オーチョコ城
「戦力も何も……宣戦布告を受けたという情報はこの城にも入ったが、ここでの警戒の指示など全くなかった。それどころか、モロミ渓谷へ兵を派遣しろとの命令で、200いた兵の半分の100を持っていかれたくらいだ。
この城にいる兵は現状総勢百名、砲兵が50と歩兵が50だ。しかも歩兵は全て剣士のみで弓矢隊も鉄砲隊も全てモロミ渓谷へ行かされた。さらに魔法使いもここにはいない……。
何せ前線基地とは名ばかりで、ここは新米兵士の養成所のような扱いだからな。砲兵も剣士も大半は新兵だ。各10名の教官以外は、攻め込まれたら戦わせないほうがいい……犠牲者を増やすのみだ。
つまり、白兵戦になったらお手上げということだ。どうだ?がっかりしたか?」
ソーペラは、割と平然と絶望的な状況を打ち明けた。
「港にも兵がいるようだが、あっちはどうだ?」
「ああ……港の護衛兵だな。あれもカンヌールの軍隊の一部ではあるが、管轄は海軍だ。
こっちは陸軍だから、直接命令は下せない。確か……30名ほどの海兵と30名ほどの弓矢鉄砲隊で構成されていたはずだ。ただし……海兵といっても、ここオーチョコは港町だが軍港ではないので、海軍はいるが軍艦は一隻もいない。嵐などで漁船が遭難したときに救助に向かう海難救助のための船があるだけだ。
たまに海の魔物が襲ってくる時があるから、その時のために弓矢鉄砲隊も従属している程度だな。まさか、この港町に他国の軍が攻め込んでくるとはな……想像もしていなかった。
なにせ、もう300年近くもこの大陸では戦争なんて行われていなかったんだぞ!」
ソーペラが苛立ち気味に叫ぶ。そうはいっても、現実に攻め込まれているのだから、この状況を受け止めて対処するしかないのだ。
「つい最近、百年ダンジョンが攻略され、精霊球のほかに様々な特殊効果のある石も出たとお聞きしましたが、生命石も出たのではないのでしょうか?」
ミニドラゴンに回復水を与えていた、トオルもやってきたようだ。
「生命石……ちょっと待ってくれ、目録を確認する。先日報告書が回って来たばかりで、本日の朝会で皆にも一部知らせてやろうと、ちょうど持っていたところだ。なにせ、目新しいニュースなんてほとんどない平和な港だったからな。
えーと、巨大な土と水の精霊球がひとつづつ。輝照石が8個に擬態石が6個、魔導石と生命石が一つずつ出たとなっているな。他にもルビー石やサファイヤ石にオパール石、ダイヤモンド石などの宝飾用の原石も大量に出たとなっていて、こっちは量の記載はない。
他には……収納石が20個となっている。だがこちらはギルドで消費して一般販売はされないようだ。
確かに目録には生命石も入っているが、それがどうかしたのか?」
ほう……複数の精霊球が出現することもあるようだな……土と水か……だったら風と水もあり得る。
新聞には特殊効果のある石多数となっていただけだったが、やはり目録は存在していて、それなりの立場の人間には連絡が行っているようだな。まあそうだろうな……若くして宮仕えを首になったトーマと違い、こっちはいくら辺境の地とはいえ、この港の城を守る役人の長なのだからな。
特殊効果の石に関しての情報も知っていても不思議ではない。収納石というのは、名前から察するに冒険者の袋に関するものかもしれないな。ギルドで独占というわけだ。
「生命石が出たということで、いずれ玉璽も出ると考えたのではないでしょうか?」
トオルがぽつりとつぶやく。
「玉璽だって!」
ソーペラがありったけの大声で叫ぶ。
「生命石あるところ玉璽あり……ということだな!そうか……玉璽が出ると予想しているということか……確かにそれは考えられるな。グイノーミのダンジョンで生命石が出たのだから、カンヌール内で玉璽が……。
悪い……俺はちょっと王宮宛に電信を打ってくる。港の中に侵攻した戦艦は、あらかた損害を与えてくれたようだから、おかげさまで少しはもちそうだが、まだやることはあるのか?」
ソーペラは突然そわそわし始めた。
玉璽というのは、王の資格という意味のもので、これがあると無敵の軍勢が作れると伝えられている。なにせ、この大陸に巣くう3竜を従えられるというのだ。とはいっても、飼いならされた竜ではなく野生のものに限られるということだが、北方山脈にある3竜の住みかには、飼育されているものよりも多くの竜が存在する。
しかもペットとして飼っている竜は全て幼獣に限られるのに比べ、野生のものは大半が成獣だ。各王宮では各国の守護竜の成獣を飼育していているようだが、数は少数だ。
竜の幼獣ですら、腕の立つ冒険者数人分に匹敵すると言われているのだから、成獣の群れに攻め込まれたら、どんな堅い守りでさえも崩壊してしまうだろう。まさに最強の軍団だ。
しかしトーマの記憶では、ここ300年以上にわたって玉璽は発見されていない。そのため、この大陸では見かけ上は平和な状態が、続いているようなのだ。
玉璽の有効期限は数年から数十年しかないようで、その間に発見して使用しなければ輝きを失い、また永い眠りにつくと言われている。少しでも早く発見をして、その力をもってこの大陸中を制圧することができれば、統一国家も夢ではなくなるわけだ。かつて大陸を支配していた統一王朝のように……。
サーケヒヤー国がカンヌール国内で玉璽が出るかもしれない事を想定したのであれば、先制してカンヌールに攻め込んできたことも頷ける。なにせ、玉璽がカンヌールの手に渡れば、真っ先につぶされるのは自分たちなのだ。先手必勝とばかりに、体制が整う前のカンヌールに攻め込んできたのも無理はない。
恐らく百年ダンジョン攻略の催しが行われた時点である程度予測をし、船団を出発させていたのではないか?生命石が出ればそのまま攻め込んで、出なければ帰港させればいいのだ。なにせ、この大陸の北側はほぼ断崖絶壁になっていて、港など作る場所はないからな。
はるか遠くの軍港から出発させていたら何週間もかかってしまうので、その時間を見込んでの見切り発車だ。
「遥か沖合に巨大な戦艦が3隻、こっちに向かって航行してきている。あの速度だと恐らく半日ほどで到着してしまうだろう。向こうは夜でも問題ないかもしれんが、ミニドラゴンで飛ぶのは暗くなってからは危険だから、日があるうちに攻撃を仕掛けようかと思っている。
まあ、どこまでやれるかわからんが、可能なら船に乗り込んで航行不能にできればいいと考えている。
それと……この丘の絶壁だな……先ほども水竜が登ってきていた。とりあえず落としておいたが、また昇ってこないとも限らない。湾は汚れるが非常事態だ、ここから油をまいて、滑って登ってこられなくしたほうがいい。」
ミニドラゴンで飛んでいき、航行中の戦艦に乗り込むつもりだが、どこまでできるかはやってみなければわからない。かといって巨大戦艦が3隻もやってきたら、恐らくこの城を守り切れないのだから、やるしかないのだ。さらに、ついでに水竜対策も提案しておく。
「わかった……申し訳ないが、うちの兵もつれて行ってくれないか?新兵ではない……新兵を鍛えるほうの教官連中だから腕は立つ。剣士は元冒険者の奴がほとんどだからな。戦艦に乗り込んで戦うのであれば、必ず戦力になるはずだ。それと砲兵教官数名を連れていけば、向こうの船の大砲だって操れるはずだ。
おーい……カーヌン……ちょっと来い!敵戦艦に突入するぞ。
大砲の教官3名と剣の教官十名を集めてきてくれ、トーマにお願いして連れて行ってもらう。
それと……ネーメ、砲兵十名と協力して油の樽を持ってこい、すぐにだ。そうして崖の上から垂らして、崖を伝って登ってこれないようにしろ!いいな、すぐにやれ。」
「はっ……承知いたしました。」
すぐに大柄の甲冑を身にまとった男がやってきて、ソーペラに会釈すると城の中へと引っ込んでいき、さらにもう一人、少し小柄な甲冑姿の兵士を呼び止め、矢継ぎ早に指示を出す。古来では熱した油を敵兵に振りかけるなんて恐ろしいことも行われていたようだが、まあ、登ってこられないようにさえすればいいだろう。
ソーペラがてきぱきと命令を発していき、さすがだなあと見ていたら、こっちに振り返った。
「それと……さっき見ていたが、ずいぶんと面白いものを積んでいたな……あれは何だ?普通飛竜で飛ぶときには専用の馬車の座席を使うもんだが……。」
ソーペラも引っ込んでいくと思いきや、今度は俺たちの装甲車の荷台を珍しいものを見るようにしげしげと眺め始めた。
「ああ……馬車は訳あって、あの荷馬車と交換した。外壁に鉄板を張ったりして装甲車のような、宿泊施設のようなものに使っている。」
何せ手作りで外観など気にしてはいないので、かなり不格好ではある。それでも中は断熱材で保温されているし、革張りだから住み心地はいいはずだ。
本来は城から乗ってきていた馬車の車輪を折りたたんで、専用のベルトで飛竜の背中に固定して使うようだが、2人乗りであり、大人数の子供たち救出のため、荷馬車と交換せざるを得なかったのだ。
「そうか……うちの兵を運んでもらうにはちょうどいいとは思うが、それだとトーマたちが乗れなくなってしまうからな。おーい……バーン……ちょっと来い。倉庫に先祖伝来の飛竜用の馬車があったはずだ。
あれの4人掛けをすぐにもってこい。これから敵戦艦へ乗り込むのに使用したい。」
「はっ……幌付きのものでしょうか?あれは遠出用に装飾を施した高価な……。」
ソーペラに呼ばれた小間使いのような吊りバンドの半ズボンを履いた男は、顔をしかめながらとんでもないと首を振った。
「何を馬鹿なことを言っている。今の事態が分からんのか?すぐにもってこい……1分やる……。」
ソーペラはいぶかしそうに首をかしげる男に、威圧的に命じた。
「はっ……はい……ただいま……。」
ソーペラの表情を読み取ったのか、男は焦って駆け出していった。
「平和というのは恐ろしいものだな……こんな眼前にまで敵戦艦が攻め込んでいるというのに、きれいに装飾を施した馬車を戦争に使うのを惜しむ……そんな小さなものを惜しんで、国を失ったらどうするというのだ?いや、申し訳ない……部下たちの教育が行き届いていないのは、長たる俺の不遜の致すところだ。
お詫びする……。」
そういいながらソーペラは頭を下げた。
いやあ……そんなことないよ……何て軽口も叩けないので、神妙な顔をして黙っておく。
『カラカラカラ』「持ってまいりました。」
バーンと呼ばれた男は、もう一人の男とともに大きな馬車の客車部分を引いて持ってきた。
「これをすぐにあの飛竜に装着して差し上げなさい。」
「はっ……かしこまりました。」
こちらの返事もきかずに、なんだか勝手に進んでいくようだ。
「トオル……悪いが彼らについていってやってくれ。ミニドラゴンがかみついたら困る。」
「はっ……かしこまりました。」
すぐにトオルが追いかけていった。
「勝手に話を進めて申し訳ないが、この装甲車?といったか?これはうちの兵たちを乗せて運ぶにちょうどよい大きさと見た。恐らく飛竜の大きさからみて、背に4人乗せてもこの装甲車を足でつかんで持ち運ぶことは可能であろう。
そこで、うちの兵士14名を一緒に連れて行ってもらいたい。決して足手まといにはならないはずだ。トーマたちだけでも勝てるかもしれんが、より確実に勝ちを決めるためにもお願いする。
礼といっては何だが馬車は進呈するから、今後も愛用してくれ。」
ソーペラはそういって頭を下げた。俺達だけで勝てるなんてとんでもない、どうやって戦えばいいのか、あれこれ悩んでいたし、恐らく難しいだろうから、少しでも奴らの足止めをする程度にしか考えていなかった。
剣の教官十名といっていたから、トーマ並みと考えれば十分な戦力になる。
「わかった……彼らもつれていこう。あの装甲車の中には、宿泊用の布団とか荷物が入っていて、汚れると困るんだ。どこか保管場所はあるかい?」
なにせ14人の武装した男たちが土足で乗り込むわけだからな。端に寄せておいても狭いだろうから、布団や食料などは取り出しておく必要性がある。
「おお……城の倉庫を使ってくれ。入り口を入ってすぐ右だ。本来は大砲などの備品を入れておくところだが、見ての通り全て出して使用中だからな。何も入っていないから自由に使ってくれ。
じゃあ、そろそろいいか?悪いが俺は、電信を打ってくる。」
そう言い残してソーペラは、足早に立ち去っていった。
「ようし、ナーミとショウは荷台から荷物を運び出して倉庫に保管してくれ。回復水の入ったクーラーボックスだけは残して後は布団から何から全部出すんだ。」
「わかったわ。」
「うん……わかった。」
そこからは引っ越しさながら、布団やクッションや米や缶詰を何往復もして倉庫へ運び入れた。
「大砲の教官3名と、剣の教官十名を連れてまいりました。」
カーヌンとかいう大きな体の兵士が、甲冑に身を包んだ兵士たちを引き連れてきた。多くは、30から40歳といったところだろう。トーマよりも少し年上に見える。元冒険者もいると言っていたからな、剣士が引退後に剣の教官を行っているのであろう。だが、そのほうが実戦経験豊富だろうからかえって頼もしい。
額に刻まれた皴は、経験の証と考えればいい。
「この港の遥か沖合に、3隻の巨大戦艦が航行中だ。こいつらが港近くまで来てしまえば、恐らくこの城は持たないだろう。その前に突入して、制圧してしまうのが目的だ。1隻だけでもいい、1隻だけでも制圧できれば、そこから他の戦艦を攻撃することで、敵に大打撃を与えることができるはずだ。
これから飛竜で皆を運んでいく。命がけの白兵戦になりそうだが、皆、覚悟はあるか?」
とりあえず、何も知らせずに敵陣真っ只中に連れていくこともできないので、作戦を説明しておく。
「ああ……この城に雇われて、新人相手のお遊戯みたいな教官業も退屈していたんでな。久しぶりに腕を振るえるのであれば、かえってうれしいさ!」
「俺も!」「俺も!」「俺だって……!」
頼もしい声が返ってきた。




