カンヌール王宮
「さすが皆さん、どんな時でも修業を怠りませんね。」
晩さん会終了後、着替えてから中庭でいつものように訓練をしていると、ジュート王子がやってきた。
昨晩、魔法に関して興味を示されたので、それだったら毎日夕食後にトレーニングをしているから、その時に見に来ていただければ、魔法の様子も簡単にだがお見せしますと、お伝えしておいたのだ。
王家の別宅の広い中庭であれば、それなりの魔法をお見せできると思っている。
お付き一人とともに現れた王子の姿は、やる気満々で稽古着を着ていたので、仕方がなくトオルと俺の剣術の訓練を一緒にやっていただいた。
「こちらがナーミ……私のかつての剣術の師匠であった、カルネの娘で正確な射撃の弓の名手です。それからこちらはショウ……私の家族同様で、魔法使いです。」
訓練で汗を流した後に、ナーミとショウを紹介しておく。ショウはエーミとして紹介をしたかったが、そうなるといきさつからすべて打ち明けなければならず、サートラのことはどちらかというとエーミにとっては恥ずかしい身内のことであり、また思い出したくはないつらい過去でもあるため、エーミを思い割愛した。
ショウはショウとして紹介しておく。
『シュシュシュ』「水弾!水弾!水弾!」『パシュッバシュッ』トオルの投げたクナイが、十mほど先の的に見立て立てかけた四角い板のど真ん中に次々と命中する。さらにその的の上の薄い紙を張った針金の輪が、強烈な水滴を受けて吹き飛んだ。
『パチパチパチッ』「すごいですね、一瞬で6体倒してしまった。」
『シュシュシュシュシュッ』更に、広い王家の別宅の内壁沿いの最長距離である、百m先の的の中心にナーミの矢が集中して突き刺さった。
「はあ……こんなかわいらしい女の子が、素晴らしい狙撃手とは……感服仕りました。」
王子はため息交じりに、その美しいスナイパーを見つめた。
「火弾!火弾!火弾!」
『ボワボワボワボワボワボワッ』更にショウが唱えると、十mほど先に立てかけた板めがけて高速の炎が飛んでいき、瞬く間に燃え尽きる。ショウの火弾の威力が、増してきている様子だ。
「はあ……一気に6つの的を燃やせるとは……これもまた素晴らしい技術だ……。
しかも昨晩トーマ先生がおっしゃっていたように、本当に魔法の呪文を短縮できているようですね。これは素晴らし技術と考えます。ぜひともわが軍の魔法使いたちに、取得させたいと思います。」
そうして興奮した王子は、呪文のショートカットキーによる短縮に、やはり興味津々のご様子だ。
「うーん……そうでしょうか……ちょっとあの的をご覧ください。地震!」
『グラグラグラッ……ボトッボトッボトッ』先ほどトオルがクナイを命中させた的の地面を揺らせ、その振動で的が大きく揺れ、土に刺しただけの的は簡単に倒れた。
「では、次は向こうの的です。
豊かなる大地の聖霊よ、友を信じ力を貸し与えたまえ。その術を使い大地を揺るがし敵の足元を襲え。地震!」
『グラグラグラッ……ボトッボトッボトッ』先ほどナーミが矢で射抜いた的が、やはり地震の揺れで倒れた。
「おお……素晴らしいですね……。」
『パチパチパチッ』王子は俺の魔法効果に対しても拍手をする。
「そうですね……御覧の通り、呪文を省略してもしなくても魔法効果は変わりません。軍隊での戦争のように、ある程度距離を置いて戦う場面では、少しの詠唱時間はさほど影響しないのではないかと考えております。それよりも指の折り方を間違え、適切な魔法効果が得られないと、作戦失敗に終わる危険性があります。
ですから軍隊で範囲効果を狙う場合は、正しく詠唱なされたほうが良いのではないかと考えます。呪文の短縮が有効な場面をお教えいたしましょう。王子様、木刀で私の腹めがけて水平斬りしてきてください。」
冒険者の袋から木刀を取り出し王子に渡し、王子の前2m地点に立つ。
「えっ……トーマ先生は構えないのですか?」
剣を鞘に納めたままの俺を見て、王子が首をかしげる。
「大丈夫ですから、思い切り打ち込んできてください。」
「本当に大丈夫ですか?」
「もちろんですよ。さあ、お願いいたします。」
「では……いいですね……行きますよ……えやあっ!」
「脈動!」
『ブンッ』『ボゴッダッ……シュタッ』王子が俺の腹めがけて水平斬りして来る寸前に、脈動を使って高く跳ね、王子の背後へと着地する。
「えっ……」
「後ろですよ……。」
目の前に立っていた俺の姿が、一瞬で消えて絶句する王子に向かって、背後から声をかける。
「こっ……こんなことが……できるなんて……。」
振り返った王子は、ただただ唖然としていた。
「このような近接戦でこそ、呪文の短縮は有効と考えております。国同士の戦争で軍隊が戦う場合ではなく、冒険者が狭いダンジョン内で使ってこそ、大きな効果を上げるのです。」
王子に繰り返し説明する。
「そっ……そのようですね……でっ……ですが、戦時には当然のことながら白兵戦も行いますので、魔法使いが巻き込まれた場合を想定して、対応ができるような訓練は必要と考えます。
さらにその……先生たちのように範囲攻撃ではなく、戦闘時の補助魔法として併用することを検討いたしたいと考えつきました。もちろん精霊球は大変貴重なものですから、歩兵隊全てに支給することは不可能ですが、精鋭部隊に魔法併用の戦闘訓練を検討してもいいと考えます。
この方法であれば……わが軍をさらに強くすることが可能と考えます。大変お手数ですが、わが父……現王の前でお点前を披露していただけませんでしょうか……。」
なんだか大変なことになってきたようだ。まさか直接王にお目通りして、そこで魔法を披露するなどと……。
「もちろん我が国の秘伝として、ごく一部の限られた人間にしか、この方法は伝えないよう、情報操作は必ず行うつもりです。どうかお願いいたします。」
王子は、そういいながらさらに深く腰を追って頭を下げる。こういったやり方は、他国も同じことを始めたら、秘策でも何でもなくなってしまう。だから、秘伝としてとして少数のみ伝えるやり方は賛成だ。
だがなあ……カンヌールが強くなることは好ましいが、それによって戦争が勃発することに関しては、賛成できないが……。
「披露されればいいのではないですか?カンヌールは3国の中でも弱小国です。面積も小さいですし人口も少ないですからね。この大陸中に戦乱が及んだ場合、恐らく真っ先に消滅する国と言えます。そうならないで済むように、軍事力増強できるのであれば、それに越したことはありません。
なにせ生命石が出たということは、言い伝え通りに玉璽が出る可能性が高く、そうなれば玉璽争奪戦ともいえる争いが、この大陸中に波及することは目に見えております。そのような国同士の争いで一番苦労するのは民たちです。
玉璽が出る出ないにかかわらず、国同士の争いを治めるための戦術として、ワタルが考えついた方策が有効であれば、それもまた民のためになると考えます。」
トオルが俺の背後から、小声で耳打ちしてきた。うーんそうか……戦争を早めに収束させるのも強力な戦術あればこそということか……。
「わかりました、私がこの国のためにお役に立つことができるとおっしゃるのであれば、微力ながら尽力させていただきます。但し……この効果が誰にでも発揮できるのかどうかは不明です。」
とりあえず、使い続けた精霊球の途中からショートカット設定が可能かどうか不明な点と、精霊球が所有者として認めるかどうか、ダンジョンで直接取得しないと最大効果は得られない旨は念のため伝えておいた。
「ありがとうございます。」
王子は俺が承知したことで、ほっとしたように笑顔を見せる。やはり、この国の状況を憂えているのであろう。
「では、出発いたします。」
翌朝、王家の別宅から王子の合図とともにミニドラゴンの背に乗り出発する。仲間たちと過ごした昨晩が、よほど楽しかったのか、ミニドラゴンは上機嫌で俺たちの元に戻ってきた。
『バサッ……バサッ……』眼下の風景で、街道筋の家々の密度が少しずつ上がっていくのが分かってきた。
今日の夕方には王都に到着するはずなので、段々と都会に近づいてきているのだ。
あたりが夕焼けに染まるころ、見慣れた景色が眼下に広がり、トーマが所有していた城を真下に見ながら、さらに南下を続ける。城の周りの果樹園や田畑含め、住んでいたころと少しも変わらずに営まれていることが見て取れる。ソーペラは約束通り、小作人や使用人をそのままの待遇で雇ってくれているようで有難い。
その後も大きなお屋敷が続き、今度は大通りに沿うようにしながら進むと、その先には巨大な建造物が見えてくる。大きな堀と高い塀に囲まれた王宮だ。王子の操る飛竜は、王宮の中庭に降りたので、それに続くようミニドラゴンに命じて、王宮の中庭に着陸させる。
なんだか、この場所で王子が襲われ、トーマが命を懸けてお守りしたこと。王子に手傷を負わせたことの責任を取ってトーマが切腹したこと。さらになぜかわからないが、そのトーマの体に老婆を救おうとして自動車にはねられた俺が転生し、どうにも怪しいダーネを決闘で倒し汚名をそそいだこと。
さらに、城も何もかも売り払い冒険者になると宣言して放浪の旅に出たこと。それらがほんの2ヶ月ほど前に、この場所で起きたことだとはとても信じられないくらい、なんだかちょっと懐かしいような、遠い昔のことのようにも感じる。
「では、こちらへどうぞ……明日の綬官の儀式の説明を行います。」
着いたそうそう王子のお付きがやってきて、俺たちを案内してくれる。ソーペラは慣れているだろうが、ナーミたちは儀式は初めてだろうからな、王様の前で粗相のないよう、あらかじめ予備練習は必要だ。
正門である南門に近い、南西の離れに案内された。
「こちらが、トーマ様たちの客室にもなりますので、ご自由にお使いください。」
おおそうか……離れを寝所に使わせてくれるというのは大変にありがたい。王宮内ではかしこまっていなければならないから、窮屈だからな。特にナーミにとってはありがたいことだろう。恐らく王子の計らいだろうな。
「では……服装はカンヌールの軍服で行います。どこのお国の方であったとしても、形的には現王の臣下という扱いとなりますので、ご理解願います。此度は綬官される方も多いですから、名前を呼ばれた順に……」
案内してくれた王子のお付きが、爵位を賜る際の作法について説明してくれている。まあ、この辺りはトーマの記憶をたどれば、何とかなりそうだ。
「ちょっとちょっと……貴族になるワタルが説明を受けることは分かるけど、どうして関係のないあたしたちまで、いちいちここでお辞儀してって作法を覚えなくちゃならないわけ?あたしたちはワタルの仲間であって、ワタルのお付きというわけではないのよ。
そりゃワタルのことは尊敬しているし、一緒に王様にお目通りすると言われれば従うけど、貴族になる儀式まで覚える必要性はなくない?」
形式ばった仕草の連続に音を上げたのか、ナーミが大声で反発し始める。
「そうおっしゃいましても……これはあなた様方が王様から爵位を賜るために必要な作法でして……。」
王子のお付きが申し訳なさそうに、それでも必要な作法だから覚えるよう促す。
「だ・か・ら……ワタルが覚えればいいわけでしょ?それをあたしたちが、後ろから見守っていれば……。」
「そうではございません……あなた様も爵位を……男爵になられますのですよ……。」
「はあー……?だんしゃ……男爵って……?えっ……一体どういうことなのよ!」
王子のお付きのいった言葉に対応できずに、今度は俺に向かって突っかかってきた。
「だから……一昨日の晩に確認しただろ?どうするって……みんな賛成したから、だから爵位を賜ることになって……俺は元伯爵だからだろうが、公爵になることが決まり、みんなはその……男爵になる……。」
ううむ……俺だけが貴族に戻るのだと思っていたということか……そうではないのだ……。
「ちょっとお待ち願います。するとナーミさんだけではなく、私やショウ君も……ということでしょうか?」
トオルまでもが焦って確認にやってきた。
「もちろんそうだよ……トオルもショウも男爵だ。トオルもショウももちろん俺もそうだが、冒険者名のまま爵位を賜るよう願い出ている。トオル男爵にショウ男爵となるわけだ。ナーミは唯一の女性貴族だが、男爵というのは階級の話だからな……女性でも男爵だ。」
ショウも含め俺に詰め寄ってきている皆に対し、冷静にわかりやすく教えてやる。
「そんなあ……聞いてないわよー……。」
そんなコントのネタのようなことを言われても、もう今更断れはしないぞ……なにせ、綬官の儀式は明日なのだ……。
この日は晩さん会は行われず、離れに食事を運び入れてくれて、我々だけで食事ができたのはありがたかった。それでも食事は早々に終わらせ、儀式ごとが苦手なナーミのために、夜遅くまで作法の練習が続いた。
日々の訓練を終えて寝付いたのは、真夜中になってからだった。




