スースー達の活躍情報
「大いなる風の聖霊よ、友を信じ力を貸し与えたまえ。その術をもって敵を吹き飛ばせ、突風!」
『ビュウッ……カランコロン』ショウが、精霊球を持つ左手の人差し指を立てて戻し、もう一度立てながら呪文を唱えると、一陣の風が巻き起こり、的に見立て立てかけた木片が吹き飛んで転がった。
ギルドでアイテム清算後、律儀なトオルが主張するので、馬を売った代金の分配もおこなった。今回の報奨金を合わせてかなり懐は温かくなったところで、隣の建屋の宿をとり、武器屋に剣の研ぎをお願いし、回復水など補充。部屋は十分にあるからと、各自個室にした。
日常訓練で、さっそく風の精霊球の特訓を始めることにした。1から魔法の訓練のやり直しとなってしまったが、まあいいさ。これにより、この精霊球の力を最大限発揮できるようになるはずと考えれば、まったく問題ない。ショウの感覚では、やはり魔法効果は最初から、以前のものよりも強烈な様子だ。
考えてみれば、各国の軍隊の魔法使いは、こういった地道な訓練を毎日長時間続けているだけで、数年に一度くらい北方山脈に出向き、魔物相手に短期間だけ魔法の実戦訓練をする程度と聞いた。奴らは冒険者ではないからな。ダンジョンに潜るようなことは一切しないはずだ。
コージーギルドのクエストでも風の精霊球はそこそこ活躍していたし、ここまで来る時の2週間の山道でも魔物の襲撃の際に重用していた。だから、あの精霊球はそれだけ実戦経験が多く、魔力も向上していたのだろうと思う。だがまあ、今後も俺たちはダンジョンへ潜り続けるのだから、その程度の遅れはすぐに取り戻せる。
使いこなすことも大事だが、精霊たちに認められた取得者であるということが、重要なのだと信じているのだ。本来は、俺の剣の訓練と並行してショウの魔法訓練を行うのだが、心配だったので、少し様子を見ていたのだ。
すぐに俺も自分の訓練を始めなければな……。風の精霊球は不慣れなのでちょっと長めに訓練を行わせ、締めのカッコンの指導をトオルにお願いし、俺も自分の地の精霊球の訓練を始める。
すべて終わったら、各自部屋に戻ってシャワーを浴びて食堂に集合だ。ナーミの奴はカッコンの訓練辺りからもう部屋に戻ってしまっている。保湿パックをするんだと言っていた。化粧っけは、普段からほとんどないのだが、やはり女の子、お肌の手入れは欠かせないようだ。
宿の食堂は、4人掛けのテーブルが10卓あるが、予想通り1卓しか埋まっていない。俺たち以外の冒険者は、管理者を除きいないようだ。それでもメニューは豊富で、肉料理以外に魚料理もあり、さらにつまみも豊富で、酒は日本酒の辛口中辛甘口と銘柄がそろっていて目移りするほどだ。
とりあえず、今日とってきたフリーフォールカモシカ肉のジンギスカンが安く提供されたので、それをつまみに酒を飲む。さすがに山道の移動中は飲まなかったので、かなり久しぶりの酒だ。
だがまあ村の中の居酒屋と違い、ここは宿の中の食堂だ。酔いつぶれても何の心配もないのだ……明日の朝のナーミの態度が怖いので、控えるつもりではあるが……。食事はうまいし酒もうまい……ショウ(いくら山奥でも人前ではショウのままでいるよう命じた)のお酌もあり、結構酒が進んだ。
『チャ』最後まで付き合ってくれたショウと部屋の前で別れて、自分の部屋へ向かい、カギを差し込んで回すが手ごたえがない。あれ?また鍵を閉め忘れたかな?
ドアを開け中に入ると、そこにはバスローブ姿の人影が……明かりをつけてみると、やはり切れ長の目の絶世の美女だった。はあ……こんな山の中まで……といっても、俺の夢に出てくる美女だから、たとえ俺が月に行ったとしても出てくるのだろうが……久しぶりに出会う……何せ酒を飲んでいなかったからな。
酔わないと出てこない絶世の美女は、すぐに部屋の明かりを消して俺をベッドに誘う。いくら夢の中だけでしか会えないとはいえ、俺にとっては最愛の女だ。いとおしく思い、ぎゅっとその華奢な体を抱きしめた。
「おはようございます。昨日は久しぶりにご機嫌でしたね。」
「パパ、おはよう……よく眠れた?」
「おはよう……まったく……いい加減、自分の適量というものを学んだらどうなの?あんなに浴びるほど飲んで……体を壊すわよ……。」
飲んだ翌朝は、必ずナーミの小言から始まる。だがまあ、いい加減あきらめたのか、最近は少し言葉が優しくなってきたな。食堂のテーブルに着くと、給仕係の冒険者が朝食を運んできてくれた。
「いやあ……昨日は久しぶりの酒だったからな……でもまあ……ここへ来るまでの道は大変だったが、来てみるとさほど不便も感じないし、いいところのようだな。来て見てよかった。」
2週間も山道を延々と歩いてこなければたどり着けないような、本当の人外未踏の地ともいえるタールー。
いくらエーミを人買いから守るためとはいえ、あまりに生活が不便だったらどうしようかと心配していた。
ギルド関連の店しかないと聞いていたのだが、週に一度の定期便があるため、日常雑貨でも注文すれば翌週には届けられるということもわかった。雑誌などの定期購読も可能らしい。どれくらいここにいることになるか、まだわからないが、よほどの事情が発生しない限りは、ここで生活していけばいいさ。
「ワタルの場合は、お酒とつまみさえあれば、どこだっていいんでしょ?」
「そうだな……ここの酒も結構いけるぞ。」
未成年だからと、禁酒させられているナーミは、俺が酒を飲むことにうるさい。まあ仕方がないな。
酒は王都からも運んでくるが、この土地でとれた米を使って王都で醸造した、いわばご当地酒もあって、昨日飲んでみたが、ちょっぴり辛口でかなりいけた。
だがまあ……酒だけではないぞ……愛するエーミというかショウがいてこそだ。加えて心強い仲間であるトオルとナーミ……この2人も俺にとって欠くことのできない存在になりつつある。ネット上でのやり取りを行う以外の友達もなく、毎日一人で過ごしてきた俺にとって、初めて出来た友人たちといえる。
なにせ、ネットゲーの相方ですら、チャットのやり取り以外したことがなく、実際に会ったこともなかった。
地方予選を勝ち抜いて地区予選が始まれば、会場に集合して対戦となるため、その時にどんな格好で行こうか真剣に悩んでいたくらいだ。
この3人とずっと一緒にいられるのであれば、俺はどんなへき地でも構わないと思える。まあ、エーミはいずれは誰かいい人のもとへと嫁いでいくのだろうし、ナーミだってそうだ。年頃の女の子なんだからな。
トオルだって嫁さんをもらうんだろうから、いつまでもずっとということはあり得ない。冒険者だってこの先何年続けられるかわからないからな。トーマの年齢は33歳と前世の俺と同い年だが、冒険者の平均年齢は22歳で、定年はないが大体30歳まで……遅くとも35歳までには引退と聞いている。
そこから考えると、俺が冒険者をやっていられるのも後2年程度だ。それまでは、彼らが離れていかない限りは一緒に生活をして、俺と一緒に旅をしてよかったと後から思っていただけるよう、出来ることは何でもやらなければならないと、このところ考えている次第だ。
引退までにエーミの花嫁道具費用を、コツコツとため込んでおかなければならないしな……できればナーミの分も……。
「どうしたの?ぼーっとして……今日はどのクエストにするの?まさか昨日行ったから今日は休みってことはないんでしょ?こんな山の中だし、やることなんてクエスト以外にないわよ。」
ふと考えていたら、ナーミにせかされた。
「ああ……今日は火のダンジョン攻略のクエストの予定だ。こっちの精霊球も入れ替えるつもりだからね。
じゃあ、行くとするか。準備したら10分後にギルドに集合だ。」
朝食も食べ終わったので、早々に各自の部屋へ引き上げて準備だ。
「じゃあ、このクエストとこのクエストをお願いする。」
火の精霊球のクエストを申請する。火山は近場にないのか、歩いて山越えして4日以上かかるダンジョンの物しか残っていないようだ。近場は風と水と土のダンジョンしかないようで残念。移動距離が長いので、4日と4日半の距離のクエストを2件申請することにした。どちらも期限は2週間だから十分間にあうだろう。
もう1、2件こなしてもいいのだが、ぎりぎりで余裕がなくなると危ないのでやめた。何せ期限を過ぎた場合はペナルティとして報奨金が半額以下になったり、ギルドポイントも大幅に下げられたりするらしいからな。
それでも遠いだけあって、報奨金額が高目に設定されているのは、うれしいと言えばうれしい。
他にもこのギルドに来てよかったことがある。昨日B+級クエストをこなしたので、ショウのレベルがB+級になったのだ。コージーギルドでは、俺たち3人だけで難関なクエストをこなしていたために、ショウを加えてクエストをこなしても評価されなかったのだが、こちらでは通常通りに昇級してくれた。
ショウも大喜びで、やはりこういった目に見えるレベルの向上が、訓練など地道な活動を継続するための励みになるのだ。
「ええっ、このクエストをこなしてくれるのかい?これはありがたい……昨日も言った通り、僕たちは2組だけでこの地へギルドの管理とクエストを行うために来ているのだが、4日以上の移動距離のクエストの対処に困っているんだ。なにせ、ギルド管理と冒険者を2組で1週間交代で行っているからね。
4日以上の移動距離だと1件こなすだけでも10日近くかかってしまうし、もちろん一度に数件まとめてこなすんだけど、大変なんだなこれが……クエスト期限は管理上設定されているから、僕らにも適用されるからね。
だから、移動距離2日か3日のクエストばかりを行っているのさ。君らが近場と遠いほうを担当してくれるのであれば、大変ありがたい。お礼に、今日の新聞をあげよう。」
受付係の青年が、大きな紙片を手渡してくれた。今日の朝刊だ。山奥の小さな集落だが、電信で情報が送られてくるので、新聞は購読できる。といっても前世のような写真付きの、しかもカラーといったものではない。電信は文字情報で送信されてくるので、それをプリントアウトしてコピーしているだけの、文字だけのものだ。
それでもはるか遠い下界の情報を、タイムリーに仕入れられるのは便利だ。帰ったら新聞を購読することにしようかな……。
「おお……これは……。」
「なあになあに……どうしたの?」
あまりにもタイムリーな記事に思わず声が出る。
「スースー達がやったらしいぞ。あのときに言っていた百年ダンジョン……彼らが攻略したようだ。精霊球のほかに特殊効果の石多数取得ってなっているから、恐らく擬態石とか生命石もあったんじゃないかな。」
「へえ……それはおめでたいわね……やっぱりスースー達は優秀よね……。」
ナーミが俺のほほに顔をつけるようにして、一緒に新聞記事を読もうと伸びあがってくる。通常は冒険者の名前は個人情報として開示しないのだが、百年ダンジョン攻略のいわば英雄だから、スースー達3組のチームメンバー全員の名前が記載されていた。一躍有名人の仲間入りだ。
あれからかなりの日数が経っているようにも思えるが、考えてみればミニドラゴンを走らせてもグイノーミからモロミ渓谷手前の山道まで5日はかかったわけだ。そこから途中寄り道はしたが、徒歩で5日ともう一度馬車で半日で走らせようやくコージ村についたわけだから、馬と歩きだと2週間かもう少しはかかるかな?
馬でも全速で走らせればミニドラゴンと変わらないが、何日も続かないから休み休みになってしまうからな。
馬車と変わらないスピードと考えると、そのくらいの日数だろう。それから百年ダンジョンの申請をして、ダンジョンに潜って……といったところか。それにしても擬態石とか生命石とか固有名詞は使わずに、特殊効果の石って表現されるわけだな……一般にその実態が知られていないわけだ。
「ジュート王子が直接表彰して、これから王都ヌール―まで凱旋パレードのようだ。王都で現王に直接お言葉を賜るとなっているな。爵位でも与えられるんじゃないかな?」
「へえ……冒険者でも、貴族になれるの?」
「まあ……こういった特殊な例、限定だろうけどね。百年ダンジョンは見返りも大きいけど危険も多い。単一パーティだけでは踏破できずに全滅の可能性もあるから、複数チームで編成されたパーティを最低でも5、6組は準備するはずだ。何せ雑魚魔物だって、他のダンジョンのボス並に強力だってカルネが言っていた。
そんな中、他のパーティとも熾烈な先行争いを制して、更に超強力なボスを倒してアイテムを手に入れたというわけだ。通常は、どこか大きなスポンサーがついて、金に飽かして編成したドリームチームみたいなパーティが来て、そいつらが攻略した場合は、アイテムをギルドで精算せずにスポンサーのところへ持ち帰ってしまうようだ。
スースー達みたいにギルドで精算すれば、その国が優先取得権を得られるから王室は大喜びだろう。
なにせ生命石なんて、実際にはいくら出してもいいっていうやつがいるわけだろ?ギルドは高値で引き取ると言っても常識の範囲内だからな。貴族の爵位くらいは、与えてもいいと思えるんじゃないかね。」
カルネもスポンサーがついたパーティに参加して、百年ダンジョンを攻略したことはあるといっていた。勿論取得アイテムは全てスポンサーに渡したとして、詳細は教えてくれなかった。
1パーティ5チームで参加して、各自A級ダンジョンの精霊球の褒賞金の約20倍以上の報酬だったと言っていたから、確かに少数チームだけで攻略できれば、1生遊んで暮らせる。
「生命石が出たとなりますと……この大陸中が戦火の渦に飲み込まれるようなことにならなければいいのですがね。」
トオルがぽつりとつぶやく。
「確かに、生命石は実際に若返るから、それを手に入れるためなら、どれだけでも支払うと言った金持ちがいるとは聞いた。だけど、それを手に入れるために戦争は起こさないだろ?ましてや今回はギルド管轄のクエストで、ギルドに獲得アイテムは納めたわけだから、平和的に売買されるわけだろ?
そりゃあ、優先権はカンヌールにあるにしても、そのために戦争ということは、ちょっと大げさじゃないか?」
「私も……ただの杞憂で終わっていただくことを、願っております。」
トオルは目を伏せ、それ以上は何も言わなかった。
ミニドラゴンの背に、装甲車の荷台を背負わせ出発する。ミニドラゴンも、遠出をすれば大量のえさにありつけることが分かっているから、足取りは軽いようだ。宿を引き払おうとしたら、どうせ宿泊客はいないので、部屋も荷物もそのままでいいと言われた。宿泊した日だけ、宿泊料金を支払えばいいというので、助かる。
そのため使う当てのない荷台用の車輪は置いていくことにして、米や缶詰なども往復分だけを持っていくことにした。ギルドから一路北を目指してひたすら山道を進んで行く。




