風の精霊球
「左右の頭の魔法はどちらかというと防御系だからいいが、真ん中の頭が唱えると、つむじ風が吹いてきて、服や皮膚を切られる場合があるから注意をしてくれ!」
ケルベ大鷲のことを知らないショウに忠告しておく。前回と唱える頭と魔法効果が同じだから、真ん中の頭も同じ魔法を唱えるはずだ。
「ぎゃおぎゃおうわぁー」
「つむじ風!」
『ビュ……フワー』真ん中の頭が唱えると同時にショウも唱える。すると、魔法効果同士が衝突し打ち消し合い消滅したようだ。俺たちのところにはそよ風程度の風が吹いてきただけだ。おお、これはいいぞ……。
「ぎゃおぎゃおうわぁー」『バサバサバサッ』
「つむじ風!」
『ビュッ……ファー』今度は羽を混ぜて、威力を上げたようだが、またしてもショウの魔法で打ち消され、少し強めの風と共に黒い羽根が舞う程度に終わる。ううむ……膠着状態だな。しかも、魔法効果は押され気味だ。
「大炎玉!」
『ボグワァッ』今度は直径3mほどの巨大な炎の玉が、上空のケルベ大鷲に襲い掛かっていく。
「ぎゃおわーすっ」
『ゴォー』しかし右の頭が唱えると、突風が吹いて巨大な炎の玉は押し戻されて崖下へ消えた。
「夕立!」
『ザザザザー』トオルが唱え、ケルベ大鷲が飛んでいる辺りだけに猛烈な雨が降り出すと、さすがに圧力に負けるのか、飛行高度が下がってきたようだ。
「ぎゃおぎゃー」
『ビューッ』しかし、ケルベ大鷲は横風を吹かせて雨をそらせ、何とか体勢を整えようとする。
「集中豪雨!」
『ズザザザザザー』トオルはさらに中級魔法で広範囲に猛烈な雨を、ケルベ大鷲が飛行する周辺に降らせ始める。
「ぎゃおぎゃー」
『ビューッ』ケルベ大鷲が横風を吹かせても、雨の範囲が広く跳ねのけられないので、『バッサバッサバッサバッサ』急いて羽を動かし、効果範囲から逃れようともがき始めた。
「衝撃波!」
『ズゴォー』ケルベ大鷲が、トオルが発する広範囲に及ぶ集中豪雨から逃れた瞬間に、ショウの両手から強烈な風圧が発せられる。突風を手のひらサイズに圧縮して、威力を数倍に高めた魔法だ。『ヒュルヒュルヒュル』飛行中にバランスを崩して失速したケルベ大鷲は、錐もみ状態で落下したが、かろうじて崖上に着地した。
「脈動!」
「超高圧水流!」
『グゥォッ』膨張してくる足場を蹴り一気に跳躍。『ジュボワッ』右隣ではトオルも水流の力で大ジャンプしていた。瞬間的に間を詰めると『シュッパパーンッ』水平斬りでケルベ大鷲の左と真ん中の首を一気に切り落とす。と、ほぼ同時に『シュッパーンッ』トオルが右側の首をはねていた。
『ズッゴォーンッ……ズザザザザザッ』全ての頭を切り取られたケルベ大鷲の巨体が、崖下へと落下していった。
『グゥグゥー……ズザザザザザッ』崖に打ち込んだハーケンから伸ばしたロープを操り、崖を滑り落ちながら足を踏ん張り姿勢を制御して、何とか元の足場に戻る事が出来た。『ズザザザザッ』右を見るとトオルも同様にロープを使って、足場に戻ってきていた。
ハーケンを3本も打っておいたので、落下の衝撃にも外れないですんだ。今回はジャンプする前に命綱を確保しておくことまで、頭が回ってよかった。トオルは……やはりさすがだな……。
「ふう……何とか勝てたな……B+級はB級の延長のようなもんだが、かなり執拗な全体攻撃だった……色々と戦い方を検討しているようだが、こっちだって経験があるから、それなりに工夫しているさ。これなら俺達でも何とかなるんじゃないかな。じゃあ崖をよじ登って、帰るとするか。」
隆起で作った足場を戻して、崖をよじ登って頂上へ進むと、いつの間にか入った時の柵の中にいた。
柵から出て南京錠をかけると、梯子を使って地上へ降りる。地上にはフリーフォールカモシカやらツッコンドルやらケルベ大鷲やらの死骸でうずたかく積もっていた。ミニドラゴンには、ケルベ大鷲を丸ごと与えてやると、喜んで羽が付いたままバリバリと音を立てて食べ始めた。
その間に急いて獲物の解体が始まる。冒険者の袋に入りきらない分は、油紙に包んでミニドラゴンの背中に積んで持ち帰ることにした。このために連れてきたようなもんだ。
回収した風の精霊球を見ると、一回りほど今持っている物よりも大きめのようだ。B+ダンジョンだからな。
「精霊球を取り換えるぞ。」
ショウがつけていた精霊球からチェーンを取り外して、新しく取得した精霊球に付け替えてやる。
「ええっ?せっかく慣れてきて、指を立てるだけで反応するようになってきた精霊球を交換してしまうのですか?そりゃ確かに今回取得したもののほうが大きめですが、だからといってこれまで使いこなしておいた分を捨ててしまうことはないのではないかと、思いますが……。」
その様子を見ていたトオルが、真っ先に反対する。俺とともに長く精霊球を扱っているからな。使いこなして成長いくさまも理解しているのだろう。
「いや、ちょっと気になることがあってな。ショウ、ちょっとナーミに火の精霊球を渡してくれないか?」
「うん……いいけど?」
ショウがナーミに首から吊り下げていた真っ赤な精霊球を手渡す。
「どうするの?」
ナーミも首をかしげてこっちを見ている。
「大炎玉の魔法を唱えてみてくれ。」
「いいけど……何が始まるの?大炎玉!」
ナーミが指を折って唱えると、直径5mほどの巨大な炎の玉が発せられ、はるか上空へと消えていった。
「これがどうしたっていうの?」
ナーミは未だに首をかしげている。
「いえ……ナーミお姉さんの大炎玉のほうが、僕が唱える大炎玉よりもずっと大きいし、ずっと早く飛んでいきました……。」
ショウが肩を落としながら、しょんぼりとつぶやく。
「そうなんだ……。風の精霊球でだって同じはずだが、火のほうがはっきりと目で比較ができるからね。試してみたが予想通りだった。ショウが唱える魔法効果は、ナーミが唱える時の魔法効果より威力が弱い。」
「だってそれは……ショウがまだ魔法使いとして成長していないからなんじゃ……。」
ナーミが焦って訂正しようとする。
「いや、そうじゃない。ナーミだって魔法使いじゃなかっただろ?ナーミは弓使いだ。火の精霊球を持っている期間だって、今じゃショウのほうがはるかに長いぞ。本来ならショウが唱える魔法のほうが、より強力なはずなんだ。使えば使うほど精霊球はなじむし、成長するはずだからな。」
「じゃあどうして……。」
「火の精霊球を取得したときのボスである、ケンタ牛に問いかけたことを覚えているか?」
「ええ、問いかけに答えてくれた時にあたしが脳天を射抜いてしまったのよね。ちょっとインチキ臭くて申し訳ないって思ったわ。でもそれと、何の関係があるの?インチキしたあたしの魔法が弱くなるなら分かるけど。」
たしかに、あの仕留め方は申し訳なかったと思っているが、決してわざとではない。呪文を唱えようとしたケンタ牛の人側に問いかけたら、律儀にも呪文を中断して答えてくれたんだ。すきを窺っていたナーミがその時射抜いてしまったけどな。
「あの時にケンタ牛は、自分は精霊球を持つ者に資格があるかどうか、見定めるためにいるって言っていた。精霊たちの守護者だって言っていたな。つまり、ダンジョンのボスを倒してはじめて精霊たちに認められるという事ではないかと思っている。俺たちは自分たちでボスを倒して、精霊球を手に入れてきただろ?
だから魔法の取得も早かったし、指で呪文を短縮するようなインチキ臭いことも行えてきたわけだ。だが、風の精霊球も火の精霊球も、取得したときにはショウはいなかった。俺たちのチームの一員だからある程度は認めて、指での呪文短縮もやってくれてはいるが、真の持ち主と考えていないんじゃないかと思っている。
だから、今回ショウとともに取得した精霊球に取り換えるのさ。1からやり直しとなるが、最大限の力を発揮することができるはずだ。それがかなえば、たったの3週間くらいの時間は無くなったって構わないさ。
本当なら風の精霊球はトオルに、火の精霊球はナーミに戻したほうがいいのだろうが、持ち合わせが乏しいから、売るのが最良だろう。風の精霊球は必要になったら、またダンジョンへ潜ればいいさ。
この地は元々人里から離れているから、近場には非管理のダンジョンも存在しないしね。だから管理ダンジョンで精霊球を調達する以外方法はない。」
とりあえず、俺の想定を説明しておく。恐らく間違ってはいないはずだ。
「私は水の精霊球をかなり使いこなしておりますが、風の精霊球は使っていた期間が短いため、それを使った補助魔法は検討前です。水の精霊球だけでも十分役立っておりますから、風の精霊球は不要と考えます。」
「あたしも……火の精霊球はいらないわ。毎日の訓練……面倒くさいもの。あんなことするなら、お肌の手入れをしていたほうが、まだましだわ。」
トオルもナーミも、精霊球を戻してもらう必要はないと答える。ナーミの場合は単に訓練を続けるのが嫌なだけのようだが……。まあ、なんだかんだ言っても、弓の訓練だけは毎日欠かさずやっているようだからよしとするか。
「じゃあ、日も暮れかけたから戻るとしよう。」
ミニドラゴンを先頭に、山道をギルドへと戻っていく。
「ありゃ?この精霊球は……B+級のものよりも少し小さいね……あそこのダンジョンは通常よりも精霊球の成長度合いが、低めだったのかな?それにしては……」
ギルドへ戻ってクエストの清算をしようとしたら、受付役の冒険者が持ち帰った精霊球を眺め、不思議そうにつぶやく。受付机には、精霊球のダンジョンごとの大きさゲージがついているようだ。しまった、こんなチェックがあるとは、思っていなかった……最悪今日取得した精霊球を、提出しなければならないか?
「うちのチームには魔法使いがいてね、風の精霊球も持っているんだが、今回のダンジョンのほうが大きかったので交換したんだが、まずかったかい?」
これはもう、正直に打ち明けておいたほうがいいだろう。
「いえ……別に何の問題もないよ。別に冒険者はダンジョンから持ち帰ったアイテムを、全てギルドで精算しなければならないと言ったルールはないからね。ただ、精霊球でも魔物の肉などのアイテムでも、ギルドが一番高く買い上げますよ……しかも安全ですよ……と言っているだけだ。
だからクエスト完了の手続きだけして、アイテムの提出をしないのは自由だし、手持ちと交換するのも自由だ。精霊球などはその大きさごとに等級があって、清算金額が変わってしまうから確認はしている。
B+級のつもりでクエストを受けて、その大きさにまで精霊球が成長していないと、冒険者に申し訳ないからね。何せランク一つの違いで倍々に報奨金額が変わっていくから、クレームが出る可能性がある。」
受付役の冒険者の青年は笑顔で答える。おおそうだったな、別に精霊球を手持ちにしても問題はないんだった。しかも今の俺たちのチームには魔法使いがいるから、もう堂々と精霊球の所持を宣言できる。
「ああそうか……その精霊球は恐らくB級ダンジョンで入手したものだ。だから、当たり前だがB級ダンジョンの報奨金額相当で問題はない。それとも、一度使い始めた中古品だから、評価が下がってしまうかい?」
ううむ……ただでも人気がないという風の精霊球。中古だとかなり安く買いたたかれてしまうのかな?
「その逆だね……使いこなした精霊球は、人間語に慣れているし、さらに魔力も上がっているから重宝される。特にこの精霊球は、実戦で使い込まれているよね。精霊球の中から出てくる輝きが違うからすぐわかる。
しかもさほど年数は経過していないのに、この輝きだ。精霊球は魔法を使うことで成長するが、同時にダンジョンから取り出すと劣化が始まり、およそ50年でその働きを止めると言われている。だから本当に古いものは価値がないが、この精霊球だったらかなりの高値がつくと思うよ。
拡大鏡で見てみるとわかるんだが、精霊球の中に筋が入っている。この精霊球は薄い筋が一本だけ入っているから、ダンジョンから取り出して1年未満ということが分かる。木の年輪と同じく、ダンジョンから出した後は成長に伴い1年に一本ずつ筋が増えていくから、精霊球の残り寿命が推定できるというわけだね。
軍隊で持っている精霊球だって、この年数でここまで使い込まれている精霊球は、ほとんどないはずだ。ダンジョン攻略で、魔物たちと戦ってきたからだろうね。
といっても風の精霊球は、人気がないからね。せいぜいB+級の火の精霊球くらいかな……。使い込まれてさえいれば、風の精霊球でも取得したい軍隊は結構あるはずだからね。
これが火の精霊球だったら、A級か、もしくはプレミア級の値段が付くと思うよ。」
予想外の言葉が返ってきた。なんと、人気がないと言われていた風の精霊球を、そんなにも高値で精算してくれるなんて。
「でも……せっかくここまで仕上げてきた精霊球なのに、売っちゃって構わないのかい?今言ったように、使い勝手などの価値で考えたら、ひとサイズ上の精霊球よりもはるかにグレードが高いんだよ?」
心配してくれているのか、受付役の青年が念のため確認してくれる。
「ああ、まったく問題ない。新しい精霊球を使いたいのさ。だから、この精霊球で精算をお願いする。
それと……ダンジョンで取得した肉の清算もいいかな?結構な量を持ち帰ったのだが……。」
4人分の冒険者カードを差し出し、さらにフリーフォールカモシカなどの食肉の清算もお願いする。当然ながら、野営分として2週間程度の食材は確保してある。ダンジョンへの移動で使うからな。冒険者の袋に入りきらない分で、ミニドラゴンの食事用以外を清算するのだ。
「ああ、構えわないよ……ここの食堂でも使うし、週に一度、王都から地竜が引く定期便がやってくるからね。地竜だと山道でも平原でも全く変わらずに、平地の馬車の5倍のスピードで走るから便利だ。但し、そのスピードゆえに御者も乗れず貨物しか運べないから、人は山道を歩く以外ここには来られないがね。
そいつに積み込んで町へもっていくから、大丈夫さ。フリーフォールカモシカ肉は王都でもすごい人気がある。風の精霊球取得よりも、こっちを狩っていたほうがいいんじゃないかと思えるくらいだね。あまりに人気が高くて、近場のコージ村なんかには卸さずに、直接王都にもっていってしまうようだね。」
おおそうか、定期便があるようだな。地竜は、ここカンアツ国の守護竜として敬われている。ちなみにカンヌール国の守護竜は飛竜で、サーケヒヤー国の守護竜は水竜だ。それぞれの王宮の紋章に描かれている。




