願い事
「はっ……国王陛下……私の願いはただ一つです。十年前にわが父は贈賄の疑惑を受け、国務大臣職をはく奪され、収監目前に自害いたしました。家族にその疑惑の目が向けられないためであったと思っておりますが、世間では罪を認めて自殺したのだと評され、すべての責任をわが父に押し付ける形で収まりました。
ですが私には、いまだに父が汚職に関与したことなど信じられておりません。品行方正で正義感が強く、だれよりも民のことを愛していた父が、私利私欲のために行動するなど、私には想像もできないのです。
父の事件に関して、私個人で調査を開始しようとした途端、私はあらぬ嫌疑をかけられ、王子様の剣術指南役の任務をはく奪され、蟄居を命じられ、その後私の罪は冤罪であったと明確になりましたが、伯爵の位は停止させられ、復職への道も閉ざされておりました。
すべてが父の事件に端を発して、わがアックランス家の名を貶める工作であったのではないかと、私は常に考えております。
先日、私を突然近衛隊隊長に任命して王子様の戴冠の儀式の警護を任せられ、侵入した賊の襲撃により、王子様の御身を傷つけた事件など、その一環ではないかとも考えております。
どうか今一度、過去の事件とはなりますが、その真相究明をお願いいたします。王様自らお調べいただいて、その上でわが父に落ち度があったのであれば、その罰は私が代わってお受けいたしますし、今賜りました称号をはく奪されたとしても、何ら不平を申し上げません。
なにとぞどうか、私の願いをかなえていただきますよう、お願いいたします。」
そういってから、深く深く頭を下げる。すでに刑が確定しているし、何よりその当事者が自殺してしまっている案件を、再度調査してくれなどとは、とんでもない要求だ。無理なことは分かっている。なにせ証拠も何も、とっくの昔になくなってしまっている案件だろうからな。
だが、この件が晴れない限り、アックランス家の衰退の理由が明確にはならないのだ。どうしてアックランス家にかような疑念が向けられたのか……それもまた不明なのだ。
なにせトーマが失脚したのち、えん罪であったとはっきりしたにもかかわらず、伯爵の身分の停止と蟄居命令は解除されなかったのだ。トーマはあの性格だったから、王様のご命令は絶対と考え、上申するようなことは絶対しなかったとはいえ、あまりにもひどい。
えん罪をかけたやつへの罰や、その謝罪すらも行われなかったのではないのか?
「おおそうか……アックランス2世殿の……あの事件は悲痛な事件であったからな、余も覚えておるぞ。
なにせ王宮中が巻き込まれるかもしれない汚職事件と、当初騒がれておったからな。
国務大臣が関与していた汚職事件を、国務大臣自らが騒ぎ立て元老院で取り上げて議題に挙げたという、まさに奇々怪々な事件じゃった。その事件がえん罪であったのかもしれないと……そう考えておるというわけじゃな?ふうむ……ちょっと待て……。」
王様はすぐに横を向いて従者を呼び寄せると、何事か耳打ちをし始めた。
「わかった……できる限り再調査をしてみよう。なにせ何でも願いをかなえると一国の王が言った手前、出来ぬではすまされぬからな。じゃが、どのような結果が出ても、恨まぬよう頼むぞ……。」
王様はそう言って、にっこりとほほ笑んだ。意外と話の分かるおっさんだ……。
「ははー、ありがたき幸せ……。」
深く深ーく頭を下げる。俺がトーマとして公爵の爵位を受け取らなかった、本当の理由はここにある。
アックランス家の汚名をそそいだうえで、その上で爵位を復職しなければ意味はないのだ。国の窮地を救ったのだから、過去の罪は全て帳消しにして爵位を与えますよー……では、本当のアックランス家再興とは言えないと考えたのだ。
トーマの父親の事件に関しては、トーマもあまり内容を知らされていないので詳細は不明だが、なんにしてもトーマの父親なのだ、厳格以外の性格は思い浮かばない。トーマもかなり厳しく躾けられて、人の道というものを教わった。その父が不正をすることなど絶対にありえないのだ。
「では、副賞として、国宝に当たる覇王の剣及び覇王の鎧と盾一式を贈る。」
さらに副賞として、重厚な輝きを放つきらびやかに装飾が施された剣と、これまた美しく洗練されたフォルムの鎧一式と盾をいただいた。鎧は耐魔法性能として、なんと魔法効果40%カットというから驚きだ。こんなもの、ギルドの防具屋でも販売などしていないだろう。
「私は……私の実家は大家族でありますゆえ、実家であるシュプレンサー家に、広い家をお与え願います。」
続いてトオルの番になり、やはり願い事を一つ言えと言われ、実家の家族のための広い家が欲しいと申し出たようだ。トーマの記憶にある通り、確かに奴の家は大家族だ。しかも女ばっかりの女系家族。
なんとトオルには姉が8人もいるのだ。9人目にしてようやくできた男の子がダーシュと名づけられ、俺というか、トーマのお付きとして育てられた。
トオルの話し方や性格が女っぽいのも、顔がまさに美少女なのも、すべてはこの家族構成からきているのだと、俺は考えている。
それにしても自分のことではなく、家族に対してのお願いというのがなんともトオルらしいな……。
副賞ではこれまた国宝級の忍者装束……なんとカーボンファイバーを織り込んであり、防刃防弾の上に魔法効果30%カットの装束らしい。1mの至近距離からの銃弾をも通さない優れモノのようだ。これにチタン製の鎖帷子を装備すれば無敵だと喜んでいた。
加えて、これまたよく切れそうな忍者刀を頂いたようだ。こっちは装飾は全くない……忍びだからな。
「あたしは……そうね……願い事はもう叶っちゃったみたいなものだから……でもまあ、せっかくのご厚意だから……冒険者もこれから何十年も続けられないし、やめたら普通の人として生きなきゃならないわけじゃない?その時のために……ドレスかな。
オーチョコ城やトークリでの晩餐会の時に着たようなドレスが欲しいわ。ドレスなんて買ったことないから、どこへ行けば売っているのかもわからないし選べないしね。一緒にお化粧道具も欲しいわね。」
ナーミは王様の前だというのに、何の遠慮もなくずけずけと受け答えをする。
「ほうほう……そうかそうか……大層美しいレディが出来上がりそうじゃな。よかろう、まずはその着用したドレスとやらを、早急にそろえさせよう。アクセサリーと化粧道具も込みでな。
さらにこれから十年間、毎年2着ずつ、王家専属のデザイナーがデザインした最高級ドレスを進呈しよう。
もちろん化粧道具も込みじゃな……どうじゃ、そんなところでよろしいかな?」
それでも王様は上機嫌で、笑顔でナーミの顔を見つめる。
「へえ……それは素晴らしいわね……じゃあ、ノンフェーニ城ってところに送っておいてよね。」
ナーミも笑顔で答えた。
ナーミの場合も、国宝級の弓と射者の帽子と服とズボンと靴のセット。これまた魔法効果40%カットという超高級品が贈られた。
「僕は……僕からのお願いはですね……。」
ショウはなぜか立ち上がると、王様の耳に小声で囁き始める。これには周囲で警固していた兵士たちがざわめきだし、すぐにショウを引きはがそうと駆けつけようとしたが、王様は冷静に仕草で皆に静まるよう示すと、そのまま笑顔でショウのささやきに耳を傾けた。そうして何度も頷いたり、驚いた表情を見せる。
「っほう……そんな事情がな……そうかそうか……よいぞ……そなたの願いもかなえて進ぜよう……。」
王様は笑顔で答える。うん?ショウの願いというのは一体なんだ?
ショウに対しては、これまた国宝級の魔法使いのローブと帽子にインナーのシャツとズボンと靴に加え、装飾がきらびやかな魔法使いの杖が贈呈された。こちらも魔法効果40%カットの耐魔法性と、杖の方は40%魔法効果付加するらしい。かなりの優れものだ。
「では引き続き……ソーペラ……」
俺たちに続いて、ソーペラやスースー達に爵位が賜られる儀式が続く。彼らは爵位のほかには副賞のみで願い事は聞かれなかった。それでもスースー達も最高級の冒険者の装備をいただいたようだ。
「ショウは願い事は何を願ったんだい?」
長い式典が終わった後で、ショウに聞いてみる。ショウの願いだけが王様に耳打ちしたので、わからないのだ。
「うーん……あとで見せてあげる……。」
そういってショウは、少しはにかんだ笑顔を見せる。まあ、そんなに隠したい事でもなさそうだからよかった。意中の彼氏ができたから、結婚のお許しを……王様の許可は頂いています……とか言われたら、心臓が止まってしまうからもしれないからな。
「では、こちらへお願いいたします。」
執事に連れられて、冒険者の装備に着替え王宮の奥へと進んでいく。着いた先は、王宮の反対側の中庭……北門へと通じる玉砂利の道だった。この先は北西と北東それぞれに離れが建っているが、そこに用事があるわけではない、この中庭に用があるのだ。
「お待たせしました……。」
30分ほど待っていると、ジュート王子と王様と数人の恰幅のいい軍服姿の軍人たちがやってきた。
王子の頼みで、王様の目の前で俺たちの呪文を短縮した魔法を披露することと、特に俺やトオルが使う補助魔法の使い方をお教えするための催しだ。極秘事項とするため、わざわざ王宮の裏手までご足労願ったというわけだ。
「では、魔法効果の実践をさせていただきます。」
「火弾!火弾!火弾!」
『ボワボワッボワボワッボワボワッ』ショウが唱えると、6つの高速の炎の玉が的に向かって発せられる。昨晩の王子への説明同様、一通りの呪文短縮での魔法効果の実演と、俺の脈動などの補助魔法も披露した。
「おお素晴らしい……このような使い方ができるとは……本当に同じ精霊球で行っているとは信じられん位だ。まさに目から鱗が落ちるとは、このことを指すのじゃろうな。そなたたちが、我が国の窮地を救う戦いで活躍された理由がよく分かった。のう、陸軍中将よ、ぜひともわが軍の戦術として取り入れてはどうじゃ?」
王様がすぐ隣にいる軍服を着た恰幅のいい中年オヤジに告げる。そうか……魔法使いの軍隊のお偉いさんを連れてきたというわけだ。
「はっ王様……お言葉ながら……あのような精霊球の使い方は邪道でありますゆえ……すなわち所詮はただの目くらましでしかないと考えております。白兵戦で重要なのはやはり剣技でございます。それを磨いて最高レベルにまで持ち上げるのが、軍人としての務めかと……。」
しかし陸軍中将とやらは、全く補助魔法になど興味を示さない様子だ。まあ所詮は冒険者として、ダンジョン内で使うことを想定しているのだが、白兵戦であれば十分に使い道はあると思っているがな。
トーマの体を使っている限り、よほどの剣豪に出くわさない限りは1対1の戦いでは不要だが、人質を取られたり、あるいは複数の敵に同時に斬りつけられた場合など、結構役に立つと俺は思っている。
だがまあ……突然現れた冒険者なんかに、自分の軍の戦術まで左右されるのは癪に障るのかもしれないな。
「どうじゃ……魔法軍に取り入れることはできそうかな?」
王様は仕方がなさそうに、もう一人の軍人に尋ねる。
「そうですね……魔法軍では基本魔法使いしかおりませんので、剣術や体術の訓練は、体調を維持する程度の軽いものとなっております。そもそも精霊球は非常に高価なものですし、範囲攻撃魔法として使うのが適正と考えます。あのような使い方は、所詮は冒険者の邪道ともいえる使い方かと……。」
「そうですよ……邪道ですよ……。」
魔法使いの軍隊のえらいさんが答えると、すぐに先ほどの陸軍中将がその話に乗ってきた。
「ううむ、そうかのう……ところでじゃな、先ほど火炎の魔法を使って見せてくれたショウ君だったかな?
短縮されているとはいえ、呪文を3度しか唱えなかったのに、火球は6つ現れた。あれはどうしてかな?わが軍にその理由が分かるものはおるか?」
王様は先ほどの軍人たちに振り返るが、2人ともに首を振ってうつむく。
「それは、火の精霊球を2つ持っているからです。」
ショウが、ゆっくりと答えながら、胸元から赤い精霊球を取り出して見せる。
「おおそうか……精霊球を2つ持っているから、1回唱えるたびに2つの火球が発せられるわけじゃな?わが軍で、そのような使い方をしたことはあるのか?」
「いえ……ございません。精霊球は非常に高価ですので……。」
魔法使いの軍のえらいさんが、かしこまって答える。
「高価といっても、4種の精霊球それぞれひとつづつしかないわけではあるまい?毎年予算を組んで数を増やしているはずじゃろ?」
「はっ……毎年、火、水、地の精霊球を50球ずつ購入しております。風の精霊球のみ、最近は購入を止めております」
今度は陸軍中将が答えた。やはり風の精霊球は人気がないか。
「だったら、いい加減精霊球がだぶついてきてもよいわけじゃろ?どうして複数の精霊球を持たせようとせん?この考え方は邪道か?」
「いえ……まさか、そんな……。」
魔法使いの軍のお偉いさんは、困ったようにうつむいたまま絶句する。




