飛竜の谷
『ドッドッドッ』恐らく人が歩いて進めば3日はかかるであろう距離を、ミニドラゴンは半日ほどで走破した。もちろん山道であり、馬車は使えないからミニドラゴンの体に革ベルトを装着し、そのベルトに俺がしがみついて、ミニドラゴンが駆けてきたというわけだ。
結構振動はあったが、多少は気を使ってくれていたのか、途中休み休み駆けてくれ、何とかしがみついていられた。カルネの地図で行くと、この辺りが飛竜の谷に当たる。
北方山脈の西側の尾根は切り立った崖が続いていて、来るものを完全に拒んでいる。2千m級の垂直に切り立った崖は、いかなベテランクライマーですらも踏破しようなどと考えないと言われている。
崖の上から見下ろすと、はるか下界との間には雲が覆い、地上とは隔絶した世界が広がっているように感じる。この断崖絶壁のどこかに飛竜の谷があるはずだ。ミニドラゴンの背中から降りて革ベルトを取り外すと、一緒に歩きだす。
「うん?」
しばらく崖に沿って歩いていると、岩場だけの断崖の上に1本の大木が茂っているのが見えた。それはもうはるか見上げるほどの高さで、ただでも高い山の上なので、この木に登れば天まで行けるのではないかと思えるくらい、上方が霞んで見えない。
もしやこれがドラゴの実をつける大木ではないかと思い、ミニドラゴンをそこに待たせて木に登ってみる。
前世の俺は高所恐怖症で、高いところでは膝がガクガクして動けないほうだったが、トーマの体は身が軽いうえに高いところも苦にしないようだ。鎧を身に着けたままで、太い幹から出ている枝をとっかかりにしてするすると登っていく事が出来る。
やがて下にいるミニドラゴンが見えなくなるくらいまで登ったところで、黄色というより金色に輝く、拳より一回り大きいくらいの実を見つけた。すぐに実をもぎ取って大事に鎧の胸の内側に入れると、下へ降りていく。
「くぅ?」
ミニドラゴンは差し出したその実を不思議そうに首をかしげてみていたが、『ガブッ』鼻先に当てると思わずかぶりついた。まあ、食べられるものという認識でよさそうだな。
「ぐるるるるるっ」
実を食べ終わったミニドラゴンは周囲を警戒する様子を見せ、きょろきょろと四方をうかがい始める。
「あっちだ。」
木登りから降りてくるときに、少し先に崖の切れ目があって、そこから下へと降りていく斜めの道を見つけたのだ。ミニドラゴンは俺の指示に従い、そのまま崖下へと降りて行った。
「ふうっ……あとは待つだけだな。」
試練の時は一晩以上かかると言われている。草もまばらで岩がごつごつしているだけのだだっ広い崖の上で、風が直接当たらない場所はドラゴの実の大木の影しかなさそうなので、木の根元で野営することにした。
弁当を食べた後に日課のトレーニングを終え、寝袋を出して寝りにつく。なんだか久しぶりにゆっくり眠られるな……。
『バサッバサッバサッ』「うん?」大きな羽音で目を覚ますと、朝日を背に巨大な影が俺の寝ている前に立っていた。逆光でよく見えないが、両手の下から膜状に広がった巨大な翼は、恐らく十mを越えているだろう。
「くっきゅーん」
その影は突然、甘ったれた声を発した。
「ミニドラゴン……なのか?」
「きゅーむ……。」
急いで寝袋のチャックを開けて起き上がると、身の丈6mを越える巨大な飛竜が目の前に立っていた。朝日に照らされて黄金色に輝く全身の鱗は、神の使いのようにも感じられた。元々黄色っぽい鱗の色だったからな、成獣になって金色の鱗に変わったということか……まさに聖獣だ。
「おおそうか……戻ってきてくれたのか……よしよし……。」
ミニドラゴンは、甘えるように首を伸ばし俺の胸にほおずりしてきたので、その巨大な頭を撫でてやる。
見ると、体中の鱗のそこかしこが赤く染まっているようだ。試練の戦いの激戦を感じさせるな。
「ようし……飲め……。」
すぐに腰の冒険者の袋から回復水を取り出して、手のひらにあけミニドラゴンに飲ませる。どれだけ大きくなろうとも、ツバサが生えて飛竜になろうとも、こいつの名前はミニドラゴンだ。
「くぅぅーんくぅーん……」
うまそうに飲むので、袋に入れてあった十本全て飲ませてやった。
「ようし……じゃあギルドへ戻るか……ちょっと待っていろ。」
ミニドラゴンの体に俺がしがみつくための革ベルトを装着する。羽は生えたが、体のサイズはそれほど変わっていないので、あまり調節しなくても装着できた。
鎧を装備して落下防止のために登山用のハーネスを腰に装着し、金具をベルトに取り付けたフックにしっかりと固定する。
「ようしっ……出発だ。」
『バサッバサッバサッ』俺が命じると、ミニドラゴンはゆっくりと大空へ飛び上がり、一路東を目指した。
「今戻ったぞ……。」
飛竜となったミニドラゴンを馬小屋の外に待機させ、宿兼武器防具道具屋の建物へ向かう。
「何言っているのよ……あたしたちは仲間じゃない……仲間といったら助け合うものよ。2人だけで行くなんて承知しないわよ。あたしは絶対、一緒に行くからね!」
「僕は……僕の故郷を守るために、絶対一緒に行きたい……僕だって……戦う……。」
「だめです……絶対にダメ。お二方は連れていけません!」
建物の中へ入ると宿の食堂内で、怒声が飛び交っていた。ありゃりゃ……やっぱりもめているな。
ううむ……ショウはともかくナーミまで……困ったな……。
「無事戻ってきたぞ……ミニドラゴンは飛竜になれた……一緒に帰ってきた。」
とりあえず眺めていても仕方がないので、帰ってきたことを報告する。
「ああ……おかえりなさい……そうですか……飛竜に……よかったですね……。」
トオルが俺の方を少しだけ振り返り、また前方へ視線を戻す。その先にはにらみつけるような厳しい表情のナーミがいる。そのまた隣には、涙目のショウが座っていた。
「よかったじゃない……飛竜で飛んでいけるんでしょ?じゃあ、すぐに出発ね。」
ナーミはすぐに立ち上がろうとする。
「いや……ナーミとショウは一緒にはいけない。悪いがここで留守番をしていてくれ。」
悪いが2人を連れて行く気はさらさらない……戦いに行くのだ、人を殺しに行くのだ。
「何言っているのよ……2人だけで行って勝てるわけないでしょ?あたしも絶対に一緒に行くから!」
ナーミは語尾を強く反発する。
「だめだ……それにこれはカンヌールとサーケヒヤーとの戦争だ。ナーミはサーケヒヤーで暮らしていたと言っていたじゃないか。自国と敵対関係になってしまうと、困るだろ?」
ナーミはサーケヒヤーの孤児院で過ごしたと言っていたからな、恐らく冒険者の修業もサーケヒヤーでしたはずだから、さすがにまずいだろ。
「なによ……あたしが裏切るとでも思っているの?確かにサーケヒヤーは、人買いに売られていくところを救出された、あたしを保護してくれた国よ。そういった意味では感謝しているわ。でもあたしの母国じゃないわよ。あたしが生まれてママと暮らしていたのは、カンアツの田舎の小さな村だからね。
そういった意味ではカンヌールには何の義理もないけど、でも、ワタルもトオルもショウも生まれた国なんでしょ?その国を守るために戦うんだったら、あたしも一緒に戦うわ。だって仲間なんだから、当然でしょ?」
そうだった……ナーミ宛に送金した宛先は……確かカンアツだったな。ううむ……
「僕は……生まれた国だから一緒に行くよ!」
するとショウが一緒に行くと強く主張する。会話に便乗してきてたな……。
「だめだ……生まれた国云々というより、これは戦争なんだ。人と人との殺し合いなんだ。そんなところに子供であるナーミもショウもつれていけない。大人だったらいいのかといったことでは決してないのだが、2人には辛い思いをしてほしくない。
さらに攻撃するのはこちらから一方的に、といったことはあり得ない、相手からも攻撃してくるんだ。ナーミやショウが傷ついたり失うようなことになったら……そんな場所に2人を絶対に連れてはいけないんだ。
行かせないのは、俺のわがままでしかないが、どうかわかってほしい。」
こうなったら仕方がない、正直に本当の気持ちを伝えよう。わかってくれるはずだ。
「だめよ……そんなこと言ったら、あたしだってワタルやトオルに人殺しなんかしてほしくない。戦いなんだから、殺さなくたって相手を制圧すればいいのよ。あたしが一緒に行って圧倒的な強さで、相手を制圧してあげる。だったらいいでしょ?
あたしだって人を傷つけたり殺めたりすることは、絶対にしたくはないけど、ワタルやトオルを失うことはもっとありえない。だから約束する、絶対に危険な真似はしないから、だから連れて行って。仲間でしょ?助け合うんでしょ?足りない分を補い合って戦うんでしょ?以前あたしに言ったことを忘れないでよね……。
それに……人との戦いならあたしだって経験しているわ、エーミを救い出した人買い商人たちとのクエストでね。あの時のように、あたしはワタルとトオルの背中を守るわ。
そもそも、あたしたちは命を懸けてダンジョンを制覇しようとする冒険者でしょ?けがや命の危険を心配していたら、冒険者なんてやっていられないのよ。命を粗末にするつもりはないけど、ちゃんと自分の身は自分で守れるわよ。絶対に一緒に行くからね!」
ナーミは強く主張して、絶対にひこうとはしない。確かにそうなんだが……そううまくは……
人買い商人との戦いだって、だれも傷つけずに済まそうなんてかっこつけて、トオルを失いかけたからな。
そのあとは襲い掛かってくる賊を斬り捨てたけど、あれは致命傷には至らないように加減をした。あの場から逃げられれば良かったからな。今度はそうはいかない……何せ軍隊が攻め込んでくるわけだからな。
「僕は……僕も圧倒的に敵を制圧する……魔法を使えば、絶対に勝てる……だから一緒に行く!」
さらに便乗組が……。
「参りましたね……どうやらこっちの負けのようですよ……一緒に行けばいいのではないですか?人を殺めるのは罪ですが、どうしても仕方がない場合はありますし、いったからといって必ず殺し合いをするとは限りません。ナーミさんがいうように圧倒的武力差で制圧できればいいのですよ。
なんにしても、私とトオルだけで行った場合は、ほぼ自殺行為ですが、ナーミさんやショウ君の援護があれば、逃げ回ることくらいはできそうですからね。一緒に行きましょう。」
トオルまで、説得をあきらめてしまった様子だ。
「わかった……ここでこれ以上議論していては、間に合わなくなってしまいそうだしな……いくら飛竜でもジェット機のようには飛べないからな。時間もないし説得はあきらめた、みんなで行こう……だが……危険と感じたら、絶対にすぐに逃げること……これだけは誓ってくれ。」
いつまでもぐずぐずしてはいられない、敵戦艦はカンヌールに迫っているのだ。
「わかってるわよ……。」
「うん……約束する。」
「では、参りましょう……ですが……ジェット機って何でしょうか?」
「あっ……ああ……じぇ……じぇ……じぇったい間に合わせなきゃなって言ったわけだ……。」
トオルに突っ込まれて焦って訂正する。ううむ危ない危ない……この世界には飛行機すらまだないからな。
「それで……装備の修復だが……。」
「はい……ワタルの剣も研ぎ終わってますし、鎧も修復は終了していますよ。私の鎖帷子もナーミさんのビスチェも、ショウ君のローブも全て新品同様に直っています。」
「おおそうか……ありがとう……装備が完璧じゃないと、安心して戦えないからな。
じゃあ、俺の分の回復水を補充するとして……予備分の回復水や解毒薬は大丈夫かい?」
試練から戻ったミニドラゴンに十本全部飲ませてしまったからな、回復水を購入しなければいけない。
「はい大丈夫ですよ。氷と一緒にクーラーボックスに詰めてあります。」
「じゃあ、ミニドラゴンの背に荷台を取り付けるとするか。」
「はい、わかりました。」
道具屋によって回復水を補充した後、トオルと一緒に外に出てミニドラゴンの背に装甲車の荷台を括りつけようとする。
「ほおー……本当に羽が生えて……飛竜といった感じですね……。」
トオルが見惚れたように飛竜となったミニドラゴンを見て、ため息をつく。
「そうだな……もう立派な成獣だ。だが俺にとってはいつまでも可愛いミニドラゴンだけどね。
それよりも、荷台の側板についている革ベルトは何に使うんだ?」
荷台を持ち上げようとして分った……こんなもの、装甲車の荷台についていなかったはずだ。大体、敵中に飛び込んでも荷台にしがみつかれないように、とっかかりをわざわざなくしているというのに、これでは台無しだ。
「あたしとショウで取り付けたのよ……空を飛んで行って戦うんでしょ?いわば空中戦よね。その時に、荷台の中じゃ弓も射ることはできないし、魔法だって使えない。かといって、荷台にはつかまるところがどこにもないから、空の上で飛竜の背に乗って支えもなしに戦えないでしょ?
ハーネスをそのベルトに固定して、両手を自由にして戦うのよ。左右両方に2人分ずつ取り付けてあるわ。」
ナーミも出てきて、ミニドラゴンの頭を撫でながら笑顔を見せる。やられた……上空で荷台の中では何もできはしないと高をくくっていたのだが、向こうのほうが1枚上手だった……貼り付けた鉄板に斬りこみを入れて、柱となる鉄格子に直接、固定用の革ベルトをとりつけているようだ。




