当にありがとうございます。落ち着きましたら、再度ご挨拶に伺いたいと考えております。その節は、メンバー全員で訪問させていただきます。」
王子と丸眼鏡に対し、深く深く頭を下げる。
「ああ、ぜひともまた寄ってくれ……まあそうされなくても、こちらから別荘にはお伺いする予定だがね。
それはそうと……ずいぶんと遅い時間だ。アーツ郊外に野営されていると聞きましたが……おい……そこまでお送り差し上げろ。」
「はい、かしこまりました。」
「いえいえ、滅相もない……。」
丁重にお断り申し上げたのだが、丸眼鏡が地竜で送ってくれることになった。2人乗りの地竜の座席は、ものすごいスピードで地竜が走っていることを感じさせないくらい快適で、わずか十数分で町を出てしまった。
「この辺りで停めてくれ……あまり近づくと、ミニドラゴンが警戒するから……。」
「そうですね……では、ごきげんよう。」
街道の切れ間で下ろしてもらい、そこからは徒歩で帰っていく。2キロくらいだからすぐだ。
「ずいぶんと遅かったですね……心配していました。ナーミさんとエーミちゃんは、夕食後の訓練を終えて、すでに寝ております。私は交代の見張り番で、待機していました。お食事はされましたか?」
恐らく10時は回っているだろう……王宮でずいぶんと待たされたからな。トオルに今日の夕食の残りのツッコンドル肉のチャーシューを入れたチャーハンのような混ぜご飯を皿に盛ってもらい、スープと一緒にスプーンで食べる。中華風の味付けで大変おいしいし、手軽で助かる。
「ああ、やはり一国の王子だからな……会うまでにもずいぶんと待たされたよ。だが、向こうは俺たちのことを覚えていてくれたし、探してもくれていたようだ。王様も交えて会食を申し込まれたよ。
事情を話したら、コーボーという港町に王家の別荘があるのだが、取り壊す予定らしい。そこを貸してくれることになった、しかも格安で。王家の別荘であり広いから、ミニドラゴンも問題なく生活できそうだ。
明日の朝、日の出とともに出発しよう。うまくすれば日が暮れるまでにはつけるはずだ。」
「それはよかったですね。ナーミさんたちも今後の生活拠点に関しては、ずいぶんと心配していましたからね。」
トオルが笑顔を見せる。このままだと、ミニドラゴンをノンフェーニ城に預けて、離れて暮らすしかなくなってしまうところだったからな。エーミやトオルはもちろんだが、最近はナーミにもずいぶんとなついてきたところだから、別れたくはなかっただろう。
トオルも心配しているだろうから、王子が襲われた事件の詳細に関しては、何もわかっていないことと、やはり魔導石を疑っていることなども話しておいた。
「へえ……王家の別荘?あっ……ああ知ってるー……岸壁の上の白亜の別荘でしょ?夕焼けの時に、赤く染まってすっごくきれいなのよ……あこがれていたな……あんな所に住んでみたいって……。」
翌朝、日の出前に皆をおこして昨日のことを話したら、さっそくナーミが反応した。
「そういえば、ナーミがもともと住んでいたのはカンアツのコーボーだったよな?どうする?俺たち同様戻りたくないっていう事情があるのなら、行くのはやめにするけど……。」
言われてナーミ宛てに送金した住所を思い出した。彼女と彼女の母親が暮らしていた町のはずだ。捨てた故郷に戻りたくはないなんて言われたら、また別な場所を見つけにゃならんな……。
「別に……あたしがあの町に住んでいたのは12歳の時までだったけど、捨てたわけじゃないわよ……人買いに無理やり連れていかれただけで……だから、変なわだかまりはないわ。
多分、もうあたしのことを知っている人なんて、いないでしょうしね。」
ナーミは人買いに売られたことすらも、サラッと言ってのける。まあ、それだけ俺たちのことを信頼しているということと、過去のことと既に割り切っていることの両方なのだろうが。
「まあ、少し前のこととはいえ、土地勘があるやつがいると心強いな。建て壊し目前の、かなりのぼろ屋敷だと言っていたから、ナーミの夢はもろくも崩れ去るかもしれんが、まあ住めば都だ。掃除してペンキでも塗り替えれば使えるだろう。何せ格安だ……そんな広いところでも俺たちの普段の宿代の半分で済むんだ。」
「へえ……ぼろでも何でも雨漏りしなくて取り敢えず寝られればいいわよ。いや……雨漏りしても寝られればかな……みんなで住めば、どこでも楽しいわよ……。」
ナーミが笑顔を見せる。
「うんっ……ミニドラゴンも一緒に、みんなで住めるんだよね……よかったぁー……。」
コーボーの別荘の評判は悪くなさそうだ……実際、まだ見ていないからな。
「じゃあ、さっそく出発するとするか……日のあるうちに着きたいからね。忘れ物はないよう、ちゃんと確認してくれよ……。」
『はーい。』すぐに身支度を整えて、ミニドラゴンの背中に乗り込み出発する。ひたすら南に向けて飛び続けた。
「あそこよー……あの砂浜が切れたところの先が高くなっていて、岸壁の上に大きな庭のお屋敷があるでしょ?」
ほぼ真南に向かって飛び続け、海岸線が見えてきたところで、後部座席に座るナーミが叫ぶ。
確かに、海抜百m以上はありそうな断崖絶壁の上に、白亜の西欧風の建物が建っているのが見えた。その奥には漁港なのか大きな港の中にたくさんの船がひしめいているのが遠くに見える。恐らくオーチョコよりも大きな港町だぞ。
ミニドラゴンに指示をして、お屋敷の中庭に着陸させる。
「お待ちしておりました。」
ミニドラゴンが中庭に降りると、すぐに初老の男が駆け寄ってきた。この人が管理人かな?
「どうも……ホーリ王子様にご案内頂いて、この別荘を借りることになったワタルです。連絡は来ていますか?」
「もちろんでございます、昨日中に電信にて直接ホーリ王子様からご連絡がございまして、今日の昼までにピカピカに磨いておけとの指示を受けまして、すぐさま清掃人を手配しまして清掃を終えております。
ベッドなども全て真新しい布団と交換しておりますので、すぐにでもご宿泊可能ですよ。」
管理人さんは、笑顔を見せながら頭を下げる。ありゃりゃ……これから徹夜で大掃除を覚悟していたのだがな……使用人を断るついでに掃除もこちらでやると言っておくべきだったか……。
「私は、この旧宅の管理人のチートと申します、よろしくお願いいたします。では、ご案内いたします」
初老の管理人に案内された旧別荘は、どこがぼろいのかと考えさせられるような、しゃれた造りだった……。




